彼の実家にて その3
ヒーロー不在…
申し訳ない。
恥ずかしすぎる仕打ちから解放されると、すぐさま陸くんと塁くんが駆け寄って来た。
「ラナ、はなのさんぽいこう!」
「いっしょにいこう!」
「でももう少し涼しくなってからの方がいいんじゃない?」
まだ太陽が燦々と照りつけ、気温がかなり高い。子供はもちろん、犬も熱にやられそうだ。最悪、熱中症の危険もある。しかし二人は駄々をこね続けた。
「今がいい! いこうよ!」
「ちゃんとぼうしかぶるから!」
……仕方ない。わたしはちゃんと帽子をかぶって水分を携帯すること(もちろんはなちゃんの分も)、もし気分が悪くなったら早めに言うことを条件に散歩に行くことにした。
どうなるかと心配した散歩も順調だった。散歩コースは日影が多く、気温もそんなに高くなかった。大自然を満喫し、清々しい気分でいっぱいだった。
散歩ももうすぐ終わりに差し掛かろうとしたときのこと、その清々しさが吹き飛ぶ出来事に遭遇した。
草木が覆い茂る一本道で田舎にそぐわぬ格好の女性二人に行く手を阻まれた。自然と対極にあるような感じ。派手に着飾って、厚化粧に香水を振りまいた性格のきつそうな女性達だった。一人はロングの巻き髪、もう一人はショートヘアだった。髪型ぐらいしか見分けられないほど、二人はちょっと流行の波とはどこかずれた格好だった。ぶっちゃけ時代遅れ?
これまで何度も遭遇したシチュエーションが重なる。ロングの方がわたしを睨みつけ、高圧的に言った。
「あなたが鮫島くんの恋人って言い張っている小娘ね」
はい、来ました~。もう慣れちゃったよ。もう少し意表をついた登場の仕方とかないかね? ベタ過ぎて楽しくない。
その二人の迫力に陸くん、塁くんはわたしの後ろに隠れて怯えきっている。反対に、はなちゃんは二人を不審者とみなして唸り、威嚇していた。
いかん、いかん。いつもなら売られた喧嘩は買うけど、今はわたし一人じゃない。ちゃんと二人と一匹を守らなきゃ。冷静に、冷静に……。
「どちら様でしょうか?」
わたしは営業スマイルを張り付けて二人に言葉を投げかけた。その返し方を余裕と受け取ったみたいで二人の表情は悪化した。明らかにわたしを見下し、睨みつけている。
「ふん! こんなちんけな小娘、あの鮫島くんが本気になるわけないわよ」
「そうよね。もしかして勝手に付きまとっているストーカーかもしれないわ」
おいおい。人をストーカー呼ばわりですか。失礼な話ですよ。でも逆上しちゃ駄目。ここは無難にお引き取り願わなければ。
「申し訳ありませんが、先を急いでおりますので……」
そう言って二人の脇をすり抜けようとした。が、
「まだ話は終わってないわよ!」
わたしはショートに腕を掴まれて反動をつけて突き飛ばされた。はずみで横によろけて尻もちをついた。それに陸くんが怒って二人の前に出た。
「ラナになにするんだ!」
「陸くん! 駄目!」
止めたもののすでに遅し。ロングの逆鱗に触れて睨まれた陸くん。
「何なの、この生意気なガキ。痛い目見ないとわからないのかしら」
ロングが手を振り上げた。
マズイ! 陸くんが危ない! わたしは瞬時に陸くんをかばうようにその小さな身体に覆いかぶさるように抱き締めた。
殴られる! と覚悟したものの、一向に痛みがやって来ない。不思議に思って恐る恐る顔を上げると、ロングの振り上げた手を拓也くんが掴んでいた。その顔は恐ろしく冷たいものだった。
「いい大人が子供に暴力なんて恥ずかしいと思わねぇの?」
「たくや兄ちゃん!」
「にいちゃん!」
陸くんと塁くんが拓也くんの出現に喜んだ。補習帰りだろうか。あまりに突然のことにわたしは地面に座り込んで陸くんを抱き締めたままボーっとその光景を見ていた。
急に現れた拓也くんに腕を掴まれたロングはヒステリックになる。
「アンタ、関係ないんだから引っ込んでなさいよ!」
拓也くんは冷ややかな視線を二人に送る。
「関係あるから言ってんだろ? 頭まですっからかんなんだな。はっきり言わなきゃわかんないの? 鮫島慎也の恋人と一緒にいるガキが、鮫島家と無関係なわけないだろ。どうすんのかなぁ。惚れてる相手の恋人や甥っ子にこんな真似して、叔父さんが黙ってると思ってんの?」
拓也くんの言葉に見る見るうちに血の気が引いていく二人。拓也くん、結構やるじゃん!
「お、覚えてなさいよ!」
ショートが捨て台詞を吐いて、ロングとともにその場から逃げて行った。その後ろ姿を見て、今さらながらふつふつと怒りが煮えたぎってきた。
くそー! むかつくから一発ずつ殴らせろ――――!
怒りで体がわななく。でも、この怒りのぶつけどころがなくてどうしようもない。我慢、我慢……。
怒りに耐えていると拓也くんがわたしの目の前に来て、手を差し出した。お礼を言いながらその手を取り、引っ張り上げてもらった。
うわ、パンツが土まみれ。慌てて払う。その間、陸くんと塁くんは「たくや兄ちゃんかっこい~!」と憧れの眼差しを送っていた。うん、さっきのはかっこよかったよ。
とりあえず、大人として陸くんと塁くんに注意をすることにした。
「陸くん。さっきは怒ってくれてうれしかったよ。でもああいう人は危ないからむやみに近づいちゃ駄目だよ。塁くんも」
ありゃ大人でも近づいちゃ駄目な人達だ。子供ならなおさらかかわるべきじゃない。
二人はこくりと素直に頷いた。
「はなちゃんもありがとうね」
そう声をかけながら、はなちゃんの首元をわしゃわしゃなで回すと、嬉しそうに尻尾を振った。それがもうかわいい~。
そしてしゃがんだまま拓也くんを見上げて、あらためてお礼を言う。
「拓也くん、助かったよ。ありがとう」
すると拓也くんはわたしから顔を逸らしてぶっきらぼうに返事を返す。
「……気をつけろよな」
照れてるのかな? 思春期??
それとこの件を慎也さんに黙っているように頼んだ。心配させたくないしね。あの人たちが慎也さんとどういう関係かは知らないけどね。“鮫島くん”って呼んでたってことは同級生かな?
散歩から戻り、しばしお義母サマとお義姉さんと茶の間で一服しながら談笑。ここで慎也さんがいないことを確認してリサーチ。好きな食べ物とか昔どんな風だったのかなどなど。うん、いいお話を聞かせてもらいました!
話にきりがついた頃、拓也くんが居間にやって来た。お義姉さんが声をかける。
「拓也、明日は補習休みだったわね?」
「うん、休み」
「大変ですね、受験生は」
しみじみそう思う。わたしが受験したのはもう六年前だ。あの頃は死にもの狂いで勉強したなぁ……。
「そうなのよ。かなり上の大学を受けるから、今さら必死になっちゃって」
お義母サマの言葉に何気なく訊いてみた。
「ちなみに志望校はどの大学なんですか?」
「A工科大学」
拓也くんの返答に驚く。
「あ、そこ、わたしの母校です」
いやはや、何という偶然。わたしの言葉に拓也くんは絶句。お義母サマとお義姉さんは「あらまぁ」と驚く。
「ラナちゃん、理系なの~? 優秀なのねぇ」
お義母サマ、褒め過ぎです。照れます。
「いえいえ。代わりに文系科目は壊滅的なんです」
「拓也なんて数学が苦手なのよ。理系なのに」
いやいやお義姉さん、理系の人が全員数学得意とは限りませんから。
するとお義姉さんが何かひらめいたように口を開く。
「そうだ! ラナちゃん、よければでいいんだけど拓也に数学教えてやってくれないかしら? この子、本当に数学が駄目で、足引っ張っているのよ」
「ちょっ……、母さん! いいって!」
「いいですよ。数学は得意ですし」
拓也くんはちょっと嫌そうだけどわたしは即答で引き受けた。拓也くんにはさっき助けてもらったしね。そのお礼も込めて。
拓也くんの部屋に行き、早速勉強を始める。
「拓也くんはさ、どの学科を志望してるの?」
「……機械学科」
「そっかぁ。わたしはね、電子情報工学だったんだ」
そんなような話をしながら数学の問題集を見る。久しぶりに数学の問題見るなぁ。忘れたことが多いかと思ったけど、結構わかる。まだまだイケるじゃん! わたし!
拓也くんは基礎ができているけど応用に歯が立たないタイプだった。すぐ投げ出しちゃうらしい。
「悩んでもわからなかったら答えを見てもいいよ。で、解き方を覚えて解いていけばいいんだよ。解き方さえ理解できれば怖いものなし!」
自分の理論だけど、そうアドバイスした。拓也くんが問題を解いているとき、つい他の教科の問題集を開いて解いてみた。懐かしい。メモ帳を拝借して数式を書き連ねる。
初めは頑なだった拓也くんも次第に心を開いてくれたみたいで、わからないことをどんどん質問された。頼られるって嬉しいね。調子に乗ってどんどん教える。そうこうしているうちに夕飯の時間になった。
「じゃあ続きは夕飯の後ね」
そう言って夕飯をいただく。その後、先にお風呂を勧められたので素早く入ってしまう。で、拓也くんの部屋に向かう。
「遅くなってごめんね。次はどの問題?」
拓也くんは呑み込みの早い生徒だ。ただ悩みすぎると諦め癖が出てしまう。受験とはまず諦めないことですよ!
しばらく家庭教師をしていると、睡魔がやって来た。時刻はもうすぐ十一時。まだ寝るには早いんだけど、何せわたし、今日朝五時起きだったしなぁ……。
うとうとしていると拓也くんが心配そうに声をかける。
「大丈夫? 眠いなら、もういいよ」
「いや、大丈夫! 起きてるよ。さ、次の問題」
しっかりしろ! 受験生は寝る間を惜しんで勉強してるんだぞ! 寝るな!
しかし睡魔は時間が経つにつれてわたしを夢の中へ連れて行こうとしていた。
ヒーロー不在でしたが、拓也が代わりになりましたか??
次回はヒーロー戻ってきますから(笑)




