気づかない彼女
プール、鮫島視点です。
ラナから設楽一家とプールに行かないかと誘われた。了承したものの正直言って面白くない。由理ちゃんという最大のライバルがいるからだ。由理ちゃんと一緒のとき、彼女は必ず俺を放置する。わざとではないから余計に腹が立つ。
予想通り行きの車の中でも由理ちゃんに構い通しだ。チラチラこちらを見るものの決して話しかけてこない。だから設楽一家と出かけるのは嫌なんだ。
プールに到着し、女性陣と別れて更衣室で着替える。プールで待っているとき、設楽は呆れたように俺をたしなめた。
「鮫島、お前ちょっとは大人になれ。あんな幼い子に本気で妬くなよ」
「妬いていない。気のせいだ」
本当は気のせいなんかじゃない。かなり妬んでいる。大人げないとでも何とでも言え。俺は自分が思っている以上に嫉妬深いようだ。今、確信した。
設楽はそんな俺の様子に苦笑い。
「普段からラナちゃんを独占しているんだから、今日ぐらい由理に譲ってやってくれよ。プールぐらいまた来ればいいじゃねぇか」
設楽の意見は理解できる。たった一日だ。だが俺は心が狭い、ラナに関してのみ。
「……善処する」
ちょうどそのとき、女性陣がやって来た。俺はラナを見て固まる。何だ、その格好は。こんな露出の多い水着なんて着るんじゃない。もっと素肌を隠しなさい。いっそウエットスーツみたいに全身覆いなさい。ああ、もう今すぐ家に連れ帰りたい。そんな格好を見る男は俺だけで十分だろう。
「鮫島、何を固まってるんだよ」
設楽の声に我に返る。
「何でもない」
これは彼女のそばにいて、他の男が近寄らないように見張らないと。
「じゃあ流れるプールにでも行きます?」
酒井の言葉に頷く。が、ここでラナがとんでもないことを言い出した。
「あの、わたし由理ちゃんとキッズエリアにいますから、みなさんで行ってください」
……は? 何を言っているんだ。そこまで由理ちゃんと二人きりになりたいのか? 俺とは居たくないってこと?
「いや、でも……」
設楽が俺の不機嫌さを感じ取ってラナを説得しようとするが、彼女は由理ちゃんを丸め込んでさっさとキッズエリアへ向かってしまった。
設楽と酒井は恐ろしいものを見るように俺に視線を寄越す。
「さ、鮫島……、落ち着けよ?」
「そ、そうですよ、先輩。ラナちゃんはきっとわたしと悟志さんのために由理の相手を買って出てくれたと思うんですよ……」
もう何を言われてもこの不機嫌は直らない。ラナ、一体どういうつもりだ!
不機嫌を隠さない俺に設楽は大きなため息をつく。
「もう迎えに行けよ。ラナちゃんが心配なんだろう?」
設楽の言葉に酒井が表情を強張らせた。
「もしかして、ビキニってまずかったですかね? 先輩が喜ぶと思ってラナちゃんに勧めたんですけど」
「馬鹿だな。そりゃ鮫島だけに見せるなら喜ぶだろうけど、他の男に見せるのは怒るぜ。こいつ、独占欲の塊だから」
「そうみたいね。先輩って本当に仕事とプライベートの性格が真逆……」
「子供みたいだな。すげぇ笑える」
「もういい。どうとでも言え」
設楽に促され、キッズエリアが見渡せるところに落ち着いた。プールサイドにあるベンチに座って彼女を観察する。その間何人かの女に声をかけられたが全部無視した。いつもなら一応断りの言葉をかけるが、今はその労力すら惜しい。
しばらくははしゃぐラナと由理ちゃんを複雑な気持ちで見ていた。が、しばらくして二人の若い男が彼女に声をかけている光景が目に入って来た。
「あれってナンパかしら?」
酒井の言葉に俺はすぐさま立ち上がり、ラナのところへ向かった。彼女は困った顔をしていた。男の一人がラナの肩に手をかけようとしたところを、その手を振り払い、威圧感たっぷりの態度で男たちを見据えた。
「私の連れに何か御用でも?」
男たちは怯えて逃げて行った。彼女は息をつき、俺に声をかけた。
「ありがとうございます、鮫島さん。ちょっとしつこくて困ってました」
振り返り、彼女を睨みつけた。
「もう少し警戒心を持ちなさい」
父親みたいと言われてもいい。ちゃんと言わなければこの子には伝わらない。
ラナは少し怒ったように言った。
「わかってますよ。でも由理ちゃんは守りました」
「……は?」
その言葉に眉をひそめる。由理ちゃんは関係ないだろう。
彼女は理解できない俺に説明し始めた。
「だから由理ちゃんみたいなかわいい天使さんが誘拐されかかって危なかったですけど、ちゃんと守り切りました」
無言で彼女を見据える。ナンパされたのが自分だってことに全く気づいていない。どうしてあんな若い男が由理ちゃん目当てで声をかけてくると思うんだ。
ラナは自分がモテないと思い込んでいる。しかし最近、よりかわいくなったし、綺麗になった。彼氏の欲目ではなく、誰から見ても魅力的だ。少しは俺の苦労を考えて行動してほしい。
そうこうしているうちに設楽と酒井がやって来た。俺に気をつかったのかこんなことを言い出した。
「ラナちゃん、由理の面倒見てくれてありがとう。でもそろそろ鮫島と二人で泳いできなよ」
「そうそう。ウォータースライダーもあるし、きっと楽しいわよ」
その言葉に甘えて無言でラナの手を掴み、ずんずんと歩き始めた。
「鮫島さん、どこに行くんですかっ」
戸惑う彼女の言葉を無視して歩みを進める。しばらくしてウォータースライダーの乗り場に到着した。階段を昇り、順番を待つ。
「鮫島さん、高所恐怖症じゃ……」
「下が見えないから問題ない」
心なしかラナの顔が青い。高所は平気なはずだが、どうしたのだろうか。
順番が回って来た。二人乗りのビニール製のうきわに乗る。ラナが前、俺は後ろ。係員が浮き輪を押し、勢いよく滑り台を下りていく。彼女はキャーキャー言っていたが楽しんでいるような声ではなかった。徐々にスピードが上がり、勢いよく着水した。体が投げ出され、水面に叩きつけられた。
すぐに水面から顔を出す。ラナは少し離れたところでじたばたと手足をばたつかせて溺れかけていた。急いで彼女のもとへ向かい、抱き上げて救出した。彼女はごほごほとむせながら俺に抱きついた。
「大丈夫!?」
その問いにこくこくと頷くのに安堵し、プールの縁まで連れて行き彼女を下した。
「ラナ、もしかして泳げないの?」
ラナは目を伏せながら頷いた。
「だからキッズエリアに行ったの?」
またもや頷く。なるほど、そういうことか。
「泳げないならうきわ使うとかあるでしょう。そもそもどうして黙っていたの?」
「……格好悪いですもん」
「そういう問題じゃない。自己申告しないと危ないだろう。あのまま俺が気づかなかったら溺れていたかもしれない」
声を荒げると彼女は目から大きな涙をぽろっと流した。
「……ごめんなさい」
俺は彼女の涙に弱い。ちゃんと言い聞かせなければならないのに泣かれてしまうとこれ以上は何も言えなくなる。涙を指の腹で拭い、彼女の顔を覗き込んで言い聞かせた。
「格好悪くても笑わないからちゃんと言いなさい。いいね?」
彼女はこくりと頷いて俺に抱きついた。
「ごめんなさい。もうしません」
その一言で納得してしまうのもどうかと思うが、今日は許してあげるよ。ラナの濡れた髪をやさしく撫でた。
プールサイドのベンチで少し休むことにした。彼女は怒られたことに落ち込んでいるのか俺と手を繋いだまま離そうとしなかった。
「もしかして本当はプール苦手だった? 来たくなかった?」
その問いにラナは首を横に振った。そして小さな声で言った。
「プールは嫌いじゃないんです。でも泳げないからいい思い出がなくて……」
さらに話を続けた。
「確かに麻理さんや由理ちゃんに誘われたからっていうのもあるんです。でも……」
「でも、何?」
ラナは俺を見て少し顔を赤くした。
「鮫島さんとプールに来たかったんです」
この言葉で少し前までの不機嫌さなど消え去ってしまった。照れた彼女をこのままさらってしまいたい。しかしそんなことができるはずもない。自分の車で来ていたらさっさと帰るところだが。
「俺もラナと来たかった。でも……」
そこで言葉を止めた俺にラナは首をかしげる。俺は彼女の耳元に顔を寄せて囁いた。
「そのかわいらしい格好は俺だけに見せて欲しかった」
それを聞いた瞬間に茹でタコの様に真っ赤になる。
「ああああの、恥ずかしい……ですよ」
混乱するラナ。その様子がかわいくてクスクス笑うとからかわれたと頬を膨らませて怒る。もうどんな彼女もかわいらしくて仕方ない。病気だな。
それからは彼女でも足がつくプールで少しだけ泳ぐ練習をした。何とかバタ足がうまくできるようになった。補助付きだが。
その後設楽たちと合流した。機嫌が直った俺にホッとした様子の設楽と酒井。由理ちゃんが疲れてうとうとし始めたので早めに帰ることになった。
車の中でラナと由理ちゃんは眠ってしまった。俺の肩に頭を置き、もたれかかって熟睡している。バックミラーでそれを見た設楽が笑う。
「本当にラナちゃんは子供みたいだな。由理と精神年齢変わらないんじゃないのか?」
「あら、失礼よ。無邪気だけどしっかりしていると思うわ」
酒井の反論を受け入れつつ、設楽はミラー越しに俺に視線を寄越した。
「まぁラナちゃんより鮫島を見ていた方が面白いけどな」
その口調に苛立って、不機嫌に言葉を返した。
「面白がるな。運転に集中しろ」
酒井と小さく笑う設楽を無視して、俺はラナの髪をそっと撫でた。二人きりならどれほどよかっただろう。でも普段行かないところに彼女と行くのもいいなと、そのかわいい寝顔を眺めながら思った。
はい、今日もバカップル~。
次回からある意味新しい章(?)のはじまり。
ちょっと長いかもです。