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嵐の前触れ

タイトル通り、ここからいろいろ起こります。

頑張って、鮫島!

 九月の中旬、楓から電話があった。


『あ、慎也くん? 来週の土曜日なんだけど、空いてる?』

「ああ。何だ?」

『拓也がね、大学のオープンキャンパスでそっちに行くの。一晩、泊めてやってくれないかな?』

「そんなことか。いいよ」


 オープンキャンパスね。もう何年前だろうか、俺がそんなものに参加したのは。


『それとね、出来ればラナちゃんに大学の案内をしてもらいたいの』

「ラナに?」

『オープンキャンパスだけでも大学の雰囲気は味わえると思うけど、やっぱり在学していた人から聞く話ってまた別ものじゃない? 拓也、すごく頑張っているから力になって欲しいの』


 二人を会せるのか。正直言って気が乗らない。拓也は確実にラナに惚れている。しかし、かわいい甥っ子の将来のためなら……。

 しばし頭の中で考えた末、子供じみた嫉妬心より甥っ子を思う叔父の気持ちが勝った。


「わかった。ラナに訊いてみる」


 後日彼女に話を切り出せば「もちろんいいですよ」と明るい返事が返ってきた。


「慎也さんも一緒に行きませんか? 学食が意外においしいんですよ」

「わかった」


 拓也と二人きりにさせるわけにはいかないからな。かわいい甥っ子でも、それとこれとは話が別だ。





 翌週の土曜日、拓也が我が家にやって来た。手にしていたかばんからは使い込まれた問題集が出てきた。頑張っているんだなと甥っ子の成長を感じる。


「叔父さん、一晩よろしく。……あの人は?」

「駅で待ち合わせしているから。そろそろ出かけようか」


 妙にソワソワしている拓也と駅へ向かえば、ラナはすでに待っていた。


「慎也さん、おはようございます! 拓也くん、久しぶりだね~」


 彼女に笑いかけられた拓也はフイッと視線を逸らせて、ぶっきらぼうに返事をした。


「……うん、今日はよろしく」

「よろしくね。あ、もうすぐ電車が来ますから行きましょう」


 電車に乗って約ニ十分、駅から徒歩五分。少し市街地から外れたところにその大学はあった。

 周囲は高校生らしき若者でごった返していた。ラナはまだまだ学生と見られるが、明らかに俺だけ浮いているような気がしてならない。


 ガイダンスがある拓也と一時別れ、彼女の案内で校内を見て回った。自分の大学とは違った感じで珍しい。大学に通っていたのはもう十数年前の話だ。


 彼女の後をついて行くと、明らかに部外者立ち入り禁止の気配がする校舎へ入って行く。それはまずくないか?


「そこ、入っていいの?」

「いいですよ。わたしもたま~に来ますもん。でも怒られたこと、一回もないし」


 そういってどんどん奥に向かって歩くので、内心冷や冷やしながら後に続く。しばらく歩くと前方から白衣を着た男子学生らしき二人が歩いてきた。その二人がこちらを見て「あっ」と声を上げた。


「かっしーじゃん。また勝手に入って」

「あ、ゴンちゃんにむーさん。土曜なのに来てんの?」

「ああ、教授に呼び出されたからな」


 三人のやり取りをボケッと見ていると、二人が俺に気づいた。


「で、こっちのイケメンは誰?」

「ふふふ、聞いて驚け。わたしの彼氏で~す」


 その言葉に二人は大きく目を見開いた。


「マジでぇ!? あのかっしーに彼氏? 嘘だろ!?」


 そこまで驚くか? 


 軽く自己紹介を交わす。驚愕の声を上げたゴンちゃんこと権藤君と、いたって冷静なむーさんこと野村君。二人とも彼女の同級生にして現在大学院生だそうだ。

 しばし話し込んでいると、二人のやって来た方向から初老の男性が姿を見せる。


「おや、そこにいるのは樫本君かね?」

「あ、錦織教授。お久しぶりです」


 どうやら恩師らしい。ニコニコ微笑む教授は彼女を見て言った。


「久しぶりに来たんだから研究室に顔を出しなさい。ついでに手伝っていかんかね。……おお、そうか。手伝ってくれるのか。なら早速行こう」


 彼女の返事を待たずに教授は彼女の首根っこを掴んで引きずっていった。助けを求めるように縋るが、旧友二人は彼女を見捨てた。


「ゴンちゃん、むーさん、助けて!」

「わりぃな、かっしー。しばし生贄になってくれ」

「悪いね。僕たちの代わりに教授をヨロシク」

「ちょっ、待って。慎也さ――ん!!」


 俺の名前を叫んだと同時にその姿は見えなくなってしまった。唖然としていると野村君が申し訳なさそうに俺に頭を下げた。


「すみませんが、しばらくかっしーを教授に貸してやってください。学食に行きませんか? 僕たちでよければお相手しますから」


 文句を言うわけにもいかず、その申し出を了承した。


 土曜の午前中とあって、学食は空いていた。コーヒーを手にソファーのある一角を陣取る。コーヒーを一口飲んで二人に視線を向けると、興味津々な表情を返される。


「鮫島さんって、本当にかっしーの彼氏なんですか?」


 権藤君の問いに頷く。そこまで疑うとは彼女は一体どう思われていたのだろうか?


「あのかっしーに彼氏って、天変地異の前触れか?」

「そんなに不思議かな、ラナに恋人って」


 そう訊けば二人揃って大きく首を縦に振る。


「当然! あんな機械馬鹿、そうそういませんよ」


 権藤君の言葉に野村君が後を引き継いで説明を始めた。


「かっしーってそこそこモテてはいたんですよ。結構顔が整っているし、うちの大学、学部的に女子が少ないですし。でも恋愛に興味がないのか天然なのか、結構あからさまな誘いも完全にスルーしていましたよ。男友達は多いけど、結局友達止まり。みんな機械馬鹿は治らないって諦めていましたから」


 なるほど。彼女がこれまで交際経験がないことは正直言って不思議だったけど、やはり天然なのか。誘いをスルーしていたことは喜ばしいが、言い寄られていたという事実に小さく嫉妬した。


「のめり込んだら一直線だから、周囲が恋人作ろうが何だろうが機械とかパソコンいじり。だからか教授にはめちゃくちゃかわいがられていたんすよ。だからかっしーが内定蹴ってフリーターになるって告げられたときはビックリしたよな」

「ちょっと待って。内定って取り消されたんじゃ……」


 確かそう訊いたはず。内定取り消しと内定辞退じゃ全く別物だ。


「違いますよ。内定は辞退したんです。確かに決まっていた会社が危なくなったんですけど、大手企業から融資を受けて、内定も取り消されてないはずです」


 野村君の説明だと、彼女は行きたがっていた企業に入れるチャンスを自ら手放したことになる。これはどういうことなのだろうか?

 すると権藤君がしみじみと唸った。


「内定蹴ったのはもったいないと思ったけど、しょうがないんじゃね? だって融資した大手企業ってあの蛇男のいる会社だろ? そのまま就職してたら、かっしー確実に捕まっただろうしな」

「蛇男? それは誰かな?」


 何だか嫌な予感がする。そしてその予感は的中する。


「かっしーに付きまとっていた若い男です。何度袖にされても全く怯まずにベタベタしていて、すごく迷惑がられていたのにお構いなしなんですよ。学部でも結構有名で、みんな心配していました。一度、人気のないところに連れ込まれそうになったところを見つけて、冷や冷やしたこともありましたから」

「そうそう。あの後、かっしーに言い聞かせたもんな。『お菓子くれてもついて行くなよ』って。そしたら『子ども扱いするな!』ってキレられたけど」


 やはり無防備さは昔からだったのか。やはり心配で堪らない。過去のこととはいえ、男に付きまとわれていたとは……。

 若干不機嫌になった俺の様子を察したのか、野村君がフォローしてくれた。


「ま、まぁ、かっしーにその気は全くないわけですし、蛇男もさすがに諦めたみたいだから気にしないでください」

「しかし本当に彼氏ができたのかぁ。なんでかっしーに彼氏ができて、俺には彼女ができないんだよぉ」


 嘆く権藤君。しばらく他愛もない話をしていると、彼女が姿を見せた。


「慎也さん! お待たせしました! ようやく教授から逃げられました」


 無言でじっと彼女を見つめると、不思議そうに首をかしげる。


「どうしました? 顔に何かついてますか?」

「……いや、何でもない」


 これはうかうかしていられないかもしれない。彼女の魅力に他の男も気づいている。他の男に持っていかれる前に何とかしなければ……。




次回、嵐襲来。


おまけ小話を一つ。嵐を巻き起こすと思われた(だろう)けど、関係なかった彼のお話。

  おまけ小話「恋する少年の素敵な一日」


 とある土曜日、僕は朝からソワソワしていた。第一志望であるA工科大学のオープンキャンパス。長く果てしない受験勉強のモチベーションを上げるために、僕はそれに参加する。日帰りでも行けない距離ではないが、せっかくだから叔父の家に一晩世話になることになった。


 大学の見学に加えて学部ごとの体験授業もあり、楽しみで仕方ない。入試対策講座もあるし、参加して損することは皆無だと思う。


 そしてそれと同じぐらい楽しみなことがある。あの人に会えるからだ。母が叔父経由であの人に大学を案内してくれるように頼んでくれたのだ。それを聞いたときに嬉しさを隠しながら「余計なことを……」と文句を言えば、僕の気持ちを知ってか知らずか「恋する力も勉強のエネルギーよね」と母は呟く。もしかして……バレてる!? いや、まさかな……。


 早朝から電車を乗り継いで、叔父の家へ向かう。あの人とは駅で待ち合わせしているようだ。もうすぐ会える! 僕の気分は上昇していく。

 駅に到着するとあの人はすでに待っていた。僕たちに気づくと嬉しそうに駆け寄って来た。


「慎也さん、おはようございます! 拓也くん、久しぶりだね~」


 笑顔が眩しくて、かわいくて直視できない。視線を逸らす。


「……うん、今日はよろしく」


 素直になりたいのになれない。もっとフレンドリーに言葉を返すことができればいいのに。ついついぶっきらぼうな口調になってしまう。


「よろしくね。あ、もうすぐ電車が来ますから行きましょう」


 あの人はそんな僕の態度を気にすることなく改札へ向かっていく。電車の中では「勉強どう?」などと僕のことをすごく気にかけてくれる。照れてしまうのを隠すのが精いっぱいで「うん、ちゃんとやってる」などと言葉少なになって会話が続かない。もっといろんなことを話したいのに。でも大学のことをたくさん話してくれる。どうしてこんな僕に優しいのだろう。やっぱり彼氏の甥っ子だからだろうか?


 あの人と二人きりになりたい気持ちもないわけではないが、いざ二人きりになったら絶対会話ができない。叔父がうまく会話を繋いでくれるおかげで何とかなっている。やっぱり叔父はすごい。いつまでたっても追いつける気がしない。二人で話している様子を観察してみたが、幸せそうに笑い合っている。悔しい。でも今はとりあえずそこのところは置いといて、とにかく受験だ。


 大学にはたくさんの受験生が来ていた。叔父は少し肩身が狭そうだった。でも少ない女子の受験生や保護者からの視線を集めていたのはさすがだ。ガイダンスがあるので二人とはしばし別行動だ。昼に学食で待ち合わせをして、ガイダンスが行われる会場へ向かった。

 真面目にガイダンスに耳を傾け、入試対策講座では必死にペンを走らせてメモを取る。あっという間の三時間が過ぎ、僕は待ち合わせ場所の学食へ向かった。

 学食には叔父とあの人の他に二人いた。僕に気づいたあの人が笑顔で迎えてくれた。


「拓也くん、お疲れさま。この二人、わたしの同級生で今、院生なんだ。何でも質問していいよ」


「かっしーには借りがあるからな。何でも訊いてくれ!」


 その言葉に甘えて、食事をとりながらいろんなことを質問した。やはり大学の説明会より詳しく、聞いていて楽しい。食事が終わり、別れ際に院生の人たちが「絶対受かれよ。待ってるからな」と声をかけてくれたのがとても嬉しかった。叔父はなぜが心ここに非ずでぼんやりしていた。疲れているのかな? 無理言って連れ出して、悪いことしちゃったな。


 午後は体験授業だ。また二人とは別行動。やっぱり実技は楽しい。機械いじりってどうしてこんなにも夢中になれるんだろう。時間はすぐに過ぎてしまう。


 再び二人と合流し、もう帰るのかと思いきや、あの人が行きたいところがあるという。そこは関係者以外立ち入り禁止の校舎だった。そこのとある研究室をノックし、中に入れば初老の男性が出迎えてくれた。


「拓也くん、この人、錦織教授っていって、工学部の偉い人。教授のゼミね、機械学科と電子情報工学科の合同ゼミなの。だからチラッとどんな感じか参考にしてもらおうと思って」


 まさかの展開だった。部外者である僕に研究室まで案内してくれるなんて……。感激してしまった。

 錦織教授もとても優しくて、忙しいだろうにどんな研究をしているのかをわかりやすく説明してくれた。三十分ほどだったが、その内容は濃く、この教授に教わりたいと思うようになった。


 大学を出るころにはもう辺りは薄暗くなっていた。駅近くのファミレスで食事をした。あの人との別れは間近。いろいろしてくれて、感謝してもしきれない。


「あの……今日はありがとう」


 小声でそう言えば、笑顔を返してくれる。


「ううん。わたしも楽しかったし。拓也くんが後輩になってくれたらうれしいもん。……あ、そうそう。渡すの忘れるところだった」


 あの人がカバンから取り出したのは白い小さな袋。


「……お守り?」


「そう。その神社の合格のお守り、すっごい効果テキメンなの。気休めかもしれないけど、持っててくれると嬉しいな」


 そこまで僕のことを思ってくれるなんて……。うっかり泣きそうになるのを必死に我慢した。


「……ありがとう。僕、絶対合格する」


 なぜか自然に笑みが浮かんだ。そして新たに決意を固める。絶対合格して、あの人に自分の気持ちを伝えるんだ。受け入れられなくても、初めての恋なんだ。大切にしたい。


 今日はぐっすり眠れそうだ。また明日から勉強頑張るぞ!!




 *     *     *





 拓也が教授に研究室の案内をしてもらっている頃のこと。


「よく研究室見せてくれたね? 部外者立ち入り禁止でしょ?」


「はい。でも研究の手伝いの見返りです。本当ならバイト代請求してもいいぐらいなんですよ。教授に『将来有望な受験生と一緒に来た』って言ったら『連れてきなさい。案内してあげよう』って」


「優しい教授なんだね」


「冗談言わないでください! 優しくなんてないですよ。教授にとってパシリが増えるといいな、ぐらいにしか思ってませんよ。人使い荒いんですから。ま、それなりに楽しいからいいんですけど。飄々としていて腹黒なんです。結構権力者みたいですけどね」


「……へぇ」


「かわいそうな拓也くん。教授の優しい言葉に騙されて」


「それに加担したラナが言わないの」


「えへっ。知らない方が幸せなこともあるんですよっ。拓也くん、楽しそうだからいいじゃないですか」


 憐れ、拓也。頑張れ、少年。負けるな、少年。君の未来は明るい……はず。 




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