第9話 フェンリルを従える
フェンリル。
ネット小説でよく見るのと、同じような見た目をしていた。
多分身長は二メートルくらいだろうか。
真っ白な、ふわふわとした毛皮。毛先は紫色に輝いてる。
満月のように大きな瞳。口元からはギラリと輝く牙が覗く。
カタカタ……。隣にいるリダケンさん、そして仲間である【黄昏の竜】の面々もまた、震えていた。
私は……ふと自分の拳に汗をかいているのがわかった。ズボンの裾でなんども、手を拭く。
……長野の山中で、一度イノシシに遭遇したことがある。
あのとき……からだが本当に、凍り付いたかと思った。頭は動くのに、体が全く動かない……妙な感覚。
……そうか、これが……きょ、恐怖ってやつ、だ。
なんで大灰狼とか、黒猪とかは平気だったのに。
こんなにも……死を感じているんだろうか。
それは……こいつが、キャンピーの結界の、内側に平然といるからだ……と、遅まきながら気付く。
キャンピーの結界は、どんな魔物の侵入も防いでいた。無敵の盾。その内側にいたから、私は今まで、恐怖らしいものを抱いてこなかった。
でも、今は違う。フェンリルは結界の内側に、いるのだ。
『おい、聞こえなかったか……?』
不機嫌そうに、フェンリルがそう言う。それだけで、【黄昏の竜】の魔女は、ぺたんとしゃがみ込んでしまった。腰が抜けてしまったのだろう……。
かくいう私も動けない。
『そのカレーとやら、早くよこせ』
「は、はい……」
従わねば、こ、殺される。さらなる死の気配が、私の体を動かす。
急ぎ、使い捨ての紙皿のうえに、カレーを注ぐ。
「あ……」
遅まきながら気付く。米炊いてないじゃん。
しまった。ど、どうしようカレーライスに、ライスがない……。不興を買うかも……。
『おほぉ……♡』
「…………はい?」
おほぉ?
誰の声これ?
『うぉほん! うむ……おい女。早く我にそれを寄越せ』
「あ、は、はい……! よろこんでぇ!」
ブラック企業に勤める前、バイト戦士だった頃の私が、とっさに出てしまった。染みついている労働根性よ。
私はカレーの皿を、フェンリルの前に出す。
フェンリルはしゃがみ込んで、顔を近づける。
ひぃ……で、デカい……。顔、デカすぎ。口から覗く牙なんてもうナイフのそれなんよ。
『なんという……芳しい香り……そして……はぐっ!』
べろりん、とフェンリルがカレーの入った皿を舐める。
『ムォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
「「「「ひぃいいいいいいいいい!」」」」
フェンリルが叫ぶ! 私たちはギャグ漫画のように後ろに吹っ飛ぶ。
なんつー迫力、なんつー声量!
『こ、これを作ったのはどいつだぁ……!!』
「ひぃ! この料理を作ったシェフは私ですぅう!」
ヤバい……殺される……。
さらば……キャンピー。
短い間だったけど、君のことは愛していたよ……。
いい人に拾われるんだよ……。
『美味……!』
「………………びみ?」
びみ? びみってなんだ……。
『こんな美味なる馳走は初めてぞ……!』
「は、はぁ……」
びみなるちそう……? あ、美味ね。美味しいって言ってるのか……。
『おい女』
「はい」
『まだあるか?』
「え、あ、はい……。たっぷり」
『寄越せ』
「は、はい……」
もう鍋ごとフェンリルに渡した。どうにもこのカレーを気に入ったようだし。
それに逆らったらコロコロされる。……なんだコロコロされるって。小○館の分厚い雑誌にでもされるのか……?
『うむ、美味! なんと美味! 美味ぃ……!』
「…………」
なんか……語彙力貧相すぎない……?
鍋に顔突っ込んで、ベロベロとカレー食べてる姿……なんか、犬に見える。
尻尾なんかもぶんぶんぶん、と振ってるし。
……なんか、怖いのが……薄れてきたな。犬だって思うと。
いや、サイズ感はやっぱり犬じゃあないんだけど。見た目はヤバいファンタジーモンスターしてるんだけども。
でも……最初に感じた、死の恐怖は……薄れていた。
「ど、どーすかね?」
『美味すぎる……!』
「そりゃ……良かったす。ご満足していただけたようで」
『なにぃい! 満足だとぉお!?』
ひぃ……! 恐怖さんがまた帰ってきたっ!
『足りぬ!』
「は……?」
『我はまだまだ、これを食べたいぞ!』
「は、はぁ……。なんだ、おかわりが欲しいんです?」
『そうだ! おかわりだっ! 早くおかわりを寄越すのだっ』
くわっ、と目を見開いて叫ぶフェンリル。
……顔に、カレーをべったりくっつけてらっしゃる。
これはバク○ン。で言う……シリアスな笑い、ってやつだろうか。
一見すると怖い魔物が、顔にカレーべったりくっつけて、おかわりを要求してくる。
なんだかそのギャップが……妙に面白かった。
「了解。少し時間かかるけど、いい?」
『ふむ、仕方ない。なるはやでな』
私は調理に取りかかる。まだ食材には余裕があるのだ。
フェンリルは、少し離れた場所で伏せ状態になってる。
私は折りたたみキャンプテーブルの前に立って、食材を切っていく。
「「「「…………」」」」
リダケンさん達は黙ったまま、私を凝視していた。
まだ、体を震わせている。でも……その目は、フェンリルではなく、なぜか私を見てる。
……なんで私?
まあ、今は料理作らないとね。
「はい、お待たせしましたよっと」
『遅い!』
くわっ! と目を見開いて叫ぶ。
「「「「ひぃ……!」」」」
リダケンさん達が声を震わせる。
「煮込み料理なんだから、時間掛かるにきまってるでしょうが」
『むぅ……! ……それもそうか』
「そうそう」
なかなか素直な子だった。子?
そう……なんかちょっと幼いように見えた。口を汚しながらご飯を食ってるところとかね。
『はぐはぐ……! むぅん! 美味い! 辛いが……美味……! しかも……この肉はなんだっ!』
「黒猪」
『馬鹿な! ただの黒猪の肉が、こんな柔らかくてジューシィなわけない!』
「そりゃ煮込んでるからね」
『むぅ……なるほど。調理によって、食い慣れた肉が、まさかここまで美味くなるとは……なるほど、なるほどな……』
感心しながらも、ご飯を食べている。しかも口の周りはなんかもう、カレーでベッタベタだった。
ふと……私は台ふきんが目に付いた。それを手に取って、フェンリルに……近付く。
『けふ……。む? なんだ?』
「口。ほら、ベタベタだから」
『む? ほんとだ』
「うん。動かないでね」
『む……?』
私は台ふきんで、顔を拭いていく。……台ふきんで拭いて良いのか? まあ、新品だし大丈夫でしょう。
顔を拭き終わった。不思議なことに、フェンリルの毛皮は、これだけで綺麗になった。サフランの黄色が残るかと思ったんだけど。
『大義』
「殿様かあんたは」
『とのさま?』
「私のいた世界の偉い人」
『ふふん……。面白い女だな』
……おもしろい?
どこら辺が……?
『この我に怯えずに普通に接するとはな』
「…………」
いやさっきまでは怯えてましたけどね。
『非常に美味い馳走だったぞ。この我が、それっぽっちの料理で、よもや満足するとは思わなかった』
それっぽっちって。カレー二回も作らされたんだけどね。
『褒美を授けよう』
「褒美?」
なんだろう、金銀財宝とか……?
正直、助かる。所持金5万の女だし私……!
さぁて、どんな財宝を……。
『この我を従魔にする権利をやろうっ』
「…………はぁ?」
従魔……?
『なんだ貴様、従魔を知らぬのか?』
「まあ……」
『従魔というのは、サーバント。主人に仕える存在のことだ。喜べ! 貴様はこの我を従魔に従える権利を手に入れたのだっ』
「はぁ……」
……正直、別にってかんじだ。
それより金銀財宝のほうが良かった……。
『なんだ、不服か? んんっ?』
「あ、いや、光栄ですはいぃ……」
忘れてたけど、この獣、フェンリルだった……。逆らったら殺されかねない。
フェンリルが近付いてくる。
『手を出せ』
「はい……」
『【我が牙は貴様の刃。我が身は貴様の代わりに敵を討つ。我が知恵は貴様の標とならんことを欲する】』
「な、なに急に……?」
『契約の祝詞だ。黙っておれ……【片時も離れず、貴様に尽くすことを誓う】』
ちょん、とフェンリルが私の手の甲に、鼻先をくっつけた。
瞬間、私たちの間に魔法陣が展開した。
強く輝くと、魔法陣が消えた。
『契約は結ばれ、我は貴様の従魔となった。よろしく頼むぞ、我がマスター』
「は、はぁ……」
なんだか知らないけど、フェンリルを従魔にしたのだった。
そんな私を見て、リダケンさんがつぶやく。
「で、伝説の魔物を……従魔にするなんて……す、すごい……」
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