一枚の地図
ハーン戦記やジェミニの初陣と同じ世界設定です。
きっかけは東方から帰ってくる途中に寄った村で受けた仕事だった。
「まさか、こんなことになるとはなぁ」
「いまさらそんなことを言ってもしょうがないでしょ!」
漆黒の髪に漆黒の眸、そして黒いジャケットを羽織った、全身黒ずくめの細身ながら背がひょろりと高い男、ドディ=コーリンに、こっちはドディと好対照の金髪碧眼の小柄な女の子――ジャンヌ=ダルケンが答える。
(――この地図がそんなに価値があるものだとはなぁ)
この地図を高額で買い取ろうとしている人がいる。宝の地図なんてものは大概眉唾なのだが。だが、テーブルの向かいに座っている旧友はそれが是非とも欲しいらしい。
「ちょっと考えさせてくれよ、シィバ」
「まあ、そっちも色々思うところがあるでしょうからね、ドディ」
シィバと呼ばれた男は、ジャンヌと同じく金髪碧眼だ。要するにマダール人の特徴を持った顔、といえる。背丈はドディよりは低い。
「あの盗賊たち、その地図がそこまで価値があるもんだと思ってたのかしらね?」
「さぁ……」
とある村で受けた仕事が村を荒らす盗賊退治、だった。お宝をしこたま貯めこんでいて、その中に古びた地図があった。
お宝のなかで一番パッとしない地図だった。金や銀で作られたネックレスやティアラ、古バルバス王国金貨などと比べれば、本当にパッとしない地図だ。
ドディは結構長旅をやってきているので、こういう地図を見て、宝の地図だとは思わない。
宝の地図に本物なし――だ、と思っている。
「な、シィバ、こういうのは本当にインチキが多いんだぜ? これを五万レーブルで買うとかありえないぞ? 大体アンタは貴族サマだろうが、お宝なんて必要ないほど金持ちだろ。いくら貴族から市民の社会になったとはいえ、この国が――」
「そんなことは百も承知ですよ、私が本気なのは、今までの付き合いで分かっているでしょう? ドディ?」
細い目を少し開きながら、シィバは言葉を返す。
(――相変わらず慇懃な言葉遣いと態度だよなぁ、旧友の俺に対してもよ。まあ、それも長い付き合いから分かっているんだけどな)
ドディはシィバに地図を売る決意をした。
「それじゃ――」
ドディがそう言いかけたとき、ドン、と扉が開いた。ちなみにいるところは、フォルシナ王国の都、ピアリスの『グローリア』というフォルシナ料理店だ。ドディの知り合いのケベレ=セルジュがやっている店である。
「その地図、我々に売ってもらえないか?」
えらく体格のがっしりした男だ。魔道鉱石の一つ、メッテタイトでできた鎧を着込んでいる。背後には白いローブを着た男たち。
「いきなりなんなのよ!」
ジャンヌはぷんぷんと怒りながらその男に言う。
「これは失礼、お嬢さん」
「あ、べ、べつにいいけどね」
意外に丁寧な態度に、毒気を抜かれたジャンヌ。だがドディはその男に慇懃ながら無礼なように感じていた。
「すまねぇが、先客がいるんでね」
ドディはドディとてぶっきらぼうに男に言葉を投げつける。
「とりあえず、名乗っておきましょう。私は、ホァンロンと申します。ある事情でその地図を探しておりまして」
メッテタイトを着込んだ大男はそう自分の名を名乗り、シィバと同じく地図を探していることをドディに伝えた。
「俺はドディ、ドディ・コーリン。旅の魔道士さ。んで、このちんちくり……いてっ!」
ジャンヌがドディのお尻をつねったようだ。
「だれがちんちくりんなのよ。あたしはジャンヌ。ジャンヌ・ダルケンよ。ドディと一緒に旅をしてるの」
「とりあえず自己紹介は終えたところで、もう一度……」
その言葉をドディは遮った。
「だ・か・ら。俺の目の前に座っている、この地図が欲しいっていう先客がいるんでね!」
「いえ、私は別にかまいませんよ? 先にそちらの相手をしてくれても」
シィバがそう言って、ドディをうながす。ただしドディとは旧知なので、無礼さは感じない。
「この地図を買いたいってんだろ? 幾らで買う?」
ドディはいきなりそう切り出した。だがホァンロンに面食らった風はない。
「百万レーブルでいかがですかな」
「城が一つ買えるな。で、シィバが五万レーブルか」
ジャンヌは目をくるくる回している。
「ひゃ、ひゃく……ええっ?」
普通の人だったら言うまでもない、ホァンロンの提案を受け入れるだろう。
だが。
「シィバ、五万とは言わない。ただで譲るぜ、その地図」
「ええーーーーーっ?!」
さらに目を回すジャンヌ。ドディに言わせれば眉唾物の代物を百万レーブルで売れるなら、一生遊んで暮らせる、のだ。
「では、こちらとの交渉は?」
「決裂だね」
やはりホァンロンには激昂する様子はない。こんな好条件を突きつけて、それをはねつけられたのに、だ。
「分かりました。ここはとりあえず引き下がりましょう」
ホァンロンはそう言って『グローリア』から出て行く。白いローブを着た男たちは、何を言うでもなく彼に従っていった。
「いいんですか? ドディ?」
シィバは笑って言う。
「いいんだよ、もうアンタに売る決心はついてたしな」
ジャンヌはなにやら不満そうに口をとんがらせてぶつぶつ言っている。
「百万レーベルあったらな~、あんなことやこんなこと……」
バンッ! とテーブルを叩くジャンヌ。
「うん、ちょっとムシャクシャしたから、街の観光でもしてくる! ドディ、ついてこないでよね!」
そう言って、『グローリア』から出て行くジャンヌ。
「止めないんですか?」
「止めねぇよ」
さて、という風にドディは立ち上がり。
「飯食ってけよ、シィバ。厨房借りるぜ、ケベレ」
「ああ、かまわんよ」
自分の居場所のように、ドディは遠慮なしに厨房に入っていった。手早く材料を切り、パスタを茹でる。ここらへんの感覚は一流の料理人並みだ。
出来上がったのは、トラーゼ地方の生ハムとルイノ地方特産の硬質チーズを使ったパスタだ。フォルシナ料理の定番とも言える。
「さあ、シィバ」
と、パスタの入った皿をテーブルに置いた。ニッコリと微笑みながら。
「ありがとう、ドディ」
シィバもニッコリ微笑んで、パスタを一口。
「相変わらずの腕前ですね、ドディ」
「ざっとこんなもんさ」
その時。
女の子の絶叫。
「ジャンヌ!?」
確かにその声はジャンヌの声だった。ドディとシィバは慌ててグローリアを飛び出した。
大学時代から温めていたネタを書いてみました。厨二病満載ですがよろしくお願いします。