薬指の約束
ようやく甘さ解禁。
お待たせしました。
普段ならこんな真似、絶対できない。でも今日は湧き上がる羞恥心をかなぐり捨てる。
子供っぽいと言われるわたしだけど、大人っぽいドレスを着て、化粧で印象はかなり変わっているはずだ。いつもの自分とは別人みたい。だからこんな大胆なことをできたのかもしれない。
彼の上に馬乗りになり、何度も身体中にキスをし、拙い愛撫を繰り返す。再三止めるように言ってくる彼の言葉は、丸っきり無視している。
息を詰め、小さく唸る姿を見ていると、こんなわたしでも彼を気持ちよくさせることができるんだと、何だか嬉しくなってくる。
「――っ、ラナ、いい加減やめなさい」
「嫌です。何度も言わせないでください。どうしても嫌なら、殴るなり、蹴るなりして逃げてもいいんですよ?」
「できるわけないだろう……」
「じゃあ黙って襲われてください」
彼の頬を両手で覆い、唇を塞ぐ。最初は軽く触れるだけ。でもだんだん深くしていき、舌も絡める。ぎこちないけど、自分からこんなことするなんて不思議だ。こんな積極的なこと、したことがない。
唇を離すと唾液の糸がお互いの唇に繋がっている。うわ、エロいわぁ。彼の顔もなんだか蕩けている気がする。気のせいかもしれないけど。
首筋に顔を埋めてきつく吸い上げる。するとそこにくっきりと赤い花が咲く。ちょっと前にはできなかったのに……。自分の成長に少し驚いた。
顔を胸のあたりに下げ、尖ったものに口づける。すると彼の身体が微かに跳ねた。気をよくしてペロペロ舐めれば、彼の口から熱い吐息が漏れる。
「本当に、もうやめなさい……」
「しつこいですよ。気持ちいいくせに。慎也さんは天邪鬼ですね」
「駄目だ、から……」
どうしても嫌なんですか? 夜の恋愛講座では『嫌よ、嫌よも好きのうち』って言ってたけど、ここまで拒絶されたら自信がなくなってくる。挫けちゃうよ。
気づいたら彼の胸にポタリ、ポタリと水滴が落ちていた。わたしを見て、彼が息を呑む。
「ラナ……?」
さっきは泣けなかったのに、今はどんどん涙が溢れてくる。駄目だ、もう止まらない。
「どうしても嫌なんですか……? わたしに触れるのも、触れられるのも……」
「そうじゃない。だけどまだ……」
「もう一ヶ月も慎也さんに触れてない……。女にだって性欲はあるんですよ? 慎也さんは大人で我慢できるかもしれないけど、わたしには無理なんです。いっぱい触って欲しいし、慎也さんを感じたいんです。はじめは触れてくれなくても、そばにいられるだけでいいって思ってました。でも、やっぱり駄目なんです」
もう自分が何を言っているのかもよくわからない。だけど堰を切った言葉は止められない。
「慎也さんが好きです、大好きです。もう一分一秒だって離れるのも嫌なぐらい、ずっとそばにいたい。他の男なんて目に入らないぐらい、慎也さんに溺れてるんです。こんな恥ずかしいことも、他の人にはきっとできない。わたしだけの慎也さんでいてほしい。だから、だから……」
こんなこと言うつもりじゃなかったけど――――いいや。言っちゃえ!
「だから慎也さん、わたしとけっこ……」
その続きは言えなかった。頭上で縛られていた彼の手が、いつの間にかわたしの後頭部を通過し、頭を持たれてぐいっと引き寄せられた。言葉を遮ったのは彼の唇。突然のこと過ぎて、目玉が飛び出そうだ。
でもようやく彼から触れてくれた……。それに気づいて強張っていた身体の力を抜き、そのままキスを受け入れる。
どれぐらい時間が経ったのだろう。腕に少しだけ力を入れて唇を離すと、至近距離にいる彼が口を開いた。
「その先は言わないで」
ズキッと心が痛む。
やっぱり駄目なんだ……と落ち込みかけたが、次の言葉で浮上する。
「続きは、俺に言わせて?」
「えっ……?」
「初めてのプロポーズは、俺から言いたい」
初めて? 嘘、だって……。
「彩さんのときは……」
そう訊けば、彼は微かに首を横に振った。
「してない。だからラナが初めてなんだ。最初で、最後。――――だから俺に言わせて」
してないんだ。わたしが、初めて……?
すごく嬉しい。しかも『最初で、最後』だって。
「……わかりました」
「でも今日はしない」
ありゃ、ちょっとガッカリ……。
「薬指に嵌めるアレ、今日は持ってないから」
「“今日は”って……」
「もう買ってある」
マジっすか!? わぁ、慎也さん、わたしとの結婚のこと、ちゃんと考えてくれていたんだ。ヤバイ……。
嬉しすぎてまた涙が溢れてくる。夢じゃないよね? 誰か、そうだと言って!
滝のように涙を流すわたしに、ギョッとして驚いた彼が少し困った顔をした。わたしの頭から腕を抜き、縛られたままの手で涙を拭ってくれた。
「泣き止んで? ラナに泣かれると弱い」
「慎也さんが泣かせたんですから、我慢してくださいよ」
「全く……」
口を尖らせるけど、触れる手はとても優しい。この温もり、好き。
「プロポーズはできないけど……」
そう言いながら彼はわたしの左手を取り、薬指にガブリと歯を立てた。
「痛っ!」
噛み付いたところをペロッと舐めた後、彼は手を離した。見ると、くっきり噛み痕がついていた。
「どうしていきなり噛むんですかっ」
「約束」
はい?
「そこに嵌める指輪の約束」
「約束……? プロポーズの、プロポーズ?」
「そんなところかな」
何でそんな気障なことをサラッとできるんですか!
また涙が出てきた。泣き癖がついちゃうと、なかなか止められないな。
「そんなに泣くと、せっかくの化粧が台無し。――――まぁ、気に食わないからいいけど」
「な、んで?」
「他の男のために着飾ったんだろ? 嫌に決まっている」
ムスッとして眉間に皺を寄せながら、彼はわたしの涙を指の腹で拭い続けている。
おかしくて、ちょっと笑ってしまった。
「何がおかしい?」
「だって子供っぽいから」
「俺はラナの前では子供に戻るの。だから独り占めしたいし、構ってくれないと拗ねる」
「子供で、わんこですね」
プッと噴き出してしまった。かわいすぎるよ。でも本人は不満そう。
「いいよ、もう。犬も何でも。だから……」
言いかけて、彼はまたわたしを引き寄せてキスをした。息がかかるほどの至近距離で、そっと囁く。
「子供でわんこの俺に――――ラナからたくさん愛、頂戴?」
その言葉に狼狽えて、顔を真っ赤にしたわたしに、彼はいつもの意地悪な表情を浮かべた。
「……んっ、ゃ、だめ……」
「どうして?」
「しん、や……さんのキス、あたま、とけちゃ……」
「いいよ、ドロドロに溶けて」
小さく笑った後、彼はわたしの唇を貪る。柔らかく、優しく、そして深く……。
『ラナからたくさん愛、頂戴?』
そう言ってから、彼はあっさりと手首のネクタイを自分で解いてしまった。どうやら縛り方が甘かったらしい。まだまだ修行が足りませんな。
その後すぐにくるっと身体が反転して、あっさり組み敷かれてしまった。目を丸くして彼を見上げると、優しい笑みがわたしの心臓を跳ね上げる。
『今日は優しくするよ。たくさん愛して、いっぱい気持ちよくしてあげる。だから俺を受け入れて?』
その言葉通り、彼はいつも以上に優しかった。触れる唇、手、囁き……。一度は諦めかけた、そのすべてが現実で起きる。本当に夢みたいだ。ゆっくりと身体を合わせ、お互い高みに上っていった。
一緒にお風呂に入り、今はスイートルームの大きなベッドの上。バスローブ姿で寄り添う。今、幸せで満ち足りている。まだお互いの関係修復以外、何も問題は解決していないのに。
その不安をかき消すように、ただキスを繰り返す。今は、今だけは何も考えたくない――――彼のこと以外は。
「慎也さん、好き」
「俺は……好きじゃない」
「え?」
「愛してる」
「……もう」
馬鹿です、バカップルです。呆れてください。上等ですよ。石投げられてもへこたれません。
そんなラブあま会話をしながらいちゃいちゃしていたが、しばらくすると彼が眠そうに目を擦った。
「ラナ、もう寝ようか?」
「え、もう?」
いつもならもっとガツガツしてるじゃん。わたしはまだ足りな……。
――――ヤダ、恥ずかしいこと考えてる。破廉恥、自分!
「最近ずっと眠れなかったから」
不眠症? それってわたしのせいか? ……ごめんなさい。
「でもラナがそばに居てくれれば、眠れ……」
彼は話の途中で目を閉じ、寝息を立てて眠ってしまった。そのあどけない寝顔がかわいすぎる。ちょっとだけ身体を起こして、彼の額に口付けた。
「ずっとそばにいますね。……おやすみなさい、慎也さん」
ピタッと彼にくっつき、わたしも目を閉じた。
彼の温もりがじんわりとわたしの心を満たし、やっと彼が戻ってきたと実感することができた。彼の匂いに包まれて、わたしは久々の幸せな眠りについた。
ラナ、逆プロポーズ阻止される。
次回も甘いっす。




