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甘い余韻

一夜明けて…です。

 辺りが明るくなり、意識が覚醒していく。ゆっくり目を開けると目の前には逞しい胸板。わたしの身体はがっしりした腕に包まれていた。視線をそっと上げると、端正だけど子供みたいにあどけない寝顔があった。その顔を見て胸がときめく。


 そうか……。わたし、昨日とうとう鮫島さんと……。大人の階段を昇りきってしまったのか。

 思い出して赤面し、悶える。恥ずかしくて両手で顔を覆う。

 どうしよう。鮫島さんが起きたらどう顔を合わせればいいんだ? 冷静じゃいられないよ。


 とにかく、一度このフェロモン大王から距離を置きたい。がっちりホールドされているこの腕から、彼を起こさないように抜け出るにはどうしたものか……。

 腕を片方ずつはがしていく? それじゃあすぐ起きそう。じゃあ勢いつけて抜け出た後、頭を殴って気絶させる?  いや、事件です! それはいかん。


 もぞもぞしていたのが伝わったのか、目の前の端正なお顔の主がゆっくり目を開けた。それを指の間から眺める。

 ななな、何ですか! この寝起きフェロモンは! 鼻血出そうじゃないですか。

 まだ少し寝ぼけ眼のまま、わたしの頭に軽くキスをした。


「ラナ、おはよ」


 この人、本気でわたしを殺るつもりです。ええ、そうに決まってる。悶絶死させる気です。

 その顔を直視できなくて、顔を両手で覆ったまま「おはようございます」と消えそうな小声で返事をした。

 しかしその返し方が気に入らなかったのか、わたしの両手を剥ぎ取り、意地悪そうな笑顔を浮かべながら顔を覗き込んできた。


「ラナのかわいい顔、ちゃんと俺に見せて?」


 完全に遊ばれている。真っ赤になっていることを自覚しながら、このまま言いなりも癪に障る。プイッと鮫島さんに背を向けた。するとそのまま腰を掴まれて引き寄せられ、背中にキスされた。


「ちゃんとこっち見てくれるまでやめないよ」


 チュッと何度も音を立てながらキスをやめない。その音がいやらしい。……ギブです。

 観念して鮫島さんの方に向き直った。すると今度は額にキスを落とし、質問してきた。


「身体は大丈夫? 昨日初めてなのに無理させたから」


 身体か……。正直だるいです。なんか下半身が鈍痛?


「起きられないなら寝ていていいよ。あ、でもシャワーは浴びたいよね? どうする、一緒に入る? 全身綺麗に洗ってあげるよ」


 じ、冗談じゃないですよ!! その美しい裸体を明るいところで直視するのは無理ですから! それにあああ洗うって、わたしの裸体は人様にお見せするほどのものではないんですよ。見られてたまるか! というか昨日見られている? ううぅ、無理……。

 首をブンブン横に振って拒否する。その姿にクスクス笑いながら「じゃあお先に」とバスルームへ行ってしまった。


 何なんですかっ、あの人。前から甘ったるい人だとは思っていたけど、よりパワーアップしてませんか?? どしてあんなに平気なわけ? やはり経験値の差……。でもわたしがどれだけ経験を積もうとも、あんな余裕綽々ではいられないね。


 経験値の差と言えば、何かいろいろされたよな。ありえないところを触られたし。ああ、思い出すのとか無理。わたしは鮫島さんしか知らないから何とも言えないけど、テクニシャンっていうの? そんな感じ。エロさが半端ない。普段の彼の色気はまだまだ序の口だった。


 赤くなって再び悶えているとバスルームから鮫島さんが出てきた。ワイシャツが開き過ぎです。胸元ザックリ開いていてチラ見えの鎖骨がセクシー。下はデニムだ。ラフな格好なのにもう色気しか感じない。わたしの脳みそは未だに機能を停止しているようです。完全にこの人の色香にやられてしまった。直視できなくて、掛布団を頭から被った。

 彼が近づいてきた気配がしたので、少しだけ布団から顔を出した。するとベッドの端に座ってわたしの様子を見て笑う。


「ラ~ナ、まだ恥ずかしいの?」


 そうですよ、いろいろ恥ずかしいんですよ。 また頭から布団を被る。すると上にのしかかられた。重いんですけど。潰れる~。


「出ておいで。朝ご飯食べたいでしょう?」

 


 ご飯で釣るなんて卑怯な! でもお腹すいたし、降参です。わたしは布団から頭を出した。


「一人で歩ける? 無理なら抱っこして連れていくけど」

「だだだ大丈夫です。一人で行けます」


 着るものが見当たらなかったから、シーツを剥ぎ取り、身体に巻きつけてゆっくりベッドから出た。足が震える。なんか力が入りづらい。着替えを手によろよろとバスルームまで歩く。ドアを閉めて、脱衣所にズルズルと座り込んだ。あれ、すごく体力使うんだね。知らなかったよ。


 シーツを外し、明るいところで初めて自分の全身を見た。……コレハナニ?? 身体中に赤い痣みたいなものがぎっしりとついていた。


「ぎ、ぎょえ――――!」


 思わず叫んだ。その叫び声に慌てて飛んできた鮫島さんが「どうした!? 開けるよ」とドアを開けた。わたしはすぐにシーツを身体に巻く。ヤバイ、泣きそう。


「悲鳴なんて、一体……」

「わたしが寝ている間に、何したんですかっ!」


 その言葉に鮫島さんはキョトンとした。


「何って、何も……」

「嘘です! もしかして……ド、ドメスティック・バイオレンス……」


 この身体中の痣はDVでついたものなんだ。きっとわたしが寝ている間に何かしたに違いない。某漫画の『アタタタタタタタ―――』って感じ。


「人聞きの悪いこと言わないでくれる? そんなことするわけないでしょ?」


 鮫島さんは呆れている。でも証拠があるんですよ!


「じゃあこの全身にある赤いものは何ですかっ。これが証拠ですよっ!」

「……ラナ、それ本気で言ってる?」

「本気ですよ!」


 彼はため息をついて、わたしのそばにしゃがみ込んだ。


「それ、キスマーク」

「……は?」

「昨日、ラナの全身にキスしたでしょ? そのときについたのが、その赤い痣」


 そんな馬鹿な。騙されるか!


「キスマークって口紅つけたわけでもないのに、つくわけないじゃないですか! いくらわたしが恋愛経験ゼロでもさすがに騙されませんよ!」


 彼はそうまくし立てるわたしの腕を取り、シーツから露わになった二の腕に口づけるとチクッと軽い痛みがした。しばらくして唇を離して言った。


「ほら、見てごらん。これがキスマーク」


 二の腕にはさっきまでなかった赤がくっきりついていた。


「キスマークって口紅でつける、あれとは違うものもあるんだよ。まさかそんなことも知らないとは、ね」

「これ、一体何のためにつけるんですか? 何か見ていて、怖い……」


 こんなの虫に刺されまくったみたいじゃないか。ないほうがいいよ。見ているだけでかゆくなりそう。


「それはね、『ラナは俺のもの』っていう所有印みたいなものかな」

「所有印……?」


 その言葉に身体が熱くなるのを感じる。独占欲丸出しで、ちょっと嬉しい。物扱いは嫌だけど。

 すると鮫島さんはワイシャツのボタンを二、三個外し、はだけた鎖骨の辺りをトントンと指した。


「ラナもつけてごらん。キスマーク」


 ななな何と! いやらしい。わたしにそれをしろと?

 戸惑いながらも、わたしは鮫島さんに近づき、指し示された辺りにキスをした。彼はわたしの頭に手を添えて自分に押し付けた。


「もっと強く吸って」


 これ、結構キツイです。しばらく頑張っていたけど、もう限界。唇を離したけど、キスマークはついていなかった。


「ああ、残念。ラナには難しかったかな?」


 その言い方が小馬鹿にされた気がしてカッと頭に血が上った。売られた喧嘩は買いますよ!

 わたしはワイシャツを引っ張り、露わになった肩に思い切り歯を立てて、ガブリと噛みついた。


「っ……」


 その痛みに鮫島さんは顔を歪めた。離すと肩にはくっきりとわたしの歯形がついていた。

 してやったりな顔で彼を見る。


「どうですか? 女よけにはバッチリですよ、わたしの所有印は」

「ふぅん。やってくれるね……」


 後が怖そうな口ぶりに冷や汗が出そうになる。鮫島さんは服を直して言った。


「早くシャワーを浴びなさい。いつまでもそんな格好していたら、……襲うよ?」


 その言葉に沸騰する。何て爆弾放り込んでくれたんですか!


「もう! 出てってください!!」


 わたしは鮫島さんを追い出した。


 ああ、心臓に悪い。熱いシャワーを浴びながら顔を手で覆いながら悶える。あのエロスに耐えられない。なぜこんなわたしにあんなにお色気ムンムンで迫って来れるのか。わたしにはそこまでの色気がないというのに……。大人が幼児に発情しているようなものですよ。

 考え込みすぎてお湯を長時間浴び過ぎた。そのせいか、のぼせそうになった。ヤバイ。ここで倒れるわけにはいかない。なんとか着替えてバスルームから出た。ふらつきながら歩いていく。


 鮫島さんは朝食を作っていた。前に彼の家にお泊りしたときもこんな感じだった。あのときはもう謝罪の気持ちしかなかったけど。


「そこに座って。もうすぐご飯できるから」


 ダイニングを指して、鮫島さんは言う。わたしは大人しく座って待った。

 どうしてそんなに元気なんですか? もはや経験値の問題ではなく体力の問題なのでしょうか?

 朝食ができたようです。いただきます。今日も簡単に作ったとは思えないようなハイクオリティーです。おいしいのは、おいしいんですけど……。


「鮫島さん……」


 呼びかけるとちょっと意地悪な笑みを浮かべる。今度は何をする気ですか?


「何だ、もう元に戻ったの? 昨日はちゃんと呼べたのにね、『慎也さん』って。もう呼んでくれないの?」


 ……そうきましたか。昨日、あの最中のこと。鮫島さんは頭が真っ白になっているわたしに下の名前で呼ぶように強要したのです。呼んだら負けのように感じて、頑なに名字で呼んだら地獄のように責められました。ひどい人ですよ。もう何が何だかわからなくなって泣きながらとうとう呼んじゃったもんね、『慎也さん』って。素面でなんて呼べませんよ。恥ずかしくて、というかこのことを思い出しちゃって。


「……呼べませんよ。それよりどうしてそんなに元気なんですか?」

「ラナの方が若いのにね。一回りも年上のオジサンに負けちゃうんだ?」


 くそぅ……。いつもオジサン呼ばわりしていることの仕返しだな。


「無理です……。もう、起きていることがしんどい……」


 そのまま机に突っ伏した。身体が熱くてだるいんですけど。わたしの様子に慌てて立ち上がってそばにやって来た鮫島さん。わたしを起こして額を触った。


「熱い。熱が出たかな……。とりあえず、横になろう?」


 そのまま抱き上げて、わたしをベッドに寝かせた。熱を測ると微熱程度だったけど……。


「知恵熱かもしれない。……無理させて、ごめん」


 しょぼんとする鮫島さん。知恵熱なんてわたしは一体いくつだよ。色々と無駄に考え込みすぎたのかな? ふるふると首を振って手を伸ばした。


「ちょっと眠ります……。手、握ってくれませんか?」


 少しくらい甘えても、いいよね? そのおねだりに鮫島さんは優しく微笑んで手を握ってくれた。


「そばにいるから、ゆっくり眠りなさい」


 その言葉を聞き、わたしはゆっくり目を閉じた。大きな手の温もりがわたしを安心させてくれる。もう一つの大きな手がわたしの頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、幸せで堪らない。次に目を覚ましたときには、ちゃんと言えるといいな、『慎也さん』って。

 





すみません。バカップルです(笑)


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