覚悟を決めたのに
ご無沙汰しています。大変お待たせいたしました。
嵐、襲来です。
彼女の母校に行ってから約二週間が経過した。俺はある一つの覚悟を決めて、とある場所へ向かった。それはジュエリーショップ。彼女にプロポーズするため、婚約指輪を買おうと思ったからだ。
躊躇していたプロポーズだったが、彼女の同級生から話を聞き、名実ともに彼女を自分のものにしたい思いが膨れ上がった。決心すれば行動は迅速に。
その数日後、彼女を食事に誘った。雰囲気のあるフレンチの店。日頃のデートでは選ばないような高級店だが、一代一世のプロポーズなのだ。いつもと違う店のチョイスを不思議に思った彼女には、取引先の関係で安くしてもらえるからと言って納得させた。
ドレスコードがある店なので、彼女は肩が露わになった華やかなワンピース姿で、薄いストールを身に纏っている。服装に合わせてか、念入りに施された化粧でいつもは可憐な彼女を大人の女に見せていた。
「どうですか、慎也さん。ちょっと張り切っちゃいました!」
言うまでもなくかわいい。誰にも見せたくないほどに、一人でじっくり愛でたいほどに。ただ、普段のナチュラルな方が彼女らしくていいところだが。
「ストールは取らないでね」
それだけ言っておいた。彼女は「ああ、風邪ひいたら困りますもんね」と納得していた。違う、そんな理由じゃない。他の男の目があるところで肌を露出するなという意味なのだが、やっぱり彼女に伝わらない。
あらかじめ予約を入れていたため、すぐに席に案内されてコース料理を待つ。食前酒のワインを飲みながら、彼女は物珍しそうにキョロキョロと店内を見回す。知らなかったのだが、このお店はなかなかの人気店らしい。デートに最適な店で、客のほとんどがカップルだった。
「カップルばかりですね」
「みたいだね。なかなか予約、取れないらしいよ」
料理が待ち遠しいのか彼女はワクワクしている。そんな様子を微笑ましく思いながら、内心は緊張もしていた。食事が終わったら、プロポーズするつもりだから。
やって来た料理をおいしそうに食べる彼女。チラリと俺を窺う視線に気づき、微笑みかけた。
「おいしい?」
「はい。連れてきてくれて、ありがとうございます!」
「ラナの嬉しそうな顔を見られただけで、俺も嬉しいよ」
そう返せば、顔を真っ赤にして俯いた。これぐらいのことで照れてしまう、そんな初々しいところもいい。
コース料理の大半を平らげ、残すはデザートのみ。俺の分は彼女に譲ると、上機嫌でケーキを頬張る。食べ終わるのを待って、ちゃんと伝えよう。捻りのない言葉でいい、彼女にはストレートな言葉しか届かないのだろうから。
ところが結果的にその思いを告げることはできなかった。ケーキを頬張ったまま、彼女がある方向に視線を留め、サッと顔色を変えた。そして顔を隠す様に俯いた。
「どうかした?」
そう訊いても彼女は無言のまま、どんどん表情を強張らせていく。ふとテーブルのそばに影ができた。見上げれば一組のカップル。俺の知り合いではない。もしかしたら彼女の知り合いだろうか?
「久しぶりだな、ラナ」
男の方が声をかけてきた。やはり彼女の知り合いのようだ。彼女と同年代、すらっとした体型、整った顔をした、自信に満ち溢れているような雰囲気の男。女が放って置かなさそうな容姿だった。現にカップルだらけの店内で、女性の熱視線が男に注がれている。
「知り合い?」
彼女は即答した。
「他人です」
「つれないなぁ」
クスクス笑う男。何だ、この男は。男の横では着飾った女が怪訝な表情を浮かべて男を見上げている。すると男は女を先に席に向かわせて、立ち去るそぶりを見せない。
男が今度は俺に視線を向けた。
「彼氏?」
「そうよ。あんたみたいに毎日相手が違うなんて最低な奴と真逆の、素敵な彼氏よ!」
ツンと不機嫌さを隠しもせずに彼女は答えた。普段とは違う様子に若干戸惑う。
「へぇ、お前に彼氏ね……。奇特な男がいたもんだ」
「うるさい。用事がないならとっととどっか行って! 彼女、待ってるんでしょ? まぁ、どうせ遊びの女なんだろうけど」
蔑む視線を男に向けた。そんな彼女の表情を見たことがなかったから驚いた。どうやらこの男に対して嫌悪感でいっぱいのようだった。
「相変わらずだな」
ニヤニヤと彼女を見る男。何だか嫌な感じだな。
男が俺に再び視線を移し、口を開いた。
「デート中にお邪魔して申し訳ありません。私は柏原と申します」
男は微笑んで軽く会釈した。その様子は洗練されていて、彼女とのやり取りを見ていなければ好青年としか見えなかった。
相手に名乗られれば、こちらも自己紹介しないわけにはいかない。
「どうも、鮫島です」
「鮫島さん、また今度ゆっくりとお話ししましょう」
そう言って頭を下げ、その場を立ち去ろうとした。しかし何かを思い出したように立ち止まって振り向き、とんでもないことを口走った。
「そうそう。この間、ラナのご両親にも言ったけど、俺まだお前のことを諦めたわけじゃないから」
一瞬、この男の言った意味が理解できなかった。
どういう意味だ!? 両親? 諦めたわけじゃない? 一体何を言っている??
この言葉に一つの可能性が浮かんだ。この男は彼女に好意を持っている。それを彼女の両親に伝えるほどに。恋人である俺がいても構わないという宣戦布告だ。
「ちょっと! 待ちなさいよ!!」
嫉妬の炎がくすぶっていた俺を置き去りに、激怒した彼女は去っていった男を追いかけていってしまった。彼女の態度を見る限り、恋愛感情はなさそうだ。しかし……。
俺はいてもたってもいられなくなって、二人の後を追いかけた。人気のない店の奥の方で二人を発見した。物陰に隠れてこっそり話を聞く。
「どういうつもり? 彼の前であんな勘違いされそうなこと、言わないでよ」
「お前が悪いんだろ? 俺の話を無視するから」
「あの話なら何度も断ってるでしょ。しつこいんだってば」
「諦められるか!」
どうとも取れる会話だった。この二人の関係は一体何だ?
俺はモヤモヤしたまま、二人の話に耳を傾け続けた。
「あんたの世話にはなりたくない。わたしのことは放っておいてよ」
「駄目だ。俺にはお前が必要なんだ。頼むよ……」
男はラナの腕を引き、強く抱きしめた。そして顎を掴んで彼女の唇を奪った。俺の中の嫉妬というどす黒い感情が爆発しそうになる。彼女は男を押しのけて頬を平手打ちし、激怒して声を荒げた。
「だからあんたなんて大嫌いよ! 何でも思い通りになるなんて思わないことね」
男は頬をさすりながらも、ペロリと唇を舐めた。そしてきっぱり言い切る。
「俺は欲しいものは必ず手に入れる。たとえどんな手段を使っても、な。絶対諦めない」
男は彼女の前から立ち去る。と、そのとき俺と目があった。それは挑戦的で、完全に喧嘩を売られた。俺は瞬時に睨み返した。
それから立ち竦む彼女に近づき、声をかける。
「彼とはどういう関係?」
つい、きつい口調になってしまった俺の声に、彼女はビクッと身体を震わせ、ゆっくりと振り向いた。
「あ……慎也さ……見て……」
「誰? 言えないの?」
「あ、あの、ただの……」
「ただの……何?」
口ごもってはっきりしない口調にイライラする。いつもならはっきり過ぎるほど言うくせに。俺に知られては困ることがあるというのか。
「……知り合いです」
「そのわりにはずいぶん親しそうだね。両親公認の仲ってわけ?」
ただの嫉妬なのは明らかだが、何かを隠そうとしている彼女に棘のある言い方をしてしまう。俺の問いにも黙ったままだ。
「彼、随分ラナにご執心みたいだけど」
「それは違います。あいつは昔から女をとっかえひっかえしてて……」
「へぇ、そんな前からの知り合いなんだ。で、俺には言えないの? 彼との関係。唇を許せる間柄なんだろう?」
「それは……」
らしくない彼女の様子にイライラが沸点に達した。腕を強く掴み、テーブルにある彼女のかばんを手にした。さっさと会計を済まし、店を出た。
「慎也さん!?」
戸惑う彼女が小走りになるのも構わずに歩き続ける。もう色々と限界だった。
恋のライバル出現か!?
次回、もっと嵐が来るかも……




