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思いがけない別れ

ちょっと切ない……

 あの日から早三週間が経った。未だに慎也さんからの連絡はない。まめにメールをしているが、やはり返事は来なかった。それでも待つつもりだ。


 さすがにもうあの夜についた手首の痣やキスマーク、首筋の噛み痕は綺麗に消えていた。毎日鏡と睨めっこして人に見せないように気を使っていたが、その必要もなくなった。

 でもそれが少し悲しい。日々薄くなるそれを見るうちに、わたしと彼の関係も消えてなくなってしまうのではないかと考えてしまう。自分の身体に、わたしは慎也さんのものなんだというしるしをつけて欲しいなんていやらしいことを白昼堂々思ってしまうのだ。


 今、脳裏に浮かぶのはいつもの優しい彼だ。あのときの狂気に染まった彼の姿は、時間が経つにつれ薄れていった。わたしを甘やかし、大きな愛で包み込んでくれる彼。恐怖心は払拭されたと思う。実際に会っていないからわからないが、きっと大丈夫。 







バイトを終えて家へ帰れば、差出人不明の郵便物が届いていた。


「誰だろ……?」


その中身を見て心が凍りつく。それを手にする指先が震える。


「やだ……何これ……」


 その中身は写真が数枚入っていた。それに写っているのは彼と知らない女性だった。どこかの建物に入って行く写真。彼の腕に女性がしがみついている。よくよく見れば、その建物は高級ホテルだった。


 嘘でしょ……? 慎也さんが他の女と……? まさか……。


 一気に不安が押し寄せる。彼が自分に連絡をくれないのは、直樹くんとの仲を誤解し、他の女の人のところへ行ってしまったのではないか。自分と別れたがっているから無視し続けているのではないか。

 その考えを、首をぶんぶん振って頭から追い出す。これは何かの間違い。……そう、仕事関係かもしれない。きっとそうだ。


 そう自分に言い聞かせたものの、気持ちは落ち着かない。時計に目をやると時刻は午後六時半。わたしはかばんを引っ掴み、家を飛び出した。




 着いたのは慎也さんの会社の前。きっとまだ仕事中だ。もうウジウジ想像で悩むなんて馬鹿らしい。直接本人を捕まえて訊き出したほうが確実だ。

 午後九時。ようやく彼が姿を現した。わたしを見つけた彼は目を見開き、その場に立ち尽くした。


「ラナ……」

「慎也さん、お久しぶりです」


 ゆっくりと彼に近寄る。三週間ぶりに見た彼は少し痩せたように感じる。久しぶりに見たその姿に涙が出そうになる。やっと顔が見れたのだ。

 彼を見ても、やはりもう恐怖は感じない。多分、触れられても平気だと思う。 


「こんな遅くに危ないだろう」

「まだ九時です。――今日は慎也さんに訊きたいことがあって来ました」


 腹を括った女に怖いものはない! ズバッと訊いてしまおう。


「こんな写真が送られてきました。この人と慎也さん、どういう関係なんですか?」


 写真を彼に手渡せば、それを一瞥した彼が驚きの表情を浮かべる。


「誰がこんなものを……」

「差出人は不明です」


 しばらく無言で写真を見つめた彼は、ようやく口を開いた。


「彼女は取引先の人だよ。接待で食事をしただけだ」

「腕、組んでますよ?」

「無理矢理組まされたんだよ」


 その言葉を聞いてホッとする。やっぱり仕事関係の人だった。

 しかし安心しきっていたわたしに、彼は冷ややかな言葉を浴びせた。


「自分はあの彼との関係を言わないくせに、俺のことは責めるんだな」


 頭に冷水をかけられた気分だった。


「……そうですね、その通りです。わたしに慎也さんを責める資格なんてないんですよね」


 自己嫌悪に陥っていると、突然彼が表情を強張らせて訊いてきた。


「……足、どうしたの?」


 自分の足に視線を移し、何てことない口調で返した。


「誰かとぶつかって、足を滑らせて転んじゃったんです。でも奇跡ですよ。階段から落ちたのに、膝すりむいただけですもん」


 あれはラッキーだった。もっと大怪我してもおかしくなかったのに、運よく前から歩いてきた人に助けてもらったもん。


「階段から……落ちた……?」


 彼の声が少し震えている気がする。どうしたんだろう?

 不思議に思っていると、彼はこちらを見ることなく、想像もつかないことを言った。


「ラナ……終わりにしよう」

「え……?」


 ――――終わり? 


 理解できない。目を見開いて彼を見る。


「もう……会わない」

「どうしてですか!?」

「これ以上、傷つくラナを見ていられない」

「わたしは傷ついてなんかいません!」

「そう思い込もうとしているだけだ。……ラナ、俺を捨ててくれ」

「何を言ってるんですか……」


 そんなことできない、できるはずもないのに。どうしてそんな残酷なことを言うの?


「……嫌です」


 キッと睨みつけるように彼に視線を送る。でも決して彼はこちらを見てくれない。それが悲しくて仕方ない。


「わたしは傷ついてなんかいない。もう慎也さんを見ても怖くないし、触れられても嫌じゃない。罪悪感を抱かなくてもいいんですよ!」

「無理だよ。俺はあの日、自分がしたことを許せない。たとえどんな理由があろうとね。あれは紛れもない犯罪行為。ラナが訴えるなら、俺は警察でもどこでも行くつもりだ」

「しませんよ、そんなこと。もう気にしてないって言ってるじゃないですか!」

「俺が気にするんだ。彼への醜い嫉妬をラナにぶつけるなんて間違っていた。あんな怯えた目で見られて、別れを切り出されるんじゃないかってずっと不安だった。だから連絡も取れなかった。情けない男だよ……」


 彼はすごく苦しそうに言葉を紡ぐ。そんな風になるんだったら、別れるなんてこと言わないでくださいよ。


「こうして会っている今でも、ラナは本当はもう俺のことが嫌いになったんじゃないかと思ってしまう。さっき言ってくれた言葉も信じられないんだ。自分に都合のいい妄想じゃないかと。――――おかしいよな。こんな男、捨てたほうがいい」

「別れません! だって好きなんです。どんなことされても、慎也さんじゃなきゃ駄目なんです!」

「それにもう触れられない。……怖いんだ。今度狂気にのまれたら、きっと止められない。もっとひどいことをするかもしれない。壊してボロボロにして、また泣かせて傷つける……。それでもそばにいたいなんて、虫のいい話だ。自分に触れてくれない男なんて、嫌だろ?」

「だからわたしが捨てろと言うんですか?」

「……ああ」

「そんなの卑怯ですよ……」


 唇を噛み、俯く。涙が溢れてきた。


 別れないって何度も言ってるのに。どうしたらこの頑なな彼の心を溶かすことができるんだろう。

 彼を失いたくないとここまで不安な気持ちを押し殺して頑張ってきたのに、その本人から突き放されてしまったのだ。悲しくて、悔しくて、この気持ちをどこにぶつけたらいいのだろう。


「……どうしてわかってくれないんですか。もういいですよ。慎也さんの馬鹿!!」


 そう怒鳴って、彼の前から走り去った。走って、走って、体力の限界で立ち止まり、ぜーぜーと荒い息を吐き出す。そしてその場にしゃがみ込み、うなだれた。


 馬鹿、慎也さんの馬鹿。優しすぎるのも時に罪ですよ……。


 あそこまで罪の意識を感じているのは、彼が優しすぎるから。後悔して、自分を責め続けている。わたしが許しても、彼は自分を許さない。別れたくない想いと、触れられないもどかしさで苦しんでいる。


 そして今の彼にとって、わたしといることは苦しみを増幅させるだけ。わたしを視界に入れるだけで罪の意識に囚われるのだ。だからといって自分は彼を諦められないし、諦めたくない。


 触れてくれないのは確かにつらい。でもそばにいられないのはもっと嫌だ。彼の隣に他の女の人がいるのを想像しただけで、嫉妬でおかしくなりそうだ。


 どうしたら前みたいに手を繋いでいられるの? わたしに笑いかけてくれるの? 彼を失わないでいられるの? 


「慎也さん……離れていかないでよ……」


 そう呟いた瞬間、とめどなく涙が溢れ、頬を濡らした。 






次回もちょっと短いです。

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