彼の実家にて その2
ちょっと短いです
一夜明けた朝。スズメの鳴き声で目を覚ます。右隣りには陸くんと塁くん、左隣にはなぜか慎也さんが眠っていた。
はて? ここは菜月さん家族の部屋では……。あ、わたしが爆睡しちゃったからか。申し訳ないです。ちゃんと荷物も移動されていました。
でもぐっすり寝たせいか疲労は取れた。元気いっぱいかも。時計を見ると朝の五時だった。……早っ! 家ではこんなに早起きしたことないよ。
顔を洗おうとそっと部屋を出て洗面所へ行こうとしたら、居間にいるお義父サマ、お義母サマと出会った。挨拶をしましょう。
「おはようございます」
「おはよう。早いね」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「はい。ぐっすりです」
お二人こそ早起きですね。
洗面所へ向かって顔を洗い、部屋に戻って服に着替え、再び居間へ行くとお義姉さんも起きていた。
「ラナちゃん、おはよう。早いわね」
「おはようございます。目が覚めてしまいまして」
せっかくなんで、朝食づくりのお手伝いをする。みそ汁のみそを溶かすとか、かき混ぜるとか。子供の手伝いにもならない感じだけど。
「ラナちゃんは料理するの?」
お義母サマの質問にちょっとだけ言葉に詰まる。まさか『息子さんを殺しかけました』とは口が裂けても言えない。ひろみ先生の教えがあっても、レパートリーはそう簡単に増えるものではない。
「修行中です」
やんわり誤魔化す。でも修行中なのは確かだし。わたしの返答にお義姉さんは笑った。
「わたしも修行中。料理、すごく苦手だったの。今でも、ね。ほら、わたしろくに家事も覚えずに結婚したでしょう? だからお義母さんにいつも怒られていたのよ」
そうか。お義姉さんも料理が苦手だったのか。わたしも家事なんて母任せだったしな。することっていったら自分の部屋の掃除ぐらい。母のありがたさが身に沁みます。
六時少し前、菜月さんと太一さんが陸くんと塁くんを連れてやって来た。
「おはようございます。菜月さん、太一さん、昨日はすみませんでした! うっかり眠ってしまって」
謝罪すると二人揃って、ニッコリ笑って首を横に振る。
「いいのよ。逆にラッキーだったから」
「そうそう。だから気にしないで」
……どういう意味?? わからないなぁ。
首をかしげていると陸くんと塁くんが駆け寄って来たので挨拶する。
「おはよう。陸くん、塁くん」
「おはよう。ラナ、ラジオ体操いこうぜ!」
「おはよう。いこうぜ!」
「ラジオ体操?」
聞き返すと太一さんが説明してくれた。
「近くの広場でやっているんだ。よければ一緒に行ってあげてくれないかな?」
「わかりました。行ってきます」
朝食をいただき、陸くんと塁くんとともにラジオ体操へ参加する。
子供に交じって大人、って結構目立つよね。すごく視線を感じる。と、一人の保護者が尋ねてきた。
「陸くん、塁くん。このお姉さんは誰かな?」
「おれたちのおば……、おねえさん!」
はい、よくできました! 躾が行き届いていますね。一応その人に「親戚(みたいなもの)です!」と宣言しておいた。誘拐犯とかと間違えられたら堪らないもんね。田舎の情報網って凄そうだし。
高校卒業以来のラジオ体操。結構な運動になる。こうして早起きしてラジオ体操していると健康的って思う。どれだけ不摂生な生活をしていたんだろう。
ラジオ体操から戻るとしばしお義父サマの畑の草むしりのお手伝い。昨日あれだけ草を取ってもなかなか減らない。くっ、雑草め! しぶとい奴。
九時ぐらいになり一度家に戻ると、起きている慎也さんと今日初めて対面した。とにかく謝る。
「おはようございます、慎也さん。昨日はごめんなさい!」
彼は微妙な顔で頷いた。あぁ、ヤバい。機嫌悪いよ。それも当たり前か。放置して約束破って眠りこけて……。ありえない仕打ちだよね。反省。
でもその後の予定も埋まっていた。陸くん、塁くんと虫取りだ。意外だったのが慎也さんも一緒に行くと言ったこと。かなり驚いた。
「慎也さんが一緒に来るとは思いませんでした」
「……虫取りって聞いて懐かしかったから」
ですよね~。わたしと一緒にいたいから……なんて浮かれた想像しちゃいましたよ。口に出さなくてよかったぁ。
近くの森に入って虫を探す。陸くんは学校の宿題で絵日記を書くらしく「ぜったい虫つかまえるんだ!」と意気込んでいた。
森だからか少し涼しい。森林浴ってこんな感じなのかな? マイナスイオンを身体に取り込むつもりで深呼吸する。うん、空気がうまい!
「ラナ―、カブトムシいたー!」
陸くんの叫び声に駆け寄る。うわ、いた。でもかなり上の方にいて、陸くんの身長では届かない。
すると慎也さんが陸くんを肩車した。
「これなら届くだろ? 早く捕まえろ」
陸くんはそっと手を伸ばして見事カブトムシを捕まえた。陸くんと塁くんは大喜びしていた。塁くんも肩車してほしいらしく慎也さんにねだっていた。甥っ子と接する慎也さんを見て、しみじみと呟いた。
「慎也さんって、いいお父さんになりそうですね」
そう言うとニッコリ笑って久々に厭味を言われた。
「ラナはいろいろと心配な母親になりそうだ」
ちょっと! どういう意味ですか!! こう見えてしっかりしているんですよ!
その後もいろいろな虫(わたしが知らない虫もいっぱいいた)を取り、満足そうな陸くんと塁くん。
「そろそろ昼だから戻ろうか」
慎也さんに従い、家に戻る。居間のテーブルにはそうめんが準備されていた。
「いただきます」
もう腹ペコだったんですよ。どれだけでも入りそうです。夢中で食べる。ちょっとガツガツ行き過ぎたかな、と思って周囲を見回すと、皆さんが微笑ましくわたしを見ていた。その視線に首をかしげる。どういう視線なんでしょうか?
昼食が済み、しばし休憩する。縁側で座ってぼんやり景色を眺めていると、慎也さんが隣に座り、こともあろうか寝そべってわたしの膝に頭を乗せてきた。いわゆる膝枕。
「ししし、慎也さん! いきなり何ですか!」
どもりながら赤くなるわたしに、彼はブスッとしながら小さな声で呟いた。
「……ラナが足りない」
あああ、あなたね、ここは実家でしょう? 人の目がたくさんあるというのに、ちょっとは遠慮してくださいよ!
案の定この光景を目の当たりにして皆さんが口々に言いたい放題。
「あらぁ、仲がいいわねぇ。まるで新婚当時のわたし達みたい。ねぇ、お父さん」
「う、まぁ……。そうだな」
お義父サマ、ちょっと照れてます。かわいい~。
「……ありえない。慎也くんが人前でこんなことするなんて」
絶句するお義姉さんにお義兄さんがニヤニヤしながら言った。
「あいつ、溺愛タイプだな。いい物見せてもらったなぁ」
見世物じゃないんですけど。
「膝枕だって。やるなぁ、お義兄さん」
「ほ~んと、見せつけてくれるわね。お兄ちゃんも面白いけど、照れてるラナちゃん、かわい~!」
菜月さん、太一さん、見てないで助けてくださいよ。どんな放置プレイですか!
「おじさんとラナ、ラブラブ~」
「ラブラブ~」
ちょっと、慎也さん! 小学生にはまだ刺激が強すぎますよ!
「もう! 恥ずかしいから離れてください!」
そう抗議するけど意地悪な慎也さんはなかなかどいてくれなかった。それどころかすやすやと眠りましたよ。
ちょっと! こんな羞恥はないです。真っ赤になってうろたえているわたしに対する嫌がらせですよね? 確実に。
三十分後、ようやく慎也さんが目を覚まして、わたしは羞恥プレイから解放された。
鮫島プチ暴走中(笑)