ハッピー・ウエディング
いよいよ最終回です。
六月のとある土曜日、大安吉日。ようやくわたしと慎也さんの結婚式が行われる日がやってきた。
あらためてちゃんと式をすると決めてから今日までの四か月は、本当に大変だった。
六月は式場にとって閑散期であるのに、ジューンブライドという言葉は根強いらしい。加えて土曜の大安の日で競争率はかなり激しいらしく、その日は教会も神殿もすでに埋まってしまった後だった。
しかし残り物には福がある。唯一空いていたのは綺麗な庭園。そう、ガーデンウエディングだ。
堅苦しいのは嫌だったので、ちょうどいい。梅雨なので心配だったが、一応代わりの会場は用意されているし、てるてる坊主を作ればきっといいはず。一種の賭けだが、それもある意味いい思い出になりそうだ。
ということで人前結婚式にした。立会人は竹田のおじちゃんにお願いする。仲人みたいなものだもんね。
それに参列者に結婚の誓いをするなんて、彼を狙う女の人に見せつけられるし。いまだにこだわっていますよ、そこのところは。
婚約してから初めの頃にのんびりしすぎたせいで、結構きついスケジュールになってしまった。でも彼はちゃんと一緒になっていろいろ考えてくれたし、みちるという頼もしい本職もいるからね。
両家の顔合わせも無事済んだ。母親同士が妙に馬が合って、キャッキャしていた。父親同士もまぁまぁ仲良さげ。うん、一安心。
参列者も意外にスムーズに決まった。彼の方は友人と会社の部下と上司であるおじちゃんでしょ。設楽さんは家族で来てくれるんだって(由理ちゃんに会える!)。それに驚くことに、社長さんも来てくれることになった。すっごく驚いた。
でも慎也さんは新婦席のほうがビックリだろうって笑ってた。
そりゃそうだ。彼の会社の人は驚くだろうね。だって柏原の関係者がうじゃうじゃいるんだもん。しかも親族席に。
でもできるだけ呼ぶ人は抑えたいから、あまり遠縁の人は招待しなかった。その人たちって、両親の結婚にもいい顔しなかった人たちだからね。呼ぶはずがない。じーちゃんも呼ばなくていいって言ってくれたし。
それから友人でしょ、バイト仲間でしょ。そうそう、ひろみ先生も招待した。
「人の幸せなんて見たってしょうがないじゃない」
はじめは難色を示していた。でも照れ隠しって、さすがにわかりますよ?
「慎也さんの部下に、イケメンいるらしいですよ?」
その言葉にわかりやすいほど反応した。さらに畳み掛けるように餌をぶら下げた。
「わたしの友人に大学院生の理系男子もいます」
先生はあっさりと出席してくれると返事をした。あはは、先生らしい。
それから、なぜか彼も出席の運びとなった。
「みちるちゃんの代わりに祝ってあげる」
はい、菊池くんです。みちるが友人として出席できないからだって。まぁ、いいんだけどさ。きっと仕事している姿が見たいんだろうなぁ。愛されてるね。というか、もはやストーカー!?
そこまで大きな式にはならず、アットホームを目指した……けど、ちゃんとそうなるのかな? 少し不安です。
式のドレスはいろいろ試着した結果、プリンセスラインのものにした。それが一番似合うってみんな言ってくれたし。もちろん色は白。純白、憧れたしね。
披露宴はオレンジペコのカラードレス。フリルがふんだんに使われている。こんな乙女色の強い衣装に、はじめは抵抗があったけど似合うって言われたし、せっかくの晴れの舞台だもんね。ちなみにお色直しは一回。何回もするのは面倒だもん。
他のドレスは、試着のときに散々写真は撮ったしね。それで満足。
ついでに和装も写真だけ取りました。式はドレスがいいんだけど、白無垢も着たくなってしまったのです。慎也さん、やばいぐらいかっこよかった。
結婚式の準備とともに進められたのは新居決め。慎也さんの家にそのまま住もうと思っていたのに、彼が新しい家の方がいいって言ったから。多分ペット可の家がいいんだろうなぁって。でも当分は飼いませんよ? わんこにとられてたまるか!
そんなこんなで新居も無事決まり(ちなみに新築の二LDKの賃貸マンション、ペット可)、式の一週間前に荷物も運び終わったのです。
かといって式の前日までは実家にいました。彼も両親と過ごした方がいいって言ってくれたし。
式の前日。恥ずかしいけど、ちゃんと両親に挨拶もしました。当日は朝から忙しくてゆっくりできないからね。
「お母さん、今までありがとう。かなりぶっ飛んでるけど、お母さんの娘でよかった。これからも見守ってください」
母は涙目になりながら頷いた。
「いつでも帰ってきなさい」
いや、それ駄目だから! 嫁に行く娘に言う言葉じゃないから!
母に挨拶した後、書斎に籠っていた父のところへ向かった。
「お父さん、今いい?」
「ああ」
返事を聞いて部屋に入った。わたしに背を向けたまま、本に目を通している。
「お父さん、今までありがとう。自由にさせてくれて、感謝してる。迷惑ばかりかけて、心配かけて、自慢の娘じゃないけど……お父さんの娘に生まれたこと、誇りに思ってる。これからも見守ってください」
父の背に声をかけて頭を下げた。しばし無言の後、すこししんみりとした父の言葉が耳に入ってきた。
「……慎也君と温かい家庭を作りなさい。父さんはいつでも、お前の味方だ」
目頭が熱くなった。父の声が少し震えている。もしかして泣いているのかも。でもわたしに背を向けているから、確認はできない。
「はい」と涙声で答え、部屋に戻った。
当日は梅雨真っ只中にもかかわらず、雲一つない晴天。わたし、晴れ女かも。
当日の花嫁は忙しい。この日のためにダイエットもしたし、エステも行った。それもすべて、今日のため。
ドレスの下にブライダルインナーなるものを身につけ、ドレスのラインがきれいに出るように締め付ける。こりゃ、ご飯食べるのは無理だわ。もうへこたれそう……。
「しっかりしなさい! まだ始まってもいないのよ?」
「でもさぁ、みちる。お腹空いたらどうすんの?」
「軽食なら食べられるわよ。あとは根性で乗り越えなさい」
根性っすか……。頑張ります。
いよいよドレスに袖を通す。憧れていた純白のウエディングドレス。大きなリボンがアクセントのキュートなもの。レースもかわいい。
ヘアメイクと着替えも完了。控室で待っているとノックの後、彼が入ってきた。
「着替え、終わったみたいだね」
うわぁぁ! めちゃくちゃかっこいいんですけど! 鼻血が……。
ダークグレーのロングタキシード。どんなものでも着こなすんですよね。
カメラを手にして写真を撮りまくると、彼に取り上げられた。今度は逆に被写体にされてしまう。
「ちょ……、わたしはいいんですよ」
「俺の方こそいいんだよ。主役はラナなんだから」
傍から見たらバカップルの戯れに映ったんだろう。盛大なため息のあと、みちるが手を出した。
「わたしが撮りますから、貸してください」
お言葉に甘えて写真を撮ってもらう。横に並ぶと肩を抱かれて、彼の顔が近づいてくる。お、これはキスか……?
目を閉じた瞬間にみちるが叫んだ。
「あ、駄目! 式の前にキスなんて言語道断です!」
慎也さんは怒られて、しゅんとしていました。ふふ、かわいい。
「鮫島さん。式が始まるまで、ラナに接触禁止です」
「ええっ」
「出禁にされたいですか?」
「……わかった」
落ち込む彼に、クスクス笑いながら声をかける。
「慎也さん、もうすぐですね」
「うん、そうだね。緊張してる?」
「まぁ、少しは」
「転ばないでね」
ムカッ。
「子ども扱いしないでください!!」
カラッと笑いながら「じゃあまたあとでね」と言って、彼は部屋を出ていった。
「まぁまぁ、そんなに怒らないの。あんたの緊張をほぐそうとしているんだと思うわ」
「わかってる」
でもムカつくものはしょうがない。鏡の前の椅子に座ると、みちるが背後に立った。
「あんたが結婚するとはね……」
鏡越しに視線が合う。妙にしんみりした空気が漂う。
「幸せになるのよ」
「みちる……」
ヤバイ、泣きそう。顔を歪めたわたしに、みちるは慌ててティッシュを掴んだ。
「コラ、泣くな。メイク落ちる」
「みちるが泣かせたくせに……」
ありがとう、みちる。――――大好きだよ……ってみちるに告白してどうする。
とうとう式直前。彼は祭壇の前であらかじめ待っている。わたしは父と入場する。その前方には結婚指輪の入った箱を持った陸くん。そうです、陸くんにはリングボーイなるものをお願いしました。指輪を運ぶ、大切な役目です。
「ラナ、キレイ」
「ありがとう。陸くんもかっこいいよ。今日はよろしくね」
「まかせろ!」
うーん、頼もしい! もう立派な男だね。
入場直前、スタンバイして父の腕に手を添える。
「ラナ」
「何?」
「お前が嫁に行くなんてな……」
「どういう意味だよ」
それじゃ嫁に行けないと思っていたみたいじゃないか。
「幸せにな」
「……はい」
もう、みんなして泣かせようとするなんて! 涙腺が馬鹿になっちゃうよ。
綺麗に飾り付けられた庭園に造られたバージンロード。陸くんの後、父と二人でそこを歩く。道の両隣には参列席。人が多い。そりゃ呼んだんだから、多いに決まってるか。
今日の主役はわたし。前方には祭壇の前に立ってわたしを待つ彼の姿。そこにいるだけでもう絵になる。この人がわたしの旦那さんになるんだな……。
祭壇の前に到着すると、彼が笑いかけてくれた。しばし見惚れたが、慌てて正面を向く。いかん、ぼーっとしてはいかん。
司会の人が開会の宣言をし、式は始まった。
はじめは誓いの言葉を読み上げる儀式。祭壇を挟んで正面に立会人である竹田のおじちゃんが立っている。
まずは彼から誓いの言葉を読み上げる。
「私、鮫島慎也は樫本羅那さんを生涯の妻とし、愛し抜くことを誓います。彼女がいつも笑顔でいられるように努め、温かい家庭を築いていきます」
お互いどういうことを言うか、実は知らないんだよね。やばい、すでに泣きそう。でも駄目。まだ読んでないもん。
気を落ち着かせるためにこっそり深呼吸し、前を見据えた。
「わたし、樫本羅那は鮫島慎也さんを生涯の夫とし、愛し抜くことを誓います」
一度言葉が途切れてしまった。すごい緊張。ちらっと彼を見ると「頑張れ」と言っているような優しい表情だった。気合い入れろ、わたし!
「彼と二人で寄り添って、笑顔の絶えない家庭を築いていきます。絶対に幸せになります」
はぁ、言い切った……。心臓がバクバクしている。
次は指輪の交換。二人で何軒もジュエリーショップをはしごして、ようやくお互い納得できるものに出会った。石なんていらない。シンプルで、ずっとつけていられるようにと選んだプラチナのペアリング。それが左手の薬指に嵌ると結婚するってことが身に染みて感じる。
それから結婚証明書への署名。彼とわたしがサインをした後、立会人のおじちゃんが署名を終え、それを参列者に向けて高く掲げる。すると拍手が鳴り響いた。それを彼と二人、笑みを交わして聞いていた。
ところが予定にないことが起きた。拍手の最中、彼がチュッとキスをしてきたのだ。参列者からは「おぉ!」と、驚きの混ざる祝福の声。拍手は更に大きくなった。
予定にないことしないで下さいよ! 真っ赤になりながら彼を睨むと、ニヤリと笑みを返された。後から聞いたら、元から組み込まれていたんだって。
くそっ、知らなかったのはわたしだけ。ムカつく――――!!
司会の人から結婚成立が宣言され、式は滞りなく済んだ。
彼と二人、退場する。歩いていくと、フラワーシャワーやシャボン玉が飛んできて、わたしと彼の門出を祝ってくれた。それを一身に浴び、幸せでいっぱいだ。
「これからよろしくね、奥さん」
その言葉に、満面の笑みで答えた。
「こちらこそよろしく、旦那さん」
そして彼は額に優しいキスをくれました。
出会いは見合い。正直言って、見合い相手ですらなかったわたしたち。でもいろんなことがあって、今ここにいる。喜びを分かち合い、時に傷つけ合ったりもしたけど、こんなにアツアツです。
自分がこんなにひとりの人を愛せるなんて知らなかった。愛し、愛されることがこんなに幸せなんて思いもしなかった。はじめはただ流されただけだが、今ははっきり言い切れる。
わたし、彼と出会えて幸せです!!
これにて完結です。
お気に入り登録してくださった皆様、評価してくださった皆様、そしてお読みくださったすべての皆様に感謝です。
ありがとうございました!!
今後は本編に載せられなかった話、サブキャラの話、そして本編後の二人の話をすべて番外編にて更新していきたいと思います。
よろしければまたお付き合いくださいませ。
ではでは!




