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これから広まるかもしれない怖い作り話  作者: 井越歩夢


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其の八十壱「黒い残心」

これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない

いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。


全部で壱百八話。どれも短い物語です。


しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、

時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、

時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。


そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。

これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。


この話、本当なんです。



これは、私が古い怪談本を読み漁っていたとき、ふと目に留まった一篇です。

題名は──【黒い残心】。


“残心”という言葉を見た瞬間、私は剣道のそれを思い浮かべました。

技を決めたあとも気を抜かず、相手の動きを見据え、心を残す。

そんな意味だったはずです。


しかし、この怪談における“残心”は、まったく別の意味を持っているようでした。


◇◆◇


【黒い残心】


その日の昼、ニュースは大規模な航空機事故の速報で埋め尽くされていた。

乗客五百余名のうち、生存者はわずか四名。

テレビの画面には黒煙を上げる機体の残骸と、呆然と立ち尽くす救助隊の姿が映っている。


その飛行機に──“本来乗るはずだった男”がいた。


男は当日、急に入った別件の仕事のため搭乗を見合わせた。

後に事故を知り、家族へ電話をかけてこう言ったらしい。


「危なかった……命拾いしたよ」と。


家族は、その声をはっきり覚えていると証言している。


しかし、その日の夕方。男は自宅近くの路上で突然倒れた。

通行人が駆け寄ったときには、すでに心臓は止まっていたという。


死因は急性心臓発作。医学的には、ただそれだけのことなのだが……

この出来事について、複数の奇妙な証言が残っていた。


「倒れた男性の横に、黒い影が立っていた」

「人の形をしていたが、あれは人ではない」

「こちらを見てニヤニヤ笑っていたように見えた」


その黒い影は、その場にいた誰かが声を上げた瞬間、ふっと掻き消えるように消えたという。


その中でただひとり、そこにいた老人だけが、黒い影が発した“声”を聞いていた。


老人いわく「あれは……死神が獲物を迎えに来たようだった」と、

震えながら、そう語った。老人の聞いたその声、その言葉は──


「――旦那、油断大敵ですぞ。ニシシシシ。」


◇◆◇


怪談本は、ここで終わっていました。


あまりに唐突で、余韻を残す終わり方。

私はしばらくページを閉じられず、ぼんやりと天井を見つめていました。


“黒い影”とは何だったのか。なぜ男は事故を免れたその日に死んだのか。

そして、あの言葉の意味は?怪談はここで終わっており、続きはありません。


そこで私は気づきました──ああ、これも“結末の余白”なのだ、と。


怪談というものは、時に語られない部分に思いを巡らすことで怖さが増すものと思っています。

そこで私は、この怪談について自分なりの解釈を考えてみました。


◇◆◇


私の考えた、あの黒い影の正体。それは──“死神”だったのではないか。

黒い影。人ではない。ニヤニヤ笑っていた。そして、老人が聞いたあの言葉。


「――旦那、油断大敵ですぞ。ニシシシシ。」


男は偶然、飛行機事故を免れた。しかし、もし死神の“今日の死亡予定者リスト”に彼の名前があったとしたら?


それは死神は予定者リストの取りこぼしをしたことになる。

死神からしてみれば、これは仕事上の”失敗”とも捉えられるでしょう。

だから帳尻を合わせるために、予定者リストの男のもとへ現れた。

そして命拾いしたと安堵する男に、皮肉を込めてこう囁いたのだ。


「油断大敵ですぞ」


それはまるで、“逃げられると思ったのか?”とでも言うように。

そして男は、死神のリスト通りに連れ去られた……私はそう解釈しました。


では、題名の【黒い残心】とは何を指すのか。


剣道の残心は、技を決めたあとも心を残すこと。この怪談における残心は──

“死神が獲物を取り逃がしたあとに残る、黒い心”?あるいは、“死神が最後に残していった気配”?


どちらにせよ、あの黒い影は男の魂を“刈り取りに来た”のだと思うのです。


逃れたと思った死が、実はすぐ背後に立っていた。

そんな恐ろしい話を、この怪談は語っているのだと。


◇◆◇


この怪談を読み終え、解釈を終えたとき、私は背筋がゾゾゾとしました。


事故を回避できたからといって、安心できるとは限らない。

運命というものは、時に理不尽で、時に冷酷で、そして──時に、こちらの油断をじっと見ている。


そしてこの「黒い残心」という題名は、一体誰に向けられたものなのか。

男に?死神に?それとも──この話を読んだ“私”に?そしてこれを読んだ”あなた”に?


この話、本当なんです。

あなたは、この怪談をどう解釈しますか。


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