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彼女と料理と、まさかのおネエ

お料理ネタ、ラストです。

鮫島視点ナリ。

 今日は土曜日。すぐにでもラナに会いたかったけど、この日も料理教室だそうだ。

 あの日の出来事で彼女は料理が上手くなりたいという欲求が爆発したようで、最近話すことのほとんどが料理教室とひろみ先生という女性の話だ。


 言い方はきつくても気が合っているかのようだ。

 『めきめき上達しています。鮫島さんにお披露目できる日も近いですよ』と上機嫌で話す彼女の様子にホッとする。かなり落ち込んでいたからな。


 料理教室の後、彼女がうちに来ることになっている。夕飯は何を作ろうか。冷蔵庫を見ると食材が少ない。よし、買い出しに行くか。

 時間もあるので普段行かないスーパーまで足を延ばすことにした。天気もいいし、歩いて行こう。


 そのスーパーに到着する。と、そこにラナの姿を見つけた。買い物帰りだろうか。袋を持っていた。


 声をかけようかと思ったが、やめた。すぐそばに長身の男がいたからだ。

 整った顔立ちの茶髪の男。アパレル系ショップ店員のような洒落た容姿の男だった。


 料理教室に行っているはずなのに、どうして男とスーパーに? 

 心に広がる嫉妬という名のどす黒い感情。二人をそのまま尾行することにした。

 二人は時折笑いながら話に夢中だ。俺が後をつけていることに全く気づいていない。

 しばらくしてマンションに入ろうとしていた。考えたくもないが、まさか浮気……。

 堪らず俺はマンションに入ろうとしている彼女に声をかけた。


「ラナ、何してるの」


 振り返った彼女は俺の姿を見て驚いたものの、すぐにパァッと笑顔になった。


「鮫島さん! どうしたんですか?」


 『隣の男は何?』と訊こうとしたとき……


「うそぉ! これがアンタの彼氏? 超タイプ!」


 男がそばに寄ってきて、唇に何かが触れた。

 俺は頭が真っ白になって、何が起きたかわからなかった。


「ぎゃあああ! ひろみ先生! 何てことするんですかっ!」


 ラナが悲鳴を上げた。


 ひろみ先生? ではこの男が料理の先生……。

 いや、それは今どうでもよくて、俺この男に何された?


「ねえ、お兄さん。こんな料理もろくにできない小娘なんてやめて、私にしなさいよ。この子よりきっと満足できるわよ。料理も、アッチの方も」


 アッチって何だ? この男は一体何を言っているんだ。理解が追いつかない。

 ラナが俺と男の間に割って入り、男を睨みつけた。


「駄目です! 鮫島さんはわたしの大切な彼氏なんです。第一ひろみ先生、恋人いるじゃないですかっ。浮気は駄目です!」

「あらぁ、浮気じゃないわよ。私はぜ~んぶ本気」

「本気でも駄目ですっ。人の物に手を出すなんて、鬼です! 悪魔です!」

「手を出される方が悪いのよ。アンタじゃ満足させられないでしょうしね。どうせされるがまま受け入れているだけなんでしょ? 三ヶ月で飽きられるわよ」

「飽きませんよ! 今は満足させられないかもしれませんけど、今後の伸びしろはひろみ先生よりも大きいんですよ。料理も、アッチの方も!」


 呆然としていて言葉が出ない俺を置き去りに、二人は売り言葉に買い言葉で言い争いを繰り広げている。しかしラナ、『アッチの方』って……。いつもじゃ考えられない言葉が出ているぞ。

 


「言ってくれるじゃないのよ、この馬鹿娘!」

「何ですか、このおかま先生!」

「おかまじゃないって言っているでしょ! 私はね、おネエなのよ。お・ネ・エ!」

「……おネエ?」


 ようやく声を出すことができた。俺の言葉に二人は一斉に俺に目線を向けた。すると何を思ったか、二人揃って俺ににじり寄って来た。その様子が怖い。


「お兄さんの唇が恋しいのぉ~」

「させるかぁ! 鮫島さんはわたしの彼氏ですから!」


 目が怖い。これはここで止めないとまずいかもしれない。

 二人に大声で言う。


「二人ともストップ!」


 すると二人はピタッと動作を止めた。その様子にため息をついた。

 一体何なんだ、この状況は。俺は一人の女を巡って争う男二人の図を思い浮かべていたのに、これじゃ男を巡る男女の争いだ。

 とにかく落ち着いて話をしよう。


「ラナ、こちらの彼が料理の先生だね?」


 ラナはこくりと頷いた。ひろみ先生とやらに視線を移す。


「で、先生。あなたは俺に何をしたんですか?」


 そう訊くと男はもじもじと恥ずかしそうに頬を赤く染めた。


「キッスよ、キッス。お兄さん、タイプだったものだから」


 夢だと思いたい。男に唇を奪われるとは考えたこともなかった。嫌悪感が身体を巡る。俺にそんな趣味はないとはっきり言っておく。


「タイプなのは光栄ですが、生憎そっちの趣味はないもので。申し訳ない」


 その言葉にひろみ先生はガックリ肩を落とした。いや、ラナと付き合っている時点でわかるだろう。俺にそういう趣味がないことぐらい。

 しかしこの男、諦めが悪かった。


「まだチャンスはあるわ。私の手料理を食べたら、この小娘より私の方がいいって言うかもしれないわ。お兄さん、うちに寄っていって。私の料理、食べて!」

「ちょっと先生! わたしに料理教えてくれる時間ですよね? 何を勝手に人の彼氏を口説こうとしてるんですかっ」


 彼女の反論にも「おだまりっ!」と一喝。俺はマンションに引きずられてしまった。もちろんラナも一緒に。


 ソファーに座らされてテレビを眺める。キッチンからは先生の怒鳴り声が聞こえる。どうやら料理教室はちゃんとやっているようだ。


 しかしどうしてこんなことになってしまったのだろう。少し前まで嫉妬に駆られていたはずなのに、今では自分の身の安全を心配しなければならないなんて。ラナも彼が女に興味がないから俺に先生が男だと告げなかったのかもしれない。


 恋の話をしていると言っていたが、彼女が彼から聞かされていた恋の話が男と男の恋愛だとは。あまり知って欲しくない類の話だ。彼女の口から『満足させる伸びしろ』だの『アッチの方』だの、そういう言葉は聞きたくなかったのが本音だ。大分影響を受けているようだ。


 小一時間ほど待つと、ダイニングに呼ばれた。テーブルの上にはきのこの炊き込みご飯とみそ汁、ぶりの照り焼きに、ほうれんそうのおひたしが並んでいた。

 勧められるがままに席に着き、箸を手に取る。


「いただきます」


 まずはみそ汁から口に含む。うん、鰹と昆布の出汁がよく出ている。

 ほうれんそうも出汁が効いていていくらでも食べられそうだ。

 ぶりも見た目からおいしそうな照りがついている。うん、うまい。

 最後にきのこの炊き込みご飯だ。色々な種類のきのこの歯ごたえと香りがいい。味も絶妙でおかわりしたいぐらいだ。


「お兄さん、どうかしら? お味は」

「どれもおいしいです。いくらでも食べられそう」


 そう言うとひろみ先生は、ずっと俯いてテーブルのそばに立っていたラナの頭をこつんと軽く叩いた。


「おいしいって。よかったわね」


 ラナはその場にしゃがみ込んで顔を両手で覆った。その後鼻をすすり「ふぇえぇ~」と大声で泣き出した。

 その光景にギョッとして俺は彼女のそばに寄った。


「これ、全部ラナが作ったの?」


 尋ねてもラナは泣き過ぎて言葉が出ないようだ。代わりにひろみ先生が言った。


「この子、バカみたいに一生懸命で『彼氏においしいって言ってもらいたいんです』って。私にどれだけ怒られても頑張っていたわ。今日の料理は全部この子が一人で作ったの。もちろん指示は出したけどね」


 すごい上達だ。俺はてっきりひろみ先生が作ったものだと思っていた。俺のためにこんなに頑張ってくれていたとは……。

 嬉しくてそっとラナを抱き締めた。


「ラナ、全部すごくおいしかったよ。俺のために頑張ってくれて、ありがとう」


 未だに涙の止まらない彼女をあやす様に頭を撫でていると、ひろみ先生が呆れたように声を上げた。


「あーあっ、やだやだ。本当に人前でも甘々ね。私も彼氏に甘えたくなっちゃったじゃないの! これ全部持って帰りなさい! そして家で思う存分いちゃつけばいいわ」


 ひろみ先生は全部の料理を容器に詰めて俺に渡し、ラナ共々追い返した。

 その際「お兄さん、小娘に飽きたらいつでも来てね。待っているわ」と投げキッスをしてきた。もう苦笑するしかない。


 俺の家へ向かう道中、ようやく泣き止んだラナが俺の服を引っ張る。何だろうと振り向くと背伸びした彼女が俺にチュッと口づけた。突然のことで反応できなかった。

 彼女は照れながら上目づかいで言った。


「消毒……デス」


 俺はすぐに彼女から視線を逸らした。

 ……まずい。今日は彼女を寝かせてやれないかもしれない。ラナからキスをしてくれたのは初めてだった。嬉しくて、愛しくて、今すぐにでも抱きたいほどに俺の中の彼女に対する愛情が爆発しそうだった。






名前でてっきり女の先生と勘違いしていた鮫島。

(ラナは性別はやんわりごまかしていました。多分おネエの説明が面倒だったため)


嫉妬で真っ黒でしたが、丸く収まりました。

甘さ出ていたでしょうか?

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