婚約者は激甘フェロモンわんこ
阿呆丸出しなタイトル(失笑)
でもそんな話。
慎也さんと出会って一年が経ちました。
紆余曲折があって、先日無事婚約したわたしたち。かといって特に変化はないが、唯一変わったことがある。
会社に退職願を提出した彼だったが、幸い受理されなかった。
でも竹田のおじちゃんからお説教を食らったって。それから大変な仕事を任されて当分残業が続くって、電話でこぼしていた。
「大丈夫なんですか? ずっと残業とか休日出勤していたんですよね?」
『ああ。でももう体調もいいから、多分平気』
「だけど……心配です」
『じゃあラナが家で、疲れた俺を出迎えて癒してくれると嬉しいな』
「え?」
それって……。
『同棲、とまでは言わないけど、平日でもラナに会いたい。一緒に過ごしたい』
な、なんと! 慎也さん、あなた婚約してからというもの、甘え方が半端なくなってません??
黙り込んでいると、電話口から窺うような声がする。
『駄目……かな?』
ズッキューン! もうお手上げです。完敗です。小首をかしげて、潤み目で見上げてくる彼を想像してしまった。フェロモン大王、パワーアップ!
「わ、わかりました」
こういう経緯で週の半分ぐらいは彼の家へ行って、ご飯を作って彼の帰りを待つ生活になりました。
まぁ姉が式より先に入籍して、義兄になった的場さんが同居(マ○オさん)状態になったから、小姑はお邪魔ですしね。ちょうどよかったですよ(ただ、彼は事件が起きると帰ってこなくなるけど)。
ということで、彼の家へ。帰宅した彼を出迎えます。
「おかえりなさい」
「ただいま」
出迎えたわたしを抱き寄せて軽くキス。
もはや新婚生活の予行練習ですか? 練習でこれだったら、本番はどんなんだろう? 心臓が持たないよ。
「あ、いい匂い」
「今日はクリームシチューです。ちょっと作りすぎちゃいましたけど」
「へぇ、楽しみだな」
彼のかばんを受け取って、もう新妻状態!? いやん、まだ早いよ。
彼が着替えている間に食事の準備。彼が席に着いたら食事開始。他愛もないことで楽しくおしゃべり。ああ、この感じ、久々!
で、お風呂に入って(あ、平日は一人で入ってますよ? 休日は……げふん)、寄り添って眠る(平日はしませんよ? ……ほとんどは)。
これが婚約後の、平穏だけど幸せいっぱいな日常。
「少し前までこじれていたと思ったら、今度は惚気? やってられないわね」
「……すみません」
みちるにお礼のランチをご馳走しようと、会ったときに言われた一言。かなりやさぐれている。
「正直言って、こんなに早く婚約するとは思わなかったわ。ラナに先を越されるなんて」
「みちるちゃん、僕は今すぐにでも結婚できるよ?」
「寝言は寝て言え。経済力皆無の未成年が!」
「もうすぐハタチだもん!」
ついでに菊池くんもくっついてきた。出費が増えた……。まぁ、いいけど。
「でもよかったわね。面倒な親戚、まとめて黙らせることができて」
「本当に。一時はどうなることかと思った」
「あんたが事実をさっさと言わないからよ」
グサッと刺さる。でも反論できないから黙る。
「で、半同棲して新妻気分に浸って、『ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?』とか……」
ボンッと真っ赤になったわたしを見て、みちるは言葉を失った。
「…………言ったんだ」
はい、言っちゃいました。しばし回想……。
『おかえりなさい』
『ただいま』
『慎也さん。ご飯にする? お風呂にする? それともわたし?』
驚くように目を見開いてから、黙ってじーっとわたしを見下ろす彼。次の瞬間、荷物を抱えるように肩に担がれて、ベッドへ直行。
ご飯が冷めると訴えれば、しょんぼりとして尻尾が垂れ下がった仔犬のような悲しそうな目で見てくるんだもん。それ以上拒否できなくて、結局明け方近くまで貪られました……。
次の日休みだったからいいものの、平日だったらとんでもないですよ! 起き上がれなくて大変だった。しかも慎也さんは上機嫌で世話をしてくれるし。恥ずかしくて仕方がなかった。
だったらあんなこと言うなって? だって一度言ってみたかったんだもん!
でももう二度と言わない。お腹の虫に誓ったもん! グーグー言わせてごめんなさいってやつです。あれほどの空腹にはもう耐えられない。
回想から戻ってくると、うんざりしたように唸るみちるが目に飛び込む。
「婚約した途端、何よこの激甘。――酒! 酒持って来い! 飲まなきゃやってられない」
菊池くんはすかさずメニューを手に取る。
「みちるちゃん、何頼む? 僕はねぇ、赤ワイン!」
「じゃあわたしも……って、昼間から飲むわけないじゃない。そもそもあんた未成年」
「だからもうすぐハタチ!」
ノリツッコミ!? 漫才見ているみたい。息ピッタリだ。仲いいな。
「とにかく、いろいろとご心配かけました!」
「あら、上手くまとまったのね。……残念」
同じようにひろみ先生にも報告すれば、この言葉をいただきました。残念ってどういう意味ですか。
「で、結局襲ったの?」
「……未遂です。愛撫止まりです」
「情けないわねぇ」
だってあまりに拒否されて、悲しくて泣いちゃったもん。わたしにはハードルが高すぎた。でも結果オーライ。
「ちゃんと仲直りできたし、触ってくれるようになったからいいんですよ!」
「触ってくれる、ねぇ……。いやらしい響きだわ」
「なっ……」
思わず赤面。恥ずかしい!
「せっかく馬鹿ミコが、聞いているこっちが恥ずかしいようなイカれた赤裸々話をしたのも、無駄だったってことね」
あ、ミコさんっていうのは先生の隣人でお友達(実は先生の彼女かも、とわたしはにらんでいる)。例の“夜の恋愛講座”をしてくれた、かわい子ちゃんです(年上だけど)。ただ、性格はかなりぶっ飛んでました。さすが先生の友達。
「無駄じゃないです。ミコさんの言葉ですごく励まされましたもん」
報われない恋をしているミコさん。彼女の部屋に泊めてもらったとき、こんなことを言っていた。
『自分の好きな人が同じように自分のことを好きになってくれるって、それだけで奇跡だよね。だからラナちゃん、絶対に諦めちゃ駄目だよ』
その言葉がジーンと心に浸みて、とても励まされた。
「……フン。それなら恥を晒した甲斐もあったってことね。あの馬鹿も役に立ったじゃない」
先生ってツンデレだよね。じーちゃんとは別種類の。
「いろいろと相談に乗ってくれて、ありがとうございました」
ペコリと頭を下げてお礼を言うと、先生はちょっとだけ笑ってくれた。
「まぁ、これからも励みなさい。料理もしっかり覚えるのよ。一生勉強よ! ついてきなさい!」
「はい!」
まだまだ修行は続く……よね?
そうそう。彼の実家にも挨拶に行きました。そのとき拓也くんと陸くん、塁くんはいなかったけど、他の皆さんは揃っていた。
「俺たち、結婚することにしたから」
彼の言葉に、皆さん大いに喜んでくれた。
「わぁ、いつかいつかと待ってたんだよねぇ。お兄ちゃん、やるじゃん!」
「おめでとうございます、お義兄さん、ラナちゃん」
「ありがとうござます」
そしてわたしはご両親を見て、背筋をただした。
「不束者ですがよろしくおねがいします。お義父さん、お義母さん」
ペコリと頭を下げれば、優しい視線と交差する。
「こちらこそ」
「慎也のこと、よろしくね」
「はい……」
じーんとしていると、お義姉さんが訊いてきた。
「で、式はどうするの?」
「そうだな……。ラナのお姉さんの式が控えているから、少し先にしようと思っている」
「ちなみに式はいつなんだい?」
「えっと、一月です」
お義兄さんにそう言えば、菜月さんが提案した。
「じゃあせっかくなら六月にしたら? ジューンブライド、よくない?」
六月の花嫁かぁ。それよりも……。
「あの、式とか別になくてもいいんですけど……」
言った瞬間にお義姉さんと菜月さんが揃って、食い気味に叫んだ。
「「駄目よ!」」
二人の目力に驚いて、目を丸くした。
「一生に一度のことでしょう? いい思い出になるんだから、絶対挙げるべきよ!」
「そうそう。ラナちゃん、ドレス着たくないの?」
「着たいですけど、写真だけでいいかなって……」
「ダメダメ、絶対駄目。……ちょっと、お兄ちゃんも何か言ってよ!」
彼はわたしの顔を覗き込むように説得にかかる。
「ラナ、写真だけでいいなんて言わないの。ちゃんと式、挙げよう?」
「でもいろいろ大変そうだし」
ちょうど結婚準備を間近で見ていると余計ね……。
まぁ三ヶ月でどうにかしようとしている姉ちゃんと比べちゃいけないだろうけど。正直面倒くさそう。お金もかかるし。
「その大変さも、後々いい思い出になるんだから。ね?」
ううっ、その顔、反則ですよ。
――でも慎也さん、二回目だからこんなに式にこだわることないじゃん。きっと結婚式、挙げたんだろうし。……嫌なこと思い浮かべちゃったな。今さら元嫁のこと、考えてもしょうがないのに。
そのことは当然言えず、わたしは渋り続けた。でも結局負けた。止めの一言はこれだった。
「ラナの純白のウエディングドレス、見たいな」
そう呟いたあと、周囲に聞こえないようにわたしの耳元で甘く囁いた。
「真っ白なラナを、俺色に染めたい……」
ひ、卑怯者!! そんな殺し文句言われちゃ、頷かないわけにはいかないでしょうが!
こんな気障なことを言えちゃうし、それが厭らしくないなんて信じられないよ! どんな極上男ですかっ! フェロモン!!
意地悪な彼に、こうしてうまく丸め込まれちゃいました。ま、まだ日にちもあるからいいか。
こんな風に気楽に考えていたわたしに、結婚の魔の手が襲い掛かるのはもう少し後の話。
夜の恋愛講座は後日番外編にて。
多分本編完結後です。
次回は鮫島視点。




