失ってから(母)
気にならないと言えば嘘になる。
最近義母さんの様子がおかしい。
昼間、今までであれば、義父さんの愚痴を毎日のように言い、私が聞いていてもうんざりする程だった。
しかし、義父さんが他界して、通夜と告別式が終わってから変貌した。
衣類のセンスが若々しくなり、年の為かロクに化粧もしていなかったのに、最近では毎日のように、三面鏡の前に座り楽しそうに鼻歌まじりに化粧をしている。
旦那に相談すると、父が他界し、自分の生活が確保出来た事で、心にゆとりが出来たのだろうとの事だった。
しかし何かおかしい。買い物に出掛けるにも念入りに化粧をし、義父さんの遺影に向かって毎日何かを呟いている。不信に思たった私は、罪悪感を感じながら、義母さんの引き出しにある手記を手にとって眺めてみた。
『6月16日 貴方がいなくなって、心に大きな穴が開いたようです』
『7月2日 あの子は、祐美子さんの言う事しか聞かない。実美は、もうすぐ幼稚園に行きます。隆弘は、だんだん私から離れて行っているようです。貴方を失って、私は自由になりました。でも心に開いた穴は塞がらない。どうして、私も連れて行ってくれなかったの? 私は今、外出の度に昔を思いだして、化粧をしています。もう一度、もう一度だけでいいから、愛してると言って下さい。貴方の声が聞きたい。貴方の笑顔が見たい。隆弘や祐美子さんは、初めは落胆していたようですが、今では何も変わらなかったように生活しています。庭先のチューリップが色とりどりの花を咲かせました。もうすぐ四十九日ですね。貴方の大事なチューリップは、貴方の遺影のそばに飾っておきます。隆弘が大事に育ててくれたんですよ。私もそこに連れて行って下さい。貴方の傍で笑っていたい。それだけが、今の私の望みです。また、貴方と同じ手記を書きますね。貴方の心が少しでも分かるように。追伸、二人目の孫が産まれました。名前は栗栖。元気な男の子です。また、貴方の写真のそばに飾っておきますね。それではまた、お話します。早く私を迎えに来て下さい。いつでも準備して待っています。美津。』
そう書かれた手記を見て、私は涙が止まらなかった。隆弘さんには内緒にしておこう。コレを見たら、また隆弘さんは落胆するだろう。この手記の内容は心の中にしまっておこう。それが、隆弘さんの為だ。
『8月24日 義母さんは地下鉄のプラットフォームから飛び降りた。即死だった。私は今、自分の本棚の間に義母さんの手記を隠している。隆弘さんに見付からないように』
そんな手記を、たまたま見つけたのは、部屋の整理をしていた時だった。祐美子の思いに感謝しながら、また涙が止まらなかった。
配偶者が他界して、水を得た魚のように、生き生きする者もいる。しかし、その反対もいる筈だ。




