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お迎えの帰りは相合傘で

梅雨入りした地域があるのでジャストな話題です。


ラナ&鮫島両視点です。

しっとり甘めを目指しましたが、どうでしょうか?


 相変わらずの梅雨。少し前まで青空がのぞいていたかと思えば、たちまち黒い雲が空を覆い尽くす。天気予報も全くあてにならない。邪魔だけど常に傘を持っていなければ不安になる。

 わたしは今日もバイト。天気の悪い日はお客さんの回転率が悪くなる。とはいえいつも回転率がいいかといえばそんなことはないから問題はない。

 ただ、天気が悪いだけでつい気分が憂鬱になってしまう。


「ラナちゃん、悪いんだけど買い出し行ってくれる?」

「わかりました」


 店長の頼みを了承する。今は雨が降っていないけど、一応傘持って行った方がいいよね?

 カフェから歩いて十分ほどのところにある馴染みの青果店でメモされたものを買う。帰り際にお店のおじさんにおまけで夏みかんをもらった。柑橘系の匂いが夏はすぐそこまで来ているといっているようだ。少しだけ気分が上がる。

 その後スーパーに寄ってから店に帰る。スーパーを出るときに予感は的中した。雨が降ってきたのだ。傘持ってきてよかった。ずぶ濡れで帰るのは勘弁したい。


 傘を差し、大通りを歩いていると反対側の歩道に見知った顔を見つけた。鮫島さんだ。仕事中だろうか。いつも見ている顔つきとは違う、仕事をしているときの凛々しい顔だった。彼は一人ではなかった。部下の人だろうか? 二、三人の男女と一緒だった。

 鮫島さんは女性と一つの傘に入って歩いていた。急に降り出した雨だ。恐らく傘を持っていなかったんだろう。理解はできる。でも心がざわつく。焼きもち……だろうか。不可抗力だからどうこう言うつもりはない。けれどやっぱり少し落ち込む。


「わたしと相合傘なんてしたことないのに……」


 無意識の小さな呟きに気づいて頭を振る。駄目、駄目。空模様と同じになっちゃいけない。

 気を取り直して足早にカフェに戻った。









*     *       *








 最近天気予報があてにならない。俺としたことがついつい傘を忘れてしまう。この間も取引先を出ると雨が降っていた。部下の傘に入れてもらったのが情けない。かばんに常に傘を入れておかねばならないな。


 昼休みの後に取引先に行くため、今日はそこに近いラナのバイトするカフェで昼食を取ろうと思う。しかし間が悪いことに、俺が行ったときには彼女は買い出しに出た直後だった。残念だが仕方ない。コーヒーとサンドウィッチを注文して資料を取り出した。

 しばらくして注文したものがやって来た。持ってきたのはラナと仲のいいバイト仲間の派手な女の子だった。なぜか品物を置いても立ち去らない。不思議に思って資料から顔をあげると何か言いたそうな顔をしていた。


「何か?」


 そう訊くと言いづらそうに口を開いた。


「あの、こんなこと言っていいかわかんないんですけど、ラナさん落ち込んでますよ」


 言っている意味がわからない。落ち込む理由もわからない。


「どういうことかな」

「この間、買い出しから帰って来たラナさん、妙に落ち込んでて、理由を聞いたら彼氏さんが女の人と相合傘してたって。自分としたことないのにって」


 あの場面を見られていたのか。何とも間が悪い。


「別に浮気とかじゃないから」

「わかってます。ラナさんもそう言ってました。だから今度機会があったらラナさんと相合傘してあげてください」


 そう言って彼女は立ち去った。

 些細なことが大きな火種になりかねないのは重々承知だ。ちゃんと自分の口から説明した方がいいだろうな。

 俺はそう心に決めて、サンドウィッチに手をつけた。








*    *      *








「え、鮫島さん来てたの?」

「はい。ついさっきまでいましたよぉ~」


 買い出しから戻るとサヤカちゃんがそう言った。

 間が悪いなぁ。もう少し早く帰ってれば会えたかもしれないのに。


「ちゃんと言っておきましたから。『相合傘してあげてください』って」


 えぇっ! 言っちゃったの? あれは秘かな願望だったのに。言うほどのものでもないのに。

 でもサヤカちゃんはわたしのためを思って言ってくれたんだしね。


「そっか。ありがとう」


 わたしはサヤカちゃんにお礼を言った。






 バイトがもうすぐ終わる午後六時前。ずっと曇りで頑張っていた空からとうとう雨が降ってきた。

 あちゃー、あと少しだったのに。


 バイトを終えて店を出る前、サヤカちゃんに声をかけられた。


「ラナさん、チャンスです。多分今日、彼氏さん傘持ってませんよ。傘持って迎えに行ったらどうっすか?」

「どうして傘持ってないってわかるの?」


 サヤカちゃんは自信満々にこう言った。


「女の勘です」


 あはは……。たまにはサヤカちゃんの女の勘に乗っかってみようかな。でも傘一本でお迎えなんて格好がつかないよな。

 わたしは近くのコンビニで傘を買い、鮫島さんの会社へ向かって歩き出した。








*    *      *









 午後八時過ぎ。残業を終えて会社を出るころには雨が降っていた。一日持つかと思っていたのに。案の定今日も傘を持っていない。駅まで十五分、ずぶ濡れ覚悟で歩くしかないか……。

 そう思っていると後ろから声をかけられた。


「課長、お疲れ様です」


 部下の女性だった。傘を手にしている。やはり誰もがこの季節には持っているよな、傘は。


「お疲れ。降ってきたな」

「もしかしてまた傘をお持ちじゃないんですか?」


 クスクス笑う彼女。以前取引先から傘に入れてもらったのは彼女だった。俺は苦い顔をしながら答える。


「一日持つかと思ったんだ」

「梅雨の時期は持っておくべきですよ。駅まで入っていかれますか?」


 その申し出はありがたい。お願いしようと思ったとき、俺の前を通り過ぎる赤いチェック柄の傘が目に入った。その傘には見覚えがあった。


「いや、いいよ。お疲れ。気をつけて帰りなさい」


 そう告げて彼女と別れた。雨除け沿いに歩き、傘のある方に近づいていく。


「ラナ、どうしたの?」


 

 そう声をかけると振り向いた傘の持ち主はやはりラナだった。彼女は少し拗ねたように口を開いた。


「いいんですか? せっかく駅まで入れてもらえるところだったのに」

「その傘、俺のために持ってきてくれたんでしょ?」


 手にはビニール傘が握られていた。おそらくコンビニで買ったものだろう。

 彼女は近づいてきて俺に傘を差しだした。


「たまたまですよ。たまたま通りかかったから」


 俺は傘を受け取り、ラナの傘の中に入った。そして彼女の手から差している傘を取り上げる。彼女は面食らい、俺を見上げた。


「あの、自分で傘差してくださいよ。濡れるじゃないですか」

「俺がラナと相合傘したかったから。駄目?」


 そう聞くと顔を赤くして俯いた。そして雨の音にかき消されそうなぐらい小さな声で呟いた。


「……駄目じゃないです」


 そのまま身体を抱き締めると冷えていた。思わず眉間に皺を寄せた。


「いつから待っていたの?」

「…………」

「いつから?」

「……六時半からです」


 一時間半も前から待っていたのか。いくらもうすぐ夏だからといっても夜は冷えるのに。


「女の子は身体を冷やしちゃ駄目でしょ」

「だって待ちたかったんです。……くしゅん!」


 腕の中で小さくくしゃみした彼女を抱き締める腕に力を込める。ああ、どうしてこんなにかわいいんだろう。腕を緩めて彼女に笑いかける。


「帰ろうか」


 そう言うとコクリと頷き、俺からビニール傘を受け取り、空いた腕にしがみついた。


「……くっつかないと、濡れますから」


 彼女の照れ隠しだ。ああ、家に連れて帰りたいところだが、明日も仕事だ。

 駅までのほんの十五分という短い時間だが、幸せなひとときだった。梅雨という憂鬱になりそうな時期だが、こういうことがあるなら悪くない。傘を忘れる癖は自分らしくないが怪我の功名だった。


 もしまた傘を忘れたら、お迎えの帰りは相合傘で帰ろう。たとえ傘がもう一本あったとしてもね。







どうですかね? なんかこっぱずかしいです(汗)

次回は季節先取りです。

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