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後日談

鮫島視点です。

 次の日会社に出勤すると、やはり山本は欠勤していた。あれだけの騒ぎを起こして気まずいのはわかるが、自分が蒔いた種なのだから仕方ないだろう。それに仕事とプライベートはちゃんと分けてくれ、社会人なら。


 午前中仕事をしていて周りの様子がおかしいことに気づく。なぜかやたら視線を感じる。用事で他の部署へ行ったときにも同じような雰囲気を感じた。気のせいだろうと一度自分を納得させたものの、やはり見られている。俺はなぜこんなに注目されているのか?


 昼休み、浮かれた設楽が飯を誘いに来た。会社から少し離れた蕎麦屋で、視線の原因を知らされた。


「噂になってるぜ。ラナちゃんとお前の部下の山本の修羅場」


 なるほど、そういうことか。確かに騒ぎを聞きつけた社員が群がっていたような気がする。


「初めから見ていた奴らが口々に話してるぜ。『山本が鮫島課長の恋人らしき女性に喧嘩を売っていた』とか『散々ひどいこと言った挙句、親まで巻き込んで手切れ金まで出そうとした』とか。他にも嘘か本当かわからないことまでいろいろ流れてる」

「そうか」


 噂として広まっていたこと以外は特別驚くことはない。この件は自分でどうだったかを理解している。


 設楽は反応が悪い俺に構わず話を進める。


「山本さ、評判よくないだろ。仕事しないし、派手だし、いじめとかもしてたらしい。その上、気に入った男にだけ態度違うだろ。女子社員が土下座した山本を『いい気味だ』とか言ってるのも聞いたし。山本に土下座させた女として、ラナちゃん伝説になるかも」

「何だよ、それ」

「俺、言われたもん。『設楽係長は鮫島課長の恋人をご存知ですか? 知っていたらお礼言っておいてください』って。相当嫌われてたんだな、あいつ」


 ……お礼ね。女って恐ろしいな。いくら多大な迷惑を被った俺でも『いい気味』とまでは言えない。


「それでお前は知ってんの? この事件」

「ああ。ほぼ初めから見ていたからな。専務と一緒に」

「じゃあさ、ラナちゃんが切れて『性格悪いところも全部好き』とか『顔とか肩書きとか関係なしに鮫島を見たことがあるのか』とか『出世できなくても一文無しでも好き』とか言ってたのは?」

「……まぁ、ほとんど合っている」


 ちょっと待て。そんなにこと細かに噂になっているのか。誰かボイスレコーダーで録音でもしていたのか? 俺は呆れた。


 俺の言葉に設楽はニヤニヤ顔。これはくる……、からかってくるぞ。


「あの短い期間であそこまでよく打ち解けたな。ラナちゃん、お前にすげぇ惚れてるじゃねぇか。お前もラナちゃんと付き合いだして、少し表情が柔らかくなった気がするし」


 表情が柔らかい? そんな自覚は全くないのだが、設楽が言うのならそうなのかもしれない。


「でもよかったよ。ラナちゃんみたいな子がお前の相手で安心した」


 設楽の言葉に少ししんみりする。離婚直後もこいつにだけは本音をさらしていた。そのたび飲みに行っては、慰めなのかわからないような方法で俺を元気づけようとしてくれていた。


 俺もラナをお前に認めてもらえて嬉しいよ。絶対言わないが。


 感傷に浸っていた俺を置き去りに、設楽は余韻に浸ることなく急に話を変えた。


「でもさ、あの人事部長がよく土下座したよな。権力に弱いとはいえ、いくら専務が紹介しただけの子に頭すら下げなさそうなのに」


 それは俺も思った。ただ『謝罪しろ』と言ったときにはしなかった。それなのに『内密だ』と前置きした上で専務が言った言葉で態度を一変させた。一体専務は部長に何を言ったのだ?


「ま、とにかくお前の恋人の存在が社内に知れ渡ったみたいだし、ラナちゃんのバックに専務がついてるみたいだってことも一緒に広まってるから、お前に近づく女もぐっと減るだろう」

「近寄る女が減るのはいいことだが、専務のことは関係ないだろう」

「あるって。あの専務の秘蔵っ子と呼ばれているお前が、専務紹介の子と付き合ってる。ということは下手に近づこうもんなら専務の不興を買う恐れがあるってこと。しかもお前も気に入っているとなれば、余程自分に自信があるか馬鹿な奴ぐらいだろ、お前に近づける奴」


 専務がそんなことで怒りの矛先を向けるとは思えない。しかしどっちにしろ願ったり叶ったりだ。


「今後の懸念材料は全部お前に降りかかる。専務の設けた見合いで会ったラナちゃんと付き合うってことは、会社の派閥抗争に乗っかったことだろ? いろいろやっかみとか言われるかもしれないが、気にするなよ。例えば『出世目当てだ』とかさ」


 それはありうる。しかしそんなことは大した問題じゃない。一応俺も課長職まで上がって来た人間。仕事もそれなりに成功させてきた。やっかみを跳ね除けることはいともたやすい。言いたい奴には言わせておけばいいのだ。ラナにさえ被害が及ばないならどうでもいい。


「でもさ、そのやっかみもごく一部だけらしいぜ。ほら、人事部長も評判悪いだろ? 結果、一泡吹かせた形になった。だから結構お前に好意的な意見が多い」

「ふぅん」

「あれ、興味ない?」

「そんなことはどうでもいい」


 ぶっきらぼうにそう答えると、設楽はまた話の矛先を変えた。


「じゃあ公衆の面前でのラナちゃんの愛の告白、どう思った?」


 「実はこれが一番訊きたかったんだよなぁ」と面白がる設楽。



 正直言って、ラナがそこまで俺のことを想ってくれていたとは思わなかった。『嫌いじゃない、割と好きな方』と言われたのが約二週間前。しかし昨日は『欠点だらけでもいい、一文無しでも好き』に変わっていた。『出会いは見合いでも、今はちゃんと彼に恋してる』とも言っていた。予想外だったが、嬉しかった。


 山本親子に対して怒っていたのに、ラナは自分に対して怒りを向けていると勘違いしていた。そんなことあるわけない。謝る必要なんてないのに、傷ついたのはラナなのに、俺に必死に謝罪していた。


 そんなラナを見ていて、簡単に箍が外れてしまった。気がついたらキスをしていた。その上彼女が『いい』と言うまで待つと約束したにもかかわらず『家に帰したくない』だの『今すぐ俺のものにしたい』だの口にしていた。自分の呼称さえ”私“から”俺“に変わっていた。知らずのうちに気をつかっていた壁が外れた瞬間だった。


 あのときラナの腹の音さえ鳴らなければ、こういうことに慣れていない彼女を丸め込んでいたに違いない。心も身体も感じたい、愛したい。こんな気持ちになったのは初めてだった。


 結局ことは進まなかったが、あの一件で俺とラナの距離は確実に縮まった。そう考えると、あの出来事は嫌なことばかりではなかったと思える。



 設楽の質問には「秘密だ」とだけ言っておいた。ラナにさえ言っていないことを、どうしてお前に言わねばならんのだ。


 「つまらん」と設楽はへそを曲げる。それでもまだ諦めていないのか、「今すぐラナちゃん連れてうちに来い!」と言う。ラナに根掘り葉掘り聞くつもりなのか、嫁と一緒に俺を質問攻めにする気なのか。


 どちらにしろまだ設楽家には行かない。あの家には最大の敵と言ってもいい由理ちゃんがいる。あの子がいたらラナは俺を放置するだろう。あんな小さな子に嫉妬するなど大人気ないが、今はラナの心を独占したい。ラナを俺の虜にしてから会わせても遅くはないはず。まだラナとの仲を邪魔させない。







 最後はちょっと大人気ない独占欲を晒した鮫島でした。


 ちょっとお知らせです。物語が一区切りしたので、次回は前から活動報告等で言っていた番外編を新しいページで立ち上げようと思っています。番外編を本編に入れるか散々迷いましたが、どうも本編が長くなりそうだったのでやめました。

 時系列的には『後日談』の続きで、三話ほど予定しています。その三話以降の番外編は、時系列は関係ないです。もちろん番外編を読まなくても本編に影響はありません。

 よろしければ番外編もお読み下さい。お願いします。

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