ラブメール
初の鮫島視点です。
仕事の合間に喫煙室へ向かい一服する。ゆらゆらと立ち上がる煙草の煙。口に広がる苦みはどうにもやめられない。じっくり煙草を味わっていると喫煙室に入ってきた人影。
「やぁ、鮫島君」
「竹田専務、お疲れ様です」
慌てて煙草を消そうとするのを手振りで止められた。
「いいよ、そのままで。私も一服しに来ただけだから」
そう言って専務も煙草を取り出し、火をつけた。
日頃からとてもお世話になっている上司だ。目をかけてもらっているし、よく話をさせてもらうが、二人きりの場ではやはり緊張感が違う。
「お見合いの席では申し訳なかったね。一応年の近いお嬢さんを呼んだのだが。でも君がラナちゃんを気に入ってくれてよかったよ。樫本も喜んでいた」
専務の友人であるラナの父親の顔が浮かんだ。専務に連れられて行った飲み屋で紹介されたその人は、自分のことを気に入ってくれたらしい。飲みながら『うちの娘の誰かと結婚するか?』なんて冗談みたいなことを言われたのを思い出す。
見合い相手が樫本さんの娘ということも知らなかった。さらに言えば、その人の娘に結婚前提の交際を申し込むことになるなんて、夢にも思わなかった。まさかあの人を“義父”と呼ぶ日が来る可能性が現実味を帯びてくるとは……。
「そうですか。こちらこそラナさんと出会う機会を頂けて感謝しています」
今は素直にそう思える。初め、見合いはあくまで義理立てするもの。だから見合い写真も見なかった。ラナと対面したときはずいぶん若いのが来たなと思ったが、自分が思っていたよりもさらに若かった。まさか一回りも年下とは。
これまで近づいてきた女は金と顔、肩書きで寄ってくる女ばかりだった。だからかラナみたいな女性は新鮮だった。内心を探ることなく表情にそのまま出る。
姉の代わりに謝罪に来ただけの自分が見合い相手でいいと言う俺に不機嫌さを隠そうともしなかった。それから俺の言うことなすことすべてに不満を募らせ、表情はどんどん険しくなっていく。そんな彼女を珍しく思い、つい突っかかってしまった。
ラナに興味を持った、とどめはやはりあの一言。
『どうせ見た目で寄って来た女とっかえひっかえした挙句『仕事だ』とか言って放置なんでしょう。そんなんだから嫁に逃げられたんじゃないんですかっ!』
あまりに図星を言い当てられて、大爆笑してしまった。初対面の人間相手にこんな風に素で笑った経験はない。
料理を大口を開けておいしそうに食べるところも好ましく思った。でもまさか懐石料理をすべて平らげた直後にケーキセットをペロリと完食するとは。どんな胃袋をしているのだろうか。
それから頑なに奢られることを拒否したことも珍しい。今の若い子は“奢ってもらうのは当然”という態度の子が多いと思っていた。
ラナはいろいろな意味で出会ったことのないタイプの女性だった。
話していても年の差を感じなくて、ついつい時間を忘れた。ラナといるのが楽しくて、もっと知りたいと興味を持った。
だから後日、専務の奥様から見合いについて尋ねられたときに、自然とこの言葉が出てきた。
「この話、進めて下さい。ラナさんと正式にお付き合いさせていただきたいのです」
奥様はびっくりしていたから、ラナ本人もさぞや驚いただろう。遊園地に行ったときも、ずっと何か訊きたそうな顔をしていたから。
一回りも年下との付き合いなどしたことがなくて予想もつかなかったが、ラナの性格上言いたいことはズバズバ言ってくるから正直助かる。昔は『言わなくてもわかってよ』と散々言われたものだ。
遊園地ではさすがに設楽一家と遭遇したのは驚いた。ラナが由理ちゃんと仲良くしたいがために俺に向けた微笑に魅入られたのは秘密だ。あんな笑顔見せられて嫌だと言えるわけがない。
人見知りの激しいあの子がいともたやすく懐くことは珍しい。何度か会ったことのある俺にすら、未だに近寄って来ないというのに。
由理ちゃんと同様にはしゃぎ疲れるラナは子供のようだ。寝顔を見て心が休まる。大人のはずなのに、恋人のはずなのに、子供を心配する親のような心境も抱く。俺に子供などいないのだが、放っておけない、目が離せない。純真すぎるのだろうか。
お化け屋敷でどうやら一泡吹かせようとしていたみたいだったが全く怖くはなかった。実は部下にお化け屋敷マニアがいて、あのお化け屋敷のどこに、どんなお化けが、どのように出てくるかをこと細かく延々語りつくしていた。それを知っていれば怖がりようもない。聞いたときは『知ったら意味ないだろ』と苦笑したが、実際助かった。
怖がり泣き叫ぶラナが俺に抱きついてきたときは自然に抱き締めていた。震える小さな身体を守ってあげたいという気持ちがこみ上げる。“カップルで入ればラブラブになること間違いなし”の触れ込みは間違ってはいなかった。
観覧車ではとうとう俺の真意を聞いてきた。話を聞いているラナが戸惑っているのは明白だった。でもあの言葉の数々に嘘はない。
男慣れしていなくて、ついついからかってしまった。抱き寄せたり、冗談で『キスしようか』なんて言ったりしたときの慌てぶりは本当にかわいかった。彼女とならうまくやっていける、そう思えた。
専務が煙草の火を消し、俺に言った。
「ラナちゃんと仲良くしてくれたまえ。彼女、まっすぐでいい子だから」
喫煙室を後にする専務に頭を下げて見送った。その後、専務と入れ替わりに設楽が入ってきた。
「よお。あの後、ラナちゃんとどうにかなったか?」
完全にからかう素振りを見せている。同期で仲のよいこの男は、自分のことを話のネタにされることは嫌うくせに、人のことには容赦ない性格のねじれた奴だ。
「なるわけないだろう。付き合って初めてのデートだぞ」
「そっか。だよなぁ。あの子、経験なさそうだったしな」
それは放っておいてやれよ。というかお前が言うな! 男に免疫のない俺の部下を巧みに囲いながら懐柔して結婚まで誘導したくせに。せっかくの使える人材を結婚退職で奪っていきやがって。あいつが抜けた後、俺がどれだけ苦労したと思っているんだ。
俺の心情に全く構うことなく、設楽は話し続ける。
「しかし初対面で爆笑したんだろ? あの子に。俺ですら初めは線引かれていたのに。ちょっとジェラシー感じるなぁ」
「会社の人間なんかに素なんて見せるか」
「彼女だって一応会社関係に入るだろ? なんせあの竹田専務が設けた見合いなんだから」
そう。あのときは仕事の一環だと割り切って営業顔、もしくは相手から断るように仕向けようとした。しかしラナ相手だとどうも調子が狂ってしまう。
「あの子、面白いよ。専務を“おじちゃん”呼ばわりだぜ? びっくりして麻理と思わず顔を見合せたもんな。あとお前の女関係の話しても全く動じなかったし」
「おい。余計なことを言ったんじゃないだろうな」
「さあな」
本当にふてぶてしい男だ。この男には入社してからの女関係のほとんどが知られているから厄介だ。ラナに誇張して話しかねない。要注意だ。
煙草を消し、おもむろに携帯を出すとメールが来ていた。差出人はラナだった。メールを開き、困惑する。そんな俺の表情を読み取ったのか、設楽がそばに寄って来て画面を覗き見る。
「おお、噂をすれば彼女からのラブメールか」
『 愛しのダーリンへ
お仕事お疲れ様です。今日は親友とランチしています。
素敵な彼氏が出来たって、自慢しまくってます。
でもダーリンのこと話してたら会いたくなっちゃった……
ダーリンはきっとお仕事で忙しいよね? わがまま言わずに我慢します。
でもちょっとでいいからラナのこと、思い出してほしいな……
また時間があいたらデートしようね。
お仕事頑張って。ラブ。
あなたのハニーより 』
……これ本当にラナのメールか? 『ダーリン』? 呼ばれたことないし、呼びそうにない。
第一、こんなラブメールと呼ばれるものを送りそうにない。会った日から一度も連絡を取っていないのに。予想だが、親友とやらにはっぱをかけられたってところだろうな。
画面を見ながらクスクス笑っていると、設楽が呆れ顔で俺を見る。
「あーあ。いいねぇ、一回りも年下の彼女。初々しくてむず痒くなる」
「いいだろ。お前だって似たようなメール、嫁に送っているんだろうが」
設楽を置き去りにして喫煙室を出る。フロアの突き当りでラナに返事を打つ。絶対送らないような文面をしたためてみる。
『 かわいいラナ
素敵なメールありがとう。とてもうれしいよ。
仕事は忙しい方だと思う。でもラナに会うための時間はあるから。
金曜の夜、会える? 』
メールでこんな甘いことを送った記憶はない。送信して仕事に戻る。
不思議だが、疲れが和らいだ気がする。ラナのことを考えるだけで心が温かい。もしかしたら本格的に捕まってしまったのかもしれない。一回りも年下の彼女に。
お化け屋敷での鮫島の余裕さの理由が判明しました。
しかも”恐怖の館”の触れ込みも知っていました。
ラブメールの真相はバッチリばれていました。
勘がよすぎですね。




