道草 ~ 寄り道したら、ひきこもり王弟陛下に溺愛されました ~
読んでいただきありがとうございます。
「お嬢様、今日はどちらに寄り道します?」
侍女のサラが、周囲をきょろきょろと見回す。
「えー。お嬢~、今日も寄り道かよ、卒業式の日くらい真っすぐ家に帰ろうぜ」
「まあザック、私の学院最後の寄り道よ~。付き合ってくれないの?」
ザックは腰の剣に手を当て、にやりと笑いながら礼を取る。
「もちろん、この3年間、お嬢様のなが~い寄り道を一日も欠かすことなく、お付き合いしてきたのですから、最後まで勤め上げさせていただきます」
私はドレイク公爵家の一人娘、学院を卒業したら、お父様の進める殿方と、ちゃんと結婚し公爵家を継ぐことを条件に、学院に通う三年間は、馬車でなく、徒歩での通学をすることを許してもらった。
学院には、商店街を抜ければ、歩いて20分ほどの距離。
まあ、お目付け役として、サラと専属護衛騎士のザックが同行するけれど。
ふたりは私の寄り道に、いつも気長に付き合ってくれる。
お父様のチョー過保護のせいで、ガチガチに守られていた私は、公爵家の外の世界にずっとずっと興味があって憧れていた。
だからこの三年間の寄り道は、いろいろなものを見たり聞いたり、食べたりすることが出来て、幸せな日々だった…………。
「あー。ルシャお嬢様、最後ですし、お気に入りの、あのカフェに行きませんか?」
だから、私は決心したの!
最後の寄り道は、一人きりですると!
「そうね、どうしようかしら、あっちの街道は、何があったのかしら?」
私が指さすと、ふたりは素直にそちらを向く。
「あー。あっちは、パン屋や料理店が多いかな~」
「雑貨屋も少しありますよ」
私は二人が話している間に、足音が出ない様に走り出す。
今日はこのために、学院でヒールからペタンこシューズに履き替えた。
髪だって地味な三つ編み。
「……………………。」
「ん?お嬢、違うとこ あーーーー。」
!!!
気づかれた。
私は、走りながら三角巾を被り、人混みに紛れ込む。
「すまない、道を開けてくれ」
「ルシャ様!待ってください」
小柄な私は、するすると人混みを抜ける。
ドンドンと2人との距離が離れ、私は細い路地に入った。
「はー♪やったわ」
私は小さくガッツポーズをしてから、メイン通りを覗く、遠くに私を探す二人の姿。
「ごめんね、ふたりとも、少し冒険したら戻るから待ってて」
私は、入り込んだ小路と、メイン通りを交互に見る。
「んー。通りに出たら見つかるわよね~」
小路に眼を戻すと、奥に小さなカフェを見つけた。
「まあ、かわいい♪あそこで少し休憩しましょう」
カフェの入り口には、オープンと札が掛かっているが、中は少し薄暗い。
「ん?お出かけ中かしら」
ガラス格子の扉を押すと、スルリとドアが開く。
「すみませーん。どなたかいませんか?」
カフェの中に、一歩足を踏み入れると、私の周りの空間が、グニャリと歪む。
「わあ!」
グニャリと歪んだ、透明の壁を抜けると、そこは………ん?
実験室?
私は、見知らぬ部屋に、ぽつんと立っていた。
振り返ると、そこにはもう扉もない…………。
「あら」
もう一度、部屋の中を見回す。
部屋には、扉がついていない廊下に続く入り口と、その向かいにかわいらしい丸い窓がひとつ。
窓の外には白や紫のクレマチス、が外壁に咲いているのが見える。
窓枠には黄色い子鳥。
「こんにちは小鳥さん。ここは何処かしら?」
黄色い鳥に近づいて声をかけると、小鳥は一度首をかしげて、窓の外にとびたって行った。
「あら、私がいたのは商業街だったはずなのに…………。」
窓の外には広い草原と、その奥に海が見える。
窓から下を見下ろすと…………あら、5階建てくらいの高さ…………。
「道理で、遠くまで見渡せる、風が気持ちいわね~。」
部屋の中に視線を落とすと、窓際に置かれた薬品棚。
棚についているデスクには、魔法陣と薬品の効能…………。
まあ。
魔法薬を作っているのね、私も学院では、薬学を専攻していたんですよ~。
魔力は無いですから、魔法学は専攻しませんでしたが。
「まあ、これは火傷の薬かしら?」
私がじっと、丁寧に書かれた、薬のレシピを眺めていると、急に声をかけられた。
「誰だ……お前?」
驚いて顔を上げた先には、少し長めの黒いくせ毛が眼にかかる長身の男性が立っていて、バッチリと眼があった。
思わず、男性の夜明け前みたいな、紫紺の瞳に眼を奪われる。
「凄く、きれいな瞳ですね」
「なんだ不躾に!」
男性の顔はみるみる赤くなり………口に手を当て、私から眼をそらす。
「突然申しわけありません。私、ドレイク公爵家のルシャと申します。本日貴族院を卒業しまして、お付きの者たちを巻いて、一人で寄り道しようと思っていたのですが、こちらに迷い込んでしまって…………。」
「…………。」
ん?
お返事がない………体調が悪いのかしら、お顔もうつむいたまま、色も赤いですし。
「あの、お熱があるのですか?お熱があるならば、あの棚にあった、カナムグラの粉末が、解熱効果があります。少し飲みにくいですから、はちみつと混ぜましょうか?」
男性は、突然顔を上げた。
「お前は、薬学に詳しいのか?」
「ええ、貴族院では特別科目は、薬学を専攻しておりました」
「では、この配合はどう思う?」
男性はいきなり私の手を掴み、薬品棚の前に連れて行く。
「今、火傷の薬を調合し、魔力で効果を増強しようとしているのだが、炎症を抑える薬だけだと、あまり効果がないのだ」
「火傷した時は、井戸の冷たい水に、半時は、火傷した場所を浸けて冷やす様にと、おばあ様が言っていましたわ、冷やす効果がある物が入ると、より良いのでしょうけど…………。」
「冷やす…………。」
「そうですね、薬で冷やせればいいのですが、冷やす効果がある薬草と言えば、東の国から伝わったフィッシュミントや、南の国に咲く赤い花なんかもいいと聞きます」
男性は、話す私の顔を、じっと見つめる。
「もしかして、ドレイク公爵家のエヴァ様の孫か?」
「あら。おばあ様を、ご存じなのですか?」
「ああ、いろいろと教えていただいた、今もすこやかにお過ごしだろうか?」
私は、そっと目を伏せた。
おばあ様は、薬学や怪我、病気の治療に関する研究を長く続けていて、私が産まれる頃までは、公爵夫人の務めと両立して、薬師会の仕事も積極的にこなしていた。
ちょうどその頃、流行り病に罹ってしまったおばあ様は、病の影響で眼がほとんど見えなくなってしまった。
視力を失ったおばあ様は、自分が薬や治療に係わることは危険だと判断し、一線を退いた。
その後も、相談役を数年勤めていたが、うまく見えないせいで家の中で転び、ベッドから起き上がれなくなり、それからは、本当に信頼のおける者にしか会わなくなった。
「どうした?」
おばあ様を思い出し、黙り込む私を、男性が覗き込む。
「あっ。すみません、おばあ様は、3年前に亡くなりました」
「…………そうか、このところ仕事が忙しく、顔を出せていなかった、俺がここにひきこもっていて、不義理なことをしてしまった」
男性はガックリと肩を落として、椅子に座る。
「本当にエヴァ様には世話になった。数年前までは、ドレイク公爵家の屋敷に、相談に伺わせていただいていたのでが…………。」
私は、元気のない彼の肩をポンと叩く。
「おばあ様が、部屋に入ることを許したのであれば、あなたはおばあ様に信頼され、きっとかわいがられていたのですわ、私の次くらいに」
私がほほ笑むと、彼は私を見て破顔した。
な。
なんて殺人的に美しい笑顔。
「ルシャ。お前はちゃんと名乗ってくれたのに、自分は名乗りもせず、好きな事ばかり話してすまない」
男性は、椅子から立ち上がり礼を取る。
「俺の名前は、ロアン・シンクレア、よろしく頼む」
「まあ、ロアン様とお呼びしてもよろしいですか?」
ん?
シンクレア………どこの家紋だったかしら?
「もちろんだ、それよりこの配合についてはどう思う?」
それから私達は、薬草のレシピについて、時間を忘れて語り合った。
「おやおや、ロアン様、お戻りにならないと思いましたら、お客様がいらっしゃったとは、かわいらしいお嬢様ですね」
声に振り返ると、部屋の入り口に、少し白髪交じりの紳士の姿。
「コール」
「ロアン様、こんな時間まで、ご令嬢を引き留めて、お茶もお出ししないとは」
私はコールさんの言葉に驚いて、窓の外を見る。
窓から見える夕日は、今にも沈みきるところ!
「あー。大変ですロアン様!私ったらサラとザックのことを、すっかり忘れておりました」
「お嬢様は、ドレイク公爵家のご令嬢で?」
「はい。ルシャと申します」
「ルシャ様。数刻前から、ドレイク公爵家の騎士と侍女が血眼になって、商業街の中で見失ってしまった令嬢を、探して走り回っております」
「どうしましょう!」
「直ぐに私が連れてまいりますので、しばしお待ちを、ロアン様!お茶くらい入れられますね」
「ああ」
ロアン様が短く返事をすると、コールさんは廊下に戻って行った。
私は今更、ふたりが心配になり、窓の外を見る。
もう…………私ったら!
自分のお馬鹿さん加減を反省し、しょんぼりしていると、今度はロアン様に肩を叩かれた。
「コールは優秀な執事だ、きっとルシャが心配している、いろんなことを解決して戻ってくるよ」
「ありがとうございます」
ロアン様が、私に手を差し出す。
「ダイニングに行こう、ルシャにお茶をごちそうしないと、コールに怒られる」
ロアン様が、クシャリと笑う。
私は手を取り、案内されるままに進むと、シンプルな作りで、綺麗に整理整頓されたダイニングについた。
ロアン様が入れてくれた、アップルティーを一口飲んだところで、サラとザックがダイニングに駆け込んで来た。
「お嬢様」「お嬢」
振り返ると、想像以上にボロボロの二人が立っていた。
ん~。心配かけてごめん。
私は、二人に抱き着く。
「サラ、ザック!心配かけてごめん!ほんの少しだけ、一人で街を歩いてみたかったの、こんな時間まで、離れるつもりじゃなかったの」
サラの眼から大粒の涙が零れ落ち、私の眼からも涙が溢れた。
ロアン様が、私達の横に立つ。
「騎士殿、侍女殿、ルシャを引き留めていたのは私だ、申し訳ない」
ダイニング中の空気が、どっかりと沈んだところで、コールさんが声を上げる。
「さあ。お二人とも、町の中を沢山走り回って疲れたでしょう、お茶をどうぞ、ドレイク公爵様には、王家よりロアン王弟陛下が、お嬢様を引き留めて、帰宅が遅れていること、お二人もお嬢様と一緒に居ることを、既に連絡してあります」
!!
凄い、もうお父様に連絡済み!
さらにサラとザックへの配慮も…………王家!!
そうよ、シンクレアは王朝名じゃない。
私は、ロアン様を見上げる。
こ この方が噂の、ひきこもり王弟陛下…………全然そんな風に見えないけど。
それから、私達は、コールさんが入れなおしてくれた、暖かなミントティーをいただいて、豪華な馬車で公爵家に送ってもらった。
そしてなぜだか、ロアン様は、私の隣からずっと離れない。
✿ ✿ ✿
ロアン ・ シンクレア 視点
俺は隣にちょこんと座る、ルシャを見つめる。
今日、初めて会ったのに…………離れがたい。
「ルシャ、寒くは無いか?」
俺がそっとルシャの手を取ると、向かいに座る、護衛騎士にギロリと睨まれる。
「わあ、ロアン様の手は、暖かいですね」
ルシャの小さな手が、俺の手を握り返す。
俺が、他人に触れたいと思うなんて…………。
俺の母は、前国王の8人目の側妃としてこの国に嫁いだ、王家に生まれる子供は、兄上以外は姫ばかりで、男系が生まれやすいと評判の、隣国の姫であった母上が選ばれたのだ。
母上は16歳でこの国に嫁ぎ、17歳で俺を身ごもった。
もともと虚弱で、この国に馴染めなかった母上は、俺を産んで数ヵ月で死んだ。
魔力を多く持って生まれた俺は、側妃たちから忌み嫌われた。
「魔女の息子」「呪いをかけられる」側妃たちのそんな噂は、王宮や貴族の中に直ぐに広まり、俺は家臣たちからも遠巻きにされて育つ。
…………産まれて直ぐ、味方である母を失った俺を、守ってくれたのは、兄上とコール。
コールは身を挺して、兄上は他の側妃たちを牽制して。
兄上が18歳で王太子となると、俺のスペアとしての役目も終わり、俺は自分の宮にひきこもる様になった。
コール以外の人を排除し、他者とかかわりを絶ち、無心にありとあらゆる本を読む中で、俺は薬草に興味を持った。
この知識があれば、母を救えたのではないか……まだ赤子だった俺に、母を救うことなどできるはずもなかったが。
救いたい…………ただただ、その思いだけが膨らんで、どんどん薬学にのめりこんでいった。
幸いなことに、俺がひきこもる宮の中庭には、沢山の薬草が生えていた。
調べては取って試すを、繰り返していたある日、同じように薬草を観察して採取する、年配の女性に出会う。
女性は、ブロンドの髪を無造作に結び、パンツスタイルで、芝生の上を這う様に進んでいた。
俺は眼を離すことが出来ず、ずっと彼女を見ていると、突然女性が振り返る。
振り返った女性に、驚いた俺は尻餅をついた。
「あーこんにちは、怪しいものじゃないですよ~。ドレイク公爵家のエヴァです」
女性は立ち上がり、パンパンと自分の膝やお尻の土を払う。
「まあ、かわいい坊ちゃん、こんにちは」
「…………。」
俺は、初対面の女性に身を固くする。
「あら、手に持っているのは、チェストベリー?珍しいわね、どこにあったの?」
エヴァ様は、ズンズンと俺に近づいてきて、チェストベリーの匂いを嗅ぐ。
「やっぱりそうだ、この実は珍しいのよ」
ニッコリわらった女性に、俺は見たこのとのない………母の影を重ねた。
「こっちにあるよ」
俺はエヴァ様の手を取り、チェストベリーの低木がるところまで案内する。
「まあこんなに、それにこの辺りは、他の薬草もいっぱいね」
「エヴァ様は、薬師なの?」
「まあ、そんなとこね、凄く興味があるってだけの、独学だけどね」
そんな出会いで、エヴァ様と親しくなり、いろんなこと教えてもらい、俺の世界も少し広がった。
ちょうど三年前、甥のリオンが立太子して、王宮から離れることを決めた俺は、母が隣国に残した魔塔にひきこもる様になり、好きな薬師の仕事だけをするようになって。
大切な人の最後に…………。
「ロアン様?馬車に酔いましたか?」
ぼんやり昔を思い出していた俺の顔を、心配したルシャがのぞき込む。
ダメだ、見れば見るほどかわいい。
夕方、作業部屋で見つけた彼女は、窓から入る光に照らされ、輝いていた。
突然現れたルシャに見惚れ、俺は少しの間、声が駆けられずにいた。
「こんにちは小鳥さん。ここは何処かしら?」
窓辺で小鳥に話しかけた声は、甘く優しく俺の耳に届く。
それから彼女は、窓の外をのぞき込み、両手をひろげて風を感じ。
俺のデスクに眼を向けた。
「まあ、これは火傷の薬かしら?」
クスリのレシピを見ていることに気がついて、俺は漸く彼女に声をかけた。
それからは、生まれて始めて感じる気持ちが押し寄せた。
楽しい・愛しい・胸が高鳴る・そばにいたい…………。
「ロアン様?」
「ああ、すまない、少し考え事をしていた」
気がつけば既に馬車は止まり、騎士と侍女は馬車を下りて、俺達が降りてくるのを待っている。
「やー。ロアン殿下、久しいですな」
騎士の後ろから声がして、ドレイク公爵が顔を覗かせる。
「ドレイク公爵、お久しぶりです」
「まあ、ロアン様はお父様とお知り合いなの?」
「ロアン殿下は、母上の秘蔵っ子だからね」
「いえ、本日は…………ルシャ嬢を、こんな時間まで、引き留めてしまい申し訳なかった」
「いえいえ、ロアン殿下。立ち話もなんですから、そろそろ娘の手を離して、夕食でも一緒にどうですかな?」
「ロアン殿下、家の料理長は腕がいいのですよ♪是非、食べて行って下さい」
…………コール以外と食事をともにするなど、どれくらいぶりだろう……頑張れ俺!
少しでもルシャの側に居たい。
俺は、ルシャだけを見つ続けて、何とか公爵夫妻と夕食を取り、帰り際にドレイク公爵の部屋を訪ねた。
「ドレイク公爵。お願いがあってまいりました」
「おや、どんなことでしょう?」
「唐突な申し出の上に、私はルシャ嬢よりかなり年が上ですが、ルシャ嬢に私から釣書をお出ししてもいいでしょうか?それとも…………もうすでに、公爵が相手にと決めた方がいるでしょうか?」
「たしかに、ルシャには沢山の釣書が来ています、女公爵としてこの家を継ぐのです。その隣に立ちたい貴族令息は多い」
ドレイク公爵は腕を組み、大きくため息をつく。
「私では、だめですか?」
「いやロアン殿下、貴族院の卒業までは、ルシャが自由にさせて欲しいとの希望でしてね、誰との婚約も進めていません。まして王家からの釣書となれば、公爵家に拒否権は無い」
「…………。」
俺は、公爵の言葉に押し黙る。
俺は、ルシャにふさわしいか…………。
「ロアン殿下、今もあの塔にお住まいで?」
「はい…………。」
「ルシャの隣に立つことを望めば、その生活を続けることはできませんよ」
ドレイク公爵は、俺の眼を真っ直ぐに見つめる。
「はい」
俺も公爵の眼をみつめたまま、背筋を伸ばす。
「出会ったばかりですが、今までの生活を捨てても、ルシャの隣に立ちたいと、俺の心が求めて止められないのです」
ドレイク公爵は、一度大きく目を見開いてから、声を上げて笑う。
「はははは、ロアン殿下、重すぎます」
お 重い…………。
「はぁ。 ルシャは私の大事な娘です、娘のことを大事にして、しっかりと支えてくれる男を、父親としては選びたい」
「精進します」
ドレイク公爵は、俺の肩をバシンと叩く。
「釣書は送ってくれてかまわない、しかし条件がある」
「はい、何でもします」
「まずはルシャの気持ちを掴むこと、そして…………ひきこもりを辞め、ひとまず私の下で、働いてみるかい?」
ドレイク公爵は、優しい眼で俺を見つめる。
「よろしくお願いします」
俺は深く頭を下げた。
それから、明日から公爵の見習いとして働くための、簡単な手ほどきを受けて帰宅した。
本当はもう一度、ルシャに会いたかったが…………。
ルシャはもう部屋で休んでいるとのこと。
うー。会いたい、話したい。
✿ ✿ ✿
ルシャ 視点
お夕食の後、私がサラとザックに謝罪をしている間に、ロアン様は、お父様に挨拶して、帰ってしまわれた。
ぶくぶくぶく。
私は、お風呂に鼻までつかり、今日の出来事を思い出す。
はぁ~。
ロアン様と、薬学の話をするの楽しかったな~。
ロアン様には婚約者がいるのかな~。
長湯してのぼせそうなところを、サラにひきあげられて、私はナイトウエアに着替える。
「あー。またお会いできるかしら」
私は、ベッドにもぐりこんで、ロアン様の夜明けみたいな瞳の色を思い出す。
会いたいな…………。
そう思った瞬間私の体は浮き上がり。
!!!!
気がつけば、ロアン様にお姫様抱っこされてる。
なんで!
ロアン様は帰宅したばかりなのか、先ほどの服装のまま…………。
眼が合うと、ロアン様はフニャリと笑う。
「ルシャに会いたいと思ったら、手の中に落ちて来た」
周囲を見回せば、あまりもののないシンプルなお部屋…………。
「あのー。どうして私、ロアン様の腕の中に?」
「俺はずっと、ルシャに会いたいと思っていた」
「…………あの、私もロアン様の瞳の色を、思い出していました」
……………………。
あまりの恥ずかしさに、目を伏せるとそこには、ナイトウエアの私!
透けては無いけど、体のラインがはっきりとわかる。
うー。
恥ずかしすぎる穴があったら入りたい。
私の頬が染まると、ロアン様はそのままベッドの方に進み、私を降ろすと大きなふかふかのガウンを、私に掛けてくれる。
「俺のガウンで悪いが、無いよりはましだろう」
ふわりと薬草の匂い。
ロアン様と一緒だ。
「さて、ドレイク公爵に見つかったら大目玉だ、魔力を多く使うから何度もできないが、転移魔法で戻ろう」
「わあ、凄い、ロアン様は転移魔法が使えるのですか?」
ロアン様を見上げると、恥ずかしそうに首の後ろに手を回す。
「まあ、往復で三回くらいなら…………それと明日から、俺はドレイク公爵について、公爵家のことや世の中のことを学ばせてもらうことにした、よろしく頼む」
「まあ、明日から我が家に来ていただけるんですか?」
「その予定だ」
「嬉しいです♪お時間外あたら、私と薬学の話もしてください、おばあ様の残したガラス張りの温室に、採種した野草を育てているんですよ」
「そうなのか、エヴァ様の残した温室を是非見せて欲しい」
「ええ、とても素敵な温室なんです。ガラスの淵は木だともろくなるので、鉄でしっかり作っていますし、形も天井が丸くしてあって、鉄の部分は、おばあ様の好きな紫色なんですよ」
「はあ、見るのが楽しみだ」
「おっほん」
大きな咳払いに振り返ると、コールさんが立っていた。
「ロアン坊ちゃん、話声がすると思い来てみれば、令嬢を連れ込んでいるではありませんか」
「コール、連れ込んだわけでは無い…………どうも俺の魔力が、ルシャを引き寄せた様だ」
「あああ コールさん、私も眠る前にロアン様にお会いしたいなと、思ったもので、思ったとたんに気がついたら、ロアン様の腕の中でして…………。」
「そうでございますか、それでどういたします?」
コールさんは、真っ赤な私達を交互に見て、クスクスと笑う。
「俺が転移魔法で、送ってくる」
「それが良いでしょう、侍女殿に見つかる前に、さあさあ」
コールさんに急かされて、ロアン様はわたしを抱き上げて直ぐに転移した。
「わあ、凄いです、もう私のお部屋」
ロアン様は、私をベッドにそっと降ろす。
「あのこれ…………。」
私はササッと、自分のカーデガンを羽織り、お借りしたガウンをロアン様に返す。
「本当はお洗濯してお返ししたいところですが、サラになんと言い訳していいか思いつかないので」
「いや、洗濯など不要だ」
ロアン様は、ガウンを受け取り、嫣然と笑う。
うぅぅ~、ひきこもりとは思えない、この輝く笑顔。
「では、明日な」
「はい、おやすみなさい」
私が返事をすると、ロアン様の姿は、一瞬んで消えた。
「はあ、心臓に悪い…………。」
私はベッドにもぐりこみ、膝を抱えた。
はあ………(明日な)………暗がりでさらに色が濃くなった、ロアン様の瞳に、自分が映っていたのを思い出して、また頬が熱くなる。
!!!
気がつけば、またロアン様の腕の中!
ロアン様も上着を脱いで、ラフなシャツ姿。
「いやすまない、またルシャのことを考えてしまった」
「いえ、私こそ!またロアン様の瞳の色を思い出して…………。」
「おや、ロアン坊ちゃん。ルシャ嬢をまだお送りしていなかったので?」
「いや…………コール。意地悪を言うな」
「仕方がないお二人ですね」
コールさんの肩が揺れる。
「いらしたのでしたら、紅茶を一杯いかがですか?」
「お言葉に、甘えさせていただきます」
私は、再びロアン様のガウンをお借りして、紅茶をいただくことにした。
お茶をいただきながら、コールさんからロアン様の、子供の頃の話を沢山聞かせてもらった。
顔を赤くして、恥ずかしいと怒るロアン様がかわいい。
「さあさあ、ロアン坊ちゃん。明日は朝から公爵様の元に行くのでしょう、そろそろお開きにしましょうか」
「コールさん、紅茶とても美味しかったです」
「どういたしまして」
「ルシャ、送ろう」
ロアン様は私をひょいっと抱き上げると、一瞬で私の自室に戻る。
「何度もすみません」
「俺こそ…………。」
私がガウンを脱ごうとすると、ロアン様が止める。
「今日はそのガウンを、ルシャに預ける。そうすれば強く会いたいと願わずに済むような気がするのだ、転移魔法は魔力を多く使う。いままで2回以上の連続使用をしたことが無い、次にもしルシャを引き寄せてしまって、帰れなくなっては困る」
私も、ロアン様に包まれたみたいで安心する。
「はい、そうさせていただきます」
私の腕で、キラリと緑色のブレスレットが光る。
「そうだ、私からはこれを」
ふたつあるブレスレットを、ひとつ腕から外して、ロアン様に差し出す。
「これは昔、おばあ様と一緒に作ったブレスレットです。ずっとお揃いでつけていたのですが…………おばあ様が亡くなってからは、私がおばあ様の分もつけていました」
ロアン様は眼を細めて、ブレスレットを受け取り、自分の腕につける。
少し小さいかしら?
手首にぴったりと巻き付くブレスレットに、ロアン様が手をかざすと、小さな魔法陣が浮かんで、ブレスレットは発光してサイズアップした。
「わあ~凄い、大きさも変えられるんですか」
「ああ、小さな物ならな、ルシャのブレスレットも見せてくれるか」
私が腕を差し出すと、ロアン様は、私のブレスエットにも小さな魔法陣を当てる。
ブレスレットは、光を放ち少し大きくなった。
よく見ると、もともとついていた緑色の石の横に、小さな紫紺の石が並んでいる。
「まあ、ちょうどいいサイズになりました、小さな頃に作ったので、少しきつくなっていたんですけど」
私は新しく付いた紫紺の石に触れる。
「その石は、俺の魔力でできている、これでいつも一緒だ」
ロアン様が、ブレスレットの石にキスを落とす。
「うぅ~。」
真っ赤になる私の眼を閉じる様に、ロアン様の大きな手が私の視界を塞ぐ。
「ルシャ、ゆっくりお休み」
私はストンと、深い眠りに落ちた。
✿ ✿ ✿
次の日から本当に、ロアン様はお父様について仕事見習いを始め、空いた時間は私と温室で過ごす。
そんな毎日が、一カ月ほど過ぎた頃、私はお父様から呼ばれ、執務室を訪ねた。
「やあ、ルシャ。急に呼び出してすまないね」
執務室を見回すが、ロアン様は居ない…………少し残念。
「いいえ、お父様、どうしたんですか?」
「王家から釣書が来ている、本来は断れないものだが、お前が望まなければ断ってもいいと、国王陛下からだ」
「国王陛下から…………。」
私は、お父様の差し出した封筒を開ける。
中には、ロアン様の姿見と婚姻の申し込み。
私は、釣書を抱きしめてお父様を見る。
「ルシャの好きにしていい、どんな決断でも当家に不利益はない」
私は大きな声で、お父様に告げる。
「喜んでお受けいたします」
叫んだ瞬間、私はロアン様の腕の中にいた。
「申し出を受け入れてくれて、ありがとう」
ロアン様の耳が赤い。
ガン!
勢いよく扉が開き、お父様がぷんぷんに怒っている。
「誰が抱き上げていいと言った!ルシャを直ぐに降ろしなさい!」
「ふふふふ、お父様、ケトルみたいですよ」
私の返事に、お父様からさらに蒸気があがった。
✿ ✿ ✿
ロアン 視点
俺とルシャの婚約が正式に整って数週後、ドレイク公爵と執務室で仕事を進めていると、ザックがノックも無く駆け込んできた。
「旦那様!お嬢様が攫われました」
今日は、買い物に出ると言っていたが…………。
「商業街に出向き、雑貨屋に入ったのですが、雑貨店の通路は狭く、一列で進んでいた時に、通路を曲がってすぐに、お嬢様の姿が見えなくなり、急いで探すと馬車に担ぎ込まれるお嬢様を発見し、当家の御者が直ぐに馬車で追跡したのですが、込み合う商業街の中で巻かれてしまい」
「どうしてお前が、先頭を歩いていない!」
「申しわけありません」
「父上、今は一刻も早くルシャを救わねば、俺に引き寄せれば、ルシャは直ぐに取り戻せますが、それでは犯人が特定できません」
…………なにか、指標になるものがあれば。
目を伏せると、ブレスレットがきらりと光る。
そうだ、俺の魔力を目指せば。
「ザック!そこにいる騎士達に手を繋がせろ、俺が一緒に転移魔法で、ルシャの所へ連れて行く」
執務室に駆け込んできた騎士四名と、ザックが手をつなぎ、俺はザックの腕を握る。
成人男性5人、行けるか…………いや必ずルシャの元に行く。
✿ ✿ ✿
ルシャ 視点
「ねえ見てみて、この小皿可愛いわね~」
「お嬢様、この雑貨店は、市民も利用する雑貨店で、通路が狭いのです、お隣を歩けませんから気を付けて下さい」
「もーサラは心配性ね~」
私は次の通路に曲がる。
「わあ、あのタオル刺繍がかわいいわ~」
ロアン様と、お揃いにしようかしら♪
!!!
突然口にハンカチが当てられ、私の視界がぐらりと歪む。
意識はあるけど…………声が出ない。
「もーお嬢様、待ってください、お嬢さんには、前科があるんですからね」
サラの声が遠くで聞こえる。
「お嬢!どこです?」
んー。誰かに担がれています…………。
私は知らない男に掴まって、馬車に運び込まれ、すっぽりと麻袋に入れられた。
「嬢様、少しの間ご辛抱ください」
どこかの使用人かしら?とりあえず、袋に入れられただけみたい。
10分ほど馬車で移動すると、私は袋のまま、また誰かに担ぎ上げられる。
「手荒なことをして、すみませんでした」
少年騎士が、私を袋から出してくれる。
「あなたは、大丈夫?」
少年は顔をゆがませて、頷いた。
「どうぞこちらにお掛けください」
私は勧められた椅子に腰を下ろして、周囲を見回す。
どこかの倉庫かしら?
「やあやあ、こんなところに、急にお連れしてすみません」
奥の扉が開き、白いスーツを着た青年が、ニコニコ笑いながらやってきた。
「ルシャ様、お久しぶりです」
……………………どちらさまかしら?
「あー薄暗くて見えませんかね、僕ですよ僕、ジョーンズ伯爵家のエデンです」
「あの、ジョーンズ伯爵令息が、どうしてこのようなことを?」
「ルシャ様の気持ちは言わずも、わかっています」
ん?
「本当は僕の釣書を選びたかったのに、王家の圧力で、あんな行き遅れの王弟を押し付けられたのですよね」
「あの、私はジョーンズ家からの申し入れを伺っていませんし、貴方とも初めてお会いしました。もし私が釣書のことを知っていたとしても、貴方を選ぶことはありません」
私の言葉で、エデン様の表情が一気に無くなる。
「またまたそんなこと、あるはずがありません。僕は、ルシャ様を入学した時からずっと見ていました、ルシャ様が卒業したら、優秀な僕を選んでくれると、父も言っていました!」
私は立ち上がり、迫るエデン様と距離を取る。
「どうして逃げるのです、僕はあなたの隣に並ぶために、努力して来たんです、あんなひきこもりに負けるはずない」
こ 怖い…………。
私が身構えると、先ほどの少年騎士が、私とエデン様の間に割って入る。
「エデン様、落ち着いてください、ルシャ様は急にこのような場所に来て、驚いているのです」
両手を広げ、少年騎士は私を背にかばう。
「使用人ごときがどけ!」
エデン様が、拳を振り上げた瞬間。
ドサ!!
ロアン様とザックと、手をつなぐ騎士達が現れて、エデン様はその下敷きになった。
「ルシャ」
ロアン様が、私の名を呼ぶと、一瞬で私はロアン様に引き寄せられて、腕の中。
「遅くなってすまない」
ロアン様がぎゅうぎゅうに私を抱きしめる。
「犯人を捕まえろ!」
ザックの号令で、騎士達がエデン様と少年を取り押さえる。
「あーザック!その少年騎士は、私を助けてくれたの、手荒なことはしないで」
ザック達は私に敬礼すると、手際よくエデン様を縛り上げ、麻袋に詰め込んで抱えて行った。
倉庫には、私とロアン様。
ロアン様は、私を抱えたまま、椅子に腰かける。
「はあ~。ルシャが攫われたと聞いて、心臓が潰れた」
「ふふ。私はロアン様が、助けてくると信じていましたよ」
私を抱きしめる腕に力がこもり、ロアン様は、私の肩に自分の頭を乗せた。
「はー。あんなに多い人数を、転移させたのは初めてだ、転移魔法で直ぐに屋敷に戻りたいが、少しだけルシャのパワーを、俺に分けてくれ」
ふふ。黒いくせ毛がくすぐったい。
私も、ロアン様をぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「おっほん」
大きな咳払いに顔を上げると、コールさんが立っている。
「ロアン坊ちゃん、馬車で迎えに参りましたよ」
「コール!」
ロアン様に睨まれても、コールさんはすまし顔。
「さあさあ、ドレイク公爵様が、ちぎれそうなくらい首を長くのばして、お待ちですよ」
「続きは馬車の中だ」
ロアン様は、私の髪にキスをして立ち上がる。
「うー。お手柔らかに願いします」
私は真っ赤になって、抱えられたまま馬車に乗り込んだ。
どうやら私の寄り道は、大切な人につながっていたみたいです。
~ 終わり ~
勘違いエデン様は、適切に罰せられました。
(*''ω''*)




