わたしと彼の攻防戦
喧嘩後のお話です。
それからの彼との間の空気は最悪。早く帰りたいオーラを発する鮫島さん、意地でもここに残ってリサーチしてやろうと息巻くわたし。無言の攻防戦ですよ。
ただただ無言で歩いて行くと、モールの一番奥にある電気屋に行き当たった。電化製品なら何かいいものがあるかもしれない。そう思って一人でさっさと電気屋の中に入っていった。鮫島さんは渋々わたしの後について来た。
わたしでも買えそうな電化製品ね。いい男は歯が命! 的な感じで電動歯ブラシとか、料理器具なんかもいいかもしれないな。“なんとかメーカー”とか。便利グッズでもいいかも。うん、プレゼント候補、意外にいっぱいあるかも。
考えながら電気屋の中を徘徊していたら、「あれぇ、お兄ちゃん?」と呼びかける声がした。
振り返ると男女と小さな男の子二人。鮫島さんはその家族の姿を見て気まずそうな顔をする。お兄ちゃん? もしかして鮫島さんの妹さん?
女性がわたしの顔を見てパッと表情を明るくする。
「もしかして、あなたが噂のラナちゃん?」
噂? わたし噂になってるんですか? 戸惑いながらも自己紹介する。
「はじめまして。樫本ラナで……」
「やっぱりぃ~! そうだと思ったぁ! や~ん、聞いてたのよりかわいい~」
いきなり抱きつかれてしまう。ぎゅうぎゅうと締め付けられて、苦しいです。む、胸が呼吸を妨げます……。
見かねた鮫島さんがわたしを妹さんから引っぺがす。ああ、苦しかった。しかし呼吸困難に陥れる胸、羨ましいな。悲しいけどわたしには無理だ。
彼は渋々口を開いた。
「紹介する。妹の菜月と旦那の太一君、甥っ子の陸と塁」
彼の家族の話、そういえばあまり聞いたことなかったな。結局未だに知らないこと、いっぱいあるな。ちょっとへこむ。
わたしが落ち込んでいる間に鮫島さんと菜月さんは何やら話していた。
「お盆なのに実家に帰ってこないと思ったら、彼女といちゃつくつもりだったのね」
「うるさい。正月に帰っただろう。それで十分だと思ったんだ」
「お父さんもお母さんもずっと言ってたわよ。お兄ちゃんがいつ彼女をうちに連れてくるのかって」
鮫島さん、ご家族にわたしのことを話してたんだ。ま、結婚前提って言っておきながら話してなかったら傷つくけど。
「そんなことよりお前、買い物あるんだろう? さっさと買って帰れ」
鮫島さんは菜月さんから離れたいみたい。菜月さんは彼の言葉にムッとした。
「何よ、その言い方。パソコン買い替えたいから見に来たんだけど、設定とかどうしたらいいかわからないのよね。今すぐ欲しいけど、業者に頼むと時間かかるじゃない? どうしようかなって」
パソコンか。わたし得意なんだけど、果たして言っていいものか……。
とりあえず黙っていると、鮫島さんは乱暴にわたしの手を取った。
「とにかく俺達はもう行くから。じゃあな」
歩き出す鮫島さんに強い力で引っ張られる。軽く会釈してわたしも歩き出す。が、二、三歩踏み出したところで身体が前に進まない。振り返ると、わたしは菜月さんに腕を掴まれていた。
「逃がさないわよ。もっとラナちゃんと話したいもの。……そうだ! これから一緒に実家に行きましょう! みんなきっと喜ぶわ!」
え、いきなりご家族とご対面!? 心の準備が……。
――――でも、待てよ。実家に行きたがらない鮫島さんに嫌がらせもできるし、鮫島さん情報もいろいろ聞ける。欲しいものもわかるかもしれない。
そう思ったら、この言葉が自然に出た。
「いいですね、行きましょう」
鮫島さんはわたしの言葉に目を見開いて固まり、菜月さんはニッコリ笑った。
「決まりね。じゃあパソコンをどうしようか決めて……」
「あ、よろしければ、わたし設定やりましょうか?」
「え、本当に? 助かるわぁ。うち、みんな機械音痴で困ってたの」
大いに喜んだ菜月さんが太一さんとパソコンを見に行っている間、フードコートで陸くんと塁くんと一緒に待つことになった。鮫島さんは明らかに不機嫌。わたしは彼を放置して、二人と仲良くなるべく奮闘していた。
「二人はいくつ?」
「おれは七さいで塁は五さい。ラナはいくつ?」
「二十三歳だよ」
もう、呼び捨てでもかわいいから許せちゃう。由理ちゃんみたいな天使さんもいいけど、二人のようなわんぱく坊主も嫌いじゃないよ。子供はかわいいね~。
「ラナはさ、おじさんとつきあってるの?」
「そうだよ」
「じゃあおれたちのおばさんになるんだ」
……おばさん? 関係上はそうなるかもだけど、おばさんとは呼ばれたくない。
「そうだけど『おばさん』って呼ばないで」
「なんで? おばさんだろ」
「おばさんだろ」
ああ、陸くんの真似をして塁くんも言っちゃってる。やはり最初の躾が大事だ。
「おばさんって呼ばれるぐらいなら、呼び捨てでいい。今度呼んだら叩くよ」
わんぱくには多少強めにいかなきゃね。暴力はもちろん駄目だし、しないけど。甘やかしていたらなめられちゃう。脅しが効いたのか、それ以降はおばさんとは呼ばれなくなった。いい子、いい子。
菜月さん達が帰って来て、ショッピングモールから鮫島さんの実家に向かうことになった。菜月さんが「お兄ちゃん、逃げたらわかってるよね?」とくぎを刺していた。力関係は菜月さんの方が上なのかな?
菜月さん達に続いて車で走る。鮫島さんはまだブスッとしている。こっちも意地になって黙っていると、彼はようやく重い口を開いた。
「どういうつもり? どうして『行く』なんて言ったの」
その言葉だと、わたしを家族に紹介したくないように聞こえるんですけど。
「せっかくのご厚意は甘んじて受け入れないと。それとも鮫島さんはわたしを家族に紹介したくないんですか?」
「そうじゃないけど……」
「じゃあ何ですか?」
「きっと『泊まれ』って言われる」
「別にいいですよ。着替えはありますし」
緊張はするけど、いずれはやって来るイベントだし。勢いで通過するのもいいかもしれない。
鮫島さんは信号待ちになったとき、ハンドルにうなだれた。
「実家に泊まったら、……ラナを抱けない」
ぶっふ――――っ。まだそんなこと考えていたんですか!? 仔犬にじゃれすぎて、頭の中も動物並みになっちゃったんですか?? ちょっと意地悪してやろう。
「いいじゃないですか。実家にいるんですよね? 愛しのわんちゃん。いっぱいいちゃついてください。鮫島さんはわたしよりわんちゃんの方がかわいいみたいですし」
彼はわたしを軽く睨みつけた。でも怯みません。今日は徹底的に意地悪してやるんだから。
でもさすが鮫島さん。ただでは起きない。瞬時に反撃された。
「そうそう。実家に行くならその呼び方、やめてね」
「はい?」
「その『鮫島さん』っていうの。実家にいるほとんどが“鮫島”だからね。ラナに呼べるのかな?」
くっ、言われてみればそうだ。ほぼ全員“鮫島さん”だ。わたしは未だ彼を下の名前で呼べていない。アレで強要されたときしかね。
「さ、し……、し……」
うわ、改めて呼ぼうと思うと何か恥ずかしい。鮫島さんは運転しながらニヤニヤしている。完璧面白がってるな。一度心の中で練習しよう。
さめ……、違う。さ、しん……。さ、しんや……。さしんや……! そうだ!
「写真屋さん!」
突然そう叫んだわたしに彼は呆れ顔。
「人の名前ぐらいしっかり呼んでよね」
「い、家に着くまでにはちゃんと呼べるようになりますから、心配しないでくださいよ!」
くそう。意地悪するつもりが反対にしてやられた。この策士め。
窓から見える景色が次第に緑に覆われていく。
もうすぐ彼のご家族と初めての対面だ。頑張ろう! そして鮫島さんにいっぱい仕返ししつつ、ご家族からいろいろな情報をリサーチするぞ!
さて新しい話題は鮫島の実家へ行くという話でした。