ピレナイの山道
ピレナイの山道を進むドディたち。シィバの過去が少し明かされる。
ACT 5
「は、速すぎ、る、よ、み、な、さん」
そう息を荒げて言うのはフォルシナ王国第二王子、シェリン=バルボア。ドディたちはこれでもシェリンに合わせている、のである。さすがにシィバだけはぴったりと王子にくっついて離れない。これが忠誠心というやつか?
「だっらしないわねー、やっぱり王宮でぬくぬくと育ってきたからかしら?」
「おい、王子様に失礼な物言いをするとか」
ジャンヌの毒舌をドディがたしなめる。
「いい、ん、だ。その、と、おり、だ、か、ら」
一国の王子なのに腰が低い。それが庶民に人気の理由なのか? とドディは王子が追いつくまで歩みを休め、そう思った。
――ここはピレナイの山脈。フォルシナ王国とエスバリーネ王国の国境にある山脈だ。道は険しく、山越えするのにも辛いのに、その山越えルートを外れてさらに奥地に入ろうとしているのだ。
もちろん地図に描かれているところを目指して。
「ほんっとうに足手まといねぇ、仕方ないけど」
そう、仕方ないのだ。シィバがあの後話したところによると、先にレダの宝玉を見つけ出した方に王位を譲る、とのことだ。それで、あちらさん、ヴェルヒャー王子側も必死だったのか、と納得したものだが。レダ神の力とはそんなに魅力的なものなのか? レダ神の魂が封印されているだけでどういう効力があるのか分からないのだが。そういうこともマダール五人衆の親玉とやらが、ヴェルヒャー王子に吹き込み、それがさらにフォルシナ王国国王、ピドナ二世の耳に入ったのだろう。
と、シィバが剣を抜いた。何かの気配を感じたからである。もちろんドディも剣を抜き、ジャンヌも戦闘態勢に入っている。
――空だ!
剣で急降下してきた巨大な鷲、グレタイーグルを斬りおとすドディ。鮮血と羽根があたりに舞い上がる。
シィバはシェリン王子を守りながら、次々に襲い掛かるグレタイーグルを斬って斬って斬りまくった。
しかし、これでは切りがない。仲間が斬られるのを見たグレタイーグル、しかしいつ急降下するか機会を待っているようだ。空には数十羽の妖鷲が飛び交っている。
「東風の刃!」
ジャンヌが呪文を唱えた。「木」の呪文だ。真空の刃が上空のグレタイーグルたちを切り裂いていく。こちらを襲うのは諦めたようで、群れは飛び去っていった。
「ふぅ、助かったぜ、ジャンヌ」
「これでも魔道士のはしくれなんだから」
そこへシェリンが近づいてきて、「ありがとう。おかげで助かったよ」と礼を述べた。あまりの丁寧さにジャンヌは毒気を抜かれた顔をして、「あ、うん。どういたしまして」とつられたように丁寧に答えた。
「なんか、シィバがこのシェリン王子を擁立したのかが分かる気がするぜ。本当にいい子のようだなぁ」
ドディがそう言うと、シィバはいつもと違った照れ笑いを見せた。冷静で表情を崩さないシィバが、珍しいな、とドディは思う。
さらに奥に進みながら、シィバは話す。
「私の守るべき存在ですから。シェリン王子は」
さっきまで賑わしかった、どこまでも蒼い空を見上げながら、シィバは言った。自分にとってのジャンヌなのだろうか、とドディは思う。
「ねぇ、シィバさん。なんでそんなにシェリン王子に肩入れしてるわけ? 性格がいいとか、そういう理由だけじゃないでしょ? 守るべき存在って意味深げじゃない」
シィバとシェリン王子が顔を見合わせてクスリと笑った。
「それはですね、シェリン王子が私の恩人だからですよ」
「恩人~!?」
そりゃジャンヌも驚くだろう。こんな頼りなさそうな少年がどうやって年上のシィバを助けたのか。
「おいおい、そりゃ初耳だな、シィバ」
ドディにも初耳である。それはそうだ。ドディはかなり長い間フォルシナを離れていたのだから、シィバの近況を知る由もなかったのだ。
「話しましょうか?」
「聞きたい聞きたい!」
噂話に興味があるのはオバサンだけではないらしい。ジャンヌは興味津々だ。
「俺も聞いてみてぇな」
話せば長くなりますのでかいつまんで、とシィバは前置きして。
「そうですね。私が昔あなたたちと同じように旅をしていたことは知っているでしょう? ドディ」
「ああ」
そう。シィバは貴族らしくなく、各地を放浪しまわっていた。このユーエン大陸に限らず、西のコンティエント大陸に一年くらいいたということも聞いたことがある。
「実は、あのせいで父親にいろいろ言われまして……、家督相続が危うくなったんですよね。それをシェリン王子の口添えで助けてもらったわけです」
「まあ、おまえんとこの親父さん、いい人だけどそういうところには厳しいからな」
「僕は、色んな知らない世界の話をしてくれるシィバが好きだったから当然のことをしただけだよ?」
本当にいい子だな、とドディは思う。そしてその温かさをシィバも分かっているのだろう。ドディは微笑んだ。シィバも微笑んだ。
そして、一人だけ驚いた顔をしている人がいる。ジャンヌだ。
「ええーっ、シィバさんって実は遊び人だったの? 結構真面目そうなのに?」
「遊び人だったからこそ、分かるものってものはあるもんだぜ」
ドディもそれを知っている。シィバの凄さは一般貴族の生活に甘んじず、世間の広さを知るため旅に出た。そしてそれはあの革命の影響だということ。
――革命で貴族たちは多くの特権を失った。それでも貴族自体はなくならなかった。議会の貴族院のほうで未だ力を持っているのだ。しかし、もうひとつの衆議院の存在により、その力は抑えられている。その状況は大変危うい。シィバはその状況に疑問を抱き、もっと世界を見たい、と外へ飛び出したのだ。そして今、その不安定な状況にさらに燃料が投下されようとしている。既にシィバが戻ってきていたのは僥倖だった。
「あ、何か建物が見えてきましたよ、あれって……物語に登場する農民が住む家ですよね?」
ドディが様々なことを頭の中でめぐらしていた時、シェリンはそう言った。
おかしい。こんな山奥に村なんかあるはずがない。しかし彼らの目の前にあったのは村だった。シェリンだけがこれを不思議とは思わなかった。ドディとジャンヌ、シィバはいぶかしげに、その村を眺めた。村の入り口に一人の老人が立っていた。
「ようこそ、真実を求めし者たちよ……さあ、お入りなさい。あなたたちが求めるものはここにありまする」
ドディは地図を見た。
――レダの宝玉があるところって。
地図の×印のつけられたところは、どうやらこの村のようだった……。
一年更新しなくてごめんなさい。意識の低い書き手です!!(ドヤァ!