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マリッジブルー?

結婚式って大変そう……

 年が明けてから、本格的に結婚の準備を始めた。

 家には大量のブライダル雑誌や式場のパンフレット。母や姉たちが仕入れてきたものを渡されている。もはや自分で収集する必要がない。


「ねぇ、見て。これ、かわいいじゃない」

「母さん、駄目よ。それはラナには似合わないわ」


 今は母と美羅ちゃんがパンフレットを見ながら、楽しそうに会話中。

 最近、美羅ちゃんが頻繁に家に戻ってくるようになった。きっと式のことで楽しみたいんだろうな。姉ちゃんの式は期間が短すぎて、限られた選択肢の中から選ばなきゃいけないもんね。その点わたしはまだ余裕があるから。


 自分でも暇な時間に一通り目を通したり、いろいろ想像したりして、いずれ来るそのときを夢見て乙女気分を味わっていた。

 でもだんだん面倒になってきた自分もいるんだな、これが。

 もちろん慎也さんも一緒に考えてくれてるし、家族も協力的ですよ。こんな風に思うのにはもちろん理由がある。


 彼の実家にお邪魔したときのこと。


「ラナちゃん、これどう? この式場、お勧めよ」

「あら、楓ちゃん。それよりこっちの方がいいわ。ここの料理、本当においしいの」

「二人とも、ここは間を取ってこっちにしない?」


 お義母さん、お義姉さん、菜月さんの凄まじさに圧倒されて言葉を失うわたしに、彼は心配そうに小声で訊いてきた。


「……ラナ、大丈夫?」

「……はい」


 花嫁そっちのけです。周囲が盛り上がっています。ここでもパンフレットの山ができていました。この歓迎ムードは嬉しいんですが、もうくじけそうです。

 三人そろって、笑顔で迫られた。


「「「もちろん、教会でやるわよね?」」」







「式は神社で神前式だ」


 珍しく祖父に呼び出されたと思えば、ここでもか。


「じーちゃん。わたし、ドレス着たいんだけど」

「駄目だ。うちは代々白無垢と決まっておる。君もその方がいいだろう? 鮫島君」

「はぁ……」


 そこで彼に振らないでよ! 『嫌です』なんて言えるわけないじゃん!

 ちょっと前まで無関心だと思っていたのに、誤解が解けた途端にこれだよ。いや、嬉しいんだよ? でも白無垢もいいけど、やっぱりドレスが着たいんだよなぁ……。


「じーちゃんの案は却下で」


 そう宣言すれば、烈火のごとく怒られた。


「わしがせっかくお前のためを思って言っておるのに、何だその言い草は!」

「だってドレスがいいもん。白無垢は直樹くんのお嫁さんに着せてあげてください」


 そうだよ。直樹くんなら直系だし、婚約するし、じーちゃんが口を出してもおかしくない。


「直樹か……」


 苦い顔をするじーちゃん。何だ?


「何でそんな顔してんの?」

「……逃げられたのじゃ。相手の娘に」

「逃げた?」

「本当ですか?」


 彼も興味津々だ。祖父は、表情はそのままに頷いた。


「行方不明で手がかりなしだ。どれだけ探しても引っかからん」


 わー、ざまぁみろ! いい気味。人の恋愛を混乱させるから逃げられるんだよ、バーカ。愉快だ、愉快~!

 喜びが顔に出ていたのか、彼に服を引っ張られて睨まれた。


 いやいや、あいつがしたことを思えば喜んだっておかしくないし。

 しかしその娘さん、いいね。もしかしたら他に好きな人がいて、その人と添い遂げるために駆け落ち……とか? うわー、ロマンチック! ぜひともお知り合いになりたいよ。


 自分の家族、彼の家族、そして祖父……。各々が結婚に関するあれこれを提案してくれるおかげで、わたしの脳みそはキャパシティを超えました。

 そこで、わたしは駆け込み寺へ向かうことにしました。







「みちるぅ~、助けて! 脳みそがパンクする」

「いらっしゃい、お客様。ようこそ」


 ……そうだった。ここは結婚式場だったっけ? ま、いっか。話を聞いてくれるなら、何だって。


「ここに来たってことは、式の相談よね? それはいいんだけど……」


 そう言いかけて、みちるはわたしの隣に冷たい視線を向けた。


「なんであんたがここにいるわけ?」

「えへ、ついてきちゃった。仕事モードのみちるちゃんを見るの、久しぶりー!」


 目をキラキラと輝かせた、菊池くんでした。ここに来る途中にバッタリ会ったんだよね。で、みちるの勤務する式場に行くって言ったらついてきちゃった。


「そうか。ラナちゃんについてくれば、こうしてみちるちゃんに会えるんだね」

「馬鹿なことを言うな。今すぐ帰れ」

「嫌だ。ラナちゃん、これからもいつ来るか教えてね」

「絶対に教えるな」

「……とりあえず、話を聞いてください」


 痴話喧嘩は家でお願いします。


 わたしはここ最近の周囲の盛り上がりについていけないことを馬鹿正直に話した。


「そういうのは何もあんただけの悩みじゃないのよ。子供の結婚式に親が口を出すことなんて珍しいことじゃないんだから」

「うーん、いろいろ考えてくれるのは嬉しいんだけどさ。候補があり過ぎて、絞りきれない」

「ちゃんと鮫島さんと話し合ってる?」

「それがさ……」


 そう、彼は以前より、ものすご~く忙しくなってしまったのだ。

 それもそのはず。な、なんと部長に昇進してしまったのだ。

 いや、喜ばしいことですよ? だけど帰りも遅いし、かなりお疲れだし、ゆっくり休ませてあげたいじゃん。だから言いにくいんだよね。


「あんた、まさか全部一人で決める気?」

「いや、多分言えば考えてくれると思うけど……」

「ラナちゃんさ、もっと鮫島さんに甘えた方がいいよ? 一人で頑張りすぎると疲れるし」


 そうなんだけどさ。


「でもできるだけ一人で頑張るよ。とりあえず候補を絞ってから慎也さんに訊いてみる」


 そうそう、訊いておきたいことがあったんだ。


「ね、もしここで式を頼んでみちるが担当になったら、友人として参加するのは無理?」

「そりゃそうでしょ。担当者が式当日に不在なんてありえない」


 やっぱりそうかぁ……。でも他の担当者はな……。いや、でも友人として式に出て欲しいし……。

 ぐるぐる考えを巡らせていると、みちるは声を落とした。


「それに土日は休みづらいのよ。しかもここで式をするならなおさらね」


 そうかぁ。じゃあ他の式場? うーむ……。


「わたしのことは気にしなくてもいいから。もしここでするなら担当になって、思い出になる式を挙げられる協力はするし。他なら何とか休むわ」


 うわ、どうしよう。頭を抱えると、横の菊池くんが懇願の目で見てきた。


「ラナちゃん、ここにしてよ。じゃなきゃ、みちるちゃんに会えないじゃん」

「……悠真、今すぐ帰るか黙って大人しくしているか、選べ」

「……静かにしてます」


 しょぼくれる菊池くん。もうごちゃごちゃ考えるのはやめだ。決めちゃえ!


「みちるにお願いする。式には無理でも二次会とかには絶対出てね」

「オッケー。絶対に成功させるわ」


 頼もしい言葉を受け、わたしは気合を入れなおした。






 その日の夜、彼に報告した。


「そう、三田さんのところにしたの」

「勝手に決めちゃってごめんなさい」

「いや、多分そうすると思っていたから」


 さすがですね。わたしのこと、よくわかってる。


「でもプランがいっぱいあって迷うんですよね」

「そうだね。俺にももっと相談してくれていいんだよ?」

「忙しいじゃないですか、部長さん」

「今だけだよ。もうすぐ余裕も出てくるから。それからうちの家族のことはあまり気にしなくていいよ。ちゃんとラナがやりたいようにさせるからって言っておいた」


 でもどこかで意見を取り入れなきゃ。それが親孝行ってものでしょうし。


 式場を決めたことを両家に報告すれば、すんなり納得してくれた。ただ、その中から選ぶのも大変。いっぱいあるからね。


「とりあえず、ブライダルフェアがあるから来てみたら?」


 みちるに勧められて、彼と二人で参加してみた。何ヶ所かある会場の見学、料理の試食、プランの説明など。楽しいんだけど……。


「どうかした?」

「いえ……」


 気分が落ち込む。これから式に向けてやらなきゃいけないことを聞いて、げんなりしたのだ。式と披露宴だとか、洋装か和装か、式に招待する人のリストアップ、席順、誰にスピーチを頼むか、引き出物など……。


 姉ちゃんは親族と親しい友人だけでやるからそこまで大変じゃないみたいだけど、こっちは彼が昇進したことによって、お偉いさんがわんさか来ることになりそう。しかもうちの身内はあれだし……。


 何度かみちるに相談したけど、なかなか決められない。時間もどんどん過ぎていく。

 焦りが募り、とうとう爆発した。


「もー嫌だ。やめる。式なんてやらない! やっぱり写真だけでいい!」


 彼と二人で相談に行った帰りに道端で叫んだ。ギョッとした彼は、なだめようと躍起になる。


「そんなこと言わないの。三田さんも相談に乗ってくれているでしょ? 俺ももっと一緒に考えるから、ね?」


 確かに彼はちゃんと一緒に考えてくれていますよ。みちる曰く、慎也さんはちゃんとしてくれている方らしい。酷い人は式の打ち合わせを花嫁さんに任せきりなんだって。


 我儘だってことはわかってる。式をすると決めたからには乗り越えなければならないことだと。でもでも、これって理屈じゃない。絶対マリッジブルー。まさか自分がなるとは思わなかった。


 わたしがこんなことを言い出して、彼も困ってる。だって両家の親族も式を楽しみにしているから。でもこのブルーな気持ちは抑えられない。

 彼はわたしのご機嫌取りに必死だ。


「ほら、機嫌直してご飯食べよう。何食べたい?」


 ご飯で釣ろうとするなんて、わたしを何だと思ってるんですか。いつまでもそれで機嫌が直ると思ったら大間違いですよ。でも……お腹減ったな。

 それなら、あそこがいいな。


「……中華のバイキング」

「ああ、あそこね。でもオーダーバイキングだよ。無理でしょ?」

「大丈夫です。いっぱい食べられますから」

「ドレス着られなくなっても知らないよ」


 くそう。ひどくない? その言い方。機嫌直す気ないじゃないか。でも反論できない。


「……じゃあ中華は諦めます」

「あ、ラーメン屋ならあるよ」

「それでいいです」


 そしてラーメン屋へ向かって歩いて行くと、突然後ろから声を掛けられた。


「……慎也?」


 振り返ると男女のカップル。慎也さんを呼び止めたのは、長身で目鼻立ちのくっきりしたきれいな女性だった。

 彼を仰ぎ見ると、驚いた表情を浮かべていた。


「……彩」


 えっ!? この人が……?


 女性はとびきりの笑顔で慎也さんを見た。


「久しぶり」


 おいおい。今更出て来ないでくれよ。元嫁! もっと不機嫌になっちゃうよ!!




最後の最後に元嫁キタ――――!!

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