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最悪のバレンタイン

 旅行初日の鮫島視点です。

 今日はラナとの初めての旅行。これまで何度か肩透かしを食らったが、今回こそはうまくいくと自信を持っていた。一ヶ月以上も前から心の準備をさせたのだから。


 朝、駅にやって来たラナはいつもと様子が違っていた。表情が硬い。それでも車内ではいつも通り明るく話していたから安心した。そしてしばらくするとすやすやと眠ってしまった。夜に寝られるよりはよっぽどいいから、そのまま寝かせておいた。寝顔をチラッと見て、そのあどけなさに笑みが浮かんだ。


 行先は俺の思い出の場所だった。広大な自然に囲まれた場所で、特に展望台からの景色は絶景だ。空気もうまい。行先はあえて伝えなかったが、きっと気に入ってくれると思う。


 ずっとぎこちない顔をしていたが、そば打ち道場でようやくラナの笑顔を見ることができた。今日はずっと様子がおかしい気がした。


 その後に行った展望台でも景色を見て「綺麗」と喜んでいた。「気に入ったか」と訊くと「もちろん」と言ってくれた。俺の思い出の地を気に入ってくれたのが純粋に嬉しかったから、触れるだけのキスをした。そして思い出の理由を語る。


「ここ、大学のときサークルの合宿で毎年来てたんだ」


 合宿でこの地を訪れて景色や空気の良さ、そして土地の人が温かいことで気に入ったのだ。一瞬ラナの表情が強張ったように感じたが、気のせいだろう。


「サ、サークル……。どんなサークルなんですか?」


 ラナの何気ない問いにも上機嫌で答える。


「テニスだよ。ま、合宿っていっても練習そっちのけでワイワイ騒ぐ類のものだけど」


 あの頃は馬鹿やって楽しかったな、と遠い目をして思い出す。ラナは興味を持ったのか、さらに質問を続けた。


「思い出の場所って言ってましたけど、ここに来るのはいつぶりなんですか?」

「えっと最後に来たのは五年前かな」


 五年前、彩と離婚した直後に一人でここにやって来た。あのときはもう後悔しても仕方ない状況だった。この土地には癒しを求めに来たのだ。同じサークルだった彩はこの土地が好きではないらしく、二人で来たことはない。ここに来るときは決まって一人だった。

 大好きなこの土地にある離婚後のへこんだ思い出を、ラナとの楽しい思い出に塗り替えたかった。これがここに旅行に来た理由だった。





 展望台から今度は宿泊する旅館へ向かった。ラナは妙に口数が少なくて、ぼんやりと窓の外を眺めていた。その様子が気になったが、夜のことを考えて緊張しているのだと解釈した。


 部屋でくつろいだ後、浴衣を手に温泉へ向かった。ここは温泉も有名だ。大浴場は広くて開放的だった。久々の温泉を満喫する。

 温泉から出るとラナはまだ出てきていなかった。女の子は時間がかかるのだろう。


 待っていると二人組の女性に声をかけられた。甘えたような声で「よかったらこれからご一緒しませんかぁ~?」と言ってくる。冗談じゃない。こういう女は嫌いだ。風呂上りのようだが香水の匂いがプンプンした。風呂に入った意味がないだろう。それにバレンタインに男一人で温泉に来るか! しつこかったが二人を追い払う。


 ようやく退散するとラナがすでに温泉から出てきていた。彼女は無表情で俺を見つめていた。近寄り、声をかける。


「遅かったね」

「そばにいたおばさん達と仲良くなって話してました」


 表情のないまま何でもないように言う様子に少し首をかしげたが、こういうところは父親似かもしれないと納得した。


 ここは料理もうまい。山の幸が豊富できっと気に入るだろうと思った。しかしラナは少し箸をつけては食べるのをやめる。さすがに心配になった。


「どうした? 体調でも悪い?」

「そばがまだお腹に残ってて……。それに緊張でご飯が喉に通らなくて……」


 それもそうか。二人前も食べたのだ。俺はちょうどよかったが、やはり女の子には多かったに違いない。そのときは刻々と近づく。緊張するのも仕方がない。


 そうこうしているうちに仲居さんが布団を敷きにやって来た。ラナは突然「ジュース買ってきます」と部屋を飛び出した。部屋に残された俺は仲居さんに「かわいらしい彼女さんですわねぇ」と微笑まれた。その何気ない口調に、この後のことを想像されたような気がして気まずかった。


 ラナが部屋を出て、ずいぶん時間が経った。そろそろ戻ってきてほしい。それからムードを作った方がいいかもしれない、と部屋の電気を消し、間接照明だけにした。薄暗くすれば緊張も和らぐはず。……こんな事ばかり考えて盛りのついたオスかよ、と自嘲の笑みを浮かべる。


 洗面所にいたとき、ラナが部屋に戻ってきた。静かに洗面所から出ると、彼女は座敷の入り口で立ち尽くしていた。呆然としているのだろうか? ちょっとあからさま過ぎたかな、と少々後悔するがもう構っていられるか。


 ラナにそっと近寄り、後ろから抱き締めた。すると身体が硬直するのがわかる。緊張をほぐそうとラナの首筋に唇を這わせる。ラナから香る石鹸の匂いが俺の理性を揺さぶる。


「ラナ……」


 耳元で囁き、ラナを正面に向かせる。ラナはまだ呆然としていた。触れるだけのキスを何度かした後、少し開いた唇から舌を入れる。彼女の舌と絡ませて激しく唇を貪る。彼女の唇はココアの味がした。うまく呼吸ができないのか、甘い声を上げる。それが俺を熱くさせて煽る。


 完全に身体を預けられるとラナを抱き上げて布団の上にそっと下した。その上に覆いかぶさり見下ろす。ぼんやりしているようだが、その瞳は熱を帯びて潤んでいた。髪を撫でてキスを繰り返す。首筋、鎖骨と口づけを落とす。舌を這わせると身体がびくん、と跳ねた。ちゃんと感じてくれているのか。

 抵抗はないが一応確認しておく。もちろん拒絶されても止められる自信はないのだが。


「ラナ……、いい?」


 無言を肯定ととり、浴衣の帯に手をかけた。ようやく待ちに待ったときが来た。


 しかしその瞬間、ラナが悲鳴のような声を上げた。


「いやっ!!!」


 俺を突き飛ばしてさっと距離を取る。浴衣の前を震える手で握った。


 拒絶された……? でも今になってどうして……。さすがに傷つく。


「ラナ……?」


 様子をうかがうと、ラナは俺を見つめながら泣きそうな顔をしていた。


「……どうして? どうしてここなの……?」


 言っている意味がわからなかった。彼女は俺から視線を外し、更に続ける。


「……ここは嫌。嫌なの……」

「ラナ、どうしたんだ」


 混乱は続く。しかし次の言葉で、ラナの今の気持ちに確信が持てた。


「……こんなところ、来たくなかった……」


 それは俺に抱かれたくないってこと。完全な拒絶。これまでとは違う、ラナの本音。ラナがきちんと決めたこと。表情がすっと強張る。


「……それがラナの本音? ……わかった」


 俺は財布と携帯を手に部屋を出た。

 もう一緒にいたくはなかった。怒りで腹が煮えくり返り、同時に拒絶されたショックで何も考えられない。とりあえず温泉に入れば気分が少しは納まるかと思ったが、一向に解消されなかった。


 温泉から出た後、先ほど声をかけてきた二人の女が目に入る。ラナの代わりに欲望をぶつけてやろうかと一瞬頭をよぎったが、すぐ打ち消す。俺が抱きたいのはあくまでラナ。他の女を身代わりにしてもむなしいだけ。それに後々面倒になるのはごめんだ。


 これからどうしようかと悩む。たとえラナを一人きりにするのが忍びないとしても、部屋には戻れない。部屋に戻ってラナの顔を見たら、こんな精神状態の自分を抑えることができないだろう。自分が全く信用できない。きっと彼女が嫌がっても泣き喚いても、押さえつけて欲望のままに行動してしまう気がした。ちゃんと受け入れて欲しいのだ。彼女の気持ちを無視した行為はしたくはない。


 駄目もとでフロントへ行き、もう一部屋空いていないか訊くと空いていた。今日は別の部屋に泊まろう。部屋に案内されたときに、先ほど布団を敷いてくれた仲居とすれ違った。これは絶対裏で何か言われるだろうなと思う。それでも構わない。ラナを傷つけるよりはマシだ。


 部屋に入って、やけ酒をした。そして布団を被ってさっさと寝てしまった。



 



 再び我慢を強いられた鮫島。もちろんラナが何を思っているのか理解できていません。

 次回、その理由を知ることに…。

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