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夢じゃなかった!

 久しぶりのラナ視点。鮫島と再会した次の日です。

 目が覚めたら部屋のベッドの上だった。いつ横になったんだろう? どういう状況??

 まだボーっとする頭をフル回転させる。思い出せ……。


 あの日、みちるの家に寄ってから帰宅した。家族はそろって何か言いたげだったけど、わたしは無言で部屋に閉じこもって泣き明かした。もう一生分の涙が出たんじゃないかと思うほどに。菊池くんの言葉が胸に突き刺さる。自分のした事の重大さに自分を責めて、落ち込んだ。


 その後、鮫島さんは何度も電話やメールをしてくれた。あんなひどいことをしたにもかかわらずだ。電話は別れ話かも、と怖くて出られなかった。勇気を出してメールを見ると文面は『話がしたい』だった。それも別れ話を切り出されるような気がして、言い訳をして逃げた。本当に駄目なわたし……。


 泣いて落ち込んで一週間が過ぎた。さすがにこのままじゃいけない。自分の気持ちに整理をつけて、きちんと鮫島さんに向かい合わなきゃ。悩み事があるとき、わたしは決まって知り合いの住職がいるお寺に泊まり込み、自問自答して気持ちに整理をつけていた。今回もそこへ行こう。

 だから一週間ほどバイトを休めるように、その日までの間はみっちり働いた。一週間も休むのだ。迷惑をかける分、バイト仲間の都合が悪いときも積極的に代わりにシフトに入った。


 その間はご飯があまり食べられなかった。夜も眠れない。バイトしているときは気がまぎれるけど、一人になるとつい自分を責めて泣いてしまう。普段泣かない分、泣き癖がついたらなかなか止まらない。


 昨日、ようやくバイトが休みになり、お寺へ向かおうと部屋を出て階段を下りた後、目の前がぐにゃりと歪み、身体から力が抜けて倒れた。その後、驚いた母がわたしを病院に連れて行き、点滴を打ってもらい、家に帰った。どうやら風邪をこじらせたみたい。夕方から両親は外出するらしく、たまたま休みだった二番目の姉の美羅ちゃんが来て、看病してくれたんだった。


 意識が朦朧としながら美羅ちゃんのお説教を聞いたんだっけ。内容はあんまり覚えてないけど「心配かけてごめんなさい」とすごく謝った気がする。で、無理矢理おかゆを口に突っ込まれ、苦い薬を飲まされて眠ったんだ。


 現在も高熱発生中。でも昨日よりは少し楽な気がする。きっと鮫島さんの夢を見たからだ。なんて自分に都合のいい夢だったことだろう。夢の中の鮫島さんだからって、思っていたこと全部吐きだしたかも。


 それにしてもリアルな夢だった。声もそうだけど、抱き締める腕とか胸板とか、唇の感触だとか……。ああ、駄目だ。思い出すと熱が上がりそう。 


『俺も逢いたかった……。別れてやれない……。俺が今大切なのはラナだけだ』


 その言葉が頭の中で響き渡る。現実の方がもちろんいいけど夢でも嬉しい。もう現実ではそんな言葉、聞けないかもしれないし。


『ラナ……。体調がよくなるおまじないだよ。今度は夢と間違えないでね……』


 そんなことも言われた気がする。デコチューとともに。しかし夢なのに『夢と間違えるな』など辻褄が合わない。やはりわたしの夢は性格と同じでちゃらんぽらんだ。


 今は大人しく休むことにした。早く元気になって実物の鮫島さんに謝ろう。何度でも、許してくれるまで。もう逃げない。




 ほぼ一日中眠り続けて、三日目にようやく起き上がれるようになった。熱も微熱程度まで下がり、ようやく家族は安心したみたい。

 ちょうど一週間バイトを休みにしていてよかった。これでがっつりバイトだったら、迷惑をかけるところだった。これだけは不幸中の幸いだ。


 熱が下がっても数日は自宅療養だ。外に出ようものなら母の雷が落ちる。正直ずっと横になってるのは腰が痛い。それでも他にすることがなくてゴロゴロ寝転がっている。うとうとしていたら、いつの間にか日が暮れて、窓の外は真っ暗だった。


 ピンポーン、とチャイムが鳴る。誰か来たんだな。来客があると晩御飯が遅くなる。ようやく食欲が戻って自発的に食べられるようになったというのに。おかゆだけど。

 またうとうとしていると部屋のドアをノックする音がする。何だろう?


「はい?」


 返事をするとドアが開いた。そこにはいるはずがない人物の姿があった。眠気も吹っ飛ぶ。


「さ、鮫島さん??」

「ああ、顔色も大分いいようだね。おまじないが効いたかな?」


 その言葉が理解できない。顔色が悪いわたしを見ていないでしょ? おまじないって何?


 鮫島さんはおかゆであろう土鍋が乗っているお盆を手にしている。ベッドに横になっているわたしのそばに近づいて、枕元の台におかゆを置き、床に座った。

 突然の再会に何をどう言えばいいのかわからない。とりあえず起き上がろうとするのを手で止められた。


「寝てなさい。まだ体調が万全じゃないでしょ?」


 相変わらず優しい。怒ってないんですか? 嫌いになってないんですか? あんなひどいことしたのに。


「鮫島さん……。あの、この前は……ごめんなさい」


 非常に言いづらいが、ここは初めに謝罪だ。うん、ちゃんと謝るって決めたもんね。

 しばらく鮫島さんは無言。ようやく発した言葉はわたしの心を凍らせた。


「許せない……」


 ああ、やっぱり駄目か。もう遅いんだ。目に涙が浮かぶ。唇を噛み締めて、最後通告が下るのを待つ。

 しかしその後、彼が言った言葉に耳を疑った。


「どうしてはっきり訊かないの? 一人で悩まないで。……それに気づけなかった自分を許せない……」


 はい? わたしのことを許せないのでは? 頭にはてなが浮かぶ。それに気づいているのか、鮫島さんは軽く微笑む。


「謝罪はもういいよ。この前ちゃんともらったから。ラナがあのとき、何を思って俺を拒絶したのかも知っている」


 どういうことですか? 謝罪なんていつ言ったんですか? そもそもあの日以来わたし、鮫島さんに会ってないですよ??

 困惑しているのが顔に出ているのか、鮫島さんは苦笑する。


「ようやく顔の表情も戻ったようだね。旅行中はほとんど無表情だった。ちゃんと言ったよね? 『今度は夢と間違えないでね』って」


 え? それはどういう……。まさか……。


「あの、あれって夢、ですよね?」

「現実だよ。ラナは熱に浮かされていたか、薬が効いていたかで意識が朦朧としていたからね。夢と勘違いしていたようだし」


 ななな何と! あれは夢じゃなく現実だったというのか! 夢だと思って言いたい放題、本音晒したというのに。本人に全部伝わってるとかないでしょ!?

 それにすごいことされたというか、すごいこと言われた気がします。どんどん身体中が赤く染まっていく。


 するとなぜか鮫島さんは目を伏せた。


「ラナの本音、ちゃんと聞いたよ。……ごめん。ずっと一人で苦しんでいたんだね。気づいてあげられなくて、ごめん」


 その言葉にわたしは勢いよく飛び起きた。それは違う。


「謝らないでください。あれはわたしが勝手に拗ねたんです。勝手に落ち込んで……。だから……」

「違う。ラナは悪くない。俺がきちんと話さなかったのが悪いんだ。ラナは訊きたいことは訊いてくるって、勝手に思い込んでいたから」


 それこそ違う。鮫島さんは悪くない。わたしがちゃんと訊けばよかったんだ。鮫島さんならちゃんと説明してくれたはずだ。ただ怖くて、訊く勇気がなかったのだ。

 激しく首を横に振ってその言葉を否定する。すると両手で頬を覆われて、ぐいっと鮫島さんの正面に顔を据えられた。  


「あのときラナが本音を言ったように、俺の言ったこともまぎれもない事実だよ。もしラナが『別れたい』って言っても別れてやれない。離したくない。もちろん出家なんてさせない」


 その真剣な眼差しから目が離せない。またその視線をわたしに向けてくれるんですね……。

 そしてもう二度と言われることはないと覚悟していた、ずっと聞きたかった言葉。


「好きだよ、ラナ」


 これまで『割と好き』と言われたことはあった。でもきちんと言葉にしてくれたのは初めてだった。嬉しくて、夢みたいで、わたしの頬に涙の雫が流れる。鮫島さんは涙が浮かぶ目尻に涙をすくい取るように口づける。でも涙は止まらなかった。

 彼は少し困った顔になる。


「泣かないで。ラナに泣かれるのは……つらい」

「ごめん……なさ……」

「もう謝らないで。二人とも悪かったんだ。おあいこだよ」


 鮫島さんはわたしをギュッと抱き締めてくれた。わたしも彼の胸に顔を押し付けて気が済むまで泣きじゃくった。


 ごめんなさい。そしてありがとう。こんなわたしを許してくれて、こんなわたしに『好き』って言ってくれて……。わたしもあなたが大好きです……。






 ようやく泣き止むと、忘れていたものに気がついた。


「おかゆ、冷めちゃったね。どうする? 温め直してもらおうか?」


 いやいや、絶対駄目です! 冷めたおかゆはまずいけど、そんなこと頼んだら絶対こう言われるよ。


『あらぁ、おかゆがこんなに冷めちゃうまで、一体二人で何してたのぉ?』(by母)


 冗談じゃないよ! からかわれるのはご免です。


「そのままでいいです。食べます」


 そう言うと、鮫島さんは土鍋から茶碗におかゆを移し、れんげにおかゆをすくう。


「ほら、口開けて」


 こ、これは俗にいう『あ~ん』ですか?? いやいや、恥ずかしいです!!


「いいいいいですよ。自分で食べられますから」


 困惑したわたしを見てクスクス笑う。ああ、いつもの彼だ。


「遠慮しないで。何なら口移しにする?」


 おかゆを口移し……。それはちょっと気持ち悪い。首を横に振ると、れんげをつき出された。


「ほら。ちゃんと食べないと、いつまでたっても元気にならないよ」


 観念して口におかゆを頬張る。冷めたおかゆはやはりイマイチ。でも鮫島さんが食べさせてくれるってだけでおいしいかも、なんて思うところが恋の効果かな?

 ゆっくり時間をかけて完食する。栄養を取ることはもちろん大事だけど、目の前で鮫島さんがわたしに笑いかけてくれてるってだけで、元気になれそうな気がする。


 ふと疑問が湧いたので訊いてみた。


「そういえば、出家って何ですか?」


 鮫島さんはわたしの質問に怪訝な顔をした。


「だってラナは悩んで俗世間を捨てようとしていたんだろう? あの日出家しようとして家から出るときに倒れたって、美羅さんから聞いたけど」


 美羅ちゃん! 適当なこと言わないでよ! わたしは慌てて説明した。


「あれは出家じゃないです。知り合いがいるお寺に精神統一しに行こうと思っただけです。出家なんて大それたことしませんよ」


 そう言うと鮫島さんはホッと表情を緩ませた。鮫島さんがいるのに出家できるわけないじゃないですか。この生活を捨てる勇気なんてありません!





 しばらく経って「そろそろ帰るよ」と鮫島さんは食器をお盆に置く。それからわたしにこう言った。


「ちゃんと元気になったら、ラナが訊きたいと思っていることを全部話すよ。でもこれだけは今言っておく。俺が大切にしたいのはラナだけだから」


 嬉しい。その気持ちが聞けただけで十分です。


「……はい」


 頷くと優しく微笑んだ鮫島さんはわたしの頬にキスをして、部屋を後にした。


 その後ろ姿を眺めて、また少しだけ泣いた。悲しい涙ではなく、嬉し涙。ようやく心に巣食った負の感情が浄化された気がした。

 





ようやく仲直りです。


次回昔話。切ない期間最後です。

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