其の七十七「どちらが怖いですか?」
これから語るのは、もしかするとこれから広まるかもしれない
いや、広まってしまうかもしれない「怖い作り話」です。
全部で壱百八話。どれも短い物語です。
しかしその中には、時に背筋に冷たいものが走り抜け、
時にひそひそと誰かの囁きが聞こえ、
時に見てはいけないものが見えてしまうこともあるかもしれません。
そしてひとつだけ、どうしても言っておきたいことがあります。
これらの話は、すべて作り話です。しかし、ただの作り話ではありません。
この話、本当なんです。
これは、私が知人から聞いた――
幽霊よりも、もっと怖いものの話です。
この話、聞いた瞬間から背筋がゾゾゾと冷たくなるような、そんな内容でした。
◇◆◇
とある無料キャンプ場に、幽霊が出るという噂がありました。
深夜になると、テントの外で“何かが歩く音”がする。
誰もいないはずなのに、テントのすぐ横を“何か”が通る。
そんな体験談が、キャンパーの間でひっそりと語られていたのです。
そのキャンプ場は無料で使える代わりに設備は最低限で、街灯もほとんどありません。
夜になれば本当に真っ暗で、木々のざわめきと川の音だけが響く。
自然豊かで静かなその場所は、キャンパーの間では“穴場”として知られていました。
……幽霊の噂さえなければ。
そんな噂を聞きつけた二人組の男性キャンパーがいました。
オカルト好きで怖いもの知らずの彼らは、むしろその噂に興味津々で、
「俺たちが真相を暴いてやろう」
と意気揚々と、そのキャンプ場へ向かったのだそうです。
◇◆◇
二人は昼過ぎに到着し、テントを張り、焚き火を囲んで楽しい時間を過ごしました。
キャンプ場は低山の中腹にあり、噂通り自然は豊かで、風と川の音だけが聞こえる静かな場所。
夕暮れには空が赤く染まり、夜には満天の星と満月の光が広がり、
二人は「幽霊なんて出るわけないだろ」と笑い合っていたといいます。
「まあ、出たら出たで動画に撮ってやるよ」
そんな軽口を叩きながら、二人は22時ごろにテントへ入り、眠りにつきました。
しかし――その静かな夜は、長くは続きませんでした。
◇◆◇
深夜。
テントの外から、“ザッ……ザッ……”と何かが歩く音が聞こえてきます。
最初は風かと思った二人でしたが、耳を澄ませると、それは明らかに“足音”でした。
テントのすぐ横を、ゆっくりと、確実に何かが歩いている。
二人は顔を見合わせました。
噂は本当だったのか――?
「よし、確かめよう」
ひとりがテントのファスナーをそっと開け、外を覗きました。
満月の光が薄く地面を照らし、暗いながらも周囲はぼんやりと見える。
そして、そこに“幽霊のようなもの”はいませんでした。
代わりにいたのは――
暗闇の中に立つ、ひとりの“人間の男性”。
◇◆◇
その男は、テントから少し離れた場所で、こちらに背を向けて立っていました。
懐中電灯も持たず、ただじっと森の奥を見つめている。
真新しい黒のスーツを着た、到底キャンプ場の利用者とは思えない姿。
こんな時間に、そんな格好で、こんな場所にいる理由がありません。
「すみません、何してるんですか?」
声をかけると、その男はゆっくりと振り返りました。
しかし返事はしない。
ただ、無言で二人を見つめるだけ。
その目は、一点を見ているようで、どこも見ていないようでもある……
妙にギラついた、不気味な光を帯びていたといいます。
「……やばい」
二人は直感的にそう思ったそうです。
幽霊ならまだいい。
しかし相手は“生きている人間”。
何を考えているのか分からない。
何をするつもりなのかも分からない。
その沈黙が、幽霊よりもよほど恐ろしかったといいます。
◇◆◇
しばらくの間、奇妙な沈黙が続きました。
風の音も、川の音も、すべてが遠くに感じられるほどの静けさ。
やがて、その男はふらりと森の奥へ歩き去っていきました。
“ザッ……ザッ……”という足音は、姿が見えなくなると同時に完全に消えました。
二人はしばらく動けなかったそうです。
幽霊よりも、もっと得体の知れない“何か”を見てしまったのだから。
その後、二人は朝までほとんど眠れず、夜明けと同時に撤収して帰ったといいます。
後日、キャンプ場の管理人にこのことを話すと、こんな返事が返ってきたそうです。
「夜中に歩き回る人? いやいや、そんな人はいないよ。
ここは街灯もないし、山の中腹で夜に来る人なんてまずいない。真っ暗だからねぇ」
では、あの夜の“あれ”は――誰だったのか?
◇◆◇
幽霊が出るという噂のキャンプ場。
しかし、その正体は幽霊ではなかった。
深夜にテントの外を歩き回っていたのは、“人間”だったのです。
幽霊よりも、もっと怖いもの。
それは、何を考えているのか分からない“生きた人間”。
二人は今でもこう言うそうです。
「幽霊を見るなんて、まだマシだよ。
あの夜見た“人間”のほうが、よっぽど怖かった」
◇◆◇
この話を知人から聞いたとき、私は背筋がゾゾゾとしました。
そして、あなたにも問いたいのです。
幽霊と人間――
本当に怖いのは、どちらでしょうか。
この話、本当らしいです。




