真紅の残像
2008年
いつからだっただろう、あの子のことを憎むようになったのは。もう思い出せない。どうしようもなく憎んでいるはずなのに、あの子のことばかり考えてしまう__。
1923年
私たちはいつも一緒。私はアレクサンドラ、5歳。あの子はエリザベス。でも、いつもはアレックスとベティって呼ばれている。私はあの子のお姉ちゃん。私たちはよく似てる。生まれてからずっと一緒だった。きっとこれからも一緒ね。仲良し姉妹の私たちはいつも一緒に遊んでいるの。この前は二人でお人形遊びをしたのよ。王子様がお馬さんに乗って、かわいそうなお姫様を迎えに来るの。それまで泣いてばっかのお姫様は、王子様に助けられて幸せに暮らすのよ。どう?とってもわくわくしない?
1932年
なんでこんなことになったのだろう。ベティは憂鬱な気分を少しでも晴らそうと窓の外を見た。だが、空はどんよりとしていて、今にも雨が降りそうだ。まあ、このイギリスでは当たり前のことではあるが。ベティは姉のことを考えていた。小さい頃からずっと一緒である姉のことを。以前はよく遊んだものだが、10歳頃を境にそれもなくなった。アレックスはトラブルメーカーだ。少なくとも私にとっては。両親にアレックスの悪戯の数々を訴えたが、彼女を目に入れても痛くないくらいに可愛がっている彼らには何の意味もなさなかった。ベティは今日何回目かもわからないため息をついた。
1937年
彼を一目見た瞬間、私は彼に恋してしまった。金褐色の巻き毛に、ブルーグレーの瞳をもった彼はとってもハンサムだ。ウィリアム・アームストロング、それが彼の名前。ベティは連れられて行ったパーティーでウィリアムと目があった時、自分の顔が耳まで紅く染まるのを感じた。彼と話しながらベティは思った、彼が私の王子様なんだわ、と。彼が退屈な日常から彼女を救い出してくれると期待して。
1937年
ベティは勢いよく寝室のドアを閉め、ベッドに腰掛けるやいなや泣き出した。見てしまったのだ、東屋で姉がウィリアムとキスしているのを。しかもその後、アレックスはこちらを見て微笑んでいた。まるで見せつけるかのように。あんなに姉を憎く思ったのは初めてだった。アレックス、私とよく似てるアレックス。でも全然違う。同じ顔で、同じ服を着て、同じように振る舞ってみせても私は彼女にはなれない。彼女が太陽だとしたら、私は月だ。彼女の光に当てられると、誰もが目が眩んでしまう。しまいには灯りに群がる蛾のようになって、己の身を焦がすのだ。かくいう私もその一人だった。ふと、花瓶に生けてある真紅の薔薇に目がとまる。母が丹念に育てた薔薇だ。私と違って、彼女には真紅の薔薇がよく似合う。とても情熱的で、刹那的で。
1940年
ロンドンでは空襲が昼夜関係なく破壊の限りを尽くしていた。サイレンが鳴ると否応なく防空壕に走らなくてはならない。ベティはうんざりしていた。いつになったらこの戦争は終わるのかしら、と。ベティはお茶を淹れようと立ち上がった。こういう時こそ熱くて濃いお茶を飲まなくちゃ。今となっては貴重な配給の紅茶だけれども。そうだ、アレックスにも淹れてあげよう。お湯を沸かしていると、アレックスが入って来た。アレックスとたわいもない話をしながら、紅茶の入ったカップを手渡す。彼女がカップの中身を飲み干すのを見届けた。すると、サイレンがまた鳴って、私たちは逃げようとドアノブに手をかけた。次の瞬間、爆発音がして、瓦礫がこちらに向かって落ちてくるのが見えた。そして闇が降りた__。
1940年
目が覚めると、アレックスが瓦礫に押し潰されているのが目に入った。あんなに生命力に満ち溢れていた彼女は、もはやただの肉の塊になっていた。救助隊が近づいてくるのが聞こえた。
「おい、大丈夫か?」
「ええ、でも妹が死んでしまったの。私はアレックス。」
私は彼女と違う?私は彼女にはなれない?いいや違う。私は彼女に、アレックスになるの。
2008年
目を開くと病院の天井が見えた。あれから私は68年間アレクサンドラとして生きた。そのことに後悔はしていない。でも私は彼女にとって代われなかった。ことあるごとに彼女が私の人生にちらついた。後悔なんてするものか、絶対にしない。私は彼女になりたいの。一瞬彼女の声が聞こえた気がした。なんて言ったのだろう。帷が降りて闇に包まれた__。
1932年
アレックスはベティの部屋に入ってクローゼットを開いた。さて、今日はどんな悪戯を仕掛けようかしら。小さい頃はずっと一緒遊んでいたのに、大きくなってからベティは私から離れてしまった。でも、悪戯をした時だけは私のことを見てくれる。だから今日も悪戯するの。
1937年
パーティーでのベティの様子を見て、アレックスは愕然とした。私の、私の大事なベティが男を見て頬を薔薇色に染めるなんて!ベティは私だけを見ていないといけないのに!そんなこと許さないわ。
1937年
ウィリアムとキスをした。ベティがこっちを見ていることをちゃんと確認して。別にこんな男とキスなんてしたくなかったけれど、これでベティが諦めてくれるのならば安い代償だ。これでまたベティは私のものよ。アレックスは満足気に微笑んだ。
1940年
空襲が始まって、ベティと一緒にいられる時間が増えた。戦争は嫌だけど、ベティと一緒ならそんなことだって構わない。ベティがお茶を淹れてくれた。お茶を飲み干した時、サイレンが鳴る。ああ、また逃げなくちゃ。ドアに向かう。私たちは双子。生まれた時からずっと一緒。これからもずっと一緒よ。死ぬまで人生を分かち合うの。愛しいベティ。私の大切な妹__。




