クリスマスにリベンジ 前編
時期外れのクリスマスネタ
もうすぐ十二月。慎也さんは昨年と同様、クリスマス近くまで多忙らしい。だけど今年は平日でも彼の家に行っているので、寂しくなんてないのさ。
わたしもバイト三昧だぁ~と思っていると、彼から提案があった。
「クリスマスさ、旅行に行こうか」
「旅行?」
「そう。バレンタインに行ったあそこにもう一度行こう。実はもう予約、入れてあるんだ」
そこには苦い思い出しかない。彼を拒絶して、傷つけたんだもん。できれば触れたくなかった。
「でも……」
口ごもると、彼はわたしの頬を両手で包み込んで、視線を合わせてきた。
「前に言ったよね? つらい思い出を、ラナとの楽しい思い出で塗り替えたいって。だからラナとの苦しい思い出も、同じように塗り替えないか?」
「いいんですか? 仕事は……」
「大丈夫だよ。有給がたまり過ぎて、消化しろって総務に言われたばかりだから。そのかわり、年末は馬車馬のように働かなきゃいけないけど」
迷ったけど、きっとわたしのためだよね……。ここで過去の失態から目をそむけちゃいけない。
「はい、行きます」
わたしの返事に彼はとても嬉しそうだった。
そしてこの旅行のために、一つの難関が待っている。
「ということなんで、イブとクリスマスは休みをください!」
「本当かい!? 困ったなぁ……」
店長、お願いしますよ! 一生のお願い!
バイト先のカフェ。休みを申請すれば、頭を抱えて困り顔の店長。そばにいた野口くんが意外だと言わんばかりの顔をした。
「ラナさん、とうとうクリスマスにデートっすか。やったじゃないっすか!」
社員になった野口くんは先日、サヤカちゃんと入籍しました。結婚式は出産後にするんだって。彼女はすでにバイトを辞めた後だ。寂しいけど、ママになるんだからしょうがないよね。
「ふふふ、そうなのだ。だから店長、お願いします!」
神様、仏様、店長様! お願い!
拝んで、必死に頼み込むけど……無理か!?
しかしここで天の声が。
「ちわーっす。遊びに来ましたぁ!」
「サヤカちゃん! 久しぶり~!」
少しお腹が目立ってきたサヤカちゃんだった。場の雰囲気に、不思議そうに首をかしげた。
「ん? どうしたんすか?」
状況を説明すれば、サヤカちゃんが臨時バイトに入ってもいいって言ってくれた。
「え、いいの? だって身体、つらくない?」
「へーきっす。それにしょーちゃんも通し勤務っすから、一人で家にいてもつまんないし。重労働は無理ですけど」
「もちろん無茶なことはさせないよ。サヤカちゃんが来てくれるなら助かる。ラナちゃん、クリスマス、楽しんでおいで」
「はい! ありがとうございます! サヤカちゃん、ありがと~! 今度何か奢るね」
「二人分なんで、覚悟してくださいね~」
こうして無事休みも取れて、あとはクリスマスを待つのみ!
クリスマスイブです。駅で慎也さんと待ち合わせ。これは以前と同じ。でもあのときとはテンションが違い過ぎる。今は浮かれすぎてルンルン!
迎えに来てくれた彼の車に乗って、いざ目的地へ。一日目は前と同じところに行くんだって。ということは、まずはそば打ちですね。
「前はうどんみたくなりましたけど、今度はちゃんとそばを作りますから」
自信満々なわたしに、彼は運転しながら笑った。
「楽しみだな」
高速を三時間ほど走ると、視界に広がる光景は十ヶ月前とほとんど変わっていない。
また来たんだな……。今度はきっと楽しい思い出ばかりですね。
さて、そば打ち道場に到着。腕まくりをして、準備万端!
料理教室でそばを打ったことはないけど、手際は格段によくなっているはず。自分もそばを打ちながら横目でこちらを見た彼は、驚きの声を上げた。
「へぇ、上手になったね」
「本当ですか? えへへ」
嬉しくなって、より真心を込めて手に力を込める。お互い作ったそばを半分ずつ食べることになっているので、張り切っちゃいますよ。味も褒めて欲しいもんね。材料は同じだけど。
完成したそばを仲良く食べる。やはり彼の作ったものは、店で出しても通用するレベル。とてもじゃないけど敵わない。だけどわたしのそばを食べた彼が、感嘆の声を上げた。
「……おいしい。腕、上げたね」
「嬉しいです」
自分でも食べてみる。以前と違って、ちゃんとそばの細さになるように慎重に切ったし、ゆで加減も完璧だと思う。成長したじゃん。やったね、わたし!
お昼ご飯のそばに大満足した後は、例の展望台だ。前はあそこでテンションガタ落ちしたけど、今回はハイテンションのままですよ。
「うわー、何度見ても綺麗!」
少し寒いけど、澄んだ空気が心地いい。この絶景、たまらないね。
柵から身を乗り出して下を見る。高っ! 高所は平気だけど、さすがに怖いかも。
「こら、危ない」
後ろから彼の腕が腰に回って引き寄せられた。斜め後ろを見れば、すぐそばに彼の端正な顔。そのまま抱きしめられる。
「平気ですよ。そこまでドジじゃありません」
「どうだか。ラナは危なっかしいからね」
むぅ、また子供扱い。ムッとしているのが顔に出ているのか、彼はなだめるようにすり寄ってきて、頬にキスしてきた。それにびっくりして慌てる。
「慎也さん、人がいますから!」
前は誰もいなかったからよかったけど、今日はいるんですから。恥ずかしいじゃないですか。ジロジロ見られてますよ!
「……見せつけてやればいい」
なんちゅーことを! 羞恥心、どっかに捨ててきちゃったんですか!?
ここ最近、以前より人前でのスキンシップが激しくなってきている気がする。ところ構わず抱きしめてくるし、甘えてくるし、ちょっと放置しただけで拗ねるし。子供か!
でもそんなところもかわいいなって思ってしまう、わたしは病気です。
展望台を後にし、お宿へ。チェックインのとき、お世話になった初老の男性の従業員さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」
「お世話になります」
ここも変わってない。でも案内された部屋は以前とは違っていた。部屋は二間の和室。それは前と同じ。でも……。
あわわ、部屋に露天風呂がついてる!!
「あの……ここ、高いんじゃないんですか??」
だって露天風呂だよ。そこから見える景色も絶景。部屋のランクが上がりまくってる。
「そこは訊かないのがルールでしょ?」
いやいや、全額慎也さん持ちだもん。悪いよ。
「いいから。頑張ったご褒美はちゃんと貰うから」
ニヤッと笑うその表情に、寒気がしたのは言うまでもない。
ご飯まで時間があるので、先に大浴場に入ることにした。部屋のお風呂で十分だと渋る彼に、駄々をこねた。
だって前に来たときは大きなお風呂を満喫できなかったし、混浴なんてしたらまたご飯抜きになるよ。豪勢なここのご飯を、わたしがどれだけ楽しみにしていると思ってるんですか!
一時間後に待ち合わせをして大浴場へ。まだ早い時間だったために貸切状態。
「ふぅ~、いい湯だな~」
独り言だってへっちゃらさ。ちょっとだけ泳いじゃうぞー(よい子は真似しないでね)。
思う存分満喫してお風呂から出たら、彼はもう出てきていた。
「慎也さん、お待たせしました」
彼に駆け寄る。
うーん、やっぱり浴衣姿はイイ。フェロモン倍増。クラクラしちゃう。
彼はわたしが雑に乾かした髪の毛をくしゃっと触って、顔をしかめる。
「まだ生乾きじゃないか。風邪をひいても知らないよ」
「大丈夫ですよ。外に出なきゃ平気です」
だって館内は暖房ガンガンだもん。そのうち乾くよ、きっと。
館内をぶらぶら散歩していると、温泉といえば……な代物に遭遇した。
「慎也さん、卓球ですよ、卓球」
「やりたいの?」
「はい!」
ということで卓球対決です。十点先に取ったほうが勝ち。
「負けた方が勝った方の言うことを聞くってことで、いいですか?」
「……いいよ」
ニヤリと笑った彼に背筋がゾクリ。ヤバイ、絶対勝たないと、きっとまずいことになる!
ラケットを彼に突き出して、必勝予告。
「ぜーったい負けませんからね!」
そして十分後、床に崩れ落ちてうなだれるわたしがいました、とさ。
「卑怯ですよ。あんな角度に打ち込んでくるなんて……」
「卑怯だなんて人聞きの悪い。これも戦略だよ」
しかも台の端すれすれに打って来るんだよ。絶対アウトだって思ったもん。
駄目だ、このままでは……。わたしは多少汚い手を使うことにする。
「い、今の勝負は無効です。だって慎也さんは元テニス部ですもん。ハンデがいります」
「テニスと卓球は違うと思うけど?」
「ラケットで球を打つんだから一緒ですよ。ハンデつけてもう一度!」
しかし……。
「ハンデつけても俺の勝ち。今度は文句、ないよね?」
「……はい」
くっ、悔しい――――! 卓球の神様、どうしてわたしを見捨てたの――――!?
台にうつぶせでもたれかかって地団駄を踏んでいると、手にしていたラケットを取り上げた彼が顔を近づける。
「じゃあ俺の言うこと、聞いてね?」
ニッコリ笑うその顔、もう恐怖しか感じません!
一体わたし、何させられるの――――!?
次回、あまっあま。
多分過去最高に(自分比)




