リベンジ
お待たせしました。いよいよです。
土曜日、ホワイトデー前日。
この一週間、自分なりに調整してきた。早寝早起き、顔や身体のお手入れ、食事、運動……。まるで試合前のスポーツ選手さながらに準備をした。バイトも入れ過ぎることなくほどほどに。
朝起きたら目覚めはスッキリ。緊張はしていても、不眠になることもなくきっちり八時間睡眠。体調はすこぶる良好。
鮫島さんは午後四時に駅まで迎えに来てくれるそうだ。実際ホワイトデーは明日だが、細かいことは気にしない。今度こそリベンジ。
お酒は絶対飲まないし、眠りこけたりもしない。満腹まで食べないし、空腹にならないように程よく食事する。またお腹が鳴ったりしても困るしね。失敗は繰り返しません。
この決意をしてからのわたしの変化は、きっと家族も薄々気がついているだろう。父は何か言いたそうだったけど結局何も言わなかった。母は「しっかりやるのよ!」と一言。姉は「あんまり無理しないでね」とだけ言って見送ってくれた。
駅に着くと鮫島さんはいつものように待っていてくれた。
「鮫島さん、お待たせしました」
「ちゃんと眠れた?」
「はい、バッチリです」
その言葉に彼は今日も極上な笑みを浮かべた。うっ、眩しい。いかん、怯むな!!
車でスーパーに寄り、食材を買ってから鮫島さんの家に向かった。家に着き、彼は食材をキッチンに広げた。
「これ、何作るんですか?」
「できてからのお楽しみだよ」
「手伝います!」
「駄目。おとなしく座っていて」
すぐさまキッチンから締め出された。わたしだってやろうと思えばできるのに。ちぇっ。
ちょっぴりいじけながら、ダイニングの椅子に座って料理をする鮫島さんの後姿を見つめる。料理男子、恐るべし。手際がいいし包丁で野菜を切るのも早い。何を作っているのかさっぱりわからないけど、いいにおいが漂ってくる。
ヤバイ、お腹が鳴りそう。腹八分目の自信がなくなってきた。満腹まで食べてしまいそうだ。キケン! お腹いっぱいになると眠くなっちゃうのに……。
しばし待っていると、テーブルクロスが敷かれ、切ったフランスパンとサラダが置かれた。そしてクロスの中心にはメインディッシュと思われるお皿が置かれた。
「ビーフシチュー、ですか?」
鮫島さんを見上げると頷かれた。どうしてこんな本格的なものが作れるんですか? お店みたいじゃないですか! よだれが垂れそうです。
「お酒はどうする?」
「今日はやめときます」
飲んだくれて熟睡したら堪らない。鮫島さんはわたしの心情がわかっているのか、苦笑しながら「了解」と一言。
彼も席に着き、食事が始まった。「いただきます」とビーフシチューを頬張る。
……激ウマッ! 何ということだ! プロですよ、プロ。お肉がとろける~。もうほっぺたが落ちそう。
「おいしすぎます」
「そう? よかった」
微笑む鮫島さんに胸がときめく。どうする? いい雰囲気じゃない? 恋人同士のディナーってやつかな。
腹八分目と決めたのに結局出されたものをペロリと平らげた。でも満腹じゃないから、まぁいいよね?
食後、「洗い物します!」と申し出て、食器を洗う。これぐらいはやらせてもらわなくてはね。グータラしていたらいけません。
洗い物が終わり、ソファーでお酒を飲んでいる鮫島さんに近寄るとこう言われた。
「先にシャワー浴びておいで」
いきなりすぎて目を丸くするも、頷いた。ここで素朴な疑問が浮かんだ。
シャワー浴びたら、何を着ればいいんだろう?
「あのう、シャワーの後、何着ればいいですか?」
「……何でもいいよ」
そう言われても困るんですけど。服着てもどうせ脱いじゃうんだよね? かといってバスタオル一枚で出てくるのもどうかと思う。下着は着けるべき? でもノーパンとか破廉恥すぎるよね? 一体、何が正解??
決められないわたしに彼は一言。
「普通にパジャマで出ておいで」
その言葉に安心した。もし全裸とか言われたらくじけそうになる。普通が一番だよね。家ではジャージにTシャツだけど、この日のために、ちゃんとパジャマ買いましたもん。かわいらしいやつ。出番がなくなったら悲しいしね。
バスルームに入って髪と身体を洗う。ついお腹に視線がいく。でも前よりは少しへこんだと思う。うん、腹肉問題は一応解決。シャワーで石鹸を流す。水滴を拭いて、ボディクリームを薄く塗る。いいにおい。シトラスの香りだ。わたしはこの匂いが大好きだ。癒される~。
下着はみちるに選んでもらった勝負下着だ。もうあのときのようなピンチを迎えたくない。馬鹿でも学習しますから。パジャマに身を包み、バスルームを出た。
わたしの姿を見て、入れ替わりに鮫島さんがバスルームに入っていった。
うわ、いよいよだ。刻々と近づくその時がわたしに緊張感をもたらす。顔のスキンケアと髪の手入れをしながらも心臓がバクバクだ。
しばらくして鮫島さんがバスルームから出てきた。彼もパジャマ姿だった。何も着ていなかったらどうしようかと思ったが、一安心。
しかしながら濡れた黒髪が妙にセクシーだった。ぽたぽたと水が滴り落ちている。そんなんじゃ風邪をひくじゃないか。そばにあった乾いたタオルを手に駆け寄り、背伸びをして髪を拭く。しばらく彼はわたしにされるがままだった。
あらかた水分が取れた頃、彼が顔を上げた。真っ直ぐにわたしを見据えるその瞳に身動きが取れなくなる。いつもわたしを見る時とは違う、野性味を帯びた男の目だ。
肩を抱き寄せられて唇が合わさる。驚いて手にしたタオルがバサッと床に落ちた。この手をどうしようかと思ったが、空いた腕をそのまま彼の首に巻きつけた。
それがまるで何かの合図だったように鮫島さんは激しくキスの雨を降らせた。こういうことは前にもあったけど、今回は前のどれとも違う。激しいけど、甘い。未だにどう呼吸すればいいのかわからない。キスの合間に荒い呼吸をするのがやっとだ。でもその苦しさも彼が与えるものだと思えば何か嬉しい。
何度か唇を合わせると今度は唇の合間から舌が侵入してきた。前は心が冷えていたから何とも思わなかったけど、今日は駄目だ。どんどん思考が奪われて、何も考えられない。全身が真っ赤に染まっていく気がした。目の前がくらくらして身体から力が抜けて、立っていられない。
よろけそうになるのを鮫島さんの力強い腕で支えられる。唇が離れ、わたしを見下ろすその瞳は、これまで見たこともないほどに熱っぽくて本当にフェロモンが出ているようだ。
彼は力が入らないわたしの身体を軽々と抱き上げた。そのまま寝室に連れて行かれ、ベッドにそっと下された。呆然と彼を見上げる。彼はわたしに覆いかぶさり、額や頬に口づけて、わたしを見つめて囁く。
「やめるなら今だよ。これ以降は止めてあげられない……」
「……やめないでください。ちゃんとわたしを、鮫島さんのものにしてください」
荒い息をしながら何とか声を絞り出すと、苦笑された。
「……あんまり煽らないでくれる? できるだけ優しくしたいのに、自信がなくなる」
「……平気です。ちょっと怖いけど、鮫島さんがくれるものなら、何だって……」
この言葉の先は鮫島さんの唇に遮られた。
激しく、甘く、心地いい口づけ……。どうにかなってしまいそうだ。幸せすぎて、怖いくらい。
この夜わたしは彼に与えられたもの全てに翻弄された。全身に降るキス、何度も呼ばれる名前、耳元で囁かれた言葉の数々、そして感じたこともない彼の激しい熱情。自分が発したこともない高くて甘い声にも次第に羞恥心がなくなっていく。
途中怖くなってしまったわたしを彼は優しい口づけでなだめてくれた。その優しさに心から安心することができた。何度かやって来た波がわたしを快楽の世界へ誘う。未知の感覚も痛みも快感もすべて彼がくれたもの。全部が愛しい。
はじめはわたしを気づかってくれた彼も次第に余裕がなくなっていった。汗ばむ肌を合わせて、切なげに眉をしかめる彼は見たことがないほど艶めかしかった。彼も感じてくれていると思うと嬉しかった。
全身溶けそうな甘美に揺さぶられて次第に高みに上っていった。そして全身に電気が走ったように震えた。その後、頭が真っ白になって何も考えられない。ただ彼に全身全霊で愛されている感覚に陥った。
意識を手放す直前に、わたしを抱き締めた彼の掠れた低い声が耳に届いた。
『ラナ……、愛してる……』
よかったね~、二人!(拍手!)
拙いエロスで申し訳ないです。難しい…
次回、一夜明けて…です!