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わんこの思うこと

鮫島視点。

でも甘さはあまりないかも。

 彼女と無事和解して気持ちを通じ合わせてからは、怒涛の週末だった。


 あの夜、まさか襲われかけるとは思わず、かなり驚いた。だが、それもたまにはいいなと思ってしまった。あんな大胆な彼女は貴重だ。


 それにまさか逆プロポーズされかけるとは……。一世一代のプロポーズを先越されるわけにもいかない。触れまいと決めていたにもかかわらず、抱き寄せて口でそれを遮った。

 俺が言うからと説得すれば、ボロボロと泣いて喜んでくれた。結局このことがきっかけで彼女に触れることへの恐怖感が消え、お互い愛を確かめ合った。


 金曜は疲労のせいですぐに眠ってしまったが、翌日は朝から盛ってしまった。ぐったりする彼女を介抱しながら自己嫌悪に陥る。でもそれにすら幸せを感じてしまうとは、俺も駄目な男だ。


 不安でいっぱいだった会長夫妻に無事交際を認めてもらった後は、彼女の両親に筋を通すことが残っている。


 彼女の家を訪ねると、父親に和室に呼ばれた。緊張でいっぱいになりながら中に入る。

 中に入っても、無言でじーっと視線を俺に向けたままだった。だからより緊張が高まる。

 しばらくして、いつも以上の無表情でこう言われた。


「何も訊かないから、一発殴らせてくれないか」


 その言葉に、俺の犯した許されない行為が知られているのではないかと不安になった。美羅さんから話が伝わっていてもおかしくないのだ。だが確認することはできなかった。

 それにたとえ知らなくても、俺はこの人から罰を受けるべきだ。彼の大切な娘を傷つけたことには変わりないのだから。


「わかりました」


 グッと体に力を入れれば、顔に来ると思った拳は腹に入った。その衝撃の強さに一瞬目の前が暗くなり、畳に崩れ落ちた。胃を逆流するものをぐっと飲み込む。

 そんな俺を見下ろして、彼は大きく頷いた。


「……これでいい。これからも面倒をかけるだろうが、あれを見捨てないでやってくれ」


 そう言い残して、部屋を出て行った。


 ゴホゴホとむせながら壁に寄り掛かる。脂汗が出てきた。

 覚悟していた以上にキツイな……。何か格闘技でもしていたのだろうか。全く躊躇していない。

 後から聞いたら空手の有段者だそうだ。でもきっと手加減してくれていたと思う。そうでなければ、気を失っていてもおかしくない。


 これで自分の犯した罪が、ほとんど許された気がした。あとは彼女を大切にしていくことで償おう。今後の人生すべてをかけて。


 それからプロポーズも無事成功し、彼女の家族にも認めてもらい、婚約することとなった。







 週明け、会社へ行くなり竹田専務に呼ばれた。来た、魔の時間だ。部屋の中は張りつめた空気で、少し息苦しい。


「呼ばれた理由はわかっているね?」

「はい。ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」


 デスクに向かう専務に、俺は頭を下げた。


「純樹君から大方のことは聞いたとは思うが、松浦との契約は締結されたよ。君の件を大いに利用させてもらった。その部分に関してのみはお手柄だった」


 専務は俺の退職願を手でもてあそびながら、話を続ける。


「実はね、今、かなりまずいことが起きていてね」


 どうやら俺の直属の上司である坂田部長が、他社から不正に金を受け取り、内部情報を流していたそうだ。部長が俺に松浦の令嬢の言いなりになるように進言したのも、自分の不正がばれるのを危惧し、俺を他の実務から遠ざけるためだったらしい。


「坂田部長は今のところ謹慎処分だ。だが、恐らく懲戒解雇になるだろう。場合によっては刑事事件に発展する可能性もある。背景は調査中だが、社内の混乱は避けられない」


 そう言うなり、手にしていた退職願を破り捨てた。


「ここで君に辞められては困る。私はね、“辞めて後は知りません”なんていう責任の取り方が一番嫌いだ」


 俺に向けられる鋭い視線に恐怖を感じながら、背筋を正す。


「君にはこの件の対応と処理を任せる。もちろんこの件だけじゃなく、通常の業務も並行して行わなければならない。当分は残業続きだろうが、覚悟はできているね?」

「はい」

「よろしい。だからと言って君一人ですべて行うのは無理だ。ちゃんと部下をうまく使いなさい。それも君の仕事だ。いいね?」

「はい。精一杯やらせていただきます」


 こういう責任の取り方は悪くない。この一件での社のダメージは強いだろうが、俺はやれることをやるだけだ。


「では失礼します」


 一礼して部屋を出ようとすれば、引き留められる。振り向くと、専務は先ほどとは打って変わって優しい表情を浮かべていた。


「婚約おめでとう。認めてもらえてよかったね」


 その言葉が嬉しくて「ありがとうございます」と礼を言って、今度こそ退出した。






「わぁお! 面倒なことやらされるんだな。せいぜい励め、この幸せ者!」

「ああ」


 昼休みに設楽と定食屋へ行き、そこですべてを報告した。本来なら酒でも飲みながら話したかったが、残業続きなので仕方がない。


「しかし、ラナちゃんが柏原の孫娘ねぇ。世間は狭いなぁ」

「ラナには言うなよ、その言葉」

「わかってるって。坂田部長も馬鹿なことしたよな。情報を横流しした人間なんて、どこの会社も雇ってくれないぜ。専務もさ、一体どこからそんな情報取って来るんだろうな。不正を暴いたのは専務らしいぜ」


 同感だ。あの人の頭の切れ具合、見習いたいような、見習いたくないような……。それに俺の婚約の情報も早すぎる。昨日の今日だぞ。専務の情報網とは、一体どんなものだろう。


 ぼんやり考えていると、設楽は感慨深い声を上げた。


「とうとうお前も結婚かぁ。家族ぐるみのお付き合いが始まるのか。――な、同い年の子供作って、それが男女だったら結婚させるか?」

「何を言って……」

「いや、マジだから。……別に同い年にこだわらなくてもいいか。親戚になろうぜ」

「断る」


 設楽と親戚? 冗談じゃない。


「最近さ、麻理と『もう一人作ろうか』って話してるわけ。ということはお前の子供と年齢的にも合うかもしれんだろ? 今度は男が欲しいからさ、お前は女の子作れ。で、俺の息子にちょーだい」

「誰がやるか!」


 由理ちゃんは間違いなく酒井似だ。確率的には次は設楽似……。

 嫌だ、絶対に嫌だ。こんな人をおちょくることを生きがいにしているような性格を受け継いだ男に、娘をやれるか! 


 女の子なら、きっとラナに似てかわいいだろうな。目に入れても痛くないほどに。嫌というほどかわいがって、甘やかしてあげよう。

 それで『大きくなったらパパと結婚する!』とか言われたい。でも『パパはママじゃなきゃ駄目だ』って断る。いいな、そんな未来……。


 設楽は嫌な笑みを浮かべている。


「俺、お前に似た女の子がいいな。で、俺そっくりの息子。次世代でも同じようなやり取りが見られるとか、面白くね?」

「面白いわけあるか!」


 本気か冗談か全くわからない。こいつなりの祝いの言葉なのだろう――多分。


 ここで設楽は話をガラッと変えた。

 

「ところで式とかどうすんのか、考えてるのか?」

「いや、まだだ」

「お前は二回目だもんな。でもさ、できるだけラナちゃんのやりたいようにさせてやった方がいいぞ。結婚式の花婿はおまけ。主役は花嫁なんだから」


 そうなんだよな。正直言って俺はどちらでもいいけど、ラナの花嫁姿は見たいしな……。





 その日の夜、彼女に電話をした。首にならなかったことと、しばらく忙しいことを伝えれば、彼女は俺の身体のことをとても心配していた。確かにここ一ヶ月は、いろいろと忘れたくて無茶なこともしていた。だが眠れるようにもなったし、精神的な不安がなくなっただけで十分だった。

 それでも不安そうな彼女に、平日も家に来るように提案してみた。少し戸惑う彼女にねだる様に言葉をかければ、了承してくれた。


 最近、下手に出て甘えたように言えば、彼女は断れないことを発見した。この手を使うのが楽しくてしょうがない。


 こうして平日でも顔が見られるようになり、仕事の疲れも吹き飛んだ。出迎える彼女とのやり取りは、まるで新婚のようだった。


 一度、帰って来るなり『ご飯にする~』的なくだりを言われたことがあった。本当に言う人がいるのかと驚いた。それが彼女の口から出るとは……。

 しかし、せっかくのかわいい彼女からのお誘いを断る馬鹿はいない。担ぎ上げてベッドに直行すれば、そっちから誘ってきたくせにご飯がどうのこうのと訴えてくる。往生際が悪いと思いながら、捨てられた仔犬みたいに彼女を見れば大人しくなった。やはりこの手は効果絶大。楽しい夜を過ごすことができた。






 後日、実家に報告に行ったときのこと。案の定、式の話になった。


 彼女は「写真だけでいい」と言い出した。彼女がそれでいいならいいかとも思ったが、楓と菜月が猛反対。絶対に式は挙げるべきだと主張した。


 確かに準備は大変だが、彩とのときに盛大な式を挙げておきながら、ラナのときは写真だけ……というのは差がありすぎる。それにあんなに苦労して周囲に認めてもらったのだから、お披露目も兼ねてするべきだろう。


 渋り続ける彼女にこっそり耳打ちする。


「真っ白なラナを、俺色に染めたい……」


 下手に出るのもいいが、やはりこうして翻弄した方が彼女には効果がある。そんな気がした。自分でも気障だなとは思うが、ストレートに言わなければ伝わらないのだ。


 こうして何とか、俺たちの結婚への道は始まったのだった。




首にならなくてよかったね。

しかし、すでに親馬鹿になりそうです。


次回、なぜか季節外れのクリスマスネタ。

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