後悔の朝 前編
タイトル詐欺です。朝は冒頭だけで、ほとんど回想シーンです。
申し訳ない…。
朝、目覚めるといつもとは違う様子なことに気づく。見慣れない部屋、そして隣で穏やかな寝息を立てて眠る人物。それを見て凍りつく。
はぁ!? どういうこと!? この状況は何……?
慌てて起き上がり、自分の身なりを確認する。ミニスカサンタの衣装のままではあるが、きちんと服を身に着けていたことにホッとする。何度も大きく深呼吸をして、落ち着いたところで昨日の記憶を呼び起こした。
昨日はイブと同様に早朝から夜九時までカフェでバイトだ。前日までの疲労も蓄積している。そろそろ休みを入れないとヤバイかも、なんて思っていた。
朝は通常業務。昼からの仕事は路上でサヤカちゃんと一緒にチキンやケーキのテイクアウトの売り子だ。その衣装がミニスカサンタなんて、いくらニーハイソックスをはいていても正直恥ずかしい。店長に抗議するけど聞き入れてもらえない。
「ラナちゃん、もっと自分に自信持ちなよ。まだまだいけるよ!」
「はぁ……」
気が進まないが仕方ない。サヤカちゃんのようにスタイルに自信があるなら、こんなに憂鬱にならなくてもいいのに。それでも仕事だ。わたしは声を張り上げた。
「いらっしゃいませー! クリスマスにチキン、ケーキはいかがですかー?」
「あれ、ラナちゃんじゃないか」
声のする方を向くと、そこには設楽さんがいた。仕事中だろうか。
「設楽さん。お久しぶりです」
「かわいい格好してるね。売り子してるんだ」
設楽さんのスーツ姿を見ると、どうしても鮫島さんを思い出してしまう。つい尋ねてしまった。
「あの、鮫島さんはお元気ですか?」
設楽さんは鮫島さんから事情を聴いていたようだ。ニッコリ笑って答えた。
「ああ、元気だよ。でもちょっと機嫌悪いかな」
「そうですか……」
怒ってるのかな? やっぱり“クリスマス終わるまで会いません”宣言はまずかったかな。
「仕事を早く終わらせようと必死みたい。ところでさ、ラナちゃんは今日バイト何時までなの?」
「夜の九時までです」
「そっか。頑張って」
そう言って設楽さんは店を後にした。何しに来たんだろう? たまたま通りがかっただけかな。どうせなら鮫島さんが来てくれたらよかったのに。設楽さん、ゴメンナサイ。
まだまだ終わりまで長い。でも『今日さえ乗り切れば明日は休みだ』と自分に喝を入れる。明日なら土曜だし、鮫島さん会ってくれるかな?
微かな期待を胸に寒空の下、仕事に精を出した。
夜八時過ぎ。あと一時間で今日のバイトは終わり。疲労困憊で足が棒になっている。慣れていても、一日中立ち仕事ってやっぱりつらい。
そろそろテイクアウト用の商品も売れなくなってきた。どうやら少しは売れ残りそうで土産ゲットかな。うしし。
八時半頃、店長が片づけていいと言ったので、外の販売ブースを撤去する。ふと歩道に目を向けると、ずっと会いたくて堪らなかった人の姿があった。わたしは驚きを隠せなかった。
「鮫島さん……? 嘘……」
「嘘じゃないよ。久しぶりだね、ラナ」
三週間ぶりの再会。電話もあまりできなかったから、声を聴くのもずいぶん久々のような気がする。会えるとは全く思っていなかった。嬉しさがこみ上げる。
しかし案の定、邪魔が入る。
「ラナさ~ん、この人知り合いっすか~?」
「ね~、しょ~ちゃん。この人もしかして~、ラナさんのカレシじゃね~?」
「マジで~! 超イケメンじゃねぇ~? ラナさん騙されてね??」
「ちょっとあんたたち! うるさいよ!」
バイト仲間のギャル系カップル、野口くんとサヤカちゃん。二人を叱りつけて追い払う。
でも二人は興味津々なようで遠巻きに眺めている。気にせず鮫島さんに向き直る。
「すみません。うるさかったですね。鮫島さん、お仕事は?」
「ああ、片付いたよ。これもラナに早く会いたかったからかな」
……まただ。どうしてこんな人前でさらっと甘いこと言えるんだろう。嬉しいけど恥ずかしい。
わざわざ来てくれたってことは、一緒に帰れるかな?
「もう少し待っていてくれますか? 駅まで一緒に……」
「いや、そのことなんだけど……」
駄目なのかな? じゃあどうしてここに来たんだろう?
ふと鮫島さんが手にしているものが目に入る。見間違いじゃなければ、わたしのかばんだ。
「あれ? それ、わたしのかばん?」
「これ、沙羅さんから預かった」
どうして姉と会ってるんですか?? いつの間に。
「姉ちゃんに? でも何で?」
「それからこれ」
手紙を手渡された。読んでいくと、その内容はわたしにかなりの衝撃を与えた。
「なんじゃこりゃー!」
『 ラナへ
お母さんです。今日急なご不幸でお父さんと家を空けます。
お姉ちゃんも的場さんとデートで不在です。
せっかくのクリスマスなのに、かわいいラナを一人きりにするには忍びありません。
だから鮫島さんのお宅にご厄介になりなさい。
明日は休みだし、ずっと会えなかったでしょ? 盛り上がること間違いなし!
あ、お父さんも了解済みだから安心してね。
ラナが大人の階段を昇るのは少し寂しいけど、誰もが通る道よ。
安心して鮫島さんにお任せしなさい。
大好きな人と素敵なクリスマスを過ごしてね。
お母さんからのプレゼントよ! 』
……ありえない。母よ、一体どういうつもりなんだ! この世界のどこに娘が大人の階段を昇るのをけしかける親がいるんだよ。まだ早いのでは? だって付き合って一ヶ月ちょっとだよ!?
大いに困惑していると鮫島さんが口を開いた。
「どうする?」
「え……? どうするって……」
「今日うちに来る?」
鮫島さん! 母の策略に乗っちゃうつもり!? やっぱりこの前の山本事件で流れちゃったから、リベンジしたいってこと??
頭がこんがらがって「少し考えたいです」と言って店の中に入った。鮫島さんはコーヒーを飲んで、わたしのバイトが終わるのを待つそうだ。
ぼんやりしながら店内で作業してバックヤードに入ると、すかさずカップルが近寄ってきた。
「ラナさ~ん! マジであれがカレシっすか~?」
「そうだけど」
「超イケメ~ン! サヤカ惚れそ~」
「おい、テメェそれマジで言ってんのか?」
「やだ、しょ~ちゃん! 嘘に決まってんじゃん!」
「だよな~」
家でやれよ! こっちは惚気に付き合ってる場合じゃないし!
どうすべきか。心の準備ができてなくて、正直言って怖い。でも断ったら鮫島さんすごく落ち込むよね。傷つけちゃうかもしれない。ただでさえ一回ムードぶち壊しちゃったわけだし。そう、あのときわたし、鮫島さんに全部委ねてもいいって思ったわけで、それが今日でもいい……かな?
ウジウジ考えていると店長がやって来た。
「ちょっと早いけど、もうお客さんも来ないだろうし、みんなよく頑張ってくれたから店じまいしよう」
「えー、いいんですかぁ~? 店長クビになっても知らね~ッすよ」
「そうそう。店長クビになったら~、サヤカ寂し~んですけど」
「お前ら! ここは俺がオーナーだ。クビになるわけないだろう!」
「えーっ、店長ってオーナーだったんすか? 初耳~」
いつもの店長いじりだ。この店長、かなりノリがいい。でもその店長いじりに今は参加する気力がない。
ここで店長がこんなことを言い出した。
「ラナちゃん、サヤカちゃん。君たちに特別ご褒美だ。このミニスカサンタコスを貸してあげよう。これを着てれば彼氏もイチコロだね。ラナちゃんにもようやく春が来たみたいだし。今年最大の奇跡だ」
店長までかなり失礼なことを言っている。どうせモテませんよーだっ。
「ラナさん。そのサンタコス、カレシさんが脱がせるまで脱いじゃダメっすよ」
何言ってるんだ、野口くん。しかしサヤカちゃんも頷く。
「そうそう。ラナさん色気ねーから、普通だといつまでたってもエロい感じに持っていけないっすよ~」
色気は放っておいてくれ。理解してるから。ここで店長からも駄目押しを食らう。
「このサンタコスならラナちゃんでもイケる。きっと盛り上がるよ」
どいつもこいつも言いたい放題言いやがって。……まぁ一応応援してくれているんだろうから、心の中だけで感謝するけど。決して口には出さない。
売れ残りのチキンやケーキを手に、鮫島さんの待っているところに向かう。サンタコスを着たまま、上にコートを羽織って。当然鮫島さんは怪訝な顔をする。
「着替えないの?」
「店長が貸してくれるらしくて、着替えちゃ駄目だって」
ようやく覚悟を決めた。本当に嫌ならどれだけ人にごちゃごちゃ言われようが、絶対私服に着替えているはず。着替えないってことは、心の奥底ではわたしも望んでいるんだろう、と勝手に解釈した。
店を出て少し歩いたところで、鮫島さんのコートを掴んだ。
「どうした?」
鮫島さんの問いに顔を直視できず、少し俯きがちに小さな声で答える。
「……今日、鮫島さんの家に行ってもいいですか?」
「……それ、どういうことかわかって言ってる?」
コクリと頷く。覚悟はできました。ええ、そうですとも。
鮫島さんは無言でわたしの手を取り、歩き出した。道中、鮫島さんは一言も口を利かない。でも握ったその手には力が込められていた。
わたし、これからどうなるんだろうか?
ぶっ飛んだ母がお気に入りです。
次回は朝の二人のやり取りもちゃんと含みます。
しばしお待ちを。




