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道草    ~ 寄り道したら、ひきこもり王弟陛下に溺愛されました ~

作者: とと
掲載日:2026/10/02

読んでいただきありがとうございます。

「お嬢様、今日はどちらに寄り道します?」


侍女のサラが、周囲をきょろきょろと見回す。


「えー。お嬢~、今日も寄り道かよ、卒業式の日くらい真っすぐ家に帰ろうぜ」


「まあザック、私の学院最後の寄り道よ~。付き合ってくれないの?」


ザックは腰の剣に手を当て、にやりと笑いながら礼を取る。


「もちろん、この3年間、お嬢様のなが~い寄り道((1時間以上))を一日も欠かすことなく、お付き合いしてきたのですから、最後まで勤め上げさせていただきます」


私はドレイク公爵家の一人娘、学院を卒業したら、お父様の進める殿方と、ちゃんと結婚し公爵家を継ぐことを条件に、学院に通う三年間は、馬車でなく、徒歩での通学をすることを許してもらった。


学院には、商店街を抜ければ、歩いて20分ほどの距離。


まあ、お目付け役として、サラと専属護衛騎士のザックが同行するけれど。


ふたりは私の寄り道に、いつも気長に付き合ってくれる。


お父様のチョー過保護のせいで、ガチガチに守られていた私は、公爵家の外の世界にずっとずっと興味があって憧れていた。


だからこの三年間の寄り道は、いろいろなものを見たり聞いたり、食べたりすることが出来て、幸せな日々だった…………。


「あー。ルシャお嬢様、最後ですし、お気に入りの、あのカフェに行きませんか?」


だから、私は決心したの!


最後の寄り道は、一人きりですると!


「そうね、どうしようかしら、あっちの街道は、何があったのかしら?」


私が指さすと、ふたりは素直にそちらを向く。


「あー。あっちは、パン屋や料理店が多いかな~」


「雑貨屋も少しありますよ」


私は二人が話している間に、足音が出ない様に走り出す。


今日はこのために、学院でヒールからペタンこシューズに履き替えた。


髪だって地味な三つ編み。


「……………………。」


「ん?お嬢、違うとこ  あーーーー。」


!!!


気づかれた。


私は、走りながら三角巾を被り、人混みに紛れ込む。


「すまない、道を開けてくれ」


「ルシャ様!待ってください」


小柄な私は、するすると人混みを抜ける。


ドンドンと2人との距離が離れ、私は細い路地に入った。


「はー♪やったわ」


私は小さくガッツポーズをしてから、メイン通りを覗く、遠くに私を探す二人の姿。


「ごめんね、ふたりとも、少し冒険したら戻るから待ってて」


私は、入り込んだ小路と、メイン通りを交互に見る。


「んー。通りに出たら見つかるわよね~」


小路に眼を戻すと、奥に小さなカフェを見つけた。


「まあ、かわいい♪あそこで少し休憩しましょう」


カフェの入り口には、オープンと札が掛かっているが、中は少し薄暗い。


「ん?お出かけ中かしら」


ガラス格子の扉を押すと、スルリとドアが開く。


「すみませーん。どなたかいませんか?」


カフェの中に、一歩足を踏み入れると、私の周りの空間が、グニャリと歪む。


「わあ!」


グニャリと歪んだ、透明の壁を抜けると、そこは………ん?


実験室?


私は、見知らぬ部屋に、ぽつんと立っていた。


振り返ると、そこにはもう扉もない…………。


「あら」


もう一度、部屋の中を見回す。


部屋には、扉がついていない廊下に続く入り口と、その向かいにかわいらしい丸い窓がひとつ。


窓の外には白や紫のクレマチス、が外壁に咲いているのが見える。


窓枠には黄色い子鳥。


「こんにちは小鳥さん。ここは何処かしら?」


黄色い鳥に近づいて声をかけると、小鳥は一度首をかしげて、窓の外にとびたって行った。


「あら、私がいたのは商業街だったはずなのに…………。」


窓の外には広い草原と、その奥に海が見える。


窓から下を見下ろすと…………あら、5階建てくらいの高さ…………。


「道理で、遠くまで見渡せる、風が気持ちいわね~。」


部屋の中に視線を落とすと、窓際に置かれた薬品棚。


棚についているデスクには、魔法陣と薬品の効能…………。


まあ。


魔法薬を作っているのね、私も学院では、薬学を専攻していたんですよ~。


魔力は無いですから、魔法学は専攻しませんでしたが。


「まあ、これは火傷の薬かしら?」


私がじっと、丁寧に書かれた、薬のレシピを眺めていると、急に声をかけられた。


「誰だ……お前?」


驚いて顔を上げた先には、少し長めの黒いくせ毛が眼にかかる長身の男性が立っていて、バッチリと眼があった。


思わず、男性の夜明け前みたいな、紫紺の瞳に眼を奪われる。


「凄く、きれいな瞳ですね」


「なんだ不躾に!」


男性の顔はみるみる赤くなり………口に手を当て、私から眼をそらす。


「突然申しわけありません。私、ドレイク公爵家のルシャと申します。本日貴族院を卒業しまして、お付きの者たちを巻いて、一人で寄り道しようと思っていたのですが、こちらに迷い込んでしまって…………。」


「…………。」


ん?


お返事がない………体調が悪いのかしら、お顔もうつむいたまま、色も赤いですし。


「あの、お熱があるのですか?お熱があるならば、あの棚にあった、カナムグラの粉末が、解熱効果があります。少し飲みにくいですから、はちみつと混ぜましょうか?」


男性は、突然顔を上げた。


「お前は、薬学に詳しいのか?」


「ええ、貴族院では特別科目は、薬学を専攻しておりました」


「では、この配合はどう思う?」


男性はいきなり私の手を掴み、薬品棚の前に連れて行く。


「今、火傷の薬を調合し、魔力で効果を増強しようとしているのだが、炎症を抑える薬だけだと、あまり効果がないのだ」


「火傷した時は、井戸の冷たい水に、半時は、火傷した場所を浸けて冷やす様にと、おばあ様が言っていましたわ、冷やす効果がある物が入ると、より良いのでしょうけど…………。」


「冷やす…………。」


「そうですね、薬で冷やせればいいのですが、冷やす効果がある薬草と言えば、東の国から伝わったフィッシュミントや、南の国に咲く赤い花なんかもいいと聞きます」


男性は、話す私の顔を、じっと見つめる。


「もしかして、ドレイク公爵家のエヴァ様の孫か?」


「あら。おばあ様を、ご存じなのですか?」


「ああ、いろいろと教えていただいた、今もすこやかにお過ごしだろうか?」


私は、そっと目を伏せた。


おばあ様は、薬学や怪我、病気の治療に関する研究を長く続けていて、私が産まれる頃までは、公爵夫人の務めと両立して、薬師会の仕事も積極的にこなしていた。


ちょうどその頃、流行り病に罹ってしまったおばあ様は、病の影響で眼がほとんど見えなくなってしまった。


視力を失ったおばあ様は、自分が薬や治療に係わることは危険だと判断し、一線を退いた。


その後も、相談役を数年勤めていたが、うまく見えないせいで家の中で転び、ベッドから起き上がれなくなり、それからは、本当に信頼のおける者にしか会わなくなった。


「どうした?」


おばあ様を思い出し、黙り込む私を、男性が覗き込む。


「あっ。すみません、おばあ様は、3年前に亡くなりました」


「…………そうか、このところ仕事が忙しく、顔を出せていなかった、俺がここにひきこもっていて、不義理なことをしてしまった」


男性はガックリと肩を落として、椅子に座る。


「本当にエヴァ様には世話になった。数年前までは、ドレイク公爵家の屋敷に、相談に伺わせていただいていたのでが…………。」


私は、元気のない彼の肩をポンと叩く。


「おばあ様が、部屋に入ることを許したのであれば、あなたはおばあ様に信頼され、きっとかわいがられていたのですわ、私の次くらいに」


私がほほ笑むと、彼は私を見て破顔した。


な。


なんて殺人的に美しい笑顔。


「ルシャ。お前はちゃんと名乗ってくれたのに、自分は名乗りもせず、好きな事ばかり話してすまない」


男性は、椅子から立ち上がり礼を取る。


「俺の名前は、ロアン・シンクレア、よろしく頼む」


「まあ、ロアン様とお呼びしてもよろしいですか?」


ん?


シンクレア………どこの家紋だったかしら?


「もちろんだ、それよりこの配合についてはどう思う?」


それから私達は、薬草のレシピについて、時間を忘れて語り合った。


「おやおや、ロアン様、お戻りにならないと思いましたら、お客様がいらっしゃったとは、かわいらしいお嬢様ですね」


声に振り返ると、部屋の入り口に、少し白髪交じりの紳士の姿。


「コール」


「ロアン様、こんな時間まで、ご令嬢を引き留めて、お茶もお出ししないとは」


私はコールさんの言葉に驚いて、窓の外を見る。


窓から見える夕日は、今にも沈みきるところ!


「あー。大変ですロアン様!私ったらサラとザックのことを、すっかり忘れておりました」


「お嬢様は、ドレイク公爵家のご令嬢で?」


「はい。ルシャと申します」


「ルシャ様。数刻前から、ドレイク公爵家の騎士と侍女が血眼になって、商業街の中で見失ってしまった令嬢を、探して走り回っております」


「どうしましょう!」


「直ぐに私が連れてまいりますので、しばしお待ちを、ロアン様!お茶くらい入れられますね」


「ああ」


ロアン様が短く返事をすると、コールさんは廊下に戻って行った。


私は今更、ふたりが心配になり、窓の外を見る。


もう…………私ったら!


自分のお馬鹿さん加減を反省し、しょんぼりしていると、今度はロアン様に肩を叩かれた。


「コールは優秀な執事だ、きっとルシャが心配している、いろんなことを解決して戻ってくるよ」


「ありがとうございます」


ロアン様が、私に手を差し出す。


「ダイニングに行こう、ルシャにお茶をごちそうしないと、コールに怒られる」


ロアン様が、クシャリと笑う。


私は手を取り、案内されるままに進むと、シンプルな作りで、綺麗に整理整頓されたダイニングについた。


ロアン様が入れてくれた、アップルティーを一口飲んだところで、サラとザックがダイニングに駆け込んで来た。


「お嬢様」「お嬢」


振り返ると、想像以上にボロボロの二人が立っていた。


ん~。心配かけてごめん。


私は、二人に抱き着く。


「サラ、ザック!心配かけてごめん!ほんの少しだけ、一人で街を歩いてみたかったの、こんな時間まで、離れるつもりじゃなかったの」


サラの眼から大粒の涙が零れ落ち、私の眼からも涙が溢れた。


ロアン様が、私達の横に立つ。


「騎士殿、侍女殿、ルシャを引き留めていたのは私だ、申し訳ない」


ダイニング中の空気が、どっかりと沈んだところで、コールさんが声を上げる。


「さあ。お二人とも、町の中を沢山走り回って疲れたでしょう、お茶をどうぞ、ドレイク公爵様には、王家よりロアン王弟陛下が、お嬢様を引き留めて、帰宅が遅れていること、お二人もお嬢様と一緒に居ることを、既に連絡してあります」


!! 


凄い、もうお父様に連絡済み!


さらにサラとザックへの配慮も…………王家!!


そうよ、シンクレアは王朝名じゃない。


私は、ロアン様を見上げる。


こ この方が噂の、ひきこもり王弟陛下…………全然そんな風に見えないけど。


それから、私達は、コールさんが入れなおしてくれた、暖かなミントティーをいただいて、豪華な馬車で公爵家に送ってもらった。


そしてなぜだか、ロアン様は、私の隣からずっと離れない。




✿ ✿ ✿



ロアン ・ シンクレア 視点




俺は隣にちょこんと座る、ルシャを見つめる。


今日、初めて会ったのに…………離れがたい。


「ルシャ、寒くは無いか?」


俺がそっとルシャの手を取ると、向かいに座る、護衛騎士にギロリと睨まれる。


「わあ、ロアン様の手は、暖かいですね」


ルシャの小さな手が、俺の手を握り返す。


俺が、他人に触れたいと思うなんて…………。


俺の母は、前国王((父上))の8人目の側妃としてこの国に嫁いだ、王家に生まれる子供は、兄上以外は姫ばかりで、男系が生まれやすいと評判の、隣国の姫であった母上が選ばれたのだ。


母上は16歳でこの国に嫁ぎ、17歳で俺を身ごもった。


もともと虚弱で、この国に馴染めなかった母上は、俺を産んで数ヵ月で死んだ。


魔力を多く持って生まれた俺は、側妃たちから忌み嫌われた。


「魔女の息子」「呪いをかけられる」側妃たちのそんな噂は、王宮や貴族の中に直ぐに広まり、俺は家臣たちからも遠巻きにされて育つ。


…………産まれて直ぐ、味方である母を失った俺を、守ってくれたのは、兄上とコール。


コールは身を挺して、兄上は他の側妃たちを牽制して。


兄上が18歳で王太子となると、俺のスペアとしての役目も終わり、俺は自分の宮にひきこもる様になった。


コール以外の人を排除し、他者とかかわりを絶ち、無心にありとあらゆる本を読む中で、俺は薬草に興味を持った。


この知識があれば、母を救えたのではないか……まだ赤子だった俺に、母を救うことなどできるはずもなかったが。


救いたい…………ただただ、その思いだけが膨らんで、どんどん薬学にのめりこんでいった。


幸いなことに、俺がひきこもる宮の中庭には、沢山の薬草が生えていた。


調べては取って試すを、繰り返していたある日、同じように薬草を観察して採取する、年配の女性に出会う。


女性は、ブロンドの髪を無造作に結び、パンツスタイルで、芝生の上を這う様に進んでいた。


俺は眼を離すことが出来ず、ずっと彼女を見ていると、突然女性が振り返る。


振り返った女性に、驚いた俺は尻餅をついた。


「あーこんにちは、怪しいものじゃないですよ~。ドレイク公爵家のエヴァです」


女性は立ち上がり、パンパンと自分の膝やお尻の土を払う。


「まあ、かわいい坊ちゃん、こんにちは」


「…………。」


俺は、初対面の女性に身を固くする。


「あら、手に持っているのは、チェストベリー?珍しいわね、どこにあったの?」


エヴァ様は、ズンズンと俺に近づいてきて、チェストベリーの匂いを嗅ぐ。


「やっぱりそうだ、この実は珍しいのよ」


ニッコリわらった女性に、俺は見たこのとのない………母の影を重ねた。


「こっちにあるよ」


俺はエヴァ様の手を取り、チェストベリーの低木がるところまで案内する。


「まあこんなに、それにこの辺りは、他の薬草もいっぱいね」


「エヴァ様は、薬師なの?」


「まあ、そんなとこね、凄く興味があるってだけの、独学だけどね」


そんな出会いで、エヴァ様と親しくなり、いろんなこと教えてもらい、俺の世界も少し広がった。


ちょうど三年前、甥のリオンが立太子して、王宮から離れることを決めた俺は、母が隣国に残した魔塔にひきこもる様になり、好きな薬師の仕事だけをするようになって。


大切な人の最後に…………。


「ロアン様?馬車に酔いましたか?」


ぼんやり昔を思い出していた俺の顔を、心配したルシャがのぞき込む。


ダメだ、見れば見るほどかわいい。


夕方、作業部屋で見つけた彼女は、窓から入る光に照らされ、輝いていた。


突然現れたルシャに見惚れ、俺は少しの間、声が駆けられずにいた。


「こんにちは小鳥さん。ここは何処かしら?」


窓辺で小鳥に話しかけた声は、甘く優しく俺の耳に届く。


それから彼女は、窓の外をのぞき込み、両手をひろげて風を感じ。


俺のデスクに眼を向けた。


「まあ、これは火傷の薬かしら?」


クスリのレシピを見ていることに気がついて、俺は漸く彼女に声をかけた。


それからは、生まれて始めて感じる気持ちが押し寄せた。


楽しい・愛しい・胸が高鳴る・そばにいたい…………。


「ロアン様?」


「ああ、すまない、少し考え事をしていた」


気がつけば既に馬車は止まり、騎士と侍女は馬車を下りて、俺達が降りてくるのを待っている。


「やー。ロアン殿下、久しいですな」


騎士の後ろから声がして、ドレイク公爵が顔を覗かせる。


「ドレイク公爵、お久しぶりです」


「まあ、ロアン様はお父様とお知り合いなの?」


「ロアン殿下は、母上の秘蔵っ子だからね」


「いえ、本日は…………ルシャ嬢を、こんな時間まで、引き留めてしまい申し訳なかった」


「いえいえ、ロアン殿下。立ち話もなんですから、そろそろ娘の手を離して、夕食でも一緒にどうですかな?」


「ロアン殿下、家の料理長は腕がいいのですよ♪是非、食べて行って下さい」


…………コール以外と食事をともにするなど、どれくらいぶりだろう……頑張れ俺!


少しでもルシャの側に居たい。


俺は、ルシャだけを見つ続けて、何とか公爵夫妻と夕食を取り、帰り際にドレイク公爵の部屋を訪ねた。


「ドレイク公爵。お願いがあってまいりました」


「おや、どんなことでしょう?」


「唐突な申し出の上に、私はルシャ嬢よりかなり年が上ですが、ルシャ嬢に私から釣書をお出ししてもいいでしょうか?それとも…………もうすでに、公爵が相手にと決めた方がいるでしょうか?」


「たしかに、ルシャには沢山の釣書が来ています、女公爵としてこの家を継ぐのです。その隣に立ちたい貴族令息は多い」


ドレイク公爵は腕を組み、大きくため息をつく。


「私では、だめですか?」


「いやロアン殿下、貴族院の卒業までは、ルシャが自由にさせて欲しいとの希望でしてね、誰との婚約も進めていません。まして王家からの釣書となれば、公爵家に拒否権は無い」


「…………。」


俺は、公爵の言葉に押し黙る。


俺は、ルシャにふさわしいか…………。


「ロアン殿下、今もあの塔にお住まいで?」


「はい…………。」


「ルシャの隣に立つことを望めば、その生活を続けることはできませんよ」


ドレイク公爵は、俺の眼を真っ直ぐに見つめる。


「はい」


俺も公爵の眼をみつめたまま、背筋を伸ばす。


「出会ったばかりですが、今までの生活を捨てても、ルシャの隣に立ちたいと、俺の心が求めて止められないのです」


ドレイク公爵は、一度大きく目を見開いてから、声を上げて笑う。


「はははは、ロアン殿下、重すぎます」


お 重い…………。


「はぁ。 ルシャは私の大事な娘です、娘のことを大事にして、しっかりと支えてくれる男を、父親としては選びたい」


「精進します」


ドレイク公爵は、俺の肩をバシンと叩く。


「釣書は送ってくれてかまわない、しかし条件がある」


「はい、何でもします」


「まずはルシャの気持ちを掴むこと、そして…………ひきこもりを辞め、ひとまず私の下で、働いてみるかい?」


ドレイク公爵は、優しい眼で俺を見つめる。


「よろしくお願いします」


俺は深く頭を下げた。


それから、明日から公爵の見習いとして働くための、簡単な手ほどきを受けて帰宅した。


本当はもう一度、ルシャに会いたかったが…………。


ルシャはもう部屋で休んでいるとのこと。


うー。会いたい、話したい。




✿ ✿ ✿




ルシャ 視点




お夕食の後、私がサラとザックに謝罪をしている間に、ロアン様は、お父様に挨拶して、帰ってしまわれた。


ぶくぶくぶく。


私は、お風呂に鼻までつかり、今日の出来事を思い出す。


はぁ~。


ロアン様と、薬学の話をするの楽しかったな~。


ロアン様には婚約者がいるのかな~。


長湯してのぼせそうなところを、サラにひきあげられて、私はナイトウエアに着替える。


「あー。またお会いできるかしら」


私は、ベッドにもぐりこんで、ロアン様の夜明けみたいな瞳の色を思い出す。


会いたいな…………。


そう思った瞬間私の体は浮き上がり。


!!!!


気がつけば、ロアン様にお姫様抱っこされてる。


なんで!


ロアン様は帰宅したばかりなのか、先ほどの服装のまま…………。


眼が合うと、ロアン様はフニャリと笑う。


「ルシャに会いたいと思ったら、手の中に落ちて来た」


周囲を見回せば、あまりもののないシンプルなお部屋…………。


「あのー。どうして私、ロアン様の腕の中に?」


「俺はずっと、ルシャに会いたいと思っていた」


「…………あの、私もロアン様の瞳の色を、思い出していました」


……………………。


あまりの恥ずかしさに、目を伏せるとそこには、ナイトウエアの私!


透けては無いけど、体のラインがはっきりとわかる。


うー。


恥ずかしすぎる穴があったら入りたい。


私の頬が染まると、ロアン様はそのままベッドの方に進み、私を降ろすと大きなふかふかのガウンを、私に掛けてくれる。


「俺のガウンで悪いが、無いよりはましだろう」


ふわりと薬草の匂い。


ロアン様と一緒だ。


「さて、ドレイク公爵に見つかったら大目玉だ、魔力を多く使うから何度もできないが、転移魔法で戻ろう」


「わあ、凄い、ロアン様は転移魔法が使えるのですか?」


ロアン様を見上げると、恥ずかしそうに首の後ろに手を回す。


「まあ、往復で三回くらいなら…………それと明日から、俺はドレイク公爵について、公爵家のことや世の中のことを学ばせてもらうことにした、よろしく頼む」


「まあ、明日から我が家に来ていただけるんですか?」


「その予定だ」


「嬉しいです♪お時間外あたら、私と薬学の話もしてください、おばあ様の残したガラス張りの温室に、採種した野草を育てているんですよ」


「そうなのか、エヴァ様の残した温室を是非見せて欲しい」


「ええ、とても素敵な温室なんです。ガラスの淵は木だともろくなるので、鉄でしっかり作っていますし、形も天井が丸くしてあって、鉄の部分は、おばあ様の好きな紫色なんですよ」


「はあ、見るのが楽しみだ」


「おっほん」


大きな咳払いに振り返ると、コールさんが立っていた。


「ロアン坊ちゃん、話声がすると思い来てみれば、令嬢を連れ込んでいるではありませんか」


「コール、連れ込んだわけでは無い…………どうも俺の魔力が、ルシャを引き寄せた様だ」


「あああ  コールさん、私も眠る前にロアン様にお会いしたいなと、思ったもので、思ったとたんに気がついたら、ロアン様の腕の中でして…………。」


「そうでございますか、それでどういたします?」


コールさんは、真っ赤な私達を交互に見て、クスクスと笑う。


「俺が転移魔法で、送ってくる」


「それが良いでしょう、侍女殿に見つかる前に、さあさあ」


コールさんに急かされて、ロアン様はわたしを抱き上げて直ぐに転移した。


「わあ、凄いです、もう私のお部屋」


ロアン様は、私をベッドにそっと降ろす。


「あのこれ…………。」


私はササッと、自分のカーデガンを羽織り、お借りしたガウンをロアン様に返す。


「本当はお洗濯してお返ししたいところですが、サラになんと言い訳していいか思いつかないので」


「いや、洗濯など不要だ」


ロアン様は、ガウンを受け取り、嫣然と笑う。


うぅぅ~、ひきこもりとは思えない、この輝く笑顔。


「では、明日な」


「はい、おやすみなさい」


私が返事をすると、ロアン様の姿は、一瞬んで消えた。


「はあ、心臓に悪い…………。」


私はベッドにもぐりこみ、膝を抱えた。


はあ………(明日な)………暗がりでさらに色が濃くなった、ロアン様の瞳に、自分が映っていたのを思い出して、また頬が熱くなる。


!!!


気がつけば、またロアン様の腕の中!


ロアン様も上着を脱いで、ラフなシャツ姿。


「いやすまない、またルシャのことを考えてしまった」


「いえ、私こそ!またロアン様の瞳の色を思い出して…………。」


「おや、ロアン坊ちゃん。ルシャ嬢をまだお送りしていなかったので?」


「いや…………コール。意地悪を言うな」


「仕方がないお二人ですね」


コールさんの肩が揺れる。


「いらしたのでしたら、紅茶を一杯いかがですか?」


「お言葉に、甘えさせていただきます」


私は、再びロアン様のガウンをお借りして、紅茶をいただくことにした。


お茶をいただきながら、コールさんからロアン様の、子供の頃の話を沢山聞かせてもらった。


顔を赤くして、恥ずかしいと怒るロアン様がかわいい。


「さあさあ、ロアン坊ちゃん。明日は朝から公爵様の元に行くのでしょう、そろそろお開きにしましょうか」


「コールさん、紅茶とても美味しかったです」


「どういたしまして」


「ルシャ、送ろう」


ロアン様は私をひょいっと抱き上げると、一瞬で私の自室に戻る。


「何度もすみません」


「俺こそ…………。」


私がガウンを脱ごうとすると、ロアン様が止める。


「今日はそのガウンを、ルシャに預ける。そうすれば強く会いたいと願わずに済むような気がするのだ、転移魔法は魔力を多く使う。いままで2回以上の連続使用をしたことが無い、次にもしルシャを引き寄せてしまって、帰れなくなっては困る」


私も、ロアン様に包まれたみたいで安心する。


「はい、そうさせていただきます」


私の腕で、キラリと緑色のブレスレットが光る。


「そうだ、私からはこれを」


ふたつあるブレスレットを、ひとつ腕から外して、ロアン様に差し出す。


「これは昔、おばあ様と一緒に作ったブレスレットです。ずっとお揃いでつけていたのですが…………おばあ様が亡くなってからは、私がおばあ様の分もつけていました」


ロアン様は眼を細めて、ブレスレットを受け取り、自分の腕につける。


少し小さいかしら?


手首にぴったりと巻き付くブレスレットに、ロアン様が手をかざすと、小さな魔法陣が浮かんで、ブレスレットは発光してサイズアップした。


「わあ~凄い、大きさも変えられるんですか」


「ああ、小さな物ならな、ルシャのブレスレットも見せてくれるか」


私が腕を差し出すと、ロアン様は、私のブレスエットにも小さな魔法陣を当てる。


ブレスレットは、光を放ち少し大きくなった。


よく見ると、もともとついていた緑色の石の横に、小さな紫紺の石が並んでいる。


「まあ、ちょうどいいサイズになりました、小さな頃に作ったので、少しきつくなっていたんですけど」


私は新しく付いた紫紺の石に触れる。


「その石は、俺の魔力でできている、これでいつも一緒だ」


ロアン様が、ブレスレットの石にキスを落とす。


「うぅ~。」


真っ赤になる私の眼を閉じる様に、ロアン様の大きな手が私の視界を塞ぐ。


「ルシャ、ゆっくりお休み」


私はストンと、深い眠りに落ちた。




✿ ✿ ✿




次の日から本当に、ロアン様はお父様について仕事見習いを始め、空いた時間は私と温室で過ごす。


そんな毎日が、一カ月ほど過ぎた頃、私はお父様から呼ばれ、執務室を訪ねた。


「やあ、ルシャ。急に呼び出してすまないね」


執務室を見回すが、ロアン様は居ない…………少し残念。


「いいえ、お父様、どうしたんですか?」


「王家から釣書が来ている、本来は断れないものだが、お前が望まなければ断ってもいいと、国王陛下からだ」


「国王陛下から…………。」


私は、お父様の差し出した封筒を開ける。


中には、ロアン様の姿見と婚姻の申し込み。


私は、釣書を抱きしめてお父様を見る。


「ルシャの好きにしていい、どんな決断でも当家に不利益はない」


私は大きな声で、お父様に告げる。


「喜んでお受けいたします」


叫んだ瞬間、私はロアン様の腕の中にいた。


「申し出を受け入れてくれて、ありがとう」


ロアン様の耳が赤い。


ガン!


勢いよく扉が開き、お父様がぷんぷんに怒っている。


「誰が抱き上げていいと言った!ルシャを直ぐに降ろしなさい!」


「ふふふふ、お父様、ケトルみたいですよ」


私の返事に、お父様からさらに蒸気があがった。




✿ ✿ ✿



ロアン 視点




俺とルシャの婚約が正式に整って数週後、ドレイク公爵と執務室で仕事を進めていると、ザックがノックも無く駆け込んできた。


「旦那様!お嬢様が攫われました」


今日は、買い物に出ると言っていたが…………。


「商業街に出向き、雑貨屋に入ったのですが、雑貨店の通路は狭く、一列で進んでいた時に、通路を曲がってすぐに、お嬢様の姿が見えなくなり、急いで探すと馬車に担ぎ込まれるお嬢様を発見し、当家の御者が直ぐに馬車で追跡したのですが、込み合う商業街の中で巻かれてしまい」


「どうしてお前が、先頭を歩いていない!」


「申しわけありません」


「父上(ドレイク公爵)、今は一刻も早くルシャを救わねば、俺に引き寄せれば、ルシャは直ぐに取り戻せますが、それでは犯人が特定できません」


…………なにか、指標になるものがあれば。


目を伏せると、ブレスレットがきらりと光る。


そうだ、俺の魔力を目指せば。


「ザック!そこにいる騎士達に手を繋がせろ、俺が一緒に転移魔法で、ルシャの所へ連れて行く」


執務室に駆け込んできた騎士四名と、ザックが手をつなぎ、俺はザックの腕を握る。


成人男性5人、行けるか…………いや必ずルシャの元に行く。




✿ ✿ ✿



ルシャ 視点



「ねえ見てみて、この小皿可愛いわね~」


「お嬢様、この雑貨店は、市民も利用する雑貨店で、通路が狭いのです、お隣を歩けませんから気を付けて下さい」


「もーサラは心配性ね~」


私は次の通路に曲がる。


「わあ、あのタオル刺繍がかわいいわ~」


ロアン様と、お揃いにしようかしら♪


!!!


突然口にハンカチが当てられ、私の視界がぐらりと歪む。


意識はあるけど…………声が出ない。


「もーお嬢様、待ってください、お嬢さんには、前科があるんですからね」


サラの声が遠くで聞こえる。


「お嬢!どこです?」


んー。誰かに担がれています…………。


私は知らない男に掴まって、馬車に運び込まれ、すっぽりと麻袋に入れられた。


「嬢様、少しの間ご辛抱ください」


どこかの使用人かしら?とりあえず、袋に入れられただけみたい。


10分ほど馬車で移動すると、私は袋のまま、また誰かに担ぎ上げられる。


「手荒なことをして、すみませんでした」


少年騎士が、私を袋から出してくれる。


「あなたは、大丈夫?」


少年は顔をゆがませて、頷いた。


「どうぞこちらにお掛けください」


私は勧められた椅子に腰を下ろして、周囲を見回す。


どこかの倉庫かしら?


「やあやあ、こんなところに、急にお連れしてすみません」


奥の扉が開き、白いスーツを着た青年が、ニコニコ笑いながらやってきた。


「ルシャ様、お久しぶりです」


……………………どちらさまかしら?


「あー薄暗くて見えませんかね、僕ですよ僕、ジョーンズ伯爵家のエデンです」


「あの、ジョーンズ伯爵令息が、どうしてこのようなことを?」


「ルシャ様の気持ちは言わずも、わかっています」


ん?


「本当は僕の釣書を選びたかったのに、王家の圧力で、あんな行き遅れの王弟を押し付けられたのですよね」


「あの、私はジョーンズ家からの申し入れを伺っていませんし、貴方とも初めてお会いしました。もし私が釣書のことを知っていたとしても、貴方を選ぶことはありません」


私の言葉で、エデン様の表情が一気に無くなる。


「またまたそんなこと、あるはずがありません。僕は、ルシャ様を入学した時からずっと見ていました、ルシャ様が卒業したら、優秀な僕を選んでくれると、父も言っていました!」


私は立ち上がり、迫るエデン様と距離を取る。


「どうして逃げるのです、僕はあなたの隣に並ぶために、努力して来たんです、あんなひきこもりに負けるはずない」


こ 怖い…………。


私が身構えると、先ほどの少年騎士が、私とエデン様の間に割って入る。


「エデン様、落ち着いてください、ルシャ様は急にこのような場所に来て、驚いているのです」


両手を広げ、少年騎士は私を背にかばう。


「使用人ごときがどけ!」


エデン様が、拳を振り上げた瞬間。


ドサ!!


ロアン様とザックと、手をつなぐ騎士達が現れて、エデン様はその下敷きになった。


「ルシャ」


ロアン様が、私の名を呼ぶと、一瞬で私はロアン様に引き寄せられて、腕の中。


「遅くなってすまない」


ロアン様がぎゅうぎゅうに私を抱きしめる。


「犯人を捕まえろ!」


ザックの号令で、騎士達がエデン様と少年を取り押さえる。


「あーザック!その少年騎士は、私を助けてくれたの、手荒なことはしないで」


ザック達は私に敬礼すると、手際よくエデン様を縛り上げ、麻袋に詰め込んで抱えて行った。


倉庫には、私とロアン様。


ロアン様は、私を抱えたまま、椅子に腰かける。


「はあ~。ルシャが攫われたと聞いて、心臓が潰れた」


「ふふ。私はロアン様が、助けてくると信じていましたよ」


私を抱きしめる腕に力がこもり、ロアン様は、私の肩に自分の頭を乗せた。


「はー。あんなに多い人数を、転移させたのは初めてだ、転移魔法で直ぐに屋敷に戻りたいが、少しだけルシャのパワーを、俺に分けてくれ」


ふふ。黒いくせ毛がくすぐったい。


私も、ロアン様をぎゅうぎゅうに抱きしめる。


「おっほん」


大きな咳払いに顔を上げると、コールさんが立っている。


「ロアン坊ちゃん、馬車で迎えに参りましたよ」


「コール!」


ロアン様に睨まれても、コールさんはすまし顔。


「さあさあ、ドレイク公爵様が、ちぎれそうなくらい首を長くのばして、お待ちですよ」


「続きは馬車の中だ」


ロアン様は、私の髪にキスをして立ち上がる。


「うー。お手柔らかに願いします」


私は真っ赤になって、抱えられたまま馬車に乗り込んだ。


どうやら私の寄り道は、大切な人につながっていたみたいです。



~ 終わり ~




勘違いエデン様は、適切に罰せられました。

(*''ω''*)

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