それぞれの思惑
謎の男レンの動き、そしてドディのこれから。
男は窓から遠くを眺めやる。フォルシナ王国。ランス宮殿の一室。その青い双眸でぼんやりと遠くを見やる。そう、彼はレンと呼ばれる男だ。
「ドディ=コーリン」
男はドディの名前を、懐かしげに呟いた。旧友を呼ぶように。本当に昔を懐かしむかのように。
「ジャンヌ=ダルケン」
そして今度はジャンヌの名前を呟く。愛しい者を呼ぶかのように、低く、温かい声で。
「レン様、どうなされました?」
そう言ったのはパイフー。ドディたちとの戦闘から戻ってきたところだ。
「いや、なんでもない。とりあえず報告をもらおうか、パイフー」
さしものパイフーの首筋にも冷や汗が流れていた。それほどまでにレンという男の発する気、というものは強いのである。
「は、はい、彼らには逃げられましたが……それと彼らにはレン様の名は伝えていません」
パイフーは恐縮している。
「まあ、それはいい。で、確認できたのか?」
「はい、やはりあの女は……」
顔をパイフーに向けていたレンは再び、窓の向こうをぼうっと見つめる。
「ジャンヌ=ダルケン」
またジャンヌの名前を呟いた。本当に愛しい者を呼ぶかのように。そこへ扉が突然開き、一人の男が入ってくる。
「どうして、あいつらを逃がしたんだ? 地図が手に入らないではないかっ!」
語気荒げにレンに詰め寄る男はヴェルヒャー王子。その直後やはりパイフーと同じくヴェルヒャー王子はレンの出す気に押された。
「ふむ。いや、こちらにも策がありましてな。――あちらが動くのを待つのです。すでにチューチュエに動いてもらっています。」
「そ、そうか、な、ならばよい」
ヴェルヒャー王子も冷や汗をかいていることに気がついた。よほど焦っていたのだろう。
(ドディよ、楽しませてくれよ)
レンは口の端に笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
人影が見える。長身の男。それはとても懐かしい感じがした。
(あんたはいったい誰?)
ジャンヌは尋ねる。が、男は何も答えない。
(答えなさいよ!)
ジャンヌがいくら叫んでも、彼は答えない。
男は振り向かず先に歩き出す。
(待って!)
追いかけても追いつかない。何かの魔法のようだ。
(あんたは一体……)
◇◇◇◇◇
「ぐっすり寝てるな」
ドディは現在、フォルシナ王国首都、ピアリスのシィバの邸宅、レンシェン家の邸宅の一室にいる。貴族の邸宅だけあって、豪華にしつらえたベッド。ジャンヌはそこで眠り続けたままだ。
「とりあえず、これからどうするんだ? シィバ」
首をちょっと傾け、シィバは一考する。
「相手より先に、レダの宝玉を見つけましょう」
「それもシィバたちの想定内だろうな、ナターシャさんもそのつもりだよな?」
椅子に座った女性はウェーブのかかった金髪の持ち主。黒いワンピースを着ている。ナターシャ=ヴァイア。
「私は陰で支援します。調査の網は張りめぐらせてありますの」
(抜け目ないよなあ、さすがガトー=ヴァイアの娘、か)
ドディは一人納得し、これからのことを彼らに任せることを決断した。
「分かったよ、とにかくそのこともジャンヌが目覚めてからだけどな」
心配げにベッドに眠るジャンヌのことを見やった。
「う、ううん」
彼女の眼がゆっくりと開く。
「あんたは一体」
ドディとシィバが顔を見合わせた。
「あ、あれ? ここは? あたしは確か地下牢で……」
ぽむ、とドディはジャンヌの頭に乗せて柔らかい髪をくしゃくしゃとかき撫でた。
「ちょ、ちょっと~。ドディなにすんのよっ」
乗せられた手を両手で引き剥がすジャンヌ。
「ジャンヌさん、初めまして。ナターシャ=ヴァイアと申しますの、体の調子は大丈夫か確かめますね」
ナターシャはジャンヌの体に手をかざす。
「三日月の瞳」
陰の魔法。体の様子を確かめるための魔法だ。
「……大丈夫みたいですわ」
「言われなくても大丈夫よ! あたしピンピンしてるからっ」
ベッドから起き上がり、座ったままピョンピョン跳ねてみたりする。
「ジャンヌ、俺に死んでもついてくる気、あるか?」
その言葉にジャンヌは顔を真っ赤にした。
「ちょ、それって」
手をブンブンと顔の前で振って慌てるジャンヌを見て、ドディも手を振って否定のサインを示す。
「そういう意味じゃなくて、だな」
きょとんとするジャンヌ。
「つまり、私に協力してもらいたいんですよ、ドディとともに」
シィバの言葉にジャンヌはきょとんとしたままだ。自分たちに一体何を頼もうというのだろうか、といった感じで。
「レダの魂が封印されてるとかいう宝玉を探すんだとさ、まあ乗りかかった舟だ」
うんうんとドディの言葉にジャンヌはうなずいた。
(もしかしたら、あの夢に出てきた人に会えるかもしれない)
「うん、行く、地の底までついていくんだからっ」
ドディはそんな彼女を見ながら、あの男たち、ホァンロンとパイフー、そしてその背後にいる「何者か」がどう動くかが気になっているのであった。
遅れましてすみません。これからも書きつづけます。