料理とおネエと、時々彼氏
さて、お料理修行の始まり。
料理教室に通い始めて早二週間が経った。早く上達したいから週三回通っている。
宣言通り、先生の指導はスパルタだった。もともとの口調がキツイのか毒舌なのか、言いたい放題言われた。でも間違っていることは言われていないと思う。
『アンタ、そんな手つきで包丁使って指全部切り落とすつもり!? あせらなくていいからゆっくり切りなさい』
『面倒がらずに分量はきちんと量りなさい。適当だからアンタの作る料理は味がぶれるのよ』
『味付けは“さしすせそ”の順を守りなさい。ただ語呂がいいからそう言われているんじゃないのよ。それを守るだけでグッと味が変わるんだから』
『火加減はいつも気にするのよ。ずっと強火なんかにしていたらすぐに丸焦げよ!』
毎回怒られっぱなしだ。でもその厳しさもわたしの料理上手への道には今や欠かせないものになっている。先生の教えを守っていると少しずつだが、これまでいかに自分が杜撰な料理をしていたかがわかるようになった。特に味付け。
でも怒られ過ぎて、やっぱり疲弊はする。それを週末に鮫島さんに癒してもらうのだ。料理教室であったことをよく話している。
「へぇ。そんなにスパルタなんだ、その先生」
「そうなんですよ。厳しくて容赦ないんです。綺麗な顔に似合わず、ひろみ先生は怒ると怖いんです」
初め『板倉先生』と呼んだら『ひろみ先生とお呼び!』と言われてしまった。どっちでもいいんだけどね。
性格的にサバサバしているからつい恋愛相談なんかもしちゃうんだよね。みちるに訊けなかった、結構きわどいことも話せちゃう。
というのもひろみ先生が恋愛相談という名の惚気を繰り出してくるんだな。当然先生の相手は男だけど。その話がハードで面食らう。よくわからない言葉が度々出てくるから半分ぐらいしか言っていることはわからないけど。
こっちはこっちで男心とは何ぞやということを訊いている。心は女らしいけど、男の気持ちがわかるのではないかと思うし。一応男なんで。
さすがに鮫島さんにあったこと全部を話すわけにはいかない。いろいろとぼかした話を聞きながら、鮫島さんはいつものごとくわたしを甘やかす。
いつもは恥ずかしいんだけど、今はそれが嬉しくて心地よい。今日はらしくなく、ベッタリと甘える。ソファーに座る彼に抱きついて胸に顔を埋める。
「どうしたの?」
こんなわたしが珍しいのか、不思議そうに尋ねる。
「今日は甘えたい気分なんです」
そう言うと「ふぅん」と言いつつ、嬉しそう。傍から見たらいちゃいちゃのバカップルでしょう。傍から見る人がいないからどうでもいいんですけど。まさに二人の世界。
週末に鮫島さんから元気をもらい、平日にバイトと料理教室でエネルギーを使う。そんな日々が続いていた。
土曜日だけど、今日も料理教室の日。ひろみ先生とは出会ってまだ一ヶ月足らずだというのにすっかり打ち解けた。先生のはっきりとした物言いが、みちると話しているみたいで気をつかわなくていい。今や料理を習うというよりは恋バナがメインになっている。
「アンタの彼氏、そんなに甘やかすんだ」
「そうなんですよ。第一印象とは真逆で驚いてます。人前でも甘々です。ちょっとは人目を気にしてほしいものです」
「でも嬉しいんでしょ? 顔がにやけているわよ」
「あ、ばれました? いろいろあったんで、今は幸せです」
て、照れる。でもこんなに素直に話せるとは、おネエとは不思議な存在だ。
先生はため息をついた。
「やだやだ。人から惚気話聞くほど馬鹿らしいことはないわね」
「それ、ひろみ先生にも言えますからね」
わたしの惚気よりひろみ先生の惚気の方がすごい。先生には本命彼氏、愛人一号、愛人二号、身体だけの関係な彼氏なるものが存在するらしい。一体何股かけているんですか?
先生曰く『私の美貌をもってすれば、世界中の男を虜にできる』とのこと。自信満々はいいですけど、世界中は無理ですよね。まずノーマルの人を虜にはできないでしょう。
「先生っていろいろ残念ですね……」
うっかり口を滑らせてしまった。その言葉に先生はムッとした。
「何が残念よ。言ってみなさいよ」
「だって普通に女の人に興味があったら、すごいモテモテだと思いますよ? それこそホストとか女の人に貢がせるとかできそう」
「今だって男に貢がせることぐらい容易いわよ。でもしないだけよ。お金は自分で稼がなきゃね」
うん、この人性格はこんなだけど真面目だ。だからか毒を吐かれても嫌いになれない。
「アンタはボケッとしていて心配だわ。怪しげな人に壺とか買わされそうになったら、すぐに逃げなさいよ」
「買いませんよ、壺なんて。こう見えても金銭はきっちりしてるんです」
「そうじゃなくて、ちょっとかわいそうな身の上話されたら同情してお金渡しそうなのよ。流されやすそうで。彼氏との話を聞いていてもそうよ。アンタ、彼氏にされるがままじゃない。男は手のひらで転がさなきゃ」
そんなことできるわけないじゃないですか! 何歳年が離れてて、どれだけ経験値の差があると思ってるんですか!
「無理です。彼は経験値が高くて、わたしは初心者ですから」
そう言うと、先生は「なるほど……」と呟きながら頷いた。
「“紫の上計画”ね。遊び過ぎた男の最終形だわ」
その言葉に首をかしげる。
「言ってる意味がわかりません。紫の上って誰ですか?」
「アンタ知らないの? 『源氏物語』よ。光源氏っていう絶世の美少年が数多くの女と関係を持つ話よ。紫の上は幼い頃に光源氏に引き取られて、源氏好みの女として育てられた少女のこと」
「そんな女たらしと彼氏を一緒にしないでください!」
失礼な。鮫島さんはロリコンじゃないですよ。怒りますよ!
先生はその物語を知らないわたしに呆れ顔。
「アンタ、『源氏物語』も知らないなんて……。ちゃんと古文の授業受けていたの?」
「古文? 余裕で寝てましたね。わたし理系なんで」
興味のない授業なんて大抵寝てたしね。赤点取らなきゃいいじゃん。
しゃべり過ぎてあっという間に一時間経過。そろそろ授業しましょうよ。
今日は和食のメニュー。きのこの炊き込みご飯とみそ汁、ぶりの照り焼きにほうれんそうのおひたし。と、先生が冷蔵庫を開けて顔をしかめた。
「あらやだ。私としたことが材料を買い忘れたわ。買いに行かなきゃ。アンタも来なさい。食材の選び方を教えてあげるわ。で、荷物持ちね」
「はいはい」
そういうところはちゃっかりしてるんだから。
ということで、ひろみ先生と近所のスーパーに買い出しに出かけた。野菜一つにしても、新鮮かそうでないかを見極めるのも奥が深い。必要な食材を怒られながら選び、会計をして店を出た。
しかし本当に荷物を全部わたしに持たせるんだから。レディーファーストって言葉、知ってます? それとも自分もレディ気取りだからか?
渋々荷物を抱えてスーパーを出た。
次回鮫島視点。何かが起こります。