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一夜明けて

まだ甘さ継続中

 優しく頭を撫でられる感触で、意識が次第に覚醒していく。そっと目を開ければ、間近に端正な彼のやさしい笑顔。


「あ、起きた? おはよう」

「おはようございます。……この手は何ですか?」


 さっきまで頭にあったはずの片手はわたしの腰に回り、もう一方はお尻に……。朝っぱらですよ!?


「俺に触れて欲しいんでしょ?」

「いやいや、朝ですよ?」

「だから?」

「だからって……」

「昨日は疲労困憊で無理だったけど、よく眠れたからね」


 いやいやいや、いろいろとおかしいですよ。

 焦っている間も、不埒な手はわたしの身体をまさぐり続ける。


「ちょ……駄目ですって!」

「ごめん、我慢できそうにない。ご飯はもう少し待って」


 昨日の昼ご飯を最後に食事とっていないのに、腹ペコMAXなのに……。殺生な!


 そんな考えも彼の手にかかれば思考ごと破壊され、自分がおいしくいただかれてしまった。前よりパワーアップしてる気がする。


 そのあと一緒にお風呂に入って、のぼせる寸前まで翻弄された。風呂上り、バスローブ姿でグッタリして彼の胸に寄りかかる。後ろから抱き締められるようにくっついて、ソファーに座っていた。


 目の前にはルームサービスの食事。でも疲弊しすぎて食べ物を口に運ぶ気力がない。そんな様子にやり過ぎたと申し訳なさそうな彼は、甲斐甲斐しく食事を口に運んでくれる。至れり尽くせりだ。まさにお姫さま気分。


「おいしい?」


 モグモグ口を動かしながら頷く。食べ終わると今度は睡魔が襲ってくる。慎也さんの温もりも、うとうとさせる要因だ。大切なものを抱えるかのごとく、わたしを抱きしめてくれる。彼の胸の鼓動が子守唄のようだ。


 しばらく彼の腕の中で微睡んでいると、部屋の電話が鳴った。彼が出て、二言三言話した後、わたしに声をかけてきた。


「ラナ、起きて」

「……むぅっ」

「むぅっ、じゃなくて、電話」

「誰ですかぁ?」


 人の睡眠、邪魔するなんてどこのどいつだ。


「高階さんっていう男の人」

「高階……?」


 誰だ、そいつ……。――――あ。


 その人物が思い浮かんで、思わず顔が曇る。忘れようとしていた現実が降って湧いてきた。

 受話器を受け取り、対応してくれたフロントの人に繋いでもらった。


「もしもし」

『高階でございます。ラナお嬢さん、ご無沙汰しております』

「何のご用でしょうか?」

『昨夜、パーティーに出席なさったのに挨拶がなかったと、会長が嘆いておられます。お連れの方と一緒に、ぜひお会いしたいと』

「嫌です」


 嘆くとか、あの人がそんなことするはずがない。それにわたしは眠いんだよ。このまま慎也さんの腕の中で、幸せに浸りたいんだよ。

 受話器の向こう側では大きなため息とともに、こちらが悪いことをしていると錯覚させるような声で訴えてくる。


『困りましたねぇ。会長の機嫌が悪くなると、こちらに当たり散らされるのですが』


 そんなの知らないし。


『午後一時にロビーにお迎えにあがります。それまでに準備をお願いいたします』

「ちょっと、行くなんて一言も……」

『でもお連れの方との交際は真剣なのですよね? それなら遅かれ早かれ、対面しなければならないと思いますが?』 


 そりゃそうなんだけどさ。でも、何も今日じゃなくても……。


『お見えにならない場合、部屋までお迎えにあがります』

「えっ、そんなの困るし」

『では午後一時、ロビーでお待ちしております』


 電話はそこでプツリと切れてしまった。


 主人が主人なら、秘書も秘書だ。人の話を全く聞かないし、言葉は丁寧なのに有無を言わせぬ威圧感がある。腹立つな。


 しばし受話器を無言で見つめ、置いた。


「高階さんって、誰?」


 そう問う彼の怪訝な表情に、また誤解されては堪らないと説明する。


「祖父の秘書です。一時にロビーまで迎えに来るから、二人揃って祖父に会えって」

「柏原会長に?」


 嫌ですよね? そりゃそうですよ。


「慎也さん、逃げちゃいましょうか?」

「いや……行こう」


 マジですか!? わたしは会いたくないんですけど。


「嫌なら行かなくてもいいんですよ?」

「今日行かなくても、いずれ挨拶には行かなきゃ駄目だろう?」

「別に挨拶とかいらないですよ。わたし達の結婚に祖父は関係ないんですから」


 どーせ、よく話を聞きもしないで反対するんだから。しかし彼は首を横に振った。


「それは駄目だよ。筋は通したいし、ラナとはちゃんとみんなに認められて結婚したいから」


 ズキューン! と心臓撃ち抜かれました。慎也さん、あなたすごいですよ。男の中の男ですよ。もはや勇者。ここまで言われたら行かないわけにはいかない。


「わかりました。行きましょう。でも……」


 口ごもったわたしを不思議そうに見る彼に、ソファーのそばの床を指さした。


「着ていく服がありません」

「あ……」


 そこには昨日脱ぎ散らかした服が散乱していた。


 そうなのです。泊まる予定はなかったから、当然着替えなど持っていない。かといって昨日着ていた服は諸事情があって着られません(そこのところは察してください)。今からクリーニングに出しても一時に間に合うはずもないし、店に買いに行くのも着ていく服がないから無理だ。というかこの部屋から出られないし、家にすら帰れない。どうして後先考えずにあんなことしちゃったんだろう……。反省。


 頭を抱えていると、彼は小さな声で呟いた。


「俺が家まで取りに行こうか? 多分俺のは着られると思うし」


 うーむ、どうしたものか。彼の提案を呑むのが一番いいんだろうけど……。

 ふるふると首を振って、彼にギュッとしがみついた。


「……今は離れたくないです」


 そういうと困った顔、でも優しく抱きしめてくれた。


「仕方ないな……」


 どうぞバカップルだと罵ってください! 喧嘩上等ですよ。


 そんなことをしていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。彼がドアを開けると大荷物を持ったホテルの人が入ってきた。


「あの、これは……?」


 戸惑いながら彼が聞くと、ホテルの人はこう答え、部屋から出て行った。


「柏原様からのお届け物でございます」


 誰だ……? 考えられるのは直樹くんだけど、そんな気遣いできる奴じゃない。


 高級ブランド店の紙袋がいくつもあり、中身を見てみると服やら靴だった。ご丁寧に下着もある。わたしと彼の二人分なんだけど、あまりに大量過ぎた。


「助かったけど、これ、量多すぎないか」

「そうですね」


 しかもこんな高い服、こんなに貰えないよ。後が怖すぎる。

 確認するために携帯を取り出し、直樹くんに電話した。ところが電話に出たのは彼ではなかった。


『もしもし、ラナ? 洋服は気に入ってくれたかい?』

「純樹兄ちゃん!?」


 まさか、純樹兄ちゃんが服を?


「どうして兄ちゃんが直樹くんの携帯に?」

『今、直樹に説教中だからね。今日、おじい様に会いに来るんだろう? 着替えが必要かなと思って準備させた。もちろん、彼の分もね』


 さすがだな。気遣い出来過ぎくんだよ。


「ありがたいけどこんなにいっぱい必要ないし、こんな高いもの、貰えないよ」

『迷惑料だと思って貰っておいて欲しいな。全部直樹が払うし』


 その言葉に直樹くんの『なんで俺が!』という叫び声がした。寝耳に水だったんだ。ざまあみろ!


『とにかく返品されても困るし。彼の服はサイズがわからなかったからおおよそで準備させたけど、合わなかったら中に入っているメモの番号に電話するといい。すぐにそのサイズの服を持っていかせるから』


 開いた口がふさがらない。金持ちってすごい……。何も言えないでいると、兄ちゃんはさらに続けた。


『今日は僕もいるから、ラナの彼を紹介してほしいな。じゃ、会えるのを楽しみにしているよ』


 そこで電話は切れてしまった。電話を持ったまま呆然としていると、心配そうに彼が顔を覗き込んできた。


「どうだった?」

「返品不可だそうです。慎也さんの服はサイズが合わなかったらメモの番号に電話して言えば、ぴったりのサイズを持ってきてくれるそうです。この代金は直樹くん持ちで、迷惑料だと思ってほしいって」


 彼も困った顔をした。このブランド、多分だけどいつも自分で買う服とは桁が二つぐらい違うと思う。こんな服、貰っても今後着ていくところがないよ。慎也さんならかっこいいし大人だから難なく着こなしそうだけど、わたしは服に着られている感じだろう。


「後から代金、返そうか……」

「でもすごく高いですよ、これ……」

「そうだよな……」


 二人で途方に暮れてしまう。しばらく無言だったけど、そうこうしているうちに十二時を過ぎてしまった。


「マズイですよ、もうあまり時間がありません」

「そうだね、とりあえず準備しようか。着なかった服は返そう」


 ちなみに慎也さんの服はサイズがピッタリだった。すごいな、本当に。


 慌てて準備し、十分前にロビーに降りた。すぐに初老のダンディなおじさんが寄ってきた。


「お久しぶりでございます、ラナお嬢さん。そして初めまして、鮫島さん。私、柏原会長の秘書をしております、高階と申します」

「どうも御無沙汰してます」

「鮫島です、初めまして」


 高階さんはカードキーを受け取り、チェックアウトしてくれた。それから手にしている大量の荷物を持ってくれた。


「自分で持ちますけど」

「いえ、お気になさらず」


 さっさと行ってしまい、慌ててついていく。ホテルを出るとそこには高級車が止まっていた。


「さ、お乗りください」


 促され、乗り込む。車は静かに発進した。


「会長も奥様も楽しみにしておられますよ」


 道中にそう言われた。でも信じられないよ。


「気を使わないで下さいよ。そんな嘘つく必要なんてないです」

「相変わらず嫌われていますね、会長は」


 苦笑いする高階さん。仕事とはいえ、よくあのじーちゃんと働けるよ。ある意味尊敬する。


 車に揺られること三十分。ようやく目的地、柏原源太郎宅へ到着した。

 いよいよ、ラスボスとの対面だ。 




次回は甘さ封印。

ラスボスとの戦い。

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