浴衣マジック
ごめんなさい。
ただいちゃこらしているだけのお話。
みちるや菊池くんと別れた後、鮫島さんと二人で出店を見る。
友達と一緒も楽しいけど、やっぱり彼氏だよね。夜だし、初めての彼氏との夏祭り。テンション上がるに決まってる。
本来ならヤマトナデシコのようにおしとやかな和風女子に徹しようと思ったけど、出店から漂ういいにおいに我慢できなくなった。財布のひもも、今日だけ解禁。
かき氷を食べたことなんてなかったことになるぐらい、祭りには誘惑がいっぱい。
たこ焼き、焼きそば、お好み焼き、たい焼き、クレープ、フランクフルト、綿菓子、リンゴ飴……。よだれ垂れそう~。どれを買おうかな。
「鮫島さんは食べたいものはないですか?」
迷い過ぎて決められない。だから彼の意見が訊きたかった。
「そうだな、お好み焼きかな」
「じゃあそれ買います」
お好み焼きを買って半ぶんこした。その後フランクフルトとクレープを食べて、最後にたこ焼きでしめた。もうお腹いっぱい。夕飯は入りません。
祭りの本来の目的(盆踊りとか?)を無視して出店を満喫したから、もう帰ってもいいかな。そう思っていたら鮫島さんにとある指摘をされた。
「ラナ、食事したせいか口紅剥げているよ」
「へ?」
うわぁ、がっつき過ぎた~。それはみっともないよ。慌ててきんちゃくを漁るけど……。
「あ、鏡忘れた……」
きんちゃくだからいろいろ荷物減らしたんだよな。この、うっかりもの!
「じゃあトイレに行って直してきます」
そう言うと鮫島さんはトイレの方向を指差した。
「でもあの行列だよ」
そこには三十メートルほどの大行列。ここトイレの数、少ないんだよね。メイク直しだけのために行くのも嫌だな。どうしようか。このままでもいいけど、やっぱり彼氏の前ではちゃんとしたいし。
悩んでいると鮫島さんに「こっちおいで」と手を引かれた。連れられたのは人気の少ない神社の裏手だった。
こんなところで何するんですか? 不思議に思っていると、振り返った彼が手を出した。
「出して」
「はい?」
「口紅。塗ってあげる」
はぁ!? そんなことさせられませんよ。恥ずかしいですし。もしやわたしが恥ずかしがることを見越して、人気のないところに連れて来たんですか? それでも絶対無理。
「嫌です。自分でやります」
「鏡、ないのに?」
そう言う彼はいつもの意地悪そうな顔だ。くそう、またもやしてやられた。
観念して口紅を差しだした。口紅を手にして、彼は物珍しそうにそれを見る。
「へぇ、思っていたものと少し違う」
「リキッドルージュですから。チップで塗るんです」
スティック状とは少し違うんですよ。知らないかもしれませんけど。
鮫島さんはキャップを回して外し、チップに口紅を絡ませた。
「ほら、顔あげて」
うわぁああ。めちゃめちゃ恥ずかしい。どんな羞恥プレイですか? でもこの人からはどう足掻いても逃れられる気がしない。目をぎゅっと瞑って顔をあげた。
ヤバイ。すごくドキドキしてる。身体が真っ赤になっていく。フッと鮫島さんが小さく笑った気がする。彼は指の腹でわたしの唇をなぞる。うわ、そのしぐさ、想像するとエロっ。
「軽く口開けて」
言われるがままにそうすると、チップが唇の上を滑っていく。今、わたしはメイクさんにメイクされているだけ……。モデルでもないのにそう思うことで心を冷静に保つ。
何度かチップが往復し、「終わったよ」という声がしてようやく目を開けた。
わたしは大きく息をつく。ああ、緊張したー。
鮫島さんはわたしの顔を凝視して、顔を背けた。
「ごめん、ちょっと濃く塗り過ぎた」
まぁ、夜ですから多少濃くても構わないんですけど。
「いいですよ、別に……」
「いや、よくないよ」
完璧主義ですね。暗いんですから気にならないと思うんですけど。
彼の「ちょっと落とそうか」と言う言葉に首をかしげる。
一度落として塗り直すのかな? と思っていたら急に鮫島さんの力強い腕に抱きこまれた。突然なことで軽いパニックを起こしながら彼を見上げるとその瞬間、唇を塞がれた。
「!!!」
い、息ができない。苦しくて逃げようともがいても、抵抗を抑えるかのように彼の腕に力がこもる。ようやく唇が離れると大きく息を吸い込み、荒い息をする。
睨みつけようと顔をあげると、野獣化した熱を帯びた瞳とぶつかった。あ、まずい。この眼は駄目だ。この眼を見たら途端に身体が金縛りになったように動かなくなる。
それからされるがままにキスを繰り返される。ついばむように軽いキスをされたかと思えば、舌が入ってきてわたしの口の中を好き勝手に暴れまわる。
「……ん……ふっ……」
自分の口から出た甘い声に羞恥心が高まり、思考が奪われる。外でこんなことするなんてありえない。ありえないのに抗えない。
身体に力が入らなくて、カクンと崩れ落ちそうになるのを鮫島さんの腕で支えられた。唇が離れると、力なく彼の肩に顔を埋めた。
「……やぁ、なんで……」
非難しようにも、舌足らずになってしまって甘えるような声になってしまった。それもまた恥ずかしい。そんなわたしを見てクスッと小さく笑った鮫島さんは耳元で甘く囁いた。
「こんなにもかわいいラナが悪いんだよ。浴衣のせいかな? いつもより抑えがきかなくなる……」
浴衣マジック!? でもかわいくないんですって。夜だからですよ、夜だから雰囲気かわいいですよ。もしかしたらわざと口紅を濃く塗りました? くそー、してやられた。
顔をあげて軽く睨みつけた。
「でも、こんなところじゃ……、ヤです……」
そう言うと鮫島さんはわたしの頭を撫でながら、笑みを浮かべた。
「そう……。じゃあ帰ってから、ね」
そのまま鮫島さんの家まで連れて行かれた。
玄関に入るなりドアに押し付けられてキスされる。もう何も考えられない。ただ彼に溺れるだけだ。それでもなけなしの理性を総動員して、ここでは嫌だと抗議する。手を引かれてリビングに入った途端、そのまま床に押し倒された。
浴衣を着ている鮫島さんはいつもよりも数倍、身体中からむせ返るような色香を醸し出している。胸元から覗く鎖骨から胸板にかけてのラインが、すごくエロい。
「今日のラナ、すごく色っぽい」
わたしを見下ろして、彼はそう言った。
エロいのはそっちですよ。反論しようにもすぐに口を塞がれる。彼の唇が首筋、鎖骨と下りていくのを感じながら天井を見る。
ぼんやりしながらこのとき、どうでもいいことが頭によぎった。
ひろみ先生が前に『コスプレってたまにやると燃えるのよね~』って言っていた。浴衣もコスプレに入るのかなぁ??
そんな考えも彼のせいですぐに吹っ飛んで、この日はいつもよりも甘くて激しい夜になった。
鮫島暴走。
しかし暗がりじゃ口紅濃いかどうか判別できないと思うんだけど、ラナは全く気づいていません。
うまく丸め込んだ鮫島の勝ち~(笑)
50話ありがとう記念、リクエストにお応えしまして小話を掲載。
ただし鮫島のキャラがどえらいことになりかけておりますので
「鮫島のキャラが壊れるのはイヤ~」という方にはお勧めしません。
それをご理解の上でお楽しみください。
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☆おまけ「浴衣マジック・裏 ~フェロモン大王暴走編~」
三田さんと菊池くんと別れてようやくラナと二人きりになれた。彼女は出店の食べ物に夢中だが、俺は全く違うことを考えていた。
浴衣のせいか今日のラナは普段とは比べ物にならないほど色気がある。いや、普段だって十分魅力的だが今日は一味違う。すれ違う男が彼女を見ているような気がしてならない。俺のラナを見るな……。子供じみた嫉妬がふつふつと沸いてくる。
正直言ってもう帰りたい。今すぐ家に連れ帰って、そのかわいらしい姿を俺一人で愛でたい。甘い言葉を囁いて、触れて、唇を味わって、その白い肌に所有印を残したくて堪らない。頬を赤く染めて潤んだ目で俺を見つめるラナを腕の中に閉じ込めて、押し倒して、綺麗に着つけられた浴衣を一枚ずつ脱がして……。いや、そのままというのもそそるな……。
ああ、まずい。考えれば考えるほど自分が苦しくなるだけなのに。ラナは俺がそんなことを考えていることなど知るはずもなく、無邪気にフランクフルトやクレープを満面の笑みで頬張っている。その表情に色気のかけらもない。
彼女をその気にするにはどうしたものか。
たこ焼きを頬張って「もう夕食は食べられません」と満足そうなラナに、夕食食べる気だったのかと心の中で突っ込む。ふと出店の明かりで気がついた。彼女の口紅がほとんど落ちていたのだ。あれだけ食べれば当然か。
いや、これは使えるぞ。いい考えが浮かんだ。
俺はラナに口紅が剥げていることを指摘した。彼女は慌ててきんちゃく袋を漁ったようだが鏡がないそうだ。運が向いてきたのか、トイレも大行列だった。俺といるから綺麗にしたいという思いがその表情から伝わってきて嬉しくなる。状況は俺に有利に進んでいった。
だから彼女の手を引き、神社の裏手に連れて来た。人気がなく、暗がりであるここなら誰も来ないだろう。振り返り、手を出した。
「出して」
「はい?」
「口紅。塗ってあげる」
突然の俺の申し出をラナは即拒否した。「自分でする」と言い張る彼女に「鏡がないのに?」と言うと観念して口紅を差しだした。それを受け取る。思い浮かべていたものとは少し違っていた。リキッドルージュね。そういうものもあるんだな。
俺はキャップを外し、チップに口紅を絡ませた。顔をあげるように言うと、恥ずかしそうにギュッと目を閉じて顔をあげた。きつく目を閉じているせいか、震えている。それがかわいくて小さく笑った。そっと指の腹で唇をなぞる。そんなに固く口を閉じていたら綺麗に塗れないだろう。
「軽く口開けて」
ラナが言われるままに口を開ける。チップで口紅を塗っていく。何度かそれを繰り返し、「終わったよ」と声をかけると彼女は目を開けて安堵したように大きく息をついた。
そんな彼女を見ていると、口紅を塗り過ぎたのか、唇が少し光って見えた。その唇を奪いたい……。直視できなくて顔を背けた。
「ごめん、ちょっと濃く塗り過ぎた」
言い訳めいたことを口にすれば彼女は特に気にしていないようだ。それでも我慢寸前。家まで待とうと思ったけど、どうやら無理。
「ちょっと落とそうか」
言っている意味がわからないみたいで首をかしげる。わからないならわからせるまで。
ラナを腕に抱き込む。驚き、俺を見上げるのでそのまま唇を塞ぐ。暴れるので腕に力を込める。唇を離すと荒い息をした彼女が睨みつける。が、それは逆効果。その表情に凄みはなく、潤んだ目で俺を見つめているようにしか見えない。
欲望に火がついた俺はついばむようにキスを繰り返した後、深く口づける。舌を絡ませればぎこちなくそれに応える。それが嬉しくて止まらない。
「……ん……ふっ……」
彼女のその甘い声が俺を揺さぶる。外でこんなことをするタイプではないのに、ラナといるとどうも調子が狂う。歯止めが効かなくなりそうで、自分が怖い。
彼女の身体から力が抜けたので慌てて支える。唇を離すと力なく顔を俺の肩に埋めた。
「……やぁ、なんで……」
そんな舌足らずな言葉がかわいくて堪らない。恐らく羞恥心でいっぱいだろう。小さく笑って耳元で甘く囁いた。
「こんなにもかわいいラナが悪いんだよ。浴衣のせいかな? いつもより抑えがきかなくなる……」
その言葉にラナは顔をあげた。その顔はもう色香をまとった女の表情でしかなかった。
「でも、こんなところじゃ……、ヤです……」
彼女の頭を撫でながら、思わず笑みを浮かべた。
「そう……。じゃあ帰ってから、ね」
作戦成功。急いで帰る。こんな顔、他の人間には見せられない。こんな蕩けきった顔を見られるのは俺だけだから。
玄関に入るなりラナをドアに押し付けて唇を貪る。何度も、何度も。このままここでしてもいいとすら思ったとき、彼女が小さな声で抗議した。
「ここじゃ……イヤです。誰かに、聞かれちゃう……」
それもそうか。ラナのかわいい声を他の奴に聞かせるわけにはいかない。
手を引き、リビングに入った瞬間に床に押し倒した。もう寝室に向かう時間さえ惜しい。潤んだ瞳でぼんやりと俺を見上げる。ああ、その顔反則。
「今日のラナ、すごく色っぽい」
何か言いたそうな彼女の唇を塞ぐ。ああ、もう止まらない。いい年をした男が何をやっているのだろうと思う。でもラナを前にしたらそんなことはどうでもよくなる。
彼女の首筋、鎖骨と口づけていく。彼女の口からは色っぽいため息。顔を上げてふと訊いてみた。
「ラナ、この浴衣って借り物?」
「……違います。買ったものです」
ぼんやりとした彼女の言葉を聞き、俺は笑みを浮かべる。
「じゃあ多少浴衣がぐちゃぐちゃになっても、……汚れても大丈夫かな」
「えっ……。それどういう意味で……」
不安そうな顔の彼女にキスをして、ニヤリと笑った。
「すぐにわかるよ」
ちょっと暴れられたけど、浴衣のおかげでこの日はいつも以上に楽しい夜になった。
お粗末さまでした。