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語られなかった漆黒の闇

腹黒警報発令中。

この話はシリアス&ダーク&残酷な表現があります。閲覧注意です。

苦手な方は、最後の十行ぐらいから読まれることをお勧めします。


おまけ小話も同様です。


 彼は顔つきを変えて、本題に移った。


「鮫島さん、七年前の事件のことはご存知ですか?」

「ええ。ラナと三田さんから……」

「ああ、彼女ですか」


 どうやら三田さんのことは知っているようだ。


「ここからはラナが知らない、あの事件の真相をお伝えしようと思います。あなたが聞いた話では、到底納得できなかったでしょう」


 その通りだ。彼女に危害を加えた奴らが捕まらなかった。そんなこと、絶対に許せない。


「事件は揉み消された、そう聞かされたはずです。そうですよね?」


 俺は頷いた。


「確かに事件にはならず、犯人は逮捕されなかった。しかし、きっちりと罰は与えました」

「それはどういう意味でしょうか」

「法律に則り、罪に問わなかっただけです。刑務所に入って、わずかな期間を不自由に過ごすだけでは温い。もっと長い時間をかけて苦しんでもらわなければ、到底納得できないということです」


 思わず息を呑む。とんでもない話になりそうな予感だ。


「主犯の頭取の娘と金で雇われたヤクザ二人――ヤクザの方はどうなったかは知りませんが、恐らく哀れな末路でしょう」

「それは一体……」

「ヤクザとは言っても小物です。この件に加担したのも、組への上納金が払えないから金目当てで、という理由でした。それ以外にもいろいろと派手にやっていたようです。放置しておけば、こちらが手を出すまでもなく、どうにかなったでしょうし。それに刑務所に入ったほうが安全ですしね。そんな安息など、奴らには必要ありません」


 聞きようによれば、すでに……。背筋が凍りつくような恐怖が湧き上がる。

 彼はそんな俺に構う様子もなく、話を続けた。


「頭取は相談役という名の、権限のない閑職へ退かせました。行内の一部で反対も起きたようですが、柏原の系列企業との取引および一族の個人財産などの一切を他行に変更すると言えば、それですんなり通りました。これでも甘いですよね。もっと地獄を味あわせたかったのですが、さすがにこれ以上は止められました」

「あの……あなたがすべてを決めたのですか?」

「そうですよ。その頃は社会人一年目でしたが、すでに柏原の経営に参加していましたから」


 恐ろしい人だ。弱冠二十三歳でここまでできるものなのか。俺がその年の頃は、右も左もわからなくてオロオロしていたぞ。


「そうそう、娘のほうですね。忘れていましたよ。彼女にはとある御仁を紹介しました。その方のプロポーズを受け入れ、事件後すぐに結婚しましたよ」

「結婚?」


 それって甘すぎやしないか? 柏原の紹介なら、その女にとっていい話なんじゃないのか?

 顔に出ていたのだろう。俺の表情を見て、彼はクスクス笑い出した。


「今、『甘い』と思いましたね? でもね、これは彼女の地獄の始まりなんですよ」


 そう言って彼は楽しげに話を始めた。


 その相手は大手ゼネコンの社長だった。四十代半ばで離婚歴があるものの、結婚相手としては申し分ない男で、娘は一も二も無く飛びついたそうだ。

 しかし結婚してみれば愛人はわんさかいて、男自身は凶暴で加虐的な性癖の持ち主。娘を大豪邸の一室に監禁し、散々いたぶったらしい。

 その上、先妻の一人息子も父親そっくりで、義理の母となった娘を凌辱していたそうだ。離婚することもできず、娘は今もそんな環境に身を置いているらしい。


「聞けば少し精神がやられたようで、今は彼女自身も楽しんでいるそうですよ。ある意味、幸せなのかもしれませんね」


 あまりの衝撃の内容に言葉が出なかった。


「これが七年前の事件のその後です」

「あなたは知っていたのですか? その男性の人となりを」

「いいえ、知りませんでした。たとえ知っていたとしても、彼との結婚を望んだのは彼女自身ですよ。彼女は彼の表面しか見ていない。それは彼女自身の責任じゃありませんか?」


 彼はきっと男の凶暴さを知っていたのだろう。そして娘の眼力の無さも見抜いていたのだ。

 恐ろしい人だ。こんな恐ろしいことを淡々と、それも楽しげに話せるなんて……。


「……このことを知らないのは、ラナと三田さんだけですか?」

「そうですね。叔父と叔母はもちろん知っています。それに沙羅姉さんも。美羅には言わないつもりでしたが、『見つけ出して復讐する』と言ってきかなかったので教えました。三田さんも関係者でしたから言ってもよかったんですが、彼女に知られるとラナに伝わる恐れがあったので」

「そうですか……」

「とてもじゃないけれど、言えないでしょう? こんな闇の部分。こんなこと、あの子が知る必要はない」


 彼女がこのことを知ったらどう思うだろうか。女の自業自得だとはとても思えないだろう。へたすれば、自分を責めて追い詰める恐れもある。


 真顔になった彼が、じっとこちらを見つめる。


「どうですか、真っ黒でしょう。……怖いですか?」

「そうですね。綺麗ごとだけではやっていけないでしょうが、まさかここまでとは……」

「これが私の生きる世界なんです。表面上は煌びやかな世界に見えるかもしれない。でも裏では大きな闇を抱えている。あなたはそんな一族と縁戚になる。それを理解していただきたいと思い、お話ししました。今ならまだ、やめることもできますよ」


 できれば知りたくなかった。でも裏の事情があれ、俺はもう彼女を手放すことはできない。


「やめません。私はもう、彼女がいない人生など考えられない」

「そうですか。それならいいんです。――私はね、あなたには申し訳ないですが、直樹のしたことはあながち悪いことでもなかったと思っています。もしあなたがラナを捨てて麗華さんになびいたり、柏原の名を利用するためにあの子に近づいたのだったら、容赦なく頭取の娘たちのような目に合わせていましたよ」


 射抜くような視線に緊張感が増す。


「もちろんラナだけでなく、沙羅姉さんも美羅も大切な従姉妹です。幸せになってほしい。傷つけるような奴は排除する。そのためならどんなことでもしますよ」

「……それで私は合格ですか?」


 そう尋ねると、ふっと表情を和らげ、彼は優しい笑みを浮かべた。


「もちろんですよ。そうでなければ七年前の真相など話していません。スキャンダルになりかねないのでね。この件は他言無用でお願いしますよ」

「もちろんです」


 誰が言えるものか、こんな真っ黒な話。知らないほうが幸せだった。


「こんな話をして脅すようなこともしましたが、柏原関連でラナに危害が及ぶことは恐らくないので、安心してください」

「それは?」

「柏原の弱点は他にある、ということです。従妹よりも後継者の妻の方が利用価値はありますから」


 この人、結婚しているのか。そういえば指輪をしているな。こんな黒い人とよく結婚したよな、奥さん。いや、政略結婚だから選択肢はないのか。かわいそうに……。


「それから祖父のことは心配しなくてもいいですよ。祖母と僕を味方につけた時点で、結婚は認められたも同然ですから」

「それは一体……」

「祖父はね、婿養子なんですよ。だから基本的に祖母には逆らえない。それに柏原の実権は、実質僕が握っていますから。反対しようが無駄です」


 会長に対するこの扱いの悪さ、ちょっとかわいそうだ。


 いつも間にか、彼の呼称も“私”から“僕”に変わっている。これって打ち解けたということなのだろうか。いいのか、悪いのか……。


「ついでなんですが、さっき直樹に『結婚の自由はない』って言ったの、覚えていますか? あれもこの件の後に僕が言った言葉なんです。あれにも責任を取らせなければならない。だから恋愛結婚を禁じました。もし自由な結婚がしたかったら、それ相応の結果を示せと。それでラナを自分の下で働かせて、成果を上げようとしていたようです。あれが勤めるのはIT関連企業なので」


 なるほど、それで蛇男か……。他力本願もいいところだな。


「今回の件もあなたを試すこと、それからラナを自分の仕事に引き込むことを目的としたのでしょう。ただやり方が問題だった。松浦物産とあなたの会社を巻き込み、多大な迷惑をかけた。私情を挟むには事が大きくなり過ぎた。これ以上は容認できません」

「だからあの二人を結婚させるのですか」

「そうです。これでも一応温情をかけたのですよ。何せ、直樹は麗華さんのことが好きですからね」


 えっ、まさか……。

 俺のあまりの驚き様に、彼は悪戯が成功した子供みたいにとても嬉しそうだ。


「驚いたでしょう。幼い頃から片思いなんです。でも昔から変わらなくてね。べったりくっついているくせに、ついつい彼女をいじめてしまうんですよ。だから嫌われているんです。彼女もそれが原因で“イケメンアレルギー”になってしまったようですし」

「彼からしたら、彼女と結婚するのに異論はないのでは? でも先程はそんな様子ではなかったですよね」


 この世の終わりみたいな顔だった。辻褄が合わない。


「ちゃんと彼女と思いを通じ合わせて、結婚したかったようですよ。政略結婚は嫌だと常々言っていましたから。結婚の過程が問題のようです。変なところでロマンチストですね」


 意外にかわいいところがあるんだな。


「しかし自分の思い人に他の男を誘惑するように仕向けますか? 普通はそんなこと、できないと思いますが」

「ああ……馬鹿なんですよ。でも不本意とはいえ、恋焦がれた相手と結婚させてあげるんです。餌を与えたんですから、これからは馬車馬の様に働いてもらいます」


 評価が厳しい。だが、事実だな。この人、弟にも容赦がない。そうじゃなければあんな大企業を牽引できないということか。


 それからも彼といろいろなことを話し込んだ。仕事のことになれば話が合い、とても有意義な時間が過ごせた。


 黒い、かなり黒いが、彼とは親しい関係を築いたほうがいいだろう。それにどうやら気に入られたようだ。今は会長よりこの人の方が怖いのだが。





 夕食に誘われ、ダイニングに向かう。すると苦々しい表情の会長に話しかけられた。


「……鮫島君。ラナのこと、よろしく頼む」

「は、はい」


 どういうことだろう。あれほど大反対していたのに、俺が離れた後に何があったのだ。彼女に聞いても「魔法の言葉のおかげです」と意味の分からないことを言うだけだった。


 夕食後、柏原家の面々に見送られてそこを後にする。高階さんに家まで送ってもらうことになった。


「慎也さん、今日も一緒にいていいですか?」

「いいよ」


 甘えたように尋ねる彼女に、優しく頷いた。その様子を運転していた高階さんが、ミラー越しに眺めている。


「仲が良くてよろしいですね。会長に曾孫の顔を見せる日も近いですかね」


 その言葉に、二人そろって赤面したのだった。




これでシリアス期間は終わりです。

お疲れ様でした!


次回から、ようやく甘々強化期間。


でもその前に腹黒大魔王の、ある意味ホラーなおまけ小話。

残酷表現あり。苦手な方、閲覧注意です。


おまけ小話「リアル鬼ごっこ」


 時は七年前。従妹のラナが頭取の娘に誘拐された。警察と柏原家のお抱え特殊部隊の懸命の捜索で、誘拐から三時間後にとある廃墟で無事見つかった。


 まずラナを救急車で病院に運び、娘を拘束して別の場所に移動させた。警察を言いくるめて帰した後、純樹は屈強な男たちに抑え込まれている二人のヤクザを、冷酷な笑みを浮かべながら見つめた。


「さっさとサツに連れて行けよ」


 一人の男の言葉に、彼はきっぱりと言い切った。


「警察には行きませんよ」

「へぇ。じゃあ俺たちを逃がしてくれるってことか。随分お優しいことで」


 ヘラヘラと笑う二人の男に、笑みを崩さずに彼は言った。


「そうです。僕は優しいので、ちゃんと知らせておきましたよ。あなた方の上の組事務所と敵対する組事務所に匿名で」


 その言葉に男たちの表情が強張る。二人を交互に見ながら、続けた。


「あなた方、相当まずいことをしているみたいですね。覚せい剤を粗悪品とすり替えて上物を横取りし、それを敵対組織のシマで売りさばく……。どちらの組織も、あなた方を血眼になって探すでしょうね」


 どんどん青ざめていく男たちに彼は真顔になり、鋭い視線を向けた。


「警察で保護させるわけにはいきません。圧力をかけて、事件にはしませんので。だから助けを求めても無駄です。警察は取り合ってくれませんから」


 彼は屈んで、恐怖で打ちひしがれる男たちと視線を合わせる。


「た、助けてくれ……」


 男たちの懇願も軽く無視し、声を張る。


「さぁ、鬼ごっこのはじまりですよ。これから全国数万人のヤクザが鬼となって、あなた方を探すでしょう。――――ああ、もし逃亡中に何の関係もない一般人に危害を加えたら……」


 彼は手で拳銃のような形を作り、一人の男の額に向けて「バン!」と言った。男たちの身体がビクッと震える。


「……このように、あなた方の額に風穴が開きますよ。ゲームが終わるまで監視させていただきますから。うちのお抱えスナイパーは、いい腕をしているんですよ」


 もちろんそんなことをするつもりはないし、スナイパーなど抱えていない。

 しかしこの状況下で二人の思考はとっくに停止していたので、この真意には気が付かない。


「さ、逃げてください。あまり簡単に捕まらないで下さいよ。せっかく逃がしてあげるんですから。逃げて、逃げて、逃げまくって、僕を楽しませてくださいね?」


 二人を取り押さえる男に開放するように指示する。自由になったのに、恐怖で動けずにいる男たち。彼は冷酷な表情で二人を見下した。


「この先、一生苦しめばいい。何の罪もないあの子に手をかけたこと、死ぬまで後悔させてあげますよ」


 冷たく吐き捨てると同時に、倉庫の周囲に多くの車が停止する音が聞こえた。恐らく二人を探しに来たヤクザたちだろう。

 それに気が付き、男たちは一目散に逃げていった。その後ろ姿をただ眺めた。


「……さ、仕事はまだ終わっていません。今度はあの女を地獄に送ってあげましょうね」


 純樹は屈強な男を従えて、廃墟を後にした。




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