目覚めたら修羅場
連載始めました。
拙いですがお読みいただけたら大喜びです。
よろしくお願いします。
太陽の光がカーテンを通過し、その熱がベッドに横たわるわたしの顔に当たる。その暑さで眠りから覚めていく。いつものことだが今日のそれはすっきりしたものではない。
まどろむ意識の中で小さな怒号が耳に入ってくる。覚醒していくとその声は次第に大きくなる。でも何を言っているかまでは聞き取れない。
最悪の目覚めを迎え、ベッドからのそっと起き上がる。ボサボサであろう髪を掻きむしり、唸る。
「うぅー、うるさい……」
部屋を出て階段を下りる。リビングのドアを開けると今度ははっきりとした怒号が耳に入ってきた。
「何でわかってくれないの!」
「駄目だ。絶対に認めん!!」
声の主は父と姉だった。睨む姉、そんな姉に全く取り合う素振りのない父。そしてそんな二人をオロオロして見守る母。日曜の朝っぱらから何をしているのか。
「何してんの。こんな朝から」
対峙する二人の間に一声かける。するとオロオロしていた母が表情をガラリと変え、眉間にしわを寄せる。
「朝? 今何時だと思っているの! もう十一時よ」
時計に視線をやると確かに十一時を過ぎていた。でもいつものことだと気にしない。
ふとソファーに座っている姉に隠れて見えなかった男性の姿が目に入る。彼は気まずそうに畏まっていた。
「……誰?」
誰ともなく訊くと父からこちらに目線を向ける姉の沙羅。
「おはよう。彼はわたしの恋人よ」
男性はその言葉を受けてソファーから立ち上がり、わたしに頭を下げた。
「はじめまして。沙羅さんとお付き合いさせていただいています、的場隼人です」
丁寧な挨拶に慌てて頭を下げる。
「どうもご丁寧に。妹のラナです」
客がいるなら教えて欲しかった。こんなだらけきった格好を家族以外にさらすなんて……。ジャージにTシャツはまだしも、このボサボサ頭だけは直したかった。まぁいいけど。
冷蔵庫から水を出してダイニングの椅子に腰かける。リビングのソファーには近寄りたくない。するとその場がいたたまれなかったのか、母がやって来た。
「っていうか姉ちゃん彼氏いたんだ。若くない?」
誠実そうで顔もまあまあ。見た感じわたしと同年代かな。
「二十五歳だそうよ」
母の言葉に「二個上かい!」と呟いた。三十二歳の姉とは七歳差か。やるじゃん、姉ちゃん。
と、ここで記憶の中の何かが引っ掛かった。……待てよ。
「そういえば姉ちゃん、今日見合いじゃなかったっけ?」
二週間前に近所のおばちゃんが姉に見合いをセッティングして、父も乗り気だったことを思い出す。母もすっかり忘れていたようだ。急に慌て始めた。
「あらやだ、そうだったわね。どうしましょう。こんな状況じゃ行けないわ」
「どんな状況なの?」
どうやら姉はずっと彼に片思いしていたらしい。なかなか告白できないでいるうちにお見合いの話が決まってしまった。どうせ見合いするならせめて彼に気持ちを伝えてすっきりしてしまおうと告白したところ、両想いだったことが判明。交際を始めたが今更見合いを断れるはずもなく悩んでいた(近所のおばちゃんの顔に泥を塗ることになるから)。
それでも見合いをしたくなかった姉は昨夜彼と外泊。早朝帰宅したところ父と遭遇。それから彼を呼び出して交際を認める、認めないの攻防はかれこれ三時間ほど続いているらしい。
ふーん、とその様子を眺める。当日にごねるならさっさと見合いなんて断ればいいのに。父も姉も頑固だから絶対自分からは折れない。間に入る母はさぞかし大変だっただろう。
ぼんやり考えていたちょうどそのとき、母がとんでもないことを言い出した。
「ちょうどいいわ。あなた今日休みでしょう? 『お見合いできなくなりました』って謝りに行ってきてくれない?」
「ええ!? 何でわたしが? 電話でおばちゃんに謝ればいいじゃん」
わたしの抗議に母は首を横に振る。
「駄目よ。お見合い一時からなの。相手の方もおそらく向かってしまっているわ」
一時!? あと一時間半しかない。
「やだよ。お腹すいたし、休みは家から出たくない」
ここで母から悪魔の囁き。
「お昼はお見合いの席で用意してあるそうだから、ちゃんと謝ってごちそうしてもらいなさい。いいわねぇ、高級ホテルの懐石料理よぉ」
高級ホテルの懐石料理かぁ。よだれが……。はっ、いかん、負けるな!
「ドレスコードとか、やっぱ面倒くさい」
なかなか頷かないわたしにとうとう母が切れた。
「いいから早く行きなさい! あなた、お父さんとお姉ちゃんの間でフォローできるの!?」
それは断固お断りしたい。こう母に一喝されてしまったら覆すのは無理。母も実は負けず劣らずの頑固者。この両親からの頑固DNAがわたしにも受け継がれていると思うとゾッとする。
仕方なく出かける準備を始める。ドレスコードに引っ掛からない服に化粧もいるな。ああ面倒。
服は結婚式用に買ったワンピースにボレロとタイツ。髪は纏めてフルメイク。ヒールのある靴にコートを羽織って家を出た。
出かける際に母が「タクシーで行きなさい」と三千円をくれたが、ホテルの場所を聞き、電車で一時間かかるところにタクシーで三千円で行けるはずもなく、また時間の読めないタクシーより電車の方が確実と判断した。余ったお金はありがたく頂いておく。
スカートじゃなきゃバイクで行けるのにと、ぶつくさ独り言を言いながら駅へ向かって歩き出した。
ありがとうございました。