目には目を、歯には歯を
今回も少し短いです。
慎也さんに突き放されてから、ずっと考え続けている。
どうしたら彼の罪の意識を消せるんだろう。前の二人に戻れるんだろう。
彼はわたしと別れたくないけど、触れられない。それは自分のしたことが許せないから。だからこっちから別れを切り出すのを待っている。でもわたしは別れたくない。もうどうすればいいか、全くわからない。
バイトが休みで朝から部屋でふて寝をしていると、コンコンとドアがノックされ、姉が顔を出した。
「一日中寝ているなんてもったいないぐらいのいい天気よ。起きたら?」
「……いい」
何もする気が起きないし、何をしてもきっと楽しめない。布団を頭から被って全身で拒否すると、ばっと掛布団をはぎ取られ、やけに笑顔な姉が有無をも言わせぬ口調で言った。
「おいしいものご馳走してあげるから、出かけましょう。ね?」
頑固だから頷くまで、笑顔で無言の圧をかけてくるだろう。渋々起き上がり、着替えた。
「そういえば、ラナと二人で出かけるのも久しぶりね」
歩きながら話しかけてくるので、無言で頷く。
仲はいいが、一緒に出掛けることはあまりない。こんな気分のときじゃなかったら、さぞ楽しいものだったのだろうに。
フルーツをふんだんに使ったスイーツのお店へ入る。
最近食べる量が増えた姉はボリュームのあるパフェをペロリと平らげてしまった。その食欲が少し羨ましい。今は何を食べても味がしない。せっかくご馳走してくれたのに、申し訳ない気持ちだ。
それから街をブラブラしていたが、ある店の前で立ち止まった。ショーウィンドーに展示してあるものに目を奪われ、その前から動けなくなってしまったのだ。
「……綺麗ね。純白のウエディングドレス」
姉の言葉に頷き、それをじっと見つめた。
これまでそんなに結婚願望があったわけじゃないし、ドレス着たいということもそんなに思わなかった。
でも慎也さんと付き合い始めてから、『いつか純白のウエディングドレスを着て、隣には彼がいて……』なんて想像することもあった。
今のわたしには夢のまた夢。だって別れを告げられてしまったのだから。
視界が滲んできた。するとすっとハンカチが差し出された。疑問に思って姉を見ると、困った表情を返された。
「涙、拭いて?」
あ、泣いてたんだ。ドレスを見て泣いちゃうなんて、何かあったと勘付かれちゃうじゃん。
姉はもうすぐ結婚式を挙げる。それが羨ましくて、少し妬ましい。こんなことを思っちゃいけないんだけど、幸せオーラ全開の姉を見るのは正直つらい。
「……言わないなら訊かないけど、つらいときは泣くのを我慢しちゃ駄目よ」
その言葉に涙を拭きながら姉を見ると、小さく笑いかけられた。
「いっぱい泣いてスッキリしたら、おいしいものを食べてエネルギー蓄えて、次に進めばいいの」
何も言えずに黙っていると、今度は苦笑される。
「『幸せいっぱいの人に言われたくない』って顔ね。でもそうでもないのよ? 今、絶賛喧嘩中だし」
「え、的場さんと喧嘩してるの?」
「そうよ。婚約破棄の危機よ」
とてもそんな風には見えない。
「原因は些細なものだけど……駄目ね。マリッジブルーとマタニティブルーが一気にやって来たみたい。ついつい隼人くんにあたっちゃうの。彼、優しいから、そんなわたしに文句ひとつ言わないの。それがまた腹立たしくてね」
確かに的場さんが愚痴とか文句とか、言っているのを見たことがない。
「わたしが年上だから、気をつかっているのかと思ったら悲しくて。もっと思っていることをぶつけて欲しいわ。だって夫婦になるんだもん。今はよくても、結婚したら綺麗ごとだけじゃやっていけないわ」
そう言って腕組みをした姉は、少し考え込んで「やっぱり違うか」と呟いた。
「喧嘩、じゃないわね。わたしと隼人くんは喧嘩にすらならないの。わたしが一方的に怒っているだけ。彼氏とちゃんと喧嘩できるラナが少し羨ましいわ」
「羨ましくないよ。つらいだけだもん」
キュッと唇を噛んだ。喧嘩なんてしない方がいいに決まってる。それに今は喧嘩どころか別れの危機だもん。
「でも言いたいことを言い合っているでしょう?」
「だけど平行線のままだよ。越えられない壁があるもん」
「そんな壁、ぶっ壊しちゃいなさい」
「簡単に言わないでよ」
「じゃあ黙って放置する? 行動しなきゃ、何も変わらないよ?」
わかってる。でもどうしたらいいのかわかんないよ。
「だって頑固なんだもん。わたしも悪いのに慎也さん、自分のことばかり責めるんだもん」
「どっちも悪いなら喧嘩両成敗ね」
「それでチャラにしてくれないんだよ」
「じゃあラナも同じことをやり返せば? 何が原因かは知らないけど」
ガツン、と頭を殴られたような衝撃が走った。
「それだぁ!!」
突然大声を出し、姉はビックリして目を見開いた。
「姉ちゃん、ありがと! そっか、そっか。そうすればよかったんだ……」
急にテンションが上がったわたしに、姉はただ苦笑いを浮かべた。
「よくわからないけど、元気になったならよかったわ」
「うん! これで解決するかもしれない。本当にありがと! あ、姉ちゃんも的場さんと早く仲直りしなよ。式、もうすぐなんだから」
「……単純な子ね。そこがいいところだけど」
ボソッと呟かれたことも耳に入らず、わたしはようやく一つの希望を手に入れたのだった。
その日の夜、やって来たのは少し前にも来たマンション。チャイムを鳴らし、出てきた人物に食い気味に叫んだ。
「ひろみ先生! 男の人を襲うのにはどうしたらいいですか!?」
「はぁ!? あんた、何言ってんの?」
慎也さんが無理矢理抱いたことに罪悪感を抱いているなら、わたしも同じことをすればいい。自分を犯罪者だと思うなら、わたしも同じ犯罪者になります。
首を洗って待っててくださいよ、慎也さん。わたしは必ず、あなたを取り戻す。そのためだったら、ちっぽけな羞恥心などゴミ箱に捨ててやりますよ!!
ようやく立ち直った主人公。




