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宣戦布告

いろいろと動き出す主人公。

こんなことをしてました。


おまけ小話あり。

 慎也さんから返事が来ない。ひろみ先生が言っていたように、彼はわたしに対して相当罪悪感を抱いているようだ。


 彼と付き合い出したころのわたしなら、ウジウジして何も行動を起こさずに、ただ時間が過ぎて行くのを待つだけだっただろう。でも、今は違う。彼を失わないために、打てる手は何でも打っておこうと思う。


 前にわたしが彼を拒絶して傷つけてしまったとき、自虐のループでがんじがらめになっていたわたしを、彼は見捨てることなく待っていてくれた。きっとわたし以上につらかったはずなのに。だから今度はわたしが頑張る番。どんなに時間がかかろうとも、わたしは彼を守ってみせる。


 手始めに、こんな状況にした原因に奇襲攻撃。なんだかんだ言って忙しいらしい直樹くんを昼休み、ファミレスに呼び出した。


「俺の話、受ける気になったか?」


 悪びれもせずに言う姿にイラッとしたが、ここでぶち切れては話が進まないのでぐっと堪える。


「受けるわけないじゃん。あんたのせいで大変だったんだから」

「ラブホテルに連れ込まれて、一晩中、骨の髄まで貪られたか」

「何で知ってんの!?」


 そう言ったものの、すぐに納得。多分、見張られていたんだ。


「……最低」

「盗聴、盗撮されなかっただけマシだと思え。本当だったらそれをネタに脅迫するところだ」

「人でなし!」

「何とでも言え。目的のためなら手段は選ばない。いい加減諦めろよ。俺はお前が欲しい」

「わたしの“腕”がね」


 そう、この男が欲しがっているのは、わたし自身ではない。この男が務める会社はIT関連。大学時代にその分野でそこそこできる子だったために目をつけられたってわけ。『うちに就職しろ』ってうっとおしかったもん。まるで蛇のように。


「その腕を除いたら、お前に取り柄なんてないだろう。その埋もれた才能を有効活用してやろうとしているのに。フリーター生活より稼げるぞ」

「お断り。あんたの下で働くなんてご免よ」

「お前に俺の運命がかかっているというのに。親戚だろ? 従妹だろ? ちょっと人助けをすると思ってだな……」

「人の幸せぶち壊しておいて、何言ってんの?」


 こんなにも冷たい声が出せるんだってびっくりする。全く折れない態度に苦笑した彼は、話をガラッと変えてきた。


「で、鮫島さんだっけ? 彼とは仲直りしたか?」

「……連絡来ない」

「会ったりは?」

「してない」


 全部とは言わないけど、あんたのせいだよ。キッと睨めば、面白そうに笑う目の前の男。


「そりゃ大変だ」

「その原因作った人が、面白がらないでくれる?」

「原因? 俺が? お前が包み隠さず彼に説明すれば、こんな事態にはならなかった。お前が柏原の血縁者だということを知られたくなかったからだろ? 人のせいにするな」


 悔しいけど正論だった。わたしが慎也さんに隠し事さえしなければ、こんなにこじれることはなかったかもしれない。

 唇を噛み締めて俯けば、それに追い打ちをかけてくる。


「お前が強情を張れば、もっともっと大変なことになるかもしれないぞ? たとえば……、鮫島さんの会社、確かうちと取引あったよな」


 その言葉に青ざめる。


「……何するつもり?」

「別に何も……。ただお前の態度次第では、ちょっと困ったことになるかもな」


 堪忍袋の緒が切れて、バンと両手でテーブルを叩きながら立ち上がり、睨みつける。


「慎也さんに手を出したら許さないから」


 そんなわたしを、彼は馬鹿にしたようにせせら笑う。


「お前に何ができる?」

「こっちだって手段は選ばない。絶対守ってみせる」


 財布から千円札を取り出してテーブルに叩きつけ、出口に向かって歩き出した。

 わたしの後ろで愉快そうに「お手並み拝見だな」という声がして、さらに怒りが増大した。


 ムカつく、ムカつく……。もう二度とこんな奴のせいで、わたしの平穏な生活を引っ掻き回されてたまるかっつーの!





 直樹くんに宣戦布告してから数日経ったある日、久々にみちるにご飯に誘われた。いつもはランチなのに、この日は珍しく夜だった。


 個室のある和食の店に向かってみれば、すでにみちるは来ているそうだ。案内された部屋の襖を開けて部屋の光景を見た瞬間、持っていたかばんをドサッと落とした。

 心の中で『みちる、謀ったな!』と叫び、慌ててかばんを拾い、逃げ出そうとするが……。


「待ちなさい!」


 咎める声にびくっとし、ゆっくり振り返った。


「……美羅ちゃん」

「座りなさい」


 有無を言わせない強い口調に、もう逃げられないと悟った。大人しく席に座れば、みちるが口を開いた。


「直樹さんと会ったんでしょう? どうして黙っていたの?」

「何で知ってるの!?」


 ひろみ先生にしか言ってないのに。するとみちるが携帯を取り出して操作し、手渡してきた。


「悠真が『ラナちゃんが浮気してる』って、その写真を見せてきた」


 それは直樹くんに宣戦布告したときのものだった。くっ、菊池くんめ、余計なことを……。


「直樹さんがあんたに接触してきたってことはただ事じゃないと思ったから、勝手だけど美羅さんに知らせた」

「ラナ、言いなさい。何があったの?」


 二人の視線が痛くて、黙ったまま俯く。言えない、言えるわけないよ……。


 無言を貫くわたしに、「まぁ予想はつくけど」と美羅ちゃんは呟く。


「大方、直樹が意味深な発言でもして、鮫島さんとの仲をこじらせたんでしょ? あの馬鹿がやりそうな手だわ」


 大方正解。美羅ちゃんには敵わないよ。観念してこくりと頷けば、「やっぱり」と呆れ顔。


「懲りない男。もっと痛い目見なきゃ、わかんないのかしら」

「わからないんじゃないですか? 美羅さん、やっちゃってください」

「そうね、殺るわ」


 漢字の変換がおかしいよ。みちるも煽らないで! 


 詳しい事情を訊かれて、慎也さんとのことを除いた全てを白状した。すると美羅ちゃんの表情が怒りに変わっていく。


「脅迫なんてやってくれるわね……。直樹の分際で調子に乗っているじゃないの」

「別にいいよ。ちゃんと宣戦布告してきたし。売られた喧嘩は買うよ」

「でかした! それでこそわが妹。頑張りなさい」

「うん、ありがとう」


 何とか二人の暴走を抑えて安心し、食事に集中した。


 だから二人が目配せで何か企んでいることなど、全く気づかなかった。






 さらに数日後、カフェに設楽さんが姿を現した。慎也さんに何かあったのだろうか?

 不安がっているわたしに彼は質問を投げかけた。


「ラナちゃんさ、鮫島と何かあった?」

「えっ、……どうしてですか?」

「普段と変わらないように見えるけど、明らかに働き過ぎだ。余裕がないみたいで、離婚した直後と同じ様子だった。無理に仕事して、何かを忘れたがっているように見える」


 彼はわたしの一挙一動を見逃すまいと、じっとこちらに視線を留めている。動揺してバレるわけにはいかない。いくら設楽さんでも、このことは絶対に隠し通す。


「……ちょっと喧嘩しちゃったんです。わたしが意地張って怒ってるから、きっと慎也さん、つらいんじゃないですかね? 謝る機会すら与えてないですから」


 お願い、これ以上追及しないで……。そう思いながら彼をじっと見つめた。視線を逸らしたら負けだ。

 するとすっと先に視線を逸らした彼は髪の毛をくしゃっと掻き、小さく息を吐いた。


「……俺ってそんなに信用ないかね?」


 その呟きには悲しみが滲んでいた。ごめんなさい、設楽さん。本当のことを言えなくて。


「慎也さんは設楽さんを一番信頼してますよ」


 フォローになってないかもしれないけど、そう声をかけた。その言葉にようやく小さな笑みを浮かべた。


「ありがとう。……ま、あいつが話したくなるまでそっとしておくよ」

「すみません。わたしが意地張ってるせいで」

「……そういうことにしておくよ」


 やはり隠し事してるのバレてる! 本当に嘘つけないな……。


 店を後にしようとしてふと立ち止まり、振り返った彼は不安そうな表情で質問してきた。


「ラナちゃん、鮫島と別れる……ってことはないよね?」

「それはないです。わたしには慎也さんが必要ですから」


 その返事を聞いて、設楽さんは満足したように微笑んだ。


「その言葉を聞いて安心した」


 ひらひらと手を振って、彼は今度こそ店を後にした。

 





 この日のバイトが終わり、わたしが慎也さんを守るため、打てる最後の手を打つべくしてやって来たのはやたらと巨大な会社の重役室。部屋の重厚感に若干緊張して、秘書の人に出されたお茶を飲みながら待つこと三十分。お目当ての人物はやって来た。


「待たせてごめん。会議が長引いてしまって」

「ううん。こちらこそ忙しいときに尋ねて来て、ごめんなさい」

「いや、会えて嬉しいよ。しかし、しばらく見ないうちに綺麗になったな」

「お世辞?」

「違うよ」


 穏やかに話すこの人物こそ、恐らく直樹くんをぎゃふんと言わせるのに最も強いカードになる人物、柏原純樹。彼は柏原グループの後継者――――つまり、直樹くんの兄だ。

 すごく優しくて仕事もできて、うっかりしていたら惚れそうになってもおかしくない、大好きな兄ちゃんだ。既婚者なのが惜しい(いや、この言葉に深い意味はない)。


「で、話って何? 会社まで尋ねてくるなんて、よっぽどのことなんだろう?」


 純樹兄ちゃんは忙しい人だから、手短に用件を済ませよう。


「こんなこと、純樹兄ちゃんに言う筋じゃないんだけど」

「いいよ、言ってみて」

「直樹くんがわたしの彼氏に何かするかもしれない。それを止めたいの」

「直樹がラナの彼氏に?」

「うん。――――直樹くんさ、わたしに『自分の下で働け』ってずーっと言ってるでしょ? 断り続けてるんだけど、この前言われたの。『要求を呑まないと彼氏がどうなってもいいのか』って」


 話を聞いた兄ちゃんは表情を曇らせる。


「馬鹿なことを……」

「彼に迷惑はかけられない。だからもしものときには協力してほしいの」


 するとしばらく考え込んでいた兄ちゃんは、わたしにニコリと笑いかけた。


「確か、ラナの彼氏は竹田専務のいる会社だったよね?」

「知ってるの?」

「専務から少し話を聞いてね。……ラナ、よく考えてごらん。いくら直樹が柏原の直系でも、一社員の立場で彼をどうこうできると思うかい?」


 その辺はよくわからない。黙っていると、兄ちゃんが話を続ける。


「それにあの専務が目をかける人物だ。きっと優能なのだろう。直樹が何か仕掛けたとしても対処できるだろうし、専務もきっと彼を助けてくれるよ。あの人は部下想いだからね」

「でも……」


 不安で仕方ないわたしの顔は強張ったままだ。直樹くんがどんなことをしてくるかわからない。彼の仕事関係で手を出されたら、わたしには何もできない。


「それに彼の会社はうちにとっても大切な取引先だ。あの会社を牛耳っている専務の逆鱗に触れるようなことはさせないよ。もしそんな愚かな真似をして会社に迷惑をかけるなら、いくら直樹でも容赦なく切り捨てる。だから心配しなくてもいい」


 今、兄ちゃんの口からサラッと恐ろしいことが出た気がするけど、聞き流しておこう。


「じゃあ、力になってくれるの?」


 恐る恐る訊いてみれば、大きく頷かれる。


「もちろん。かわいい従妹の頼みだからね」

「ありがとう! 純樹兄ちゃん、大好き!」


 笑顔でそう言えば、照れたように笑った。優しすぎるよ。直樹くんとは大違い。


 和やかな雰囲気に包まれていると、兄ちゃんがおもむろに口を開いた。


「その代わりと言ってはあれだけど、ラナにお願いがあるんだ」

「なぁに?」


 わたしにできることなのかな? 見当もつかない。


「僕の仕事を少し手伝ってほしいんだ」

「兄ちゃんの仕事?」

「個人的な仕事でね、ソフトウェアの開発しているんだ。そこでラナの力を貸してほしい」


 すごいな。あんなに忙しいのに、他にも仕事してるんだ。


「でも直樹くんの下で働くのはやだよ」

「言っただろう? 個人的な仕事だって。直樹は関係ないよ」

「バイトがあるから決まった時間に出社できないよ?」

「好きな時間に仕事してくれていい。その部署の人間も出社してくる者もいるし、自宅で仕事をしている人間もいる。だからラナも家でやってくれていいから」


 すごく恵まれた条件に感じる。裏がありそうな気がするけど、兄ちゃんに限ってそんなことはしないだろう。


「わかった。いいよ」


 そう返事すると、兄ちゃんは満足そうに頷いた。


「ありがとう。とはいってもまだ準備段階だから、手伝ってもらうのに少し時間がかかるんだ。準備ができ次第、連絡するよ」


 こうして力強い味方を手に入れ、戦う準備は整った。


 さぁ直樹くん、来るなら来い!!

  




  おまけ小話「北風と太陽」

 


 ラナが部屋を去った後、それまでのにこやかな笑みを消し、デスクの椅子に腰かけた純樹は引き出しからとある資料を取り出した。


 『鮫島慎也に関する報告書』


 それを読んだ純樹は感心する。仕事に対しては文句のつけようもないほど有能。自分の下で働いて欲しいぐらいだ。


 結婚前の女性関係と離婚歴という引っ掛かりがあるものの、ラナとの交際を始めてから他の女の影は一切浮かんでこない。彼ならあのいろいろと心配な従妹を任せられる、そう感じた。


 愚弟はしつこく従妹を自分の仕事に引き込もうと必死みたいだが、そのやり方がまだまだ子供だ。


 あの従妹は、強要すればするほどむきになって拒絶するのは明らかである。結局、直樹と自分の目的は同じ。それならば苦手意識を持っている弟より自分の方が警戒心は薄い。優しく懇願すれば、あのお人よしで単純な従妹はこの要求を呑むと判断し、結果その通りになった。


「まだまだ修行が足りないな……」


 そう呟き、純樹は内線で私的に雇っている秘書を呼び出した。


「お呼びでしょうか?」

「直樹の行動を見張れ。逐一報告を上げろ」

「承知いたしました」


 秘書が出て行ったあと、腰かけている高級感あふれる椅子をくるりと反転させ、純樹は携帯電話を取り出した。かける相手は愛しい妻だ。


「もしもし、僕だ。――――いや、夕食は外で食べないか? 今日はとても気分がよくてね。――――ああ、君の好きなものでいい。迎えをやるから。――――楽しみにしているよ」


 純樹の声はとても優しいもので、仕事中の彼を知る人物には予想もつかないものだった。電話を切り、しばし弟のことを考える。


 直樹、本当に欲しいものは相手に真実を気づかれないままに自分のものにするのが、一番賢いやり方なんだよ。


 頭を切りかえ、デスクに向かった純樹は表情を一変させて仕事に手を付け始めた。




 実はお腹真っ黒な純樹兄ちゃんでした。



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