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彼の実家にて その4

ラナ視点、ラストです。

 目が覚めると和室の布団の上だった。掛布団が行方不明。わたしの頭の下には固い何かがあった。ゆっくりと寝返りを打つと固いものの正体は慎也さんの腕だった。

 こ、これは腕枕というやつ?? 慎也さんはわたしの方に身体を向けて、無邪気な顔をして寝息を立てていた。


 慎也さんの寝顔はかわいい。起きているときの意地悪さが嘘みたいにあどけない顔をしている。こういう顔は寝ているときしか見られないもんね。

 起こさないように慎也さんに近づき、その胸に顔を埋める。正直言ってかなり暑いんだけど、慎也さんの温もりは別です。ああ、幸せ……。

 しかし慎也さんが急にわたしの身体を抱き締めてきた。


「慎也さん……? 起こしましたか?」

「うん……。おはよ……」


 まだ少し寝ぼけているようです。顔を見上げると眠そうにしている。でもその薄目が何とも色っぽい。寝起きからフェロモン駄々漏れ。こんな慎也さん、絶対他の女には見せたくない。この顔を見ることができるのはわたしだけの特権です!


 しかしわたしはいつ布団に入ったのでしょうか? 全く記憶がありません。確か拓也くんに勉強を教えていたはずなんだけどな……。

 ぼんやり考えていると慎也さんがバッチリ目覚めたみたい。わたしの首の下から腕を抜いて、横を向いていたわたしを仰向けにしたかと思えば、上に覆いかぶさって来た。


「ちちちちょっと、慎也さん! あああ朝からななな何ですかっ!」


 パニックを起こしながら声を上げると慎也さんはわたしを見下ろす。怖いぐらいに力強い目をして。


「昨日のこと、覚えていないみたいだね」


 何ですか!? その意味深な発言!?


「知りませんよ! いいからどいてください!」


 慎也さんから逃れようと身体を必死に押すけど、びくともしない。


「駄目。あんな風に乱れて俺を煽っておきながら我慢させたんだから、そんなラナにお仕置きしなくちゃ、ね?」


 あんな風ってどんな風ですかっ! み、乱れる? 煽る? お仕置きされる理由がわかりません!


 非難の言葉もあっという間に慎也さんの唇にのまれてしまう。手足をジタバタさせて暴れるも全く効果なし。両手は布団に縫い付けられ、足はばたついても慎也さんはどこ吹く風だ。呼吸もままならないほど激しい口づけに頭がぼんやりしてきて身体から力が抜ける。

 ようやく唇が離れると「ハァ……」と色気の含んだため息が出る。慎也さんはわたしの髪を撫でながら小さく笑う。


「その顔、誘っているの?」


 そんなわけないじゃないですか! 

 思わず泣きそうになると慎也さんは困った顔をしてわたしをギュッと抱き締めた。


「冗談。ごめん。あまりに放って置かれたから寂しかったんだ。これ以上はしないからそんな顔しないで」


 その言葉に安堵した。一瞬このまましてもいいかな……とよぎったけどやっぱりここではできない。しかもこんな朝から。ちょっと頭がピンクになってしまった。破廉恥ですよ、わたし!


 しばらく経つと気持ちも落ち着き、ようやく起き上がることができた。ここで疑問を口にした。


「そういえばわたし、拓也くんの部屋にいたはずですけど」

「様子を見に行ったら寝ていたから部屋まで運んだよ」


 それはまたお手を煩わせてしまい申し訳ないです。どこでも眠れるもので。


 服を着替えて慎也さんとともに居間へ向かうと拓也くんに遭遇した。


「あ、拓也くん。おはよう。昨日は寝ちゃってごめんね」


 そう謝るとなぜかみるみる顔が赤く染まった拓也くん。俯いてバッと居間から走り去ってしまった。


「……どうしたんですかね?」

「さぁ?」


 思春期ですかね? 難しいお年頃? 男兄弟がいないのでわかりません。





 朝ご飯をいただいた後、今日の予定は特になし、と思っていたら訪問者がやって来た。それは慎也さんとお義姉さんの幼馴染だった。


「今日は慎也の溺愛している彼女を見に来たんだ」


 溺愛ですか?? 言い過ぎですよ。


 いま話したのは大沢さんという、近くで電気屋さんをしている人。その隣には奥さんもいた。もう一人、多田さんという会社員の人もいる。


「かわいらしい子ね。慎也くんがメロメロになるのも頷けるわ」


 大沢さんの奥さん、あなたの方がかわいらしいと思います。


「だよなぁ。こんな年下の子つかまえて。いいよなぁ、慎也は。これはすぐに帰るわ」


 多田さんの話を聞いていると、どうやら訪問初日の夜に同窓会めいたものがあり、慎也さんは参加したもののすぐに帰ってしまったらしい。わたしが本を読んで眠りこけてしまった後の出来事のようだ。


「話し足りなかったのにすぐ帰ったものだから、どんな彼女か気になってさ」


 そう笑う大沢さん。どんなことがあったんだろう?


「すぐ帰ったって、何があったんですか?」


 慎也さんに尋ねても教えてくれない。するとお茶を持ってきたお義姉さんがにこやかに言った。


「心配しなくても大丈夫よ。慎也くんがラナちゃんを好きで仕方がないってことだから」


 ますますわかりません。知りたいけど慎也さんが口をつぐんでいる以上、聞きだすのは無理みたい。


 お三人さんが帰り、今度はお義母サマのお手伝い。昼食の準備を手伝う。メニューはジャージャー麺。夏バテによさそうなメニューですね。わたしはきゅうりの千切りを頼まれた。ゆっくりやればきれいにできる。ここはいいところを見せようとせずに慎重にしましょう。お義母サマは肉味噌を作っている。


「ラナちゃんは真っ直ぐな子ね。慎也が気に入るのもわかるわ」


 料理をしながらお義母サマが話し始めた。わたしは思わず手を止める。


「あの子一度失敗しているでしょう? だからもう恋愛する気がないと思っていたの。だから彼女ができたって聞いてすごく嬉しかったわ。慎也から話を聞いて、ずっと会ってみたかった。ラナちゃんは慎也が言っていた……、いいえ、それ以上の子だったわ」


 するとお義母サマはわたしに視線を向けて、優しい笑みを浮かべた。


「慎也を好きになってくれてありがとう。あの子のこと、よろしくお願いね」


 その言葉が嬉しくて、知らないうちに頬に涙が伝った。お義母サマが「あらあら」とタオルで涙を拭ってくれる。わたしは未だ流れる涙を乱暴に腕で拭い、真っ直ぐにお義母サマを見る。


「こちらこそよろしくお願いします! お義母さん」


 そう言い切ってペコリと頭を下げる。顔を上げるとさっきよりより優しい顔で笑いかけてくれた。今のところ、嫁姑関係(仮)は良好のようです。





 昼食が済み、そろそろお暇することになった。あっという間の三日間だった。出発する直前、陸くんと塁くんが泣いてわたしを引き留めようとした。


「ラナ、かえっちゃダメ!」

「もっといてよ!」


 すごく嬉しかった。こんなに懐かれてはわたしも帰りたくなくなるじゃないか。


「またすぐに会えるよ。今度こっちにも遊びにおいでよ」


 そう言うと「ぜったいだぞ」と指切りをした。ヤバイ、わたしも泣いちゃいそう。


「はなちゃんもまたね」


 そう言ってはなちゃんを撫でまくると尻尾を振って喜んでいた。かわいいね、やっぱり。もう負けでいいです。敵うはずがない。

 それからお義父サマが袋いっぱいの野菜をお土産にくれた。


「ご両親にもよろしく言っておいてね」

「はい。ありがとうございます!」


 うちの両親にまで気をつかってもらって感謝してもしきれませんね。それからお義兄さん、お義姉さんも言葉をくれた。


「ラナちゃん、今度来たときにはお酒の飲み比べをしよう。ラナちゃん強そうだな」

「はい、ぜひ」

「今度はわたしと一緒に買い物でも行きましょうね。慎也くんの好みの服選んであげる」

「楽しみにしています」

「あら、わたしも行きたいわ。それからラナちゃん、もしお兄ちゃんに何かされたらすぐに連絡して。いつでも駆けつけるから」

「菜月は暇だから、遠慮なく連絡してやって」

「ありがとうございます」


 菜月さんも太一さんもありがとうございます。もう大歓迎じゃないですか。こんな盛大なお見送り、初めてです。

 最後にお義母さんが笑顔で締めくくった。


「またいつでも来てね。待っているわ」

「はい。お世話になりました!」


 皆さんと挨拶を交わし、車に乗り込むとき、拓也くんが走って来た。


「あ、拓也くん。あんまり役に立てなくてごめんね。勉強頑張ってね」


 そう言うとぜーぜーと荒い息をしながら拓也くんは言った。


「僕、諦めないから」


 おお、受験への意欲満々じゃん。わたしはニッコリ笑いかけた。


「うん。応援してるね」


 そして車に乗り込み、彼の実家を後にした。


 帰り道、慎也さんは運転しながら苦い顔をして呟いた。


「ラナって罪作りだね。無自覚ってところがまた……」

「はい?」 


 その問いも答えてはもらえなかった。


 こうしてはじめての彼の実家訪問は成功を収めた……と思う。  

 



 ☆おまけ小話 「衝撃記録、その後」(鮫島視点)



 盆休みが終わり、また日常に戻る。いつものように出社する。

 昼休みまでは平静に仕事をこなしていく。昼休み、何やらニヤニヤした表情の設楽が昼飯を誘いに来た。その顔つきを怪訝に思いながらも、会社近くの蕎麦屋へ向かった。


「ずいぶんと楽しい盆休みだったみたいだな」


 唐突にかけられた言葉を疑問に思う。確かにラナと実家に行ったことはいろいろあったとはいえ楽しかったのは事実。しかしなぜこいつがそれを知っているのだろう。


「どういう意味だ?」


 そう尋ねると設楽は今にも吹き出しそうな顔で携帯電話を取り出し、操作をして俺に差し出した。画面には俺が仔犬とじゃれている写真が映されていた。


「……何だ、これ」


「麻理の携帯に送られてきたんだよ。お前、いい顔して笑ってるな」


 我慢できないと、とうとう盛大に噴き出した目の前にいる男。俺は画面を凝視したまま考えを巡らす。

 こんなことをする人間は一人しかいない。しかしどうしてこんな写真を酒井に送りつけたんだ。設楽にその疑問をぶつけると、腹を抱えながら苦しそうに言った。


「お前に、嫌がらせがしたかったんだってさ」


 未だに笑い転げている設楽を睨みつける。


「ちなみに動画もあるんだぜ」


 そう言って携帯を操作し、再び手渡してきた。再生ボタンを押せば画面の中の俺が喋り出す。


『こら、くすぐったいだろ~。お、お前、俺が好きか? そうかそうか。でもな、うち、ペット禁止なんだよな……。引っ越したいなぁ……』


 俺はすぐに動画を止め、先ほど以上に爆笑している男に携帯を投げた。


「お前、そういう奴だったんだな。……意外。あ~、腹いてぇ」


 俺は羞恥心でいっぱいになる。この画像と動画が酒井の携帯に送られたとき、設楽家での人を笑いものにしている光景が容易に想像できた。人の知らないところで……。


 さてラナ、こんなことをするなんてそんなにお仕置きしてほしいみたいだね。今週末が楽しみだ。

 


 一方その頃ラナは……。


 ゾクッ。寒い。こんなに蒸し暑いのに。ヤバイな、風邪でも引いたかな?


 ラナは自らの行いのせいでピンチが迫っていることをもちろん知らない。

 

 


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