表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/99

恋せよ、少年! 前編

今回は爆弾を落とした彼視点です。

 第一印象は“どこにでもいそうな女”だった。

 大好きな叔父が連れて来た、新しい彼女のことだ。





 前の女と離婚して五年、女っ気のなかった叔父が正月に来たときにこう告げた。


「結婚を前提に付き合っている女性がいる」


 その場にいた幼い従弟たちを除く全員が驚き、喜んだ。叔父の孫の顔を見たいと常々言っていた祖父母は特に喜び、叔母は躍起になってその彼女のことを叔父に質問攻めしていた。

 ただ一人、僕だけは喜べなかった。叔父の選んだ人だとしても祝おうという気は起きなかった。


 僕は“叔父っ子”だ。幼い頃からかわいがってもらったし、一緒に遊んでくれた。男らしくて優しい叔父が大好きで、憧れだった。そんな叔父を従弟ならまだしも、どこの誰ともわからぬ他人に取られるのが悔しかった。

 だから昔はたまに叔父の住んでいるところへ遊びに行って、当時の彼女を紹介されても無視し続けたり、敵意を込めた視線を送っていたりした。はじめは機嫌を取ろうとした彼女でも、最後の方は僕を無視した。それを見た叔父は「仕方ない奴だ」と呆れながらも僕の味方になってくれる。それから間もなく二人は別れる、というのが常だった。


 唯一例外だったのは叔父の前の奥さん。綺麗で大人しい女だった。僕の態度に戸惑いながらも無視することなく話しかけてきた。気に食わなかったが認めてやってもいいと思った。

 しかしその女も結果的に叔父を裏切った。叔父は『自分に非があったのだから仕方ない』と言っていたがそんなことは関係ない。せっかく認めてやったのに簡単に裏切ったのだ。離婚すると叔父に告げられたとき、祖母は激怒していた。僕もその怒りは当然だと思う。叔父は優しすぎるのだ。


 叔父が話す新しい彼女は一回りも年下らしい。僕の方が年が近いのだ。騙されていないかと不安になる。叔父はいわゆるエリート。金目当てだろうか? それとも外見目当てだろうか? いいように貢がされて捨てられるのではないかとついついマイナスに考えてしまう。

 みんなが歓喜に沸く中、僕は心に決めた。もし叔父に相応しくない女だったら、どんな手段を使ってでも別れさせてやろう。もう叔父を傷つける女は許せない。あの人には幸せになって欲しいから。






 夏休みでも受験生には関係ない。僕はその日、補習で学校にいた。自分の成績より上の大学を志望校にしているため、相当努力が必要だと言われていた。でも夢のために頑張っていた。


 家に戻ると玄関に見慣れない靴があり、何やら騒がしかった。居間に入ると、叔父と知らない女がいた。僕に気づいた叔父がにこやかに声をかけた。


「おかえり」


 正月以来で、もう半年以上会っていなかった。僕は嬉しくなる。


「あれ、叔父さん来てたんだ。そっちは……?」

「俺の彼女」

「はじめまして。樫本ラナです」


 僕に挨拶をしてきた女をジロジロ見る。僕は正直に思ったことを口にした。


「……前の人の方がきれいだね」


 食卓は物音ひとつせず、シーンと静まり返った。


「コラッ!」

「何てこと言うの!」


 両親に怒られたが気にしない。僕は女から視線を逸らさなかった。


 さあ、どうする? 怒る? 泣く? 叔父に縋る? 


 女がどう出るかを静かに待った。

 すると女はヘラッと笑って言った。


「いやぁ、すみません。十人並みの顔で」


 ふーん、うまく切り返したじゃん。


 その場の空気が変わった。叔父はあからさまに安心していた。


「ごめんね、ラナちゃん。躾がなってなくて。こいつ、息子の拓也。拓也、挨拶!」


 父に怒られながら渋々挨拶をした。


 どうやら二、三日滞在するらしい。ま、仲よくする気はないけど、じっくり観察させてもらうよ。叔父に釣り合う女かどうかをね。


 幼い従弟たちは女にかなり懐いているようだ。部屋で勉強していても従弟のはしゃぐ声が耳に届く。子供は単純だから女の仮面に気づかないのかもしれない。きっとすぐに化けの皮が剥がれるだろう。そうしたら叔父も目が覚めるかもしれない。


 次に女と顔を合わせたのは夕食だった。真っ赤な顔で気をつかうことなくガツガツ食べていた。話に耳を傾けると畑で草むしりをしていたらしい。祖父まで取り込もうとしているのか。したたかな女だ。気をつけなければ。




 次の日、今日も補習で朝七時に起きる。すると女はもう起きていて、畑に行っているらしい。叔父はまだ寝ているようだ。……ずうずうしい女だな。人の家を我が物顔で行動するなんて、大した性悪だ。


 いつも通り補習を終えて家への帰り道、前方に見知った顔があった。従弟たちとあの女だった。二人のケバい女二人に行く手を阻まれていた。女だけだったら知らんぷりして去るが、従弟がいるからにはそうもいかない。こっそり近づき、草むらの陰に隠れて様子を窺う。

 どうやらケバい女は叔父の知り合いらしく、彼女である女に文句をつけているみたいだ。と、女が突き飛ばされてよろけて尻もちをつく。それを見た従弟が怒ってケバい女の前に出た。ケバい女が従弟を睨みつけ、手を振り上げた。それを見た途端、身体が勝手に動いた。気がつけば僕は振り上げられたその手を掴んでいた。ちらっと見ると、女は従弟をかばうように抱き締めていた。

 へえ、やるじゃん。感心しつつ、掴んだ手の持ち主を睨む。


「いい大人が子供に暴力なんて恥ずかしいと思わねぇの?」

「たくや兄ちゃん!」

「にいちゃん!」


 従弟たちが叫ぶ。女は呆然としながら僕を見ていた。

 僕に睨み付けられたケバい女はヒステリックに叫んだ。


「アンタ、関係ないんだから引っ込んでなさいよ!」


 ああ、こいつら馬鹿なんだ。説明するのも面倒なんだけど。冷ややかな視線を二人に送る。


「関係あるから言ってんだろ? 頭まですっからかんなんだな。はっきり言わなきゃわかんないの? 鮫島慎也の恋人と一緒にいるガキが、鮫島家と無関係なわけないだろ。どうすんのかなぁ。惚れてる相手の恋人や甥っ子にこんな真似して、叔父さんが黙ってると思ってんの?」


 僕の言葉に血の気が引いていく。叔父に知られるのはまずいと思ったのだろう。


「お、覚えてなさいよ!」


 ありきたりな捨て台詞を吐いて逃げて行った。その後ろ姿を蔑んだ目で追った。

 叔父さん、もしかして女運ないのかな? あんなろくでもない女に付きまとわれて、すごくかわいそうだ。


 ケバい女から視線を外してあの女を見る。すると気がついた。身体が震えていたのだ。怖かったのだろうか? それでも従弟を身を挺して守ろうとしたことには好感が持てた。

 思っているよりいい奴なのか?

 僕は女の目の前に行き、手を差し出した。女はお礼を言いながらその手を取る。重ねられた小さな手に心臓がドキッとした。それが何なのかわからぬまま女を引っ張り上げた。


「たくや兄ちゃんかっこい~!」


 従弟たちが憧れの眼差しで僕を見る。僕も叔父のことをこう思っていたんだよな。自分が叔父に向けていたような視線を幼い従弟に向けられて、恥ずかしくも嬉しかった。

 女は従弟たちに注意し、犬にお礼を言いながら撫で回した。それからもう一度、僕の方に向いた。


「拓也くん、助かったよ。ありがとう」


 向けられた笑顔が直視できなくて顔を逸らす。そしてぶっきらぼうに返事をする。


「……気をつけろよな」


 この女といるとどうも調子が狂う。この女の化けの皮をはがすためにあら捜しをしていたはずなのに、一体どうしたんだよ、僕は。

 女はこの件を叔父に黙っているように頼んできた。なぜだろうか。叔父に言って「怖かった」と縋れば叔父も慰めるだろうに。変な女だ。


 家に戻り、部屋で少し休憩する。勉強をする前に麦茶を取りに行こうとして居間を通りかかると、女は母と祖母と話し込んでいた。僕に気づいた母が声をかけてきた。


「拓也、明日は補習休みだったわね?」

「うん、休み」

「大変ですね、受験生は」


 女が他人事のように言う。馬鹿っぽいこの女には受験の苦しみなどわかるはずもないだろう。少し腹が立った。母が女の言葉に同意する。


「そうなのよ。かなり上の大学を受けるから、今さら必死になっちゃって」

「ちなみに志望校はどの大学なんですか?」

「A工科大学」


 一応答える。この学校は工業系では県下で結構有名な大学だった。しかしこの女にはわかるまいと思っていた。だからその後の言葉に耳を疑い、絶句したのだ。


「あ、そこ、わたしの母校です」


 何だと!? あの大学が母校だと!? 

 これまで下に見ていたこの女が、意外に優秀だということを知らされて言葉が出ない。


「ラナちゃん、理系なの~? 優秀なのねぇ」


 祖母はのん気に女を褒め、女は謙遜した。


「いえいえ。代わりに文系科目は壊滅的なんです」

「拓也なんて数学が苦手なのよ。理系なのに」


 余計なことを言う母に苦い顔をする。すると母がもっと余計なことを言い始めた。


「そうだ! ラナちゃん、よければでいいんだけど拓也に数学教えてやってくれないかしら? この子、本当に数学が駄目で、足引っ張っているのよ」

「ちょっ……、母さん! いいって!」


 僕は慌てて拒否するも、女は何でもない風にその申し出を快諾した。僕は嫌で嫌で仕方がなかった。どうしてこの女の施しを受けなければならないんだ。

 しかし母に逆らうことは許されない。渋々女と部屋に向かった。




次回、何かが起きたんですよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ