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笑顔の応酬

鮫島視点です。

 今日は仕事をさっさと片付けてラナと夏祭りに行くことになっている。

 「とりあえず家に帰ってきてくださいね」と事前に告げられていたため、その通りに帰宅すると浴衣が準備されていた。俺の分もあったのには驚いた。

 この浴衣の着付けは知らないぞと思ったが、なんと彼女は男の浴衣の着付けも覚えていた。ひろみ先生の知り合いに教わったらしい。不器用な彼女にしては上手に俺に浴衣を着せていく。


 それからラナの着付けが終わるのを待った。着替えていた寝室から出てきた彼女はとてもかわいらしかった。人前に出したくないほどに、俺一人でその姿を愛でたいほどに。

 しかしこの日をとても楽しみにしていたのを知っている。今度また浴衣を着せようと決心し、神社へ出発した。


 神社の参道を歩いて行くと、彼女の知り合いらしいカップルに遭遇した。どうでもいいことで喧嘩していたようだ。かき氷がどうとか。


 ラナが連れ去られてしまった途端、香水くさい二人組の女に声をかけられた。さっきまで女連れだったんだから、無駄だってわかるだろう? 本当に面倒だ。しつこかったがうまくまいて彼女のところへ向かう。

 するとラナは俺が女に声をかけられたことに拗ねてしまったようだ。その顔もかわいいが彼女には笑顔の方が似合う。かき氷でご機嫌を取るとすんなり笑顔が戻った。


 ここでそのカップルの紹介を受けた。親友という三田さんは俺に敵意を含む笑みを寄越した。どれほどの男かを品定めしようとしているのだろうか。悪いがどう難癖つけようとも、ラナは離さないが。

 なぜかそのカップルと一緒に祭りを回ることになってしまった。本当は二人きりで回りたかったが、彼女が笑顔だから仕方ない。俺は本当にラナに甘いな。


「鮫島さ~ん、来てください。金魚すくいします。一緒にどうですか?」

「みちるちゃん、早く! 一緒にやろう!」


 近づくものの、金魚すくいは苦手だ。格好悪いところは見せたくない。


「いや、見ているから。やりなさい」


 そう言うとラナは腕まくりをして意気込んだ。三田さんも菊池君の後ろに立つだけで参加しようとはしなかった。


「みちるちゃん?」

「いいからやりなさいよ」


 非常にクールな女性らしい。しかし菊池君はそんな態度にも慣れているのか「じゃあたくさん取ってみちるちゃんにプレゼントするね!」と笑った。

 菊池君はうまく金魚をすくう。一方ラナは慎重になり過ぎて未だにポイを水面につけられずにいた。菊池君はそんなラナを見てニヤリと笑った。


「ラナちゃん、僕の勝ちだね。みちるちゃん、見てて。ニ十匹ぐらい余裕で取ってみせるから」


 しかし三田さんが菊池君に投げかけた言葉は冷ややかだった。


「そんなに取ってその後どうするつもり? 当然全部飼うのよね?」


 その言葉に菊池君は戸惑い、口ごもる。


「えっと……」

「まさか取るときだけ楽しんでおきながらあとは知りません、なんて言わないわよね? 言っておくけどニ十匹も金魚飼えないから」

「みちる、もう少し言い方が……」

「ラナは黙ってなさい。いい、金魚も一つの命なの。ちゃんと責任持って飼えないなら取る必要ない」


 ごもっともな言葉だ。菊池君はしゅんとうなだれて金魚を五匹取ったところでやめてしまった。ラナはようやく水面にポイをつけたかと思えば、あっという間にポイを破いてしまった。店のおじさんがおまけに一匹くれると言ったが、彼女は断った。


「よかったの? 貰わなくて」

「いいんです。自分で取ったのじゃなきゃ欲しくありません。それにみちるの言ったことも正しいですし。金魚を飼う準備がないですし、親任せにしそうで」


 やはりラナも三田さんを随分信頼しているようで、とても芯の強い女性のようだ。


 その後すぐに元気を取り戻した菊池君はラナと射的をし始めた。少し離れたところでその後ろ姿を眺めていると三田さんが俺の隣にやって来た。三田さんは俺に尋ねた。


「いいんですか? ラナのそばにいなくても」

「三田さんこそ」

「いいんです。あいつと同じテンションでは、はしゃげませんから」


 確かに彼のテンションは高い。ラナの数倍はあるだろう。


 しばしの無言の後、三田さんが口を開いた。


「ラナはあなたに本気のようですね。かなり年上で経験豊富と伺ったもので心配していましたが」


 来たか。経験豊富イコール遊び人のレッテルを張られてもおかしくない。俺のラナとの交際の真剣さでも量ろうとしているのだろう。俺は営業用の笑みを浮かべて言い切る。


「昔の話ですよ。今はラナ一筋ですから。彼女と一緒なら退屈しませんし」


 すると三田さんはもう取ってつけたような笑みを消してラナに視線を向ける。


「それならいいんです。あの子が本気になるほど好きになった人ですから、わたしがとやかく言っても仕方ないですね」


 しかし三田さんはふと真剣な眼差しで俺を見据える。強い意志を持っているかのように。


「あの子を二度と悲しませないで下さい。今度泣かせたら承知しませんから」


 いい親友を持ったな、ラナ。俺も真剣に答えた。


「もちろん。もう二度とラナを悲しませたりしない」


 もうあんなに傷ついた彼女を見るのは嫌だ。三田さんに言われるまでもなくそれは誓える。

 俺の言葉に満足した三田さんはホッとしたように表情を緩ませた。


「しかし菊池君は相当三田さんに愛情を持っているみたいですね」


 俺の言葉に彼女はうんざりしたような顔になる。


「あれは恋人の皮を被ったストーカーです。訴えたら勝てますよ」


 彼氏に対する言葉なのかと少々唖然とした。まぁ、人それぞれだな。


 射撃から戻って来た二人と合流する。ラナは袋いっぱいのお菓子を手にし、菊池くんはウサギのぬいぐるみを持っていた。それを三田さんに手渡すとあれだけクールだった彼女の表情が和らいだ。どうやら女の子らしいところもあるようだ。


 その後二人とは別れることになった。そのときなぜか三田さんに「少しだけいいですか」と声をかけられてラナや菊池君から少し離れる。


「何か?」


 そう訊くと三田さんは小声で言った。


「ラナと本気で結婚を考えているなら、いろいろ覚悟した方がいいですよ。あの子の両親が賛成していても、絶対気を抜かないでくださいね。もっと面倒なものが後ろにいますから」


 どういう意味だろうか。理由を尋ねようとしたら「みちるちゃ~ん、早く~」という菊池君の声に阻まれた。


「ちゃんと忠告しましたからね。では」


 そう言い残して三田さんは菊池くんと参道に消えて行った。ラナが俺のそばに駆け寄り、首をかしげた。


「みちる、何て言ってたんですか?」

「いや、よくわからない」


 三田さんの忠告の意味を理解したのは、もっとずっと先の話。

 



伏線張っちゃいました。

それがわかるのはもう少し先のお話です。


次回はただ甘ったるいだけのお話。

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