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再会

ようやくここまできました。

 ひろみ先生とそのお友達から夜の恋愛講座と称して、いろいろな話を聞いた(もちろんこんな夜に男の家にやって来る無防備で考えなしのところが、慎也さんの逆鱗に触れているんだとお説教も食らった)。


 それを経て、わたしは妙に自信がついた。今度彼に会ったとき、それを実行しようと思う。でも相変わらず彼から連絡はない。本当に終わっちゃうのかな、わたし達……。

 いやいや、弱気になっちゃ駄目だ。絶対あの頃の二人を取り戻すって決めたんだもん。


 そう覚悟して数日後、直樹くんから呼び出された。無視してやろうと思ったけど、慎也さんに何かされたら堪らないから、渋々待ち合わせの喫茶店へ向かった。

 彼はなぜか頬に大きな絆創膏を貼っていた。


「それ、どうしたの?」

「今、遊びの女との関係を清算しているところ」

「なるほど、ぶん殴られたんだ。いい気味」


 冷たくそう言えば、苦笑される。


「お前、どんどん美羅に似てきたな。モテないぞ」

「余計なお世話。で、なんでまた清算なんて」

「……もうすぐ婚約する」

「ふーん……」


 こんな最低男でも一応、将来的には柏原の中核を担う人間。恐らく政略結婚だろうな。相手の人がかわいそうだけど。


「で、お前を呼び出したのは……」

「あの件ならお断り」

「違うって。その件はもういい、諦めた。――――今度、柏原グループのパーティーがあるんだ。そこに関係のあった女が集まる。そこでそいつらを一掃しようと思う。だから……」

「わたしにそれを手伝え、と?」

「そういうこと」


 カッとなって近くにあったメニューを掴み、頭上めがけて振り下ろした。厚みのあったメニューだったので、バン、といい音がした。彼は頭を押さえながら睨み付けて、声を荒げた。


「イテッ! 何するんだ!」

「馬鹿だとは思ってたけど、七年前と何も変わってないんだね。一人で処理できないなら、ほいほい手を出すな! 相手の女の人にだって失礼だよ!」


 もちろん彼の財産目当てで近寄ってくるような女もいるだろうけど、そうだと決めつけることもできない。もしかしたら本気でこんな男を好きな人もいるかもしれない。そんな人を遊びで片づけて捨てるなんて、駄目人間だよ。


 七年前のことを口に出した途端、彼の顔が歪む。地雷だとわかって言っているわたしも相当性格が悪いけど、それぐらい言わなきゃこの馬鹿には効かないのだ。


「……悪かったよ。反省している。だからこれで最後だ。もう女関係でお前の手を煩わすことはない」

「……でもヤダ」


 そっぽを向けば、チッという舌打ちとともに鋭い視線を向けられた。


「お前に断る権利があるとでも? ――――じゃあ言い方を変えよう。鮫島さんに手を出されたくなければ協力しろ。これで最後だ。この件が片付いたら、今後お前と彼に関わらない」


 命令口調に腹が立ったけど、これで慎也さんが守れるなら……。


「……わかった。約束破ったら許さないから」

「契約成立、だな」


 ニヤリと笑うその顔に若干寒気がしたが、とりあえずこの男に協力することになった。

 これで最後だという言葉を信じて……。








 次の週の金曜日。某高級ホテルに来ていた。こんな雰囲気のホテルに来たのは見合い以来だ。


 パーティーは夜からなんだけど、「俺の隣に立つならそれ相応の格好をしてもらわなければ困る」と言われて、朝から忙しかった。

 エステで全身いじくられたり(くすぐったくて苦しかった)、高そうな服屋に連れて行かれて着せ替え人形になったり(値札を見て卒倒した)、ヘアサロンで髪をいじられ、顔にいろいろ塗りたくられ、爪までいじられる(もはや自分の原型がない)。

 夕方にはすでに疲労困憊。でも本番はこれからなんだよねぇ。ああ、気が重い。


 パーティーが始まり、直樹くんはいろんな人に声をかけられる。

 わたしは『ただ隣にいて、ニコニコしていろ。絶対しゃべるな』と言われていたので、その通りにする。


 おいしそうなご飯が並んでいるのに近づくこともできやしない。くそーっ、腹減ったー!


 しかしながら、あまり女が寄って来ない。一掃するためにわたしはここにいるのに、寄ってくる女の人は既婚者か、どうやらすでに恋人がいる人だけっぽい。わたし、いらなくない? 何のためにここにいるんだろう?


 ニコニコするのに疲れてきた頃、直樹くんが視線で何かを知らせてきた。首を捻りながらその視線の方向を見れば、まさかの人物がそこに立っていた。


「……慎也さん?」


 どうしてここに!? 


 驚いていると、隣にいる直樹くんが小声で言った。


「俺が呼んだ」


 わけがわからなくて戸惑っていると、慎也さんが数メートル手前まで近づいてきた。


「ここに来たってことは、お祝いでも言いに来てくださったのですか? それともそれ相応の覚悟をしてきた、ということですか?」


 何言ってるの、こいつ。意味不明な直樹くんの言葉に、彼は静かに答えた。


「……先程、社のほうに退職願を提出してきました」


 退職願!? 何それ!?


「ちょっ、それって!」


 思わず叫んだわたしを制し、直樹くんは微かに口角を上げた。


「成程、喧嘩を売りに来たということですね。……面白い」

「これで社の方に手出しはできない。攻撃するなら私自身にすればいい。――あなたには屈しない」


 二人の会話の意味が全くわからない。


 そもそも二人はあのとき以降、会ってたの? どうして直樹くんが慎也さんと会う必要があるっていうの? もしかして、すでに彼に何かしていたのかも……。退職願もそれが原因で……。

 嫌な考えをめぐらすわたしの隣で、直樹くんは彼をフッと鼻で笑った。


「何も持たないあなたに一体何ができる。そんなあなたにこいつを幸せにできるとでも?」


 その言葉にも彼は怯まず、力強く言った。


「確かに肩書きも収入もすべて失う。でも、彼女なら――――『最悪一文無しでもいい』と言って、ありのままの私を見てくれたラナと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける。幸せにしてやれないかもしれないけど、一緒に幸せになるために頑張ることはできる」


 彼はわたしに視線を移し、真剣な眼差しを向けた。


「何も持たない俺だけど、そばにいて欲しい。もう一度、やり直してくれないか?」


 絶対別れないと思っていたものの、心のどこかで別れも覚悟していた。

 でも今の彼の言葉、別れなくていいってことだよね? わたし、これからも彼のそばにいることができるんだ……。


 泣き叫びたいほど嬉しいのに、なぜか涙も出ない。彼の言葉一つ一つに胸が張り裂けそうだ。ただ一言、絞り出すのが精いっぱい。


「――――はい」


 お互い見つめ合う。視線が合うことすら久しぶりだ。夢、じゃないよね?


 歓喜に浸っていると、直樹くんがポンと頭に手を乗せてきた。そしてわたしだけに聞こえるような小さな声で言った。


「お前の勝ちだ、ラナ」


 勝ち? 何それ。


 直樹くんが手渡してきたのはカードキーだった。首を捻って見上げる。


「上のスイートだ。自由に使っていい。鮫島さんとちゃんと話し合って来い」


 まだ何か裏がありそうで怪訝な表情で視線を送ると、頭から手を離して苦笑いを返された。


「そんな顔するな。――――悪かったよ。お前と彼を試しただけだ。本気で仲を壊そうとしたわけじゃない」


 イラッ。試すとか何様だ。そのせいでこっちがどれだけ苦しんだと思ってんのさ。


「ちなみに何泊してもいいぞ。支払いはこっちが持つ」

「……当たり前だっつーの」

「いいから早く行け。爺さんに捉まったらマズイ」


 それもそうだ。――――くそっ、無駄遣いしてくれるわ。請求書を見て、泣いてしまえ!


 気を取り直して、わたしは慎也さんに近づいた。


「二人でちゃんと話がしたいです。ついて来てくれませんか?」

「……わかった」


 そのまま足早に会場を出た。どうやら“女一掃”は嘘だったようだ。気負い過ぎて損した。


 エレベーターで最上階へ向かう。どうやらカードキーを差し込まないと行けないところみたい。

お互い無言のままだ。どんどん緊張してきた。別れは回避できたけど、まだ問題が残っている。それを解決しない限り、元に戻ったとは言えないのだ。


 部屋の前まで来て、キーを差し込み、部屋に入る。さすがスイート。豪邸かよ、と言いたくなるような広さ。こんな場面じゃなきゃ、一部屋、一部屋見て回るのに。つーか、何部屋あるの? ……ってそんなことより、今は話し合い!


 とりあえずソファーに座る。広いそれに彼と並んで座るけど、お互いの間には人、一人分空いている。この距離感が嫌でたまらない。


「……何か飲みますか?」

「いや、いい」


 ……会話終了。空気が重い。とにかく、はじめは確認だ。


「退職願って、何ですか?」

「……もう終わったことだ」

「話してくれないんですか?」

「そっちこそ」


 ああ、どうしてこんな喧嘩を吹っ掛けるようなことしか言えないんだろう。意地になったら駄目だ。ちゃんと冷静に話し合わなきゃ。


「わたしが言ったら、慎也さんも話してくれますか?」

「ああ」


 それなら仕方がない。もうこれ以上は隠していられないだろう。いずれわかってしまうことだ。


「ずっと怖くて言えなかったんです。直樹くんとの関係を慎也さんが知ったとき、わたしに対する態度が変わってしまうんじゃないかって」


 だから言えなかった。でも今なら大丈夫って思える。こんなところまでやって来て、あんなに胸を打つ言葉でわたしを迎えに来てくれた彼なら……。


「直樹くんは、……わたしの母方の従兄です。母は旧姓柏原――――父親は柏原グループの現会長、柏原源太郎」

「ラナが……柏原会長の孫?」


 彼はかなり驚いている。そりゃそうだ。うちみたいな一般ピーポーが、あんな雲の上にいる人と関係があるとは思えないもん。


「どうして黙っていたの? そんなこと隠すことでもないのに」

「だってこれまでそれを知った瞬間に、態度をコロッと変える人がたくさんいたから……」


 柏原の名は時に媚びへつらわれ、時に畏怖の対象となる。これまで嫌と言うほどそんな経験してきた。

 彼は不機嫌そうにムッとした。


「ということは、ラナは俺が柏原の名で態度を変えると思っていたってわけ。その名を利用する男だと」

「違います! 慎也さんが、離れていっちゃうかもしれないって……。ごめんなさい。わたしが隠さずにさっさと言っていれば、こんなにこじれることもなかったんです」


 本当は“そんなこと”という言葉が嬉しかった。彼にとっては柏原の名など取るに足りないものなのだということなんだろうか。わたしの背景を知っても彼は変わらない。だったらもっと早く言えばよかったのだ。大馬鹿だな、わたし。


 ぺこりと頭を下げると、彼は微かに首を横に振る。


「いや、たとえ従兄だと知っても、俺は同じことをしていたと思う。従兄とは結婚できるしね」


 はい? それ、どういうこと?


「結婚!? 意味がわからないんですけど」

「だって彼はラナが好きなんだろう? 今日だって婚約披露するって……」

「いやいや、それはありえませんって。確かに近々婚約するみたいですけど、相手はわたしじゃありません」

「でも彼、ラナにキスしただろ?」


 うっ……そうなんだけど、違うんです!


「あれは……確かにそうですけど、唇じゃないです。ギリギリ唇、外してました。多分嫌がらせです」

「じゃあ彼はラナの何を欲しがっているんだ?」

「えっと、説明すると非常に長くなるんで、また今度ということで……」


 ひょえーっ! 視線が痛いよぉ。わかりました、言いますよ。


「短く説明すれば、わたしに仕事を手伝わせたいってことなんで、恋愛がらみじゃありません」


 そう言うと、まだ納得していないみたいだけど引き下がってくれた。


「じゃあどうしてこのパーティーにいたんだ?」

「隣でニコニコ笑って遊びの女を一掃するのに協力したら、もう二度とわたしと慎也さんに関わらないって約束させたからです」


 なんだか慎也さん、すごく落ち込んでる。わたしが直樹くんと婚約するって思ってたみたいだし。

 今日のこともひっくるめて、わたしは彼をたくさん傷つけた。今さら遅いかもしれないけど、ちゃんと伝えなきゃ。


「わたしが柏原の血縁者だと知られるのが嫌な理由……直樹くんと過去に何があったかも、長くなるけど聞いてくれますか? もう慎也さんに隠し事はしたくないんです」


 彼が頷くのを確認し、わたしは家族や親戚以外はみちるしか知らない過去のことを話し始めた。





次回から過去の話は二話ほど続きます。

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