実家はライバルだらけ!? その4
実家編、ラストです。
拓也の部屋からラナを回収し、部屋に戻って布団に寝かせた。気持ちよさそうに、すやすやと寝息を立てて眠っている。それを見て大きく息をつく。
まったく……。無防備にもほどがある。いくら俺の甥だとはいえ、若い男だ。それなりに女に興味はあるだろうし、もう少し警戒心を持ってほしい。二人きりにすることすら心配になるのに、そのうえ湯上り姿なんて見せてみろ、大抵の男なら落とせる。十代の男なんかに見せていいものじゃない。あとできつく言い聞かせなければ。
しかし拓也の奴、どうやらラナに気があるみたいだ。あそこで俺が部屋に入っていなければ、何かしたかもしれない。直感でそう思った。拓也が動揺していた様子からも間違いないだろう。
ぼんやりそんなことを考えていると部屋に近づく足音が聞こえた。拓也かもしれない。かわいそうだが少し釘を刺してやるか……。
俺は寝ている彼女に覆いかぶさり、キスをした。それに気づいたようで、うっすらと目を開く。
「むぅ……?」
不機嫌そうな声を上げるが気にせずに俺はキスを続ける。はじめは唇を重ねるだけ、唇が少し開いたところで舌を入れて柔らかい唇を貪る。次第に彼女の目が熱を帯びていき、甘い吐息が漏れた。
「……んっ……ぁ……」
「……ラナ……」
散々放置されたこともあってか、俺はキスを止めることはしなかった。もっと、もっとと身体が彼女を欲していた。唇を離すと、潤んだ瞳でぼんやり俺を見上げた。
「……慎也さ……」
名前を呼ぶその声に理性が吹き飛びそうになった。俺は唸るように小さく呟く。
「……もう限界」
俺は再びラナの唇を塞ぐ。うまく呼吸ができないのか、それは次第に荒くなっていく。彼女の首筋に顔を埋め、唇を這わせる。彼女は快感を逃したいのか、身をよじり頭を左右に振る。手を服の裾から中に入れて胸のあたりに触れたところで、バタバタと足音が遠ざかっていった。それを確認して服の中から手を引き、少しだけ身体を起こす。
行ったか……。ごめんな、拓也。いくらかわいいお前でもラナはやれないんだ。罪悪感がないわけではない。しかし、これだけはどうしても譲れない。
さっきまで荒い息をしていたのに、今のラナは再び眠そうな顔。瞼が閉じそうになりながらも唸った。
「ねむい……」
「ああ、ごめん。もうしないからゆっくりお休み」
そう言って頭を撫でると安心した顔をして目を閉じ、穏やかな寝息を立て始めた。
しかし自分から仕掛けたこととはいえ、この状況でおあずけってつらいな。あんな目で俺を見つめてきたくせに、眠気が勝つって……。
期待しなかったといえば嘘になる。俺の実家で、という羞恥心を捨てて欲しかったのが本音。まぁ無理かもしれないが。
ラナの頭の下に腕をすべり込ませて腕枕をする。あまり眠れそうにないが目を閉じて睡魔が来るのを待った。
いつの間にか眠っていたようだ。気がつくともう朝になっていた。
ふと彼女が俺にピッタリとくっついて、胸に顔を埋めていることに気づいた。普段はあまりこういう風に甘えてこないくせに。不満に思うが、やはり嬉しい。その身体を抱き締めると、俺が起きたことに気づいたようで、顔を上げた。
「慎也さん……? 起こしましたか?」
「うん……。おはよ……」
そう答えながらラナを見ると、うっすらと頬を赤く染めていた。ああ、朝からこんなかわいい顔を至近距離でされたら、もう我慢の限界。昨日お預けを食らっているので、いつも以上にぐらぐら揺れる俺の理性。
腕枕を解き、何やらぼんやり考えている彼女を仰向けにして組み敷いた。彼女は突然の俺の行動に驚き、戸惑った。
「ちちちちょっと、慎也さん! あああ朝からななな何ですかっ!」
「昨日のこと、覚えていないみたいだね」
やっぱりか。そんなことだろうと思った。無意識に俺を振り回す。こういうのを“小悪魔”っていうのだろうか?
「知りませんよ! いいからどいてください!」
この状況を回避しようと必死に俺を押す。でもそんなの、抵抗のうちには入らない。
「駄目。あんな風に乱れて俺を煽っておきながら我慢させたんだから、そんなラナにお仕置きしなくちゃ、ね?」
何か言いたげなラナの唇を素早く塞ぐ。手足をジタバタさせて抵抗されたが軽く受け流す。両手を布団に縫い付け、呼吸すら許さぬほどにその唇を貪る。しばらくして身体から力が抜けて、抵抗がなくなる。それを確認して解放すると「ハァ……」と色気のある吐息を出す。ああ、そんな顔で俺を見つめるなんて反則。かわいすぎて堪らない。髪を撫でながら小さく笑う。
「その顔、誘っているの?」
多少からかいを含む口調で言うと、その瞳が潤んで顔がクシャっと歪む。ああ、まずい。泣かせるつもりはないのに。慌ててギュッとその強張った小さな身体を腕の中に抱き込む。
「冗談。ごめん。あまりに放って置かれたから寂しかったんだ。これ以上はしないからそんな顔しないで」
そう声をかけると安心したように硬直が解ける。しばらく抱き締めたままでいると、ようやく落ち着いたのだろうか、俺の腕から抜け出して起き上がる。そして俺に訊いてきた。
「そういえばわたし、拓也くんの部屋にいたはずですけど」
「様子を見に行ったら寝ていたから部屋まで運んだよ」
どこでも眠れるのは羨ましいが、俺のいないところで寝るのはやめて欲しい。特に他の男の前では。
服を着替えてともに居間へ向かうと拓也に遭遇した。
「あ、拓也くん。おはよう。昨日は寝ちゃってごめんね」
ラナの言葉に、見る見るうちに顔を真っ赤に染めた拓也は俯き、踵を返して走り去った。そんな拓也の様子に彼女は首をかしげる。
「……どうしたんですかね?」
「さぁ?」
やっぱり無自覚。拓也がかわいそうなぐらいだ。
朝食を食べて、帰るまでのんびりしようと思っていたら、多田と大沢、そして田中がやって来た。開口一番、大沢がニヤニヤとからかい口調で言った。
「今日は慎也の溺愛している彼女を見に来たんだ」
暇な奴らだな。わざわざ来るなんて。
「かわいらしい子ね。慎也くんがメロメロになるのも頷けるわ」
「だよなぁ。こんな年下の子つかまえて。いいよなぁ、慎也は。これはすぐに帰るわ」
会話の中身がわからなくてキョトンとするラナ。多田がかいつまんで説明を始めた。
「話し足りなかったのにすぐ帰ったものだから、どんな彼女か気になってさ」
「すぐ帰ったって何があったんですか?」
そう尋ねられても言えるはずがない。騙されて、急いで帰って来たところを笑いものにされたなんて。
するとお茶を持ってきた楓がニコニコしながら彼女に言った。
「心配しなくても大丈夫よ。慎也くんがラナちゃんを好きで仕方がないってことだから」
楓……、答えになっていないと思うんだが。まぁいい。この件に関しては一切口を閉じることにする。
三人が帰り、ラナは母親の手伝いに向かった。俺は部屋で荷物をまとめる。すると菜月がやって来た。
「お兄ちゃん、ラナちゃん大事にしてよ」
突然言い出した言葉に首をかしげる。
「何だ、いきなり」
尋ねると菜月は畳の上に座り、俺を真っ直ぐに見た。
「今度は絶対、離さないでよ。ラナちゃんを放って置いたら、わたしが許さないからね」
わざわざ釘を刺しに来るほど妹は彼女が気に入ったようだ。でも放置しているのはむしろラナの方だがな。
「わかってる」
その一言を聞いて、菜月は上機嫌で部屋を後にした。
昼食時、ラナはなぜか泣いたことがバレバレな、真っ赤な目をしていた。どうしたか聞いても「嬉し涙ですから放って置いてください!」とむきになっていた。本当にそのようで、まぁいいかと納得した。
昼食後、帰ることになった。なぜか家族全員が俺たちを見送っている。泣き喚く陸と塁。それを見て目が潤み始めたラナ。その光景を微笑ましく見る。おのおのが彼女と別れを惜しんでいた。ただ一人を除いて。
その一人、拓也は車に乗り込むとき、ようやく姿を見せた。彼女が拓也に声をかける。
「あ、拓也くん。あんまり役に立てなくてごめんね。勉強頑張ってね」
拓也はぜーぜーと荒い息をしながらも、何かを決意したような目をしてラナを見た。
「僕、諦めないから」
これは俺に対する宣戦布告でもあるようだ。一瞬、俺に挑むような視線を送った。いい目だ。大人になったな、拓也。ただし、ラナだけは絶対渡さないが。
その言葉の意味を全く別物としてとらえている彼女は、拓也にニッコリ笑いかけた。
「うん。応援してるね」
恐らく勉強のことと勘違いしている。絶対そうだ。
そして今度こそ車に乗り込み、実家を後にした。
帰り道、俺は運転しながら苦い顔をして呟いた。
「ラナって罪作りだね。無自覚ってところがまた……」
「はい?」
やっぱり理解していない。本当に無自覚で鈍感で小悪魔なラナ。どうかその魅力で惑わす男は俺だけにしてくれよ。
長かった実家編も終了です。




