VSラスボス
あとがきにおまけ小話ありです。
高階さんに促され、車を降りる。そこには庭園と言っていいほど広い庭。池には鯉が泳いでいる。
大昔、この池に落ちて溺れたんだよね。鯉もビックリだよ。だから今でもカナヅチ。苦い思い出だ。 というか、この家にいい思い出なんて皆無だ。
少し歩くと家の外観が見えてきた。二階建ての和風の大きな母屋があり、その少し奥まったところに離れがある。数回しか来たことはないが、いつ見てもすごい家だと思う。
家の中に入り、そのまま和室に通される。慎也さんと二人、座って待つように言って、高階さんは部屋から出て行った。
「すごいお宅だね。ラナはよく来るの?」
「来ませんよ。ここに来たって疎まれるだけですから」
わたしの頑なな様子に、彼は何か言いたげな表情を浮かべた。それからはお互い無言で、この家の主が来るのを待った。
しばらくして高階さんの先導のもと、祖父が姿を見せた。和室に入るなり、厳しい視線でわたしたちを一瞥し、上座に座った。わたしはこれでもかというほど堅苦しく、挨拶を始めた。
「ご無沙汰しております、おじい様。昨日は挨拶もなしにパーティーを退出してしまい、申し訳ありませんでした。本日はそのお詫びと交際中の恋人を紹介するため、こちらに参りました」
その言葉を受け、彼も口を開いた。
「お初にお目にかかります。私、ラナさんと交際しております、鮫島慎也と申します」
彼の挨拶が終わり、祖父の反応を待った。重苦しい沈黙が部屋を包み込む。しばらくして、ようやく口を開いたと思ったら、予想通りの言葉が返ってきた。
「交際は認めん。さっさと帰れ」
カッチーン。呼びつけておきながら、何その態度。
「ラナさんとは真剣に交際していますし、結婚も考えています。どうか認めていただけないでしょうか」
慎也さんの言葉も、きっとこのジジイには届かない。
「駄目だ」
やっぱりね。言うだけ無駄ってやつですよ。
「それでも構いません。おじい様に認めてもらおうとは思っていません。もう成人していますし、両親は認めてくれています。今日は一応報告をしに来ただけですから。慎也さん、もう帰りましょう」
彼はギョッとした表情でわたしを見て、祖父は声を荒げた。
「何だ、その言い草は! ワシを誰だと思っておる!」
「あーはいはい、会長さんでしたね。失礼しました。でもこんなできそこないの孫のことなど、どうか放っておいてください。本家にご迷惑はかけませんから」
立ち上がって部屋から出ようとすれば、彼に引き留められた。
「ラナ、いくらなんでも言い過ぎだ。少し落ち着きなさい」
「わたしは十分落ち着いてますよ。それに言い過ぎでも何でもありません。だって事実ですから」
できそこないで柏原の名を貶める疎ましい孫――――祖父のわたしに対する評価はこれだ。
「わたしは家の務めを果たさぬ母と、取るに足りない平凡な父の娘。昔から迷惑ばかりかける恥知らずな孫なんです。そうですよね、おじい様」
わたしの問いに祖父は無言だ。彼は顔をしかめる。
「自分の孫のこと、そんな風に思うわけないだろう」
「慎也さんは知らないから……」
七年前の事件のとき。入院していた病室の前で交わされていた、祖父と高階さんの会話がそれを確信させた。
『……の馬鹿が。まったく柏原の名に泥を塗るようなことを起こしよって』
『会長、ここは病院ですのでもう少し声を抑えてください』
『うるさい。しかし親が親なら子も子だな。あの娘…………』
その先は聞こえなかったが、わたしに対しての叱責だったと思う。祖父の両親に対する風当たりは強い。
わたしが心配をさせて迷惑をかけたせいで、両親が悪く言われてしまう。わたしは自業自得だけど、両親は何の関係もないのだ。このことから、より祖父と会うことを避け始めたのだ。
「わたしなんて端から眼中にないんですよ。そのくせやることなすこと口出ししてきて……。結局わたしがどんな人を連れてこようが、とりあえず反対するくせに。わたしの人生に、じーちゃんは関係ない!」
「何だと? 仮にも祖父であるワシに、何という口のきき方だ。一体どういう教育をしているんだ、あいつは!」
「……いっつもそう。わたしが何かすれば、やれ親の教育が悪いだのなんだの言って、お父さんやお母さんの悪口ばかり。わたしの駄目さを二人のせいにしないでよ!」
ヒートアップする祖父との喧嘩。慎也さんと高階さんはそのすさまじさに唖然としていた。
祖父と睨み合いを続けていると、空気をぶち壊すのん気な声が水を差した。
「おやおや、今日はいつも以上にすごいじゃないか」
「本当だねぇ。おじいさん、血圧上がりますよ」
「純樹兄ちゃん! ばーちゃん!」
祖母と純樹兄ちゃんが部屋に入ってきた。二人は祖父の方を一瞥して、すぐに彼を見た。
「ずっとお会いしたかったんですよ、鮫島さん。ラナの従兄の純樹です」
「祖母の陽子です」
「はじめまして。鮫島慎也です」
慌てて挨拶する彼。二人は彼に友好的っぽい。祖父を黙らせるためにも、早いうちに味方を増やさねば……。
「ばーちゃん。わたし、彼と結婚する!」
逆プロポーズは失敗したし、彼からもまだだけど。いずれするんだからいいよね?
祖母は彼を上から下までじっくり観察し、ニッコリ笑ってグーサインをした。
「ラナにしてはいい男捕まえたね。おばあちゃんは賛成だよ」
「おい! お前、何を言う!」
思いもよらぬ言葉に、祖父は激怒した。畳み掛けるように純樹兄ちゃんを見た。
「純樹兄ちゃんは?」
「僕はもともと反対なんてしていないけど?」
ふふふふふっ……。あーっはっは! ざまぁみろ、じーちゃん。一対二だぞ。
「どうしますか、おじい様。あなたに味方はいませんよ?」
ニッコリ笑ってやったら、すごく悔しそうにわたしを睨み付ける。
「……許さん。許さんと言ったら、許さん!」
この頑固ジジイめ。うわ、うちの頑固DNAはここが起源か? ヤダ、ヤダ!
バチバチと火花が散っているちょうどそのとき、おずおずと高階さんが口を開いた。
「あのー、ラナお嬢さん。何か勘違いされていませんか?」
「勘違い?」
「はい。会長はお嬢さんを恥知らずなんて思っておりませんよ?」
そんなはずはない。だって確かに聞いたし。
「もう七年も前の話ですから、私もよくは覚えていませんが、あのときは確か……」
『直樹の馬鹿が。まったく柏原の名に泥を塗るようなことを起こしよって』
『会長、ここは病院ですのでもう少し声を抑えてください』
『うるさい。しかし親が親なら子も子だな。あの娘、悪びれもせず品位の欠片もないな。そのような娘に育て上げた、あやつを頭取に置いておくとは。今すぐその地位から引きずり下ろせ』
「……こんな話はしておりました。お嬢さんは被害者なのですよ。恥じることなどございません」
わたしは羞恥で真っ赤になった。勝手に自分のことだと思い込んで祖父を悪者にして、とんだ勘違い馬鹿じゃないか。
「……じーちゃん、本当に?」
「……ああ」
苦虫を噛みつぶすような表情に、反省する。
「……ごめんなさい。勘違いでした。でも、わたしを疎ましい孫だって思ってるのは事実でしょ?」
「疎ましい? ラナはおじいさんがそんな風に思っていると?」
祖母の問いに頷いた。だってわたしを見る祖父の視線、刺々しいんだもん。優しさの欠片もないそれに、幼心にどれほど傷ついたことか。
「おじいさんはそんな風に思っていないよ」
「嘘だよ」
「いえ、本当ですよ。お嬢さんは藍羅さんによく似ていらっしゃるので、会長は心配なだけなのですよ」
「そうよ。いつもラナが帰った後、『今日も睨み付けてしまった』って反省しているのよ? 素直じゃないからねぇ」
祖父を見るとちょっと赤面して、プイッと顔をそむけた。そこに普段の威厳はどこにもない。
「じーちゃんって……ツンデレ?」
その呟きに彼と純樹兄ちゃんがプッと噴き出した。ますます祖父の顔が赤くなっていく。
「うるさい! 黙っておれ!」
「おじいさん、血圧が……」
誤解は解けたけど、決着はまだ着いていないよね? 黙り込む祖父に懇願する。
「じゃああらためて。彼とのこと、認めてください」
「駄目だ」
「何でよ!? 慎也さんの何が悪いっていうの?」
いい加減認めちゃいなよ。本当にしぶとい。
「離婚歴が……」
「そんな人、今時ごまんといるよね」
「それに女関係が派手だ」
なんでそんなことまで知ってるんだ。調べやがったな。
「それは昔の話。今はわたしだけだもん」
「年が離れすぎておる」
「関係ない。それに暴走癖のあるわたしには年上で、引っ張ってくれる人がピッタリだと思わない?」
祖母はうんうんと頷いている。祖父はグッと言葉に詰まる。高階さんは面白そうにこの光景を見ている。
……あれ?
「ねぇ、慎也さんと純樹兄ちゃんは?」
「ツンデレ発言のすぐ後に、二人してどこかに行ったけど?」
いつの間に……。でも純樹兄ちゃんなら安心だ。
「とにかく、駄目だ」
むぅー。くそう……。どっちでもよかったけど、ここまで来たら認めさせたい。
ふと、昨日家を出る前にあった、姉とのやり取りを思い出した。
『ラナ、今日パーティーに行くんだよね? おじい様と会うの?』
『わかんない。でも会ったら慎也さんのこと、一応言っておこうと思う』
『そっか。じゃあ、もし反対されてどうしようもなかったときに、すべて丸く収まる魔法の言葉を教えてあげる』
『魔法の言葉?』
『そうよ。はい、この紙にそれが書いてあるわ。そのときまで開けちゃ駄目よ?』
そうだ、あの紙だ。かばんからそれを取り出し、封を切って紙を見た。
うーん、意味が分からない……。
「“葵の梅の花”……?」
なんじゃ、この言葉。梅の時期はまだなんだけど。それに葵って?
ところが祖父の顔色が急に変わり、何やら慌て始めた。
「お前、それをどこで……」
「???」
それって何?
首をかしげるわたしを祖父は苦い顔で見て、視線を逸らし、悔しそうに呟いた。
「……認める」
「え?」
「だから……鮫島君とのこと、認める!」
「本当に!?」
マジで!! すっげぇ、姉ちゃん!
「ありがとう、じーちゃん!」
「よかったわね、ラナ」
「よかったですね、お嬢さん」
「うん、ありがとう!」
よくわからないけど、やったね!
「ところで……」
喜ぶわたしをよそに、祖母の声が低くなる。
「葵の梅って……何かしら? おじいさん」
祖父の顔色がどんどん悪くなっていったけど……ま、いっか!
ラスボス戦というより子供の喧嘩(笑)
次回は鮫島視点です。
それではおまけをどうぞ
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おまけ小話「魔法の言葉の正体」
このとき、沙羅は美羅の家に遊びに来ていた。二人でお茶を飲んでいると、沙羅の携帯にメールが届いた。
「あ、ラナからだわ。えっと、『じーちゃんに勝ったよ。姉ちゃんの魔法の言葉のおかげだよ。ありがとう』だって」
「え、あのじいさん、認めたの? 驚いた」
祖父の頑なさは二人も嫌というほど理解していた。特に末の孫である、妹への風あたりの強さも。
「よかったじゃない。乗り越えたわね、あの二人」
「そうね。で、魔法の言葉って?」
美羅の問いに、沙羅はうふふと笑った。
「“葵の梅の花”よ」
「……意味がわからないけど」
「教えてほしい?」
頷く妹に、説明を始めた。
「“葵”は京都、“梅の花”は芸者の名前を示すの。――――つまり、愛人ってこと」
「愛人!?」
「そうよ。今も続いているかは知らないけどね。おばあ様に知られたらまずいでしょう?」
美羅は納得する。意外にも、祖母の影響力は祖父より強い。
「でもどうして姉さんがそのことを知っているの?」
「調べさせたからよ。探偵さんに依頼したの」
「どうして?」
「隼人くんとのこと、お父さんにあれだけ反対されて、その上おじい様……って疲れるでしょう? だから一撃で黙らせるには、弱みを握っておいた方がいいと思って」
姉のしたたかさに若干の恐怖を覚えた美羅であった。
「で、姉さんもその言葉で?」
「ううん。わたしは使わなかったわ。だからラナに譲ったの」
「じゃあ姉さんはどうやって認めさせたの?」
その疑問に「簡単よ」と言った。
「『認めてくれなきゃ、子供とは会わせません』って言っただけ。やっぱり初の曾孫には会いたいみたい。純樹くんのところに子供がいないからできた技だけどね」
「姉さん、策士ね。敵にまわしたくないわ」
「あら、わたしは美羅の味方よ? でもこれ使っちゃったから、あなたのときは切り札がないわ……」
「いいわよ、別に。そんな機会ないし」
妹の言葉を不思議に思った沙羅であったが、あえて聞くことはやめたのだった。




