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従兄の事情

鮫島視点です。


この話と次話は、絶賛腹黒祭り。

腹黒が苦手な方、ご注意を。

「じーちゃんって……ツンデレ?」


 それまでの緊張感を吹き飛ばすその言葉に、思わず噴き出した。




 会長に会うことは、今まで感じたことのないほど緊張した。対面してみればその威圧感におののくほどだ。案の定、交際を反対される。それは想定内のことだった。

 反対されたことに、はじめはいやに丁寧だった彼女の口調が荒くなっていく。大喧嘩に発展したときに、それを止めたのは彼女の祖母と従兄だった。


 秘書の高階さんの進言で、彼女の祖父への誤解が解けた。その上、あの威厳の固まりである会長へのツンデレ発言。笑ってはいけないのに、ついつい止められなかった。

 

 俺のすぐそばで、後継者の純樹さんも同じように噴き出していた。お互い視線を合わせると、彼が小声で話しかけてきた。


「ここはもう大丈夫でしょう。少しお話したいことがありますので、一緒に来ていただけませんか?」


 こうして彼に連れ出された俺は、離れの一室に案内された。ソファーとテーブルが置いてあるそこは、恐らく応接間であろう。


 カーペットの敷かれていないフローリング部分に、柏原直樹と松浦の令嬢が正座していた。どうやら足が痺れているようで、苦悶の表情を浮かべていた。

 それを凝視していた俺に、純樹さんはクスッと笑った。


「朝からずっとこうして正座をさせています。トイレ以外、食事も認めていません。これでもまだ甘いぐらいですよ」


 彼の笑みからどこか黒いものを感じる。怒らせてはいけない人種、恐らく竹田専務と同類だ。


 床に座る二人を気にせずに、彼は俺にソファーに座るように勧め、自分も腰かけた。お手伝いさんらしき女性がお茶を置いて退出したのを確認し、彼は口を開いた。


「このたびは愚弟がご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした。本人にももちろん謝罪させますが、まず私から謝罪させてください」


 立ち上がって深く頭を下げられ、ちょっと動揺してしまった。慌てて頭を上げるように言う。本当にすまなそうな顔つきに、こちらのほうが恐縮してしまう。


「ここにいる松浦の令嬢があなたに迫ったのは、愚弟の指示です」


 あらためて腰かけた彼からそれを聞き、令嬢のほうを見る。彼女は泣きそうになりながら、頭を下げた。


「鮫島さん、本当にごめんなさい。あなたに不快な思いをさせました。退職願まで出すほど大ごとになるなんて、思わなかったんです」

「ラナの膝の怪我は、あんたの指示か?」


 つい口調が荒くなってしまう。だが、もしそれが事実なら、俺はこの女を絶対に許せない。

 純樹さんも鋭い視線で彼女を射抜いた。


「……それはどういうことかな」


 柔らかな問いなのに、背筋が凍るほど恐怖を感じるのはなぜなのだろうか。

 彼女は激しく首を振って、それを否定した。


「知りません! ああ言っておけば、ちょっとした脅しになるんじゃないかと思って言っただけで、本当に何もしてません!」

「直樹、お前は?」

「知らない。大体俺があいつにそんなことするわけないだろ!」

「ということは偶然みたいですね……」


 彼はふっと表情を崩した。怖かった……。冷や汗が出るほどの緊迫感。もしかしたら専務よりすごいかもしれない。


「そうそう、竹田専務からあなたに伝言があります。また話はあると思いますが、松浦との商談は無事にまとまったそうですよ。あなたに対する件を含めた業務妨害で、有利に契約することができたと言っていました」


 さすが専務。あの商談、もともとはうちのほうが若干不利だったからな。とんだ災難だったが、役に立ったなら幸いだ。


「あなたが退出された後に松浦の社長と専務を呼びつけて、そこの令嬢を含めお灸を据えたようです。怖いですね。あの人だけは敵に回したくないですよ」


 その場にいなくてよかった。専務は敵認定した人間に容赦がない。きっと俺も出社したらこってり絞られるんだろうな。今から覚悟しなければ。いや、本当に首になるかもしれない。これからどうしようか……。


「それからこの二人を、今回の責任を取らせるために結婚させますから」

「えっ!?」


 いきなりの爆弾発言に目を見張る。床に座る二人を見ると、今それを知らされたようで、共に目を見開いて硬直していた。


「兄貴、なんだよそれ!」

「前から言っておいたはずだ。直樹、お前に結婚の自由はない」


 冷たく言い放った純樹さんの言葉に、彼はうなだれた。

 令嬢のほうはぶるぶると身体を震わせた。真っ青な顔をし、急に大声を上げた。


「イヤ――――っ! 絶対イヤ――――!」

「麗華さん、すでにご両親に話を通してあります。あなたに拒否権はありませんよ」


 ちょっと待て。この令嬢、彼に色目を使っていなかったか? 見惚れていなかったか? それなのに本気で嫌がっている。


「ダメ、絶対ダメ……。こんな悪魔と結婚できない……」

「悪魔とは言ってくれるじゃねぇか。麗華のくせに」

「無理、絶対無理ぃ。だってわたし……」


 彼女は顔を手で覆って、叫んだ。


「イケメンアレルギーだもん!!」


 ……は? 


「無理ぃ、溶ける……かゆい……死んじゃうよぉ……」


 彼女は力なく呟き、しくしく泣き出した。


「鮫島さんに色仕掛けしたのも、二人を別れさせることができたら、二度と直樹と関わらなくていいって約束だから頑張ったのに。それなのに鮫島さんもイケメンで溶けかけて、じんましんちょっと出ちゃうし。専務さんにすごく怖い笑顔で説教されるし、家に帰ってお姉ちゃんにキレられて勘当されかけるし、パパには泣かれちゃうし。それなのに結婚って……」


 彼女はキッと彼を睨み付け、声を荒げた。


「直樹の嘘つき! 悪魔! 女ったらし! 馬鹿! イケメン! 滅びろ! わたしは平々凡々の顔の人と結婚したいのに!!」

「うるせぇ! お前、もう黙れ!」


 ……何だ、これ。俺は目の前で繰り広げられる、ガキの喧嘩のような茶番に唖然としていた。

 それにこの令嬢、本っ当に俺に迫ってきたのと同一人物か? 絶対違うだろう。二重人格? いや、きっと演技だろう。女って怖いな。


「この二人、このように仲が悪いんですよ。お騒がせな二人は、一緒にしたほうが監視の目も届きやすいですし。今後何かしでかしたら、二人まとめて死なない程度に捨て置きます」


 さらっと言った純樹さんの言葉に震えがくる。本当に黒いな、この人。ラナと血、繋がっているのか? どこをどうしたら、こんな真っ黒な人が出来上がるんだろうか。


「麗華さん、うるさいので少し黙ってください。――直樹、どうしてこんなことをしたのか、鮫島さんにきっちり説明して謝罪しなさい」


 その言葉に、うなだれていた彼は顔を上げ、ぽつりぽつりと話し始めた。


「本気で別れさせるつもりはなかったんです。ただあいつの相手は、柏原と関係なしにあいつを大切にしてくれる奴じゃなきゃ駄目だから……。権力や妨害に屈することなく、他の女の色仕掛けにも惑わされることなく、あいつを愛し抜いてくれる人かどうかを確認したかったんです。……鮫島さん、本当にすみませんでした」


 怒りはあったのに、神妙に頭を下げる彼をこれ以上責められなかった。全部彼女のことを思ってのことだから……。


「……もういいですよ。起きてしまったことは仕方ありませんから」


 そう言うと彼は目を潤ませて、もう一度俺に頭を下げた。純樹さんが二人に声をかける。


「まだまだ反省してもらわなければ困りますが、今日はこれぐらいにしておきます。行っていいですよ。食事を用意させましたから、二人仲良く食べなさい」


 二人は痺れた足を引きずり、フラフラになりながら部屋から出て行った。


 シーンと静まり返る部屋に、妙な緊張感が漂った。冷めたお茶を一口飲むと、彼が口を開いた。


「鮫島さん。提案なんですが、うちの会社に来ませんか?」

「は……?」


 思いもよらぬ言葉に、目が点になる。


「退職願、提出されたんですよね。失礼ですが、あなたのことを調べさせていただきました。仕事の手腕は申し分ないですね。私の右腕に欲しいですよ」


 褒められ、一緒に働きたいと言われるとは光栄だ。だけど……。


「ありがとうございます。しかし私は……」


 そこまで言うと、彼は苦笑する。


「わかっていますよ。あなたは会社が好きなんですよね。それにあの竹田専務があなたを手放すとは思えない。あなたを引き抜いたら、あの人を敵に回してしまう。それは遠慮したいですから」


 それはどうだかわからないが、この話はここで終わった。




次回、真っ黒というより、もはや闇。


七年前の事件がなかったことにされた理由が明らかに。

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