後悔の朝 後編
続きです。
マンションに到着した。そういえば鮫島さんの家に来るのは初めてだ。
部屋に入るときに緊張して一瞬躊躇する。いかん、負けるな! と自分に言い聞かせて、ゆっくり部屋に入った。
一人暮らしで1LDKとはなかなかゴージャスですね。え、そんなもんかな? この年ぐらいの人のおうち事情はわかりません。……って、全然関係ないこと、何で考えてんのさ!
リビングのソファーに座るように勧められて、コートを脱いで座る。
ああ、このミニスカート、太もも出過ぎ。立ってるときとは全然長さが違う。かなり恥ずかしい。
じっとしていると緊張が強まるから、テーブルに店から貰ったチキンとケーキを並べる。こんな遅くに食べたら胃が持たれそう。でもかなり空腹。昼も軽くしか食べてない。
ここで鮫島さんに声をかけられた。
「ラナ、お酒飲める? シャンパンかワインとかどう?」
「あ、はい。どちらでも大丈夫です」
自慢じゃないがお酒はかなり強い。どれだけ飲んでも記憶がなくなったことはない。絡むこともないし、表情も素面と変わらない。だからお酒で失態を犯すことはないだろう。
鮫島さんはシャンパンを手にわたしの隣に腰かける。それをグラスに注ぎ、手渡してくれた。じっとグラスを眺める。いいシャンパンかも。高そう。
「乾杯しようか」
互いに見つめあい、グラスをかざす。かなりドキドキする。ロマンチックってやつ?
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
乾杯した後、緊張をほぐそうとグラスを一気にあおった。
うまっ! かなりおいしい。炭酸が喉を通り過ぎる感じがたまらない。
お酒には自信があったが、今日はいつもより酔いが回っている気がする。すきっ腹でアルコールはまずかったかも。そんなにアルコール度数は高くないはずだけど……。
チキンやケーキを食べながら、どんどんシャンパンやワインを開けていく。緊張からか、かなり飲んだ気がする。でも意識はちゃんとあるし、ちょっと身体が熱かったり、なんかふわふわしたりする以外は至って正常だ。……これって酔ってます? いや、酔ってない!
結構時間が経った頃、急に鮫島さんに抱きしめられた。
あらら? 抱き締められた? 鮫島さんの体温が高い。鮫島さんも酔ってるんですかぁ~??
顔を見上げるとその視線は熱っぽくて艶があった。整った顔が近くても、アルコールのせいか緊張しない。ただ『きれいな顔~』とぼんやり思うぐらいだった。そんなことを考えていると頬を撫でられた。
「ラナ……」
その低いの掠れた声がわたしの思考を停止させる。とはいってもほとんどお酒で、すでに止まってるんだけど。あはは~。
じっと鮫島さんの顔を見ているとゆっくり顔が近づく。
あ……、キスされる……。
思った時には唇が重なっていた。一度離されて今度は深く口づけられる。前のときとは違って性急な口づけに、思わず彼のシャツをギュッと掴んだ。
鮫島さんのキス、気持ちいい……。もっとして欲しい……。
そう思っていると、それを知っているのか何度も激しく口づけされる。
「ぅん……、はぁ……」
気持ちいいけど、うまく呼吸できなくて変な声が出てしまう。でもそれを恥ずかしいなんて思うほど正常ではなかった。鮫島さんに身体を預けると、心地よさとともに強烈な睡魔がわたしを襲った。
いかん。寝ては駄目……。でもわたしを抱き締めるこの腕が心地いい。安心して眠れる……。
駄目、駄目! ここで寝たら申し訳ない。けど……、やっぱり無理……。
わたしは目を閉じた。その途端にわたしの意識は闇の中へ落ちて行った。
昨日の出来事をすべて呼び起こした。今の感情は後悔と鮫島さんに対しての罪悪感だ。
何というひどいことをしてしまったのだろう。その気にしたくせに生殺しだ。めちゃくちゃ怒られてもおかしくない失態。嫌われた……? うわぁ、どうしよう!
ベッドの上に土下座をするように顔を伏せた。どうやって許してもらえばいいのだろう。
しばらくうなだれていると鮫島さんが身じろぎ、起きた気配がした。
「ん……? ラナ、何やってるの?」
寝起きで何ですが、ここは一気に謝ってしまおう!
「あの、昨日はいいムードだったのに眠りこけてしまって、本当にごめんなさい!」
日本人の謝罪はやっぱり土下座だ。だから鮫島さんの顔は見れない。怒ってる? 呆れてる?
鮫島さんはわたしの土下座をやめさせた。恐る恐る顔を見ると表情は柔らかい。ちょっと安心した。
「もういいよ。疲れていたんでしょ。それに急にお膳立てされたから、まだ心の準備ができてなかったんだよ」
「……怒ってないんですか?」
「怒ってないよ」
「本当に?」
「そんなに言うなら、今からしてもいいんだけど」
その言葉にびくっとした。今ですか!? 朝ですよ!? 鮫島さんから慌てて離れる。そしたら後方確認していなくて、そのままベッドから落っこちた。ドスンと大きな音が部屋に響いた。
「イテッ!」
「大丈夫か?」
大丈夫ですよ。尻もちつきましたけど。わたしを見て彼は笑い転げた。
「慌て過ぎ。何もしないから安心しなさい」
気づかってくれるその気持ちは嬉しいけど、やはり申し訳なさでいっぱいだ。何か償いをせねば……。
そんなことを考えていると降ってきた一言。
「ラナ、シャワー浴びてきたら?」
ええっ!? さっき『何もしない』って言ったじゃないですか! 目を丸くするわたしに今度は苦笑い。
「深読みし過ぎ。昨日お風呂入ってないでしょ? だから他意はないよ。俺が信じられない?」
その言葉にブンブン首を横に振る。お言葉に甘えて、かばんを掴んでバスルームに駆け込んだ。
ドアを閉めてその場にしゃがみ込む。自覚するぐらい顔が赤くて動悸がひどい。テンパりすぎ。ちょっと落ち着こう。深呼吸を繰り返す。
落ち着いたところで、服を脱ぎ棄てて熱いお湯を浴びる。
ああ、脳が動きだした。すっきりしてくる。髪と身体を洗い、シャワーで流す頃にはだいぶ落ち着いてきた。
バスルームを出ると、いいにおいがする。お腹がグーって鳴った。どうやら鮫島さんは朝ご飯を作っているようだ。
わたしの姿を見つけ、ダイニングに腰かけるようにうながす。
「食べなさい。腹減っているだろう」
ありがたく頂きます。かなり手が込んでいるような洋風な朝ご飯。
「これ、鮫島さんが作ったんですか?」
「そうだよ。簡単に作ったものだけど」
簡単!? そうは見えない。わたしにはそんな芸当は無理だ。料理はあまりできない。何かいろいろ負けてるよな。女子力が低いのを痛感させられる。
「いただきます」
へこみながらも一口食べる。うわぁ、おいしい。簡単に作ったものがこのクオリティ? ありえないんですけど。
「おいしいです」
「そうか。よかった」
鮫島さんは微笑んだ。
ああ、なんかカップルの朝って感じ。世の中のカップルはこういう朝を迎えているのかな? ただわたしたちは図らずも清い関係ですがね。ええ、わたしのせいです。
こんなに優しい鮫島さんにどう償えばいいのだろうか? そう言っても、きっと無条件で許してくれる。だから申し訳なさがより深まる。何かできないかな……。
酔っ払いって大抵「酔ってない」って言いますよね。
この時のラナは緊張+すきっ腹のアルコールで完璧に酔いどれです。
次回鮫島視点。彼に更なる試練が…。