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接待での出会い

鮫島視点です。

 ラナとデートするはずだった金曜の夜、俺は部下とともに接待のため、とある和食料理店に来ていた。相手は取引先のお偉いさんだ。


 同行した部下は二名。この会社で現在受け持っている企画の担当者・森口と若い女性がいた方がいいとの上司命令で山本だった。


 森口はよく気がつき、なかなか見どころのある男だったが、山本が少々問題だった。会社に一体何をしに来ているのだと感じるほどの派手な身なりで出社する。今日は接待だときつく言い聞かせたから大分ましな格好をしているが、毎日こうならどれほどいいことか。


 仕事も杜撰で人によって態度をコロコロ変えている。そんな彼女に誰も強く言えないのは彼女の父親が人事部長だからだろう。もちろん俺はきちんと注意はしているのだが改善されない。そして最大の問題があった。


「素敵なお店ですねぇ。こういうところでデートしたいなぁ。ねぇ、課長」


 この言葉でもうおわかりだろう。彼女は俺に気があるらしい。顔か? 出世が見込めそうだからか? かなり迷惑な話だ。そして嫌いなタイプ。


 彼女の前にうちの部署にいたのが現在設楽の嫁である酒井(旧姓)だったため、いけないことだがやはり比べてしまう。そして設楽を恨めしく思ってしまう。


 彼女がうちの部署に異動になった裏には人事部長のコネがあるに違いない、と社内ではもっぱらの噂だ。そしていつまでたっても仕事をまともにこなせないのに、いつまでもこの部署にいられるのも父親の力らしい(引き取り手がないから異動出来ないという説もある)。


 渋々だが、彼女に返事を返す。


「彼氏に連れてきてもらいなさい」

「やだぁ。そんな人いませんよぉ。でも課長ならいつでも……」


 そう言って頬を染められてもね……。返し方が本当に面倒だ。話していて疲れる。森口が『大変ですね…』と憐みの表情で俺を見る。そんな視線をよこすなら、こいつをどうにかしろ! あぁもう早く接待始まってくれ!


 ようやく先方がやって来た。助かった。いくら山本でも取引先の人間の前では借りてきた猫のようにおとなしく、しおらしかった。


 そろそろ料理が運ばれて来るであろう。ちょうど座敷の障子の向こうで声がかかった。


「失礼いたします」


 料理を運んできた仲居の顔を見て、驚きのあまり一瞬固まってしまった。着物を着たラナだった。俺は接待だということも忘れてラナを凝視した。俺の視線に気づいたラナはあくまで営業スマイルを貫き、軽く会釈するのみだった。


「鮫島君? どうかしたかね」


 取引先の人の声で我に返って仕事モードに戻った。


 その後何度か料理を運んできたラナが気になって、どうしてもチラリと見てしまう。それでも順調に接待は進んでいった。


 会食が終わり、接待も無事終えた。先方を見送り、部下二人ともその場で別れる。


 俺はしばらくラナを待つことにした。ラナのバイトが何時までか知らないし、会えるかどうかも分からなかったがそれでもよかった。接待前は顔が見たいと思っていて、偶然だが見ることができた。でもそれだけでは満足できない自分がいた。話したい、営業スマイルではない笑顔が見たかった。


 それにしてもまさかここでバイトをしていたとは……。ここは会社でよく接待に使う店だ。俺も以前に何度か来たことがあった。もしかしたら見合いで出会う前に客と従業員としてすでに出会っていたのかもしれない。運命、なんて言葉が脳裏をよぎったが、柄でもないのですぐ打ち消した。


 それに少し動揺してしまった自分とは対照的に、ラナは俺を見ても顔色一つ変えずに仕事の姿勢を貫いた。表情を全く崩さない様子に感心するも、本心では悔しかった。それでも普段とはまた違った彼女の一面を見られて、普通のデートよりも得した感じがした。




 午後十時を過ぎた頃、ラナが店から出てきた。意外に早くバイトが終わってホッとする。女の子があまり遅くまで出歩くのはどうかと思う。それが自分の彼女なら尚更だ。


 俺の姿を見つけたラナが嬉しそうな顔をして小走りで駆け寄ってきた。


「鮫島さ~ん! 待っててくれたんですか?」

「お疲れ様。そうだよ。さっきは話せなかったからね。駄目だった?」


 そう訊くと首が取れるんじゃないかと思うほどブンブンと横に振った。


「まっさかぁ。わたしも話したくてウズウズしました。接待、お疲れ様です。デートはなくなっちゃったけど、仕事モードの鮫島さんが見れて貴重。レア。むしろ接待バンザイ!」

「それを言うならこっちもだよ。ラナの仲居姿もなかなかだった。でも営業スマイル崩せなかった」


 大人げなく拗ねたようにそう言えば、ラナがプッと噴き出した。


「拗ねてるんですか? そんなの本当はびっくりして心臓バクバクでした。でもあえて平静を装ったんです。これでも接客業は長いんですよ!」


 駅へ向かいながらラナと話を続ける。時間にして十五分ぐらいだろうか。わざとゆっくり歩く。遅くなるのは分かるけど、ちょっとの時間でも長く一緒にいたい。


 やっぱりラナと話していると安らぐ。俺は無意味にラナの頭をわしゃわしゃと乱暴になで回した。ぐしゃぐしゃになった髪を整えながらラナが膨れ面をする。


「もう! ぐちゃぐちゃ……。全くオジサマの行動はやっぱり理解できませんね。もう帰るだけだからいいんですけど」

「人をジジイ呼ばわりするの、いい加減やめない?」

「ジジイじゃないです。オジサマです。フェロモンムンムンのダンディズム」

「何それ。ラナの言っていることの方がよくわからない。それよりここの他にはどこでバイトしているの? もう突然遭遇して動揺するのは嫌だからね」

「えっと、ここは夜がメインでいつもは十一時半までです。今日はピンチヒッターなんで早めに上がらせてもらいました。……そういえば、鮫島さん、わたしが出てこなかったらいつまで待つつもりだったんですか?」

「いつまでかな。わからない」


 そんなことよりいつもは十一時半? 遅すぎる。夜道は危ないだろう。


「あとはカフェです。そこは早朝からだったり昼からだったりまちまちです。たまに短期のバイトも少々……」

「ラナさ、夜のバイトもう少し早く帰れないの? 夜は物騒だし、もし終電乗り遅れたらどうするの」


 俺の心配もラナにはどこ吹く風だ。


「鮫島さん心配し過ぎ。夜遅いときは、あらかじめバイクで行くから電車はいいんです。それに明るくて大きい道路通ってますから」


 あまりの危機感のなさに、つい説教するような口調になる。


「ラナは女の子なんだから気をつけなさい。バイクも危ない」

「……お父さんみたい」


 ボソッと呟いた言葉にカチンとくる。誰が父親だ!


 もう駅はすぐそこだ。俺は立ち止まり、ラナの頬を両手で包んで上向かせる。


「……彼女を心配して何が悪い」


 そう言ってラナの額に口づけを落とす。一瞬にして茹でタコのようになったラナはうろたえる。


「それに父親はこんなことしないと思うけど?」


 真っ赤なラナは騒音にかき消されそうな小声で呟いた。


「そ、そうですね……」

「わかればよろしい。ほら、駅に着いたよ。気をつけて帰りなさい」


 少しフラフラした感じで改札に向かって歩いていく。ちょっと刺激が強かったか?


「ラナ!」


 呼び止める声に振り向いたラナに、とどめの一言を落とすことにする。


「会えてうれしかったよ。ラナもそうでしょ?」


 再び赤く染まっていく顔。ラナは泣きそうな顔でこう叫んで改札の向こうへ消えて行った。


「もう! 悔しいから嬉しくありません!!」


 それは嬉しいって言っているよね。悔しいってつけちゃ意味ないよ。クスクス笑いながら自分も別の改札へ急いだ。


 ラナと話しているのが楽しすぎて、俺たちの後をつける人影に全く気づくことが出来なかった。そして事件は起きた。





鮫島お父さんですね。


次回、事件起きちゃいます。事件って言うほどのことはないかもしれませんが…

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