夏といえば○○
季節先取りです。
梅雨がようやく明けて、いよいよ夏到来。夏といえば山? 海? でもやっぱり祭りでしょう!
地元では神社で結構有名な夏祭りがあるんだけど、鮫島さんと絶対一緒に行きたい!
そう言うと彼は笑って了承してくれた。
「鮫島さんと夏祭りへ一緒に行く約束しちゃいました。いいでしょう」
料理教室でひろみ先生に軽く自慢。いつも自慢を聞いてる側だからたまにはいいでしょう。
「夏祭りねぇ~。わたしも行こうかしら。ダーリンと」
「それって本命さん? 愛人さん?」
「もう! ダーリンは本命に決まっているでしょ!」
そうですか。もはや何も言うまい。先生はうっとりとした顔で呟いた。
「夏祭りといえば浴衣よねぇ。ダーリン、似合うのよねぇ」
浴衣かぁ。温泉の浴衣しか着たことないや。
「お兄さんもきっと似合うわね。アンタは着るつもりあるの?」
「どうでしょうか。着方がイマイチわからないんですよね……」
そう言うと先生はニッコリと笑いかけた。この笑顔、何か企んでいそう。
「じゃあいい先生紹介してあげるわ。私の弟の友達に、着付けの仕事をしている子がいるの。コネ使って呼んであげるから、ここで簡易教室開いてあげてもいいわよ」
「ひろみ先生、弟さんがいるんですか。もしや弟さんもおかまさん……」
そう言うとムッとした先生に頭を小突かれた。
「おかまじゃない! おネエ! それに弟はノーマル。ちなみにその友達もね」
「あ、男の人なんですね」
「当り前じゃない! 男じゃなきゃうちに呼ばないわよ。彼ね、和風男子でちょっと狙っていたんだけど、私がおネエってことで警戒されちゃったの。でもアンタがいればこの家に来てくれるだろうし。もっとお近づきにならないと」
「……要するにわたしをダシに使おうということなんですね」
この人が優しくしてくれるなんて裏があると思ったけどやっぱりか。それでもせっかくなので先生のダシに使われることにした。
後日、約束通りひろみ先生の家で浴衣の簡易着付け教室が行われた。
そのときはじめて先生の弟・千歳さんと会った。千歳さんは先生とどことなく似ていてワイルド系かな。で、着付けの先生である大輔さんは王子様系。柔らかい物腰で優しい話し方をする人だった。二人とも、かなりモテそう。美形の知り合いは美形なのだろうか?
そんなことを考えているうちに着付け教室が始まった。和食料理店のバイトで着物は着たことはあるが、あれは上下が別れているものだったし、温泉の浴衣とはやっぱり違う。
いちばん基本の文庫結びというのを教えてもらうことにした。かわいい帯の結び方もいいかと思ったが、料理と同じでまず基本だとひろみ先生に言われてしまい、断念。
挑戦するけどなかなかうまくできなくて、先生が「アンタ、不器用ねぇ~」とチクチク横槍を入れてきた。へこみながらも何度も練習して、ようやく合格がもらえた。
ついでに男の人の浴衣の角帯の結び方も教えてもらう。鮫島さんならできる気がするけど、もし万が一できないときは夢の『浴衣DEデート計画』が潰れてしまう。再び何度も練習して帯の結び方を自分のものにした。
着付け教室が終了し、ひろみ先生の手作りクッキーでおやつをしているとき、先生は大輔さんにベッタリくっついていた。大輔さんは顔が強張っていてかわいそうになる。でも今日は先生には逆らえないから傍観者に徹した。大輔さん、本当にごめんなさい。
その後大輔さんの紹介の店へ浴衣を買いに行った。ちょうど鮫島さんとひろみ先生の背格好が同じぐらいだから先生に合わせる。
先生と「鮫島さんにはこれです」「何言っているのよ、こっちの方がお兄さんには似合うのよ!」と言い合いながら浴衣を決めた。黒っぽい浴衣で大人な鮫島さんにはピッタリ。
ちなみにわたしの浴衣はピンク色のかわいい感じのもの。う~ん、早く着たいな~。
着付けを習ったちょうど一週間後、とうとうお祭りの日がやって来た。鮫島さんの家で浴衣を着てから行くことになる。彼は残業しないように仕事を終わらせてくれたみたい。それが堪らなく嬉しい。
鮫島さんは浴衣の帯の締め方はよく知らないそうだ。習っておいてよかったと安堵した。彼に着付けた後、急いで自分も浴衣を着る。メイクはナチュラルがいいらしいからそれで。髪の毛に飾りのついたカチューシャをしたら完成!
家を出て並んで神社まで歩いて行く。横から鮫島さんを見て思う。
うっわ~、今日はいつもの三倍増しでかっこいい。着流しの極上男……。ヤベッ、心臓がバクバクする。浴衣から覗いた首元がセクシー! 鼻血出そう。
そんなことを考えながら信号で止まると鮫島さんはわたしを見下ろして、微笑みながらこう言った。
「いつもの三倍かわいい。よく似合っているよ」
やめてください! それは浴衣マジックにかかっているからですよっ。
神社に近づくと同じ様に浴衣を着たカップルや家族連れを見かける。この光景は夏の風物詩ですね。日本に生まれてよかった~!
神社の参道には出店がたくさん軒を連ねていた。ついついテンションが上がって散財しそうになるんだけど、出店って何かと高いんだよね。正月に引いたおみくじでも確か『財布のひもを締めるとき』って書いてあった気がするし。
何を買おうかと悩みながら参道を歩いていると、聞き覚えのある声が耳に入って来た。
「いい加減にしなさい! さっき焼きそば買ったばかりでしょう?」
「え~っ。かき氷は夏まつりに必要でしょ~? ほら、みちるちゃんの好きな宇治金時でいいからっ」
「……みちる? 菊池くん?」
そう声をかけると二人は同時に振り向いた。二人とも浴衣姿。菊池くんはいいとして、みちるが浴衣を着るなんて珍しすぎる。菊池くんはどんな手を使ったのだろうか?
すると菊池くん、何を思ったのかこっちに来てわたしの手を引いてみちるの前に連れてきた。そしていつものごとく情けない声を上げた。
「ラナちゃんも説得してよぉ~。みちるちゃんがかき氷買っちゃ駄目だって」
「当たり前でしょう。つい五分前に焼きそばを食べたばかりよ」
「でもみちるちゃんと半ぶんこだしっ」
しょーもなっ! バカップルの痴話喧嘩、いやむしろ親と駄々をこねる子供だ。わたしは呆れた。
「買えばいいじゃん、かき氷ぐらい。祭りにかき氷は必要だよ?」
菊池くんはわたしの言葉に勢いづく。
「ほ~ら。ラナちゃんもこう言ってるよ」
二対一で分が悪くなったからか、はたまたどうでもよかったのか、みちるはため息をついて匙を投げた。
「……好きにしなさい」
「やった~! みちるちゃん、大好き~」
菊池くんはみちるに抱きつく。このバカップルめ。
決着がついたところでようやく鮫島さんに視線が戻る。と、五メートルほど向こうにいた彼はお色気ムンムンの浴衣美人達に声を掛けられていた。またか!
わたしがその方向に顔を向けて微動だにしないでいると、みちると菊池くんが近寄り、その方向へ品定めをするように視線を向けた。
「へぇ、あれがバツイチ極上男ね。写真よりいい男じゃない」
「すごいイケメンじゃん。本当にあれがラナちゃんの彼氏? 詐欺師ではなく?」
それもまたかい! 誰も信じてくれやしない。フンだ。
みちるは何やら心配そうに言った。
「あんた大丈夫? 普段あの人を相手しているわけでしょう? いいように流されていないか心配だわ。嫌なことはちゃんと言いなさいよ!」
みちるよ、お母さんより母親みたいだよ。どうも信用されていないな、わたし。
ようやく鮫島さんは逆ナンお姉さん達をまいてこっちに来た。
「ごめん、待たせたね」
「……待ってません」
プイッと顔をそむけた。完全にいじけました。八つ当たりです。
わかってる、わかってるよ。逆ナンされるのは鮫島さんが悪いんじゃないって。そばを離れて放って置いたわたしも悪いです。でもその無駄に駄々漏れのフェロモンのせいですよっ! しかも浴衣で数倍増し。もう少しどうにかなりませんかね、そのフェロモン。
すると彼はそばの出店でかき氷を買ってわたしに手渡してきた。
「はい。好きでしょ? 一緒に食べよう」
わたしが好きないちごミルクだ。前にお祭りに誘ったときに『かき氷はいちごミルクに限るんですよね~』と言ったことを覚えててくれたんだ。食べ物で誤魔化され……てあげますよっ!
「ありがとうございます」
はにかみながらそう言って顔をあげると優しい笑みを浮かべた鮫島さん。彼は優しくわたしの頭を撫でた。
と、ここで入って来た声に案の定邪魔された。二人ともからかうような顔だ。
「やだやだ。随分見せつけてくれるわね。余計に暑苦しくなるわ」
「僕らに負けない熱さだよねぇ~」
ヤバッ。二人の存在をすっかり忘れていた。
赤くなるのを誤魔化しつつ、彼に二人を紹介した。
「親友のみちるとその彼氏の菊池くんです」
「はじめまして。鮫島です」
ああ、営業用の微笑だ。わたしの親友ですよ? そんな畏まらなくてもいいじゃないですか。普段のように挨拶すればいいのに。
するとみちるもなぜか営業用の笑顔を貼りつけて対応する。
「はじめまして。三田です。ラナがいつもご迷惑かけているんじゃありませんか?」
「いえ、迷惑など。つい世話を焼きたくなってしまうほどかわいくて堪らないんですよ」
とびきり笑顔の二人の間に何やら恐ろしいものが渦巻いている気がする。同じようにそばで見ている菊池くんに小声で訊いた。
「ねぇ、二人の間に火花が散ってるように見えるの、わたしだけかな?」
「……ううん。僕にも見えるよ」
あの、お願いですから仲良くしてください。彼氏と親友の板挟みは勘弁してください。どっちも恐ろしいですから。
笑顔の攻防も一応ひと段落したので出店を一緒に見てまわることになった。ここで金魚すくいを発見。挑戦したけど金魚は一匹も取れなかった。菊池くんはみちるに怒られていたし。やっぱり尻に敷かれてるんだね。みちる、怖っ。
次は射的に挑戦することにした。わたしから少し離れていた鮫島さんはみちると何か話していた。二人とも、出店にあまり興味がないみたい。寂しいけど仕方ないから菊池くんで我慢しよう。
射的は結構得意だったりする。菊池くんと二人でどんどんお菓子を落としていく。射的をしながら、ふと感じた疑問をぶつけた。
「しかし人ごみ嫌いのみちるをよく夏祭りに連れ出せたよね。それに浴衣も。一体どんな手を使ったの?」
すると菊池くんは悪魔のような笑みを浮かべた。
「夏祭りの一ヶ月前から毎日メールで『夏祭り、浴衣で一緒に行こうね』って送り続けたら、三週間でおちた」
うわー、むしろ三週間よく耐えたよね。えらいよ、みちる。
「菊池くんがストーカーに見える」
ボソッと呟いた言葉にはしれっと、とんでもない言葉を返された。
「恋する人間はみんなストーカーになるんだよ」
いや、それ違うから! ストーカーは駄目だから。菊池くんの執着心ってめちゃくちゃ怖いよ。気をつけろ~、みちるサマ。
射的の弾を十発中九発使ったけど、ほとんどお菓子に化けた。最後の一発、何を狙おうかな。そう考えていると急に真剣な顔をした菊池くんから提案された。
「ラナちゃん、最後の一発を僕にくれない? で、協力してほしいんだ。僕が取ったお菓子、全部あげるから」
ほう、菊池くんらしからぬ発言。珍しいじゃん。
「いいけど、どれを取りたいの?」
「あのウサギのぬいぐるみ。みちるちゃん、ウサギ好きだから」
そういえばそうだった。よし、協力してあげようじゃないか。
菊池くんと相談して同時に弾を打つことにした。ぬいぐるみの重心を崩せばいい。同時にウサギの頭を狙って弾を撃ち込めば、ウサギは落ちるはず。理論上では。
「準備はいい?」
狙いを定めて銃を構える。店のおじさんが固唾を飲んで見守っていた。
「「せーの」」
パン! パン!
狙い通りの場所に弾は当たり、ウサギはゆっくりと倒れて下に落ちた。ちょうどウサギの額部分に弾を撃ち込むのはエグい気がしたけど、この際目を瞑る。
「「やった~!」」
二人でハイタッチをしながら大喜びした。もしかして射的の天才かも。
おじさんは苦い顔をして「二人とも勘弁してよ~」と言いながら、落としたものを袋に詰めてくれた。約束通り、お菓子はすべて頂いた。やったね!
その直後、菊池くんはみちるにぬいぐるみをプレゼントしていた。すごくわかりにくいが、やっぱりみちるは喜んでいる。やったじゃん、菊池くん!
そろそろ菊池くんはみちると二人きりになりたいだろうから、ここで二人とは別れることにした。まぁ、わたしも鮫島さんと二人になりたいし。えへっ。
別れ際、みちるが鮫島さんを少し離れたところに引っ張っていき、何か彼に話していた。
じれったそうな菊池くんの呼びかけに、みちるは「じゃあ、またね」とさっさと行ってしまった。
鮫島さんに訊いても「よくわからない」だって。みちるサマ、彼に何を言ったんですか??
彼氏VS親友、勃発の巻。
戦いの内容は次回!




