クリスマスにリベンジ 後編
R15でセーフ……だよね??
アウトだったらどうしよう
いつも以上に長め
卓球を終えて、お土産売り場にやってきました。
「あ、これおいしそう。慎也さん、お土産買ってもいいですか?」
「……敬語は?」
「あ、禁止でし……」
「また……」
呆れた声が上から降ってくる。そんなこと言っても、もう癖なんですからしょうがないじゃないですか!
何をさせられるか、ドキドキだった卓球勝負の罰ゲーム。だけど予想に反して、色気のあることではなかった。
「今日一日、敬語禁止ね」
「それでいいんですか?」
「いいよ」
「敬語、嫌だったんですか?」
「嫌じゃないけど、距離を感じる」
だって年上だし。とにかく際どいことじゃなくて安心、というかむしろ拍子抜け。
でもこれが意外に難しい。
「で、どれ? 買ってあげるよ」
「平気で、……平気。だって自分でお金持ってま……るもん」
「いいから」
「じゃあ……これで、す」
タメ口を気にし過ぎて会話がたどたどしい。
そんなわたしを見てため息をついた彼は、とんでもないことを言い出した。
「今から敬語一回につき、ラナからキス一回ね」
「えっ、そんな!」
酷いよ! 横暴!
「ちなみに人前でもやってもらうから。当然、口ね」
うぎゃぁ――――!! 羞恥心!!
「慎也さんの鬼!」
「鬼で結構」
キ――ッ! ムカつく!!
「名前呼びはすんなりできたのに、敬語はなかなか抜けないね」
「だってもう癖で、……だもん」
「今、怪しいね」
「セーフ!」
「……そういうことにしてあげる」
ふぅ、危ない、危ない。人前でキスとか、絶対イヤ。
それからお土産をたくさん買った。もちろん自腹。
家族の分、みちるの分、ひろみ先生の分、カフェの分、店長、野口くん、サヤカちゃん個人の分。あとは、ばーちゃんと純樹兄ちゃんの分も。じーちゃんと直樹くんはいいや。まだちょっとムカついてるし。
「慎也さんは誰かに買わない……の?」
「うーん、実家と設楽ぐらいかな」
そういいながら、お菓子の箱を手にして考え込んでいる。それを待ちながら、ぶ~らぶら~。
うわ、木彫りのクマだ。ちゃんと鮭持ってる。すっごい細かい。いいな、欲しい……。
それを凝視していると、後ろから軽く声をかけられた。
「おねーさん、一人?」
振り返ると、いかにも軽そうな男の人。うわ、さすがにわかる。これはナンパだ。
「連れがいるので、ごめんなさい」
ここはきっぱり断らなければ、慎也さんが鬼プラス魔王になっちゃう。
「連れ、いるんだ? じゃあその子も一緒に……」
「無理です」
「連れは私ですが……何か?」
男の人の後ろから、威圧感たっぷりの彼の声。男の人の顔が真っ青になって、「いえ、すみませんでした!」と慌てて逃げちゃった。
「慎也さん、今日はちゃんと自分で追い払……ったよ?」
「そうだね。でもまだまだだね」
ちぇっ。自分なりにうまくできたと思ったのに。
「さ、そろそろ部屋に戻ろうか。荷物貸して。持つよ」
「いいですよ、自分で……ああっ!」
やっちまった――――!! どうしよう!!
彼は腹が立つぐらい嬉しそうな顔をする。
「言ったね。じゃあ、はい。キスして?」
こんな人がいっぱいいるところでは無理。マジで無理。
顔を真っ赤にしながら、首を横にブンブン振って拒否する。すると右手に持っていた荷物を奪われて、ギュッと手を繋がれた。そのままエレベーターに乗り込む。扉が閉まるなり、彼は言った。
「ここなら二人きりだからできるよね?」
小首をかしげたそのしぐさに「フェロモン!」と心の中で悲鳴を上げながら、背伸びしてチュッと口づけた。
「……これでいい?」
「いいよ。さて、今日はあと何回キスしてもらえるかな?」
その口調、腹立つ――!
たかがお土産買っただけなのに、すごい疲労感。部屋に戻るなり、お土産を放り出して畳にぐったりと寝そべる。
「寝ちゃ駄目だよ」
「わかってます! ……あ」
もう嫌――! 自分の馬鹿! 阿呆!
クスクス笑う彼をキッと睨む。彼はわたしを手招きするので、渋々身体を起こしてそばに寄る。
「ここなら平気でしょ? ちょっと深めで頼むよ」
深め!? 何言ってんの!?
アワアワするわたしを腕に抱き込んで、彼は視線で催促する。しょうがない……。
さっきよりも唇を押し付けて、ちょっと長めのキスをする。唇を離しても彼の腕は外れない。
「離してくださ……」
「はい、もう一回」
もう駄目だ。敬語が離れない。言われるままに唇を合わせる。
「……まだ?」
「ん、まだ……」
もう罰ゲームとか関係なくなってきた。やっぱ慎也さんとのキスは気持ちいい。
唇を離すと同時に漏れる吐息が甘い。頬が上気しているのが自分でもわかる。
今度は彼の方から口づけてくる。わたしがするそれよりも深くて甘い。思考が霞んで、何も考えられなくなる。
「……ん、ふ……」
「……気持ちいい?」
「……ぅん……」
もっととねだるように彼の浴衣を握りしめると、突然唇が離された。まだ足りないと彼を見ると、意地悪そうな顔。
「もうすぐご飯だから、おあずけ」
今はご飯より快楽……なんだけどな。でも腹が減っては、戦はできぬって言うし。
「こら。そんな蕩けきった顔、俺以外に見せちゃ駄目」
そんなこと言われても……。あなたがそうさせたんでしょうが!
食事の時間までに緩んだ顔をシャキッとさせる。
普通の顔ができるようになった頃、ご飯の時間がやって来た。机に並べられた料理を眺める。
「うわぁ、おいしそう!」
今は確実に色気より食い気です。現金な女です。
「いただきます!」
うーん、美味! 完食するぞ!
夢中でもぐもぐ食べていると、彼が苦笑する。
「そんなにお腹空いていたの?」
「だっておいしいから」
「そ。それはよかった」
「それにたくさん食べても平気。だってどうせ……」
言いかけて、『消費するし』という言葉をぐっと飲み込む。そんなことを口走った日にゃ、どえらい目に遭うのは明白。
「どうせ……何?」
ニヤニヤとわたしを見る彼の視線に恥ずかしくなる。ついついきつく言い返してしまった。
「何でもないもん!」
「楽しみだな。ラナもその気になってくれたんだね」
「違う!」
その嫌な視線から目を逸らして、食事に集中した。
食事を終えてしばらくすると、仲居さんが布団を敷きに来た。また居たたまれなくなって、「ジュース買いに行ってくる」と逃げ出す。部屋を飛び出す直前に言われた。
「今度は早く戻って来るんだよ」
「わかってます! ……あ」
「ペナルティ、一つね」
くそー。どうしちゃったんだよ、わたし! しっかりしろ!!
ちょっと頭を冷やしたくて、また一階のロビーまでわざわざ向かった。精神安定のためのココアを買って、ソファーに座ってゆっくり飲む。
ああ、あのときとは全然違うけど、やっぱり緊張するな。でもあまり待たせると慎也さん、また拗ねちゃうな。
半分ほど残っていたココアを一気に飲み干し、缶を捨てて部屋に戻った。
しかし、部屋の前でしばし立ち止まる。
もしかしたらまた間接照明……? 軽いトラウマなんだけど。
ビクビクしながら中に入ると、ちゃんと明かりはついていた。安心して奥に進むと、彼はテレビを見ながらビールを飲んでいた。
「おかえり」
「ただいま」
よかった。まだそういう雰囲気じゃなかった。
歯磨きをしてすっきりすると、彼が言った。
「露天風呂、先に入っておいで」
おお、そういえばせっかく部屋にあるのに、まだ入ってない。卓球して汗かいちゃったしね。
「うん」
お言葉に甘えることにした。なんだかさっきのペナルティも忘れているみたい。やっと運が向いてきた!
やはり外だから寒い。急いでかけ湯をしてから中に入る。
「ふぅ~。極楽」
ちょっと熱めのお湯加減だけど、じーんと体の芯まで温まってくる。
見上げれば満天の星空。山の中だから、周囲に星の輝きを邪魔するものは何もない。
キラキラ輝くそれに魅入られ、さっきまでの緊張感も薄れていく。
「綺麗だな……」
その呟きに、返ってくるはずがないのに応える声がした。
「気に入ってくれた?」
振り返ると全裸の彼だった。とっさに彼から視線を逸らす。
「な、何で入って来るの!?」
「せっかくの部屋風呂を一人で楽しむ気?」
パニック! これまで入っている最中に乱入されたことはないから、頭がこんがらがっている。
「じ、じゃあわたしはもう出ます!」
もう敬語とかどうでもいい。
慌てて立ち上がって風呂から出る。急いで立ち去ろうと小走りになった瞬間に、つるっと足が滑る。
「あ……」
「危ない!」
とっさに目を閉じる。でも身体に衝撃はなく、わたしはたくましい腕に支えられていた。目の前には焦った彼の顔があった。
「……っとに、危なっかしい」
「……ごめんなさい」
大きな息を吐いて、彼はわたしを湯につからせる。自分もかけ湯をし、中に入ってきた。
「風呂付の部屋だっていう時点で、こういうことを想像できると思っていたけど?」
「だって途中で入って来るとは思わなくて……」
「最初から一緒がよかった?」
「別にそういうわけでは……」
何度も見ているはずなのに、このたくましい身体を直視できない。お湯の熱さと恥ずかしさの相乗効果で、どんどん身体が熱を帯びる。
「ラナ、こっち見て?」
「……無理」
「じゃあもっとこっち来て? 遠いよ」
「やだ」
その小さな呟きを聞くなり、彼はわたしの腕を掴んで自分の膝の上に乗せて、後ろから抱きしめた。
「ち、近い!」
ジタバタ暴れるので、水しぶきが上がる。
触ってる! 当たってる! 無理、マジで無理! うぇーん、露天風呂なんて入るんじゃなかった!
「こら、暴れない」
だったら離して!
大人しくなるそぶりを見せぬわたしの耳元で、彼は命令のような強い口調で言った。
「さっきのペナルティだよ。大人しく、このままでいなさい」
そう言われては、抵抗できるはずがない。身体の力を抜いて、素直に背中を預けた。その様子に、彼は満足そう。今度は優しい口調で言った。
「ん、……いい子だ」
ああ、終わった……。捕食決定。どのみちそうなる運命だったんだ。
わたしの顔を彼の方に向け、キスをしてきた。触れるだけ、それなのにもうクラクラしてくる。
「……や……だめ……」
「まだ触れているだけだよ?」
わたしをからかった後、彼のキスはどんどん深くなる。二人の動きで水面が揺れた。静かなこの場に響き渡る水音は、どこから聞こえてくるかもわからない。お湯なのか、わたしたちの口元なのか。どちらにせよ、その音が卑猥なものに変換されて、思考回路がドロドロに蕩けてしまう。
キスを続けながら、今度は身体ごと彼と向い合せにされる。彼の手はわたしの後頭部に、もう一方は腰に回る。
唇から離れた彼の顔はわたしの首筋に向かい、ちゅっと吸われる。ただそれだけなのに、わたしの身体は敏感に反応してしまう。
「――っ」
「……かわいい」
ふっと笑った彼の吐息が耳にかかって身体が強張る。そんなわたしを安心させるように、そっと背中をなでられる。それがまたいやらしい。
「大丈夫。力、抜いて?」
「……や、もう……」
首を振って無理だと伝えても、彼は止まらない。彼の顔が胸のあたりまで下がり、愛撫され、そこからじんじんと甘い痺れが湧き上がってくる。
「……あっ……だめぇ……」
「……駄目なように聞こえないよ?」
優しく囁きながら、不埒な手は下に伸びていく。触れられただけで衝撃が走る。
「……はぁ……も……」
快感を逃そうと頭を振り、生理的な涙が頬を伝う。それを舐め取り、彼は耳元に唇を寄せた。
「まだ駄目だよ。もう少し我慢して……」
無理。もう声が抑えられない。外だから、誰かが聞いている気がして怖い。反対にそれが劣情を煽る。
「……ぁ」
もう駄目だと思った瞬間、呑気な声が耳に入ってきた。
「うわー、星キレー!」
「ほんと! 高いだけあるー!」
若い女の人のはしゃぐ声。多分隣の部屋だ。それが少しだけ冷静にさせる。力なく、彼に懇願した。
「しん、やさ……ここではいや……」
それなのに彼はやめてくれなかった。
「やだ……聞かれちゃう……」
「うん。だから声、抑えようね」
無理。絶対無理。
首を振って否定すれば、彼は「しょうがないな」と呟いた。
「じゃあ塞いであげるから、俺だけに集中しなさい」
そう言うなり、彼はキスしながらわたしを高みに押し上げていく。ボロボロと涙を流しながら、彼に与えられる快感を拾っていく。
「……んんっ……ふっ……ん……」
もう、本当に駄目……!
「ん――――……」
頭が真っ白になって、そこでぷっつり記憶が途切れた。
目を覚ますと、布団の上だった。浴衣もちゃんと着ていて、額には濡れたタオル。
「起きた? 大丈夫?」
心配そうにわたしを窺う彼は、同じように隣で横たわっていた。
「あ……わた、し……」
「気をやったみたいだよ。のぼせもあったと思う。ごめん、止められなくて……」
しゅんとしている彼に、掠れた声で訴えた。
「み、ず……」
喉がカラカラで、上手く声が出ない。何だか頭がクラクラする。
彼は立ち上がってどこかに行き、水を手にして戻ってきた。
「身体起こせる?」
微かに首を横に振る。彼は水を含み、わたしに口移しで飲ませてくれた。何度かそれを繰り返し、渇きが満たされる。ようやく落ち着いた。
その様子を見て、彼は優しく頭をなでてくれた。
「もう今日は休もう。無理しちゃ駄目だ」
そして彼は立ち上がろうとする。それを彼の浴衣を掴んで止めた。
「どこ行くの……?」
「俺は向こうで寝るから、ゆっくり休みなさい」
やんわりとわたしの手を外そうとするので、より手に力を込めた。
「いや……行かないで……」
「大丈夫。襖を挟んで隣だよ」
こんな子供みたいなことを言うなんて、わたしどうしちゃったんだろう。もうわけがわからない。
「やだ……そばにいて……」
「駄目だよ。そばにいたら俺は止まらないよ?」
困り顔の彼。諭すように言われたが、そういう問題じゃない。わたしのためを思って我慢してくれているけど、それがどうしても嫌だった。
「止めなくていい……置いていかないで……ひとりに、しないで……」
もう嫌なの。この旅館の部屋で、一人きりで朝を迎えるのは。たとえ襖一枚でも、今は耐えられない。
寂しい、寒い、つらい、悲しい――――以前に経験した負の感情を今、すべて思い出していた。もうあんな思いはしたくない。
「でも休んだ方がいい」
「いいから……おねがい……慎也さんがほしい……」
ポロポロと泣き出したわたしを、彼は抱き寄せた。子供を落ち着かせるように、背中をポンポンと軽く叩く。
「……駄目だよ。ラナが眠るまでそばにいるから。ほら、目を閉じて」
「おねがい……ずっと、一緒に……いて……ひとりは……嫌なの……」
もう置いて行かれるのは嫌。ひとりで眠れない夜を過ごしたくない。彼の温もりに触れていたい。知らないうちに心に開いた穴を、隙間なく彼に埋めてもらいたい。
泣きながら彼に縋る。我儘は承知、でもこれだけは譲れない。
「だ、いて……おねがい……」
この言葉に硬直した彼は、少し身体を離して無言でわたしを見つめる。その眼には確かに欲望の炎が浮かんでいた。
戸惑いながら、彼は訊いてきた。
「……本当にいいの?」
「……して……わたしを……慎也さんで……いっぱい満たして……」
そう言うなり、彼は噛みつくようにキスしてきた。呼吸もできないほど激しい。でもそれが嬉しい。 一度離れた彼は、独り言のように呟いた。
「明日の予定は白紙だな……」
それからわたしを布団に押し付けて、再び唇を貪る。
それでいい。もっとわたしにあなたを刻み付けて。
触ってないところがないぐらい、身体中に触れて。
わたしのすべてをあげるから、あなたのすべてが欲しい。
ここでの悲しい出来事すべてを奪い去るように、激しく愛して――――
一夜明け、彼の腕の中で目覚めた。しっかり抱きしめられているから身動きはできない。全身の倦怠感はかなりある。それよりもいろいろ溜まっていた負の感情が消え去り、心が軽やかになったことの方が重要だった。
ぼんやりと彼の寝顔を見つめる。すぅすぅと寝息を立てるその顔からは、昨日の妖艶さや荒々しさは微塵も感じない。
昨日はどうかしてた……。あんなはしたないこと、いろいろ言っちゃったし……。
でも不思議と羞恥はない――――今のところは。
お腹空いたな……。朝ご飯、何時だろう。えっと、今は七時? もしかして部屋で食べるのか? だったらまずくないか? 仲居さんが入ってきてビックリ! 一つの布団に全裸で……。
うわ、ヤバイ。起きなきゃ、着替えなきゃ。……ああ、その前にお風呂入りたい!
わたしを包む彼の腕を剥ぎ取り、頑張って起き上がろうとすれば、腰に腕が巻き付いて布団の中に引き戻される。顔を上げれば、寝起きで不機嫌そうな顔が余計に険しくなっている。
「お、おはようございます?」
「……どこ行く気だったの?」
「お風呂です。慎也さんも早く起きてください。仲居さんがご飯持ってきちゃいますよ」
言い訳のようにまくしたてれば、彼はふっと表情を和ませた。
「大丈夫だよ。この部屋にはチェックアウトするまで誰も来ないから」
「え、じゃあご飯は?」
「朝はレストラン。言わなかった?」
「聞いてません」
「……敬語、戻っちゃったね?」
ああ、そういえばそうだな。
「いいんです。あれは昨日だけのルールでしたから」
「でもこれだけは言っておく。結婚したら敬語は禁止。だからそれまでに練習しておきなさい」
うげ、いいじゃん、敬語。まぁ、努力はしますけど。
不貞腐れていると、彼はわたしを心配そうに見た。
「身体、平気? だるいとか、痛いとかある?」
「ちょっとつらいけど、平気です。多分動けます」
「よかった。昨日は相当がっついたからな。ラナのかわいいおねだりのせいで」
赤くなるのを隠すため、顔を背けた。やっぱり恥ずかしい……。
「昨日はおかしかったんです。忘れてください」
「駄目。絶対覚えてる。いつもああやっておねだりしてくれてもいいんだけど?」
「……しませんから」
しばらく無言の後、彼は申し訳なさそうに口を開いた。
「ラナがあれだけここに一人でいるのを嫌がったのは、俺のせいだな」
「え?」
「俺が怒ってラナを一人で部屋に放置したから。それを思い出したんだろう?」
そうなんだけど、でも違う。
「慎也さんのせいじゃありません。あれはわたしも悪かったし。それに……」
ギュッと彼にしがみつく。
「昨日で全部、忘れちゃいましたから」
そう言って笑えば、彼も笑顔を浮かべた。
それから、「一緒に」と言い張る彼を振り切って一人でお風呂に入り、着替えて彼の準備が終わるのを待つ。少し遅い朝ご飯を食べ、時間ぎりぎりにチェックアウトをした。
「また来たいな」
ポツンと呟いたら、彼は優しく頷いてくれた。
「ああ、また来よう。もっといい思い出を重ねていこう」
二人で約束して、のんびりと帰路に着いた。
ラナが鮫島に対して使っているのは敬語ではなく丁寧語なんですが、そこはお気になさらず。
次回、結婚準備が始まります。




