小姑たちの企み
しばし更新遅れましてゴメンナサイ!
今日は久々に姉ちゃんと美羅ちゃんと一緒にお買い物。というのも慎也さんの誕生日プレゼントを買いたいんだけど、わたしのセンスはイマイチ不安。だからセンスの良い二人に一緒に選んでもらおうと思ったのだ。今はカフェでティータイム中。
姉ちゃんは少し前にようやく的場さんとの交際を父に認めてもらい、晴れて婚約した。ストーカーに付きまとわれるということがあったがそれも解決し、今は幸せいっぱい。
対する美羅ちゃんは未だにあの浮気しまくる、ろくでなしの彼氏と別れられずにいた。何でだよ、全く。
「三人で出かけるのも久しぶりね。一人暮らしをしているから美羅はなかなか帰って来ないし、ラナは鮫島さんと過ごしてばっかりだものね」
「あら、そういう姉さんこそ仕事ばかりじゃない。ま、最近はそうでもないみたいだけど」
姉ちゃんは的場さんとなかなか会えなくても毎日幸せそうだし、美羅ちゃんは相変わらず表情が読めない。
「そういえばラナ。あなた、お盆に鮫島さんの実家に行ったそうじゃないの」
「うん、行ったよ。とてもよくしてもらったし、楽しかったよ」
そう言うと二人は互いに顔を見合わせて、目で会話をし始めた。しばしの無言の後、美羅ちゃんが口を開いた。
「ずるいわよね、姉さん」
その言葉に姉ちゃんも頷いた。
「ええ。ずるいわ」
言っている意味がわからなくて首をかしげると、姉ちゃんが切り出した。
「ラナ、今度の週末、鮫島さんをうちに招待しなさい」
「へ?」
突然の提案に驚く。
「だって鮫島さんの家族はラナと楽しく過ごしたんでしょう? だったら今度はわたし達が鮫島さんと楽しく過ごしてもいいと思わない?」
「美羅の言う通りよ。わたしが鮫島さんと会ったのは、クリスマスの一回しかないもの。だから彼がどんな人なのか知りたいわ」
「わたしだって、ラナが倒れたときだけよ。それもろくに話もしなかったもの。ラナを託してもいいか、チェックする必要があるわ」
いやでもさ、来週は慎也さんの誕生日をちょっと早めに祝おうと思っていたから、避けたいなぁ。
「突然そう言われても、慎也さんも心の準備ってものが……」
そう言うと二人は眉をひそめた。特に美羅ちゃんの目がすわる。
「何? ラナのときも突然だったんでしょう? こっちはあらかじめ告知するのに来られないってことなの?」
ヤバイ。美羅ちゃんに変なスイッチが入っちゃった。こうなると非常にキケン! 慌てて機嫌を取ろうと試みる。
「いや、それは聞いてみないとわからないけど……」
「じゃあ今から聞いて!」
二人の押しに心が折れて、わたしはその場で慎也さんに電話をする。二人はその様子をじっと見つめている。うわ、やりづらい。あまり見ないで。
数回のコールの後、彼が電話に出た。
『もしもし、ラナ? どうした?』
「慎也さん、突然ごめんなさい。ちょっとお願いがあるんです」
『お願い? 何?』
「来週の週末、うちに来て下さいと姉たちが言ってるんですけど、どうでしょうか」
悩むかなと思いきや、彼は即答で了承した。あまりの素早さに、思わず聞き返してしまった。
「本当にいいんですか?」
すると受話器越しに呆れたような声が返ってきた。
『当たり前でしょ。それともラナは家族に俺を紹介したくないってこと?』
うわ、以前言ったことをそのまま返された。記憶力いいな。
「違いますよ! そんなわけないです。っていうか、もう面識あるんですよね? そうじゃなくて来週は慎也さんの……」
そこまで言って口をつぐんだ。何だか癪に障るぞ。彼は二人で過ごす、はじめての自分の誕生日に、そんなに思い入れはないんだろうか? 浮かれていたのはわたしだけ。むぅ……。
『俺の、何?』
「……もういいです。とにかく来週の週末、うちに来てください。両親にも言っておきますから。それじゃ、お願いしますね」
そう言ってすぐに電話を切った。二人は彼の返答が気になってしょうがないみたい。
「で、どうだって?」
「……いいって」
そう答えると二人はニンマリと笑った。何か企んでる? 特に美羅ちゃん、要注意だな。
カフェを出てから慎也さんのプレゼントを買いに行った。ちょっとテンション下がり気味だったけど、やっぱりちゃんと選ばなきゃ。二人と吟味して、納得できるものを買うことができた。
そして次の週末、午後。彼がうちにやって来た。クリスマスの次の日に来たときより緊張しているように見えた。私服だけど隙のない格好。今日もやっぱりかっこいい。
玄関で彼を出迎えるときに、そんなことをぼんやり思いながら見惚れていると、彼がクスッと笑った。
「そんなに見つめるの、やめてくれない? 変な気持ちになるでしょ?」
その言葉にカッと身体が熱くなる。どうしてこの人はこんなことを平気で言うのだろう。
言葉が出ないでいると後ろからゴホンと咳払いがした。振り返ると、それはわたしたちから少しだけ視線を外している美羅ちゃんだった。
「いつまで鮫島さんをそこにいさせるつもり? 早く上がってもらいなさい」
言うだけ言って、さっさとリビングに消えた美羅ちゃん。わたしは慌ててスリッパを出す。彼がスリッパをはいたことを確認してリビングに案内した。
ソファーに座るように勧める。するとコーヒーを持って、姉ちゃんがにこやかにやって来た。慎也さんは立ち上がって二人に向かって挨拶した。
「今日はお招きありがとうございます」
「突然お呼びして申し訳ありません。どうぞおかけになってください。両親はもう少ししたら戻りますから、それまでわたしたちの相手をお願いできますか?」
姉ちゃんの言葉に、彼は笑顔で頷いた。
「ええ、もちろんです。ラナさんのお姉さん達とは、一度じっくりとお話ししたかったですし」
みんな笑顔なのに、わたしは冷や汗しか出ない。
両親の不在は二人の仕業。姉ちゃんが「二人でゆっくり食事してきて」と追い出したのだ。しかも慎也さんがうちに来る時間をわざと遅く伝えたみたい。この二人が何をしようとしているのかが恐ろしくて仕方ない。
ソファーにわたしと慎也さん、向かいに姉ちゃんと美羅ちゃんが腰かけた。コーヒーを飲みながら、姉たちの出方を窺う。
すると姉ちゃんが開口一番、核心に迫った。
「鮫島さんはラナのどこが気に入ったんですか?」
ぶほっ。いきなり何言ってんの!? コーヒーを噴き出しかけた。慌ててティッシュで口元を拭く。
そんな質問にも慎也さんはさらっと笑顔で答える。
「そうですね……。明るいところ、努力家なところ、一緒にいて楽しいところ……。ああ、それから」
彼はわたしにニッコリと笑いかけ、頭をそっと撫でた。
「素直でかわいくて堪らないところ、ですかね」
もう全身真っ赤に染まりました。
人前ですよ? しかも身内ですよ? 恥ずかしくないんですか!?
二人の様子を窺う。姉ちゃんは少し赤くなっていた。でも美羅ちゃんの表情はいたって普通だった。てっきり呆れてるかと思ったのに。姉ちゃんの反応が正解!
「それは当然ね」
美羅ちゃんが慎也さんの言葉に頷いた。何言ってんだよ! しかし姉ちゃんはそんな美羅ちゃんに構わず、質問を続ける。
「でも、あなたほどの方なら引く手あまたでしょう。なぜ妹を?」
「ラナさんは私の外見や肩書きではなく、ありのままの私を見てくれたからです。彼女といるときは飾らない自分でいられるんです」
慎也さんの言葉に二人はふむふむと頷いた。これって何か面接みたい。
「ご両親はラナとの交際は認めていらっしゃるのですか?」
「ええ。元々私の結婚を諦めていたみたいで、ラナさんとの交際を告げると喜んでいました。それに先日、私の実家に行った際に彼女と接して、大変素晴らしい女性だと、賛成してくれています」
わぁ、それ初耳。気に入ってくれていたみたいだとは思ったけど、“素晴らしい女性”だってさ。照れる……。
すると今度は美羅ちゃんからの質問が始まった。
「こんなことを聞いては失礼かもしれませんが、鮫島さんは離婚歴がありますよね? 離婚されてから何年ですか?」
「今年で六年になります」
「今さら前の奥さんが出てくる……ってことは、もちろんありませんよね?」
「ええ。彼女は再婚していますので、それはありえません」
「ちなみに離婚の原因は?」
「ちょっと美羅ちゃん!」
質問に悪意があり過ぎるよ! 美羅ちゃんを睨みつけると、慎也さんが大丈夫だと言うようにわたしの頭をポンポンと軽く叩いた。
「離婚の原因は、私が仕事にかまけて家庭を顧みなかったからです。その寂しさから彼女は浮気をし、離婚を切り出されました」
「それをラナにも繰り返されると困るんですけど」
その言葉にカチンときて、わたしは怒鳴った。
「美羅ちゃん、いい加減にしてよ! 慎也さんは忙しくてもちゃんとわたしとの時間を作ってくれるし、ちゃんと大切にしてくれてるもん!」
「釣った魚に餌をあげないタイプかもしれないじゃない」
「釣られたけど、ちゃんと餌貰ってるし!」
売り言葉に買い言葉でとんでもないことを口走った気がする。姉ちゃんが目を見開いた。それに気づいて赤くなって俯く。
美羅ちゃんは呆れたようにため息をつく。
「あのねぇ、わたしは何も鮫島さんが気に食わなくてこんなことを言っているわけじゃないの。姉さんもわたしも、あんたが心配だから言ってんのよ」
その言葉に思う。美羅ちゃんの男の趣味の方がよっぽど心配だよ。あんな浮気しまくりの、ろくでなしと五年も付き合っているくせに。そしてなかなか別れられないくせに。もちろん口には出さないけどさ、怖いから。
「鮫島さん、あなたのことは両親や竹田のおじさんから聞いています。大変誠実な方だそうで。しかしわたしから言わせてみれば、あなたはこの子がボロボロになるほど傷つけた、恋愛初心者のこの子が食事も取らなくなるほど、倒れるほど追い込んだ、そんな男です」
バレンタインのときのことを言っているんだ。あれはもう解決した話だけど、二人には詳しく話していなかった。ただ誤解は解けた、と言っただけ。
「美羅ちゃん、それはわたしの勘違いなの! だから慎也さんは悪くない!」
「わたしはどういう理由があれ、あんたを傷つける人間は許せない。今度こんなことがあったらあんたが泣こうが喚こうが引き離すわよ。もちろん手段は選ばない」
美羅ちゃんは慎也さんを真っ直ぐ見る。それから普段から無表情なのに、珍しくニッコリ笑った。その笑顔が逆に怖い。
「と、いうことです。今のところラナが笑顔なんで何も言いませんし、交際は認めます。ラナを大事にしてくれるならそれでいいんです。でも覚えておいてください。二度目はありませんよ」
慎也さんは真剣な顔をして二人に言い切った。
「はい。もう二度とラナさんを悲しませたりしません。大切にします」
その言葉に満足した二人は、さっきまでの品定めをするような顔から普段の表情に戻った。
すっとソファーから立ち上がった美羅ちゃんは「ラナ、ちょっとおいで」と和室に呼んだ。
襖を閉めるなり、わたしは噛み付いた。
「美羅ちゃん、わたしの心配をしてくれるのは嬉しいけど、いろいろ言い過ぎだよ。倒れたときのことは慎也さんが悪いんじゃないもん。わたしが勘違いして暴走したんだもん」
そうまくし立てると美羅ちゃんは「わかってるから」とわたしを落ち着かせる。
「倒れるまで自分を追い込んだあんたは馬鹿よ。でもいい経験だったでしょう? 対話が大事で、相手を思いやる気持ちが必要不可欠だってことが。自己完結なんてしてたら、恋愛なんてやってられないわよ」
ん? その言葉だけ聞いてると、美羅ちゃん別に慎也さんに怒ってないように聞こえる。
「美羅ちゃん。そう思ってるなら、何で慎也さんにあんなこと言ったの?」
そう訊くと美羅ちゃんはニヤリと笑った。
「それとこれとは別の話。ちゃんと釘を刺しておかないと。こういう厄介な小姑がいるって、今のうちに覚悟してもらわないとね」
やりやがったな! 美羅ちゃんが慎也さんを責めているときの顔が本気のように見えたから、かなり焦ったのに。
「美羅ちゃんが『手段選ばず』とか言うと怖いんだけど。とんでもないことしそうだし」
「あら、失礼ね。いい大人のわたしが、そんなことするはずないでしょう?」
ムッとする美羅ちゃん。
いや、するね、絶対。この人は敵にまわしちゃいけない人だ。
「美羅ちゃんはヤンチャが過ぎる」
「昔の話よ」
そう笑ったその顔を、ちょっと呆れながら眺めたのだった。
次回は鮫島視点でございます。




